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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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21.ゼラ、後方支援を甘んじて受ける

ゼラは一日と半日程眠った自身に驚いていた。

「嘘だろ…?説明の途中だってのに…ロージーお嬢様…痛っ!」

慌てて起きると折れたアバラが鈍く痛む。


「あっ師匠!駄目ですよ、起きたら」

リコリス曰く回復魔法は使ったが、まだヒビがある状態なので簡易的な固定は必要とのこと。

「完全に治さないのは、師匠が無茶をするからですっ」

「ちっ」

「舌打ちしないっ!ちゃんと休んでくださいよ?

シモンズ男爵夫妻は、師匠がきちんと休んでご飯を食べることをお望みですっ」

「‥‥‥懐かしいね。シモンズ領で修業中に根詰めたもんで、よく男爵に食事に招かれたよ」

貴族という偉い方に招かれた初めての食事に緊張はしたが、温かい食卓だった。


先ずは食事をするようにリコリスに言われ、渡されたスープを飲んだ。

「お嬢様は?」

「ちゃんとロージーお嬢様のご両親が傍に居てくれています。

時々起きて、軽くお話しはされますけど、まだ衰弱が酷いのですぐに眠っちゃいますね」

『記憶の抽出』とリコリスの魅了も相まって、眠りは穏やかだという。

「後ですね…。侯爵様の後方支援がかーなーり。えげつないものになりました」

「どういうこと」



「ククク…痛たたっ。そりゃあお偉いさん方阿鼻叫喚だろうね。元老院議長とメイソン公爵夫人の生家…フォルテ国にも送ったんだ。ソレ」


レイナルドがコールデン侯爵領に戻るにはまだ時間が掛かるので、先にメイソン公爵のお尻事情の過去の記録を抜き出し、ハメ撮りを亡き元王女の弟が治めるフォルテ国と共和国の元老院議長へ贈ったそうだ。


メイソン公爵の過去のハメ撮り記憶の確保に協力させられた死の聖女は…。

『ふざけんな、よくも汚いモノを見せたわね、おい』

と、嘔吐しながら相当お怒りだったらしい。

それでも、肛門括約筋が緩い夫との初夜の儀が原因で、儚くなって亡くなったメイソン公爵夫人があんまりだったので協力したという。

どうやら、死の聖女は母親を早くに亡くした子供に弱いらしく、死んだとされた公爵令嬢の動向も探ってくれた。


サフィニア・メイソン公爵令嬢の死の痕跡が一切感知できなかったので調べたところ、偽名を名乗り修道女になって生きていたという。

心を病んだ夫人は隔離され、監視を掻い潜って会いに来た娘に…この家から逃げるように伝えて亡くなったという。それでも、最低な営みで産まれた故に、娘は亡き母の実家は頼れず‥‥‥。

そんな娘を哀れんだ本来の後継者の一派が事故を偽装して、令嬢をメイソン公爵家の手が届かない修道院に匿ったそうだ。



「フォルテ国王はサフィニア様にお会いしたいそうですよ。ちゃんと家族として迎え入れたいんですって」

むしろそのような最悪な環境でまともな思考――家から逃げる選択を選んだ姉の忘れ形見との再会を待ち望んでいるそうだ。

「人の性癖にとやかく言わないけどさ。

相手を思いやれない奴が肉体的な繋がりを求めるなよ。貴族の義務なら猶更だろ、漏らさない対策しろや」


「元老院議長さんは貴族のお尻事情を、真面目に次の議論にするそうですよー」

その為の知識人として、リコリスの元職場の女主人らが徹底的に遣いの者に講義しているそうだ。

「フェカーリエン伯爵も動くみたいです。凄く怒っているんですって」

「そりゃあ相当だわ」

あの伯爵はトイレと排泄物が大好きな変態だが、衛生管理は徹底している。

性癖を押し付けて他者に迷惑を掛けるのは犯罪だとえらくご立腹だという。



「高位貴族の後継者問題に、元老院が介入できる法案作ると息巻いていますよ」

ゼラはスプーンを握る手を止め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……つまり。私は倒れている間に、共和国では阿鼻叫喚が繰り広げられていたということか。

‥‥‥私の策、要ったか?」

リコリスがゼラにふわふわのパンを渡して肩をすくめた。

「いえいえ。師匠の描いた『破壊工作』は、共和国で並行して行われていますよ」


その文書を見てゼラの目が鋭くなる。

「……私が考えた案よりも遥かに規模がデカくなっているじゃないか。

ったく、お貴族サマには大人しくしてもらいたかったのに」

「実はね。バーンベルク卿から伝言がありますよ。

『君たち無しに、我々は貴族の矜持を守れない。民あっての我々だ。君たちを守るのに必要ならば私を利用しなさい』――ですって」


ゼラ深くため息をつく。

「‥‥‥そこまで言われちゃあ、こっちも不満を言いづらいね」

「そうですね。でも、優しい貴族もいるのは救われますよ」

リコリスが笑う。

「まあ、そうだね」

内心複雑ではあるが。


ゼラは一平民として力を振るいたかった。

ゼラの細工師の原点たるローズマリーを傷付けられて、更には作家を道具のように扱う。

――他の職人も似たような目…一部の貴族による、職人への過度な要請や暴力沙汰に合っているので、今回の一件で、貴族用品店に卸したゼラの作品の全回収を命じ、他の作家も追随する手筈だった。当面ヴァイオレット商会所属のデザイナーたちが制作した高級品の販売停止。ただし……。

貴族以外の顧客層――商人や地方の裕福な平民階級には引き続き供給を続ける。そうすれば国政を揺るがす力となるだろう。

商会の支援を受けた独立デザイナーまでが動けば、共和国全体のドレス・革製品産業にまで影響が出る……。服飾界隈の混乱は経済全体にも波及する。

彼らには彼らの原動力があり、それを壊す者は王族だろうと快く思っていない。

ロージーを晒し者にせず、しかし奴らの喉元にナイフを突きつけることができる。

国王陛下や高位貴族が望むのは『名誉ある勝利』ではなく、『平穏な終息』のはずだから。


――貧者のいで立ちが王族貴族の日常と化すことを奴らは望まない。


(まあ、当分は公爵夫人の死の真相で向こうは大騒ぎだろうね)

空間が出来、証拠の整理もしやすくなったと考えて良いだろう。

「これ、クラウス弁護士が書いた文書です。『聖女であり作家であるゼラ・ローズ氏が作品全回収に至った経緯』」

それを見た瞬間、ゼラは笑いがこみ上げてしまい鈍痛に悶えた。


【ゼラ・ローズ殿の作品の原動力、それはシモンズ領の男爵夫妻とローズマリーお嬢様。

彼女の名を頂く程、ローズマリーお嬢様はゼラ殿にとって創造における美の女神である。

その女神が彼女らしく幸福である事、それはゼラ・ローズ氏が自社の作品に意欲的に取り組むこととなり商会を繁栄させていました。その女神たちが傷つけられたとなると……。

商会は優秀な職人の創造という至高の宝を失った。

――よって作品の回収と販売の縮小をせざるを得ません。

他の作家の多くも創造の原点たる人や土地を失い、創造という至高の宝を――以下略】


クラウス弁護士の文書を読み終えるなり、ゼラはベッドの上で激しく身を震わせた。

「ぷっ……ぶはははは! 何だよコレは!」

肋骨の痛みを忘れるほどの爆笑が部屋に響く。

リコリスが眉をひそめて腕を組んだ。

「師匠がロージーお嬢様を『創造の女神』として崇拝していると」


「……クラウスの奴、いつも堅物のくせにこういう茶目っ気は誰譲りなんだ?…フックッ……痛だだだだっ!!」

脇腹を押さえながらゼラは思い出し笑いで悶絶する。


ゼラがスープを飲み干し、カップを置いて手を伸ばした。

「……他に何が進んでいる?」

「ロージーお嬢様はご両親と少しずつお話出来ています。…私の力は必須ですけど、体調は徐々に安定しているようです」

「そうか。‥‥‥ちょっとだけ様子を見に行くよ」

「無理はダメですからね!?」

弟子に注意されながらも、ゼラはローズマリーの病室へ向かった。


+++++


病室の前にはオールス卿が居た。

「ゼラ殿、もう動かれて良いのですか?」

「アバラは引っ付いていないけどね。

おっかない弟子がいるから、無理はしないけど。…入らないの?」

ゼラが問うとオールス卿は困ったように告げる。


「いや……実は迷っていて」


オールス卿は窓際に立てかけた杖に体重を預けるように寄りかかり、落ち着かない様子で言った。目線は廊下の向こう側の壁に向いている。

「……ローズマリーお嬢様に会いたいのは山々なのですが……」


彼は言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で続けた。


「彼女が二年間、コールデン侯爵家の中で……どれほど辛い目にあったのか。想像もつかない。特に……容姿に関して」


彼の指が少し震えているのが見て取れた。持っていた籠に入れた小さな黄色の花束——ミモザが微かに揺れる。


「ご両親の了承得て見た…意識の無い彼女は。顔色は青白く、頬は痩せこけ、髪は——大部分が抜け落ちてしまった」

「……」

ゼラは何も言わずに続きを待った。この騎士が言い淀んでいることが痛いほどわかる。


「しかも意識も……朦朧としていると聞く。そんな時に私が訪ねていくというのは……」

オールス卿はそこで一度深呼吸した。

「彼女のプライバシーに対する、最大限の配慮が欠けているのではないかと考えてしまってね」


ゼラは思わず溜め息をついた。

「なるほど。確かに騎士殿の気遣いは間違ってないかもしれない」

アバラが疼くのをこらえながらゼラは続けた。

「だけど、実際に彼女に会おうと決意してるじゃないか?そのミモザは?」


オールス卿が持つ籠に入った黄色い花束——ローズマリーが好きな花だ。そしてハンカチのような布切れも見え隠れしている。

「これは……」

彼は手の中の籠を見下ろした。

「ミモザは彼女が特に好んでいる花だと聞いた。それと、入院中は清潔なハンカチはあった方が良いかと」

可愛らしいハンカチをこの長身の男が選んだと思うと少し和む。


ゼラはじっと見つめながら微笑んだ。

「アンタが彼女のために用意したものは間違いなく喜ぶよ」

「しかし——」

「私がローズマリーお嬢様のご両親に聞いてみる。此処までアンタを同行させたご両親の了解を得てればいいだけだしね」

オールス卿はしばらく沈黙していた。やがてゆっくりとうなずいた。

「お願いします、ゼラ殿」



ゼラが扉をノックすると静かに開けられる音と共にシモンズ男爵本人が姿を見せた。

「ああゼラ殿。それにオールス卿も来てくれたか」

温和そうな初老男性は穏やかな笑顔だった。

ゼラがすぐさま切り出す。

「実はオールス卿がお見舞いしたいそうですが――」

シモンズ男爵の表情には僅かな躊躇があったものの最終的には頷く。

「ロージーは喜ぶだろう。けれど、オールス卿に無理強いはしないよ」

ゼラの隣に立つオールス卿も頷いた。

「もちろんです」

こうして彼等三人共が病室へ入って行く。


ローズマリーにはシモンズ男爵夫人が付き添っている。

ゼラは夫人から少し離れた椅子に腰掛けた。ローズマリーは点滴を受けながら静かに眠っている。リコリスが医師と相談して毎日保湿クリームを塗っているからか、運ばれた時より幾分か肌艶は良い。それでも顔色は悪く目覚めても焦点が定まらないことが多かった。


オールス卿がミモザの花束を取り出して差し出した瞬間――眠っていたはずのローズマリーの瞼が微かに動いた。

「ロージー?」

「お嬢様……」

かすかな芳香が漂う中で——

ローズマリーの唇が微かに動いた。

「……ミモザ……ふふっ…私の好きなお花‥‥‥ありがとう‥‥‥」

意識はぼんやりしているが、ふわりと笑うローズマリー。


四人は息を呑んだ。昔と変わらぬ笑顔だった。

その途端に夫人が涙ぐみ始める。

「オールス卿……ありがとうございます」

夫人の感謝の言葉にオールス卿も目頭を熱くしながら頷いた。


ゼラも少しだけほっとした。けれど彼女の回復にはまだまだ長い時間がかかるだろう。

少なくとも今この瞬間だけでも——希望の光となれば良いと思った。


+++++


「――当分はゆっくり休んでね、ロージー」

ローズマリーの様子を確認した後、ゼラはローズマリーの負の感情を吐き出す記憶の抽出の文字起こしの作業に向かう。

そこにはクラウス弁護士が居て、淡々とローズマリーの虐待の文字起こしをしていた。

「クラウス、何してんのさ?」

「怪我人は休んでください」

「いや…しんどいでしょ?」

「どの口が言うのですか。加護の腕輪は付けておりますので問題ありません。

諸々の手続きは我々で行います。

魔道具に不具合が出ましたら呼ぶでしょうが、あいにくこれを作った職人(ゼラ・ローズ氏)は優秀ですよ。おいそれと心配は無いでしょう。

と、言う訳でお休み下さい、ゼラ殿」


簡易的な衝立をしただけの簡素なテーブルが置かれた空間。

簡易的な音の遮断をしているのでシモンズ男爵夫妻に作業音は聞こえない。その空間の中だけ、ペン先の音だけが微かに響いている。クラウスは小さな机で背筋をピンと伸ばし、ノートにそれを淡々と書き込んでいる。疲労の色は見せずとも、眼鏡の奥の瞳には深い影が落ちていた。


「クラウス」

呼びかけに顔を上げた弁護士は、ゼラを見て僅かに眉をひそめる。

ゼラは苦笑しながら近づき、告げた。

「お嬢様の記録整理だろ? 結構キツい内容なのに……平気なの?」

クラウスはペンを置き、椅子をくるりと回転させてゼラの方へ向き直った。その所作には普段通りの冷静さがあったが、どこか張り詰めた空気が漂っている。

「法律家として慣れています」

「そういう問題じゃなく……精神的に……」


「貴女が一番辛いはずだ」


クラウスの声は静かだが芯が通っていた。

「私よりずっと深く関わってきた。だからこそ、この位は任せてくれませんか」

「‥‥‥」

ゼラは無言で飴をテーブルに置いた。

「リコ曰く、こういう時は甘いものが良いんだってさ」


クラウスの表情がほんのわずかに和らぐ。

「ありがとうございます」


ゼラは、数分粘ったが諦めてベッドに戻った。

(なんかやる気出たんだけどなぁ)

「師匠…この5日間碌に食べてないでしょ、クラウスさん曰く、このペースならあと一週間で終わるそうですから、ちゃんと休んで次に備えましょう」

リコリスはお菓子をゼラに渡してくる。

「……んー、……一週間かぁ」

侯爵家の規模の割に事件のやりようが粗雑で甘い。

だが、それを隠ぺいする為の『洗脳』の頻度と手段はエグい。

(…公爵令嬢と前侯爵夫人が手を取ったならば、やり方に差も出るか)

確か、後妻が居たな。その娘エリザベート・メイソン公爵令嬢。


本当に嫌になる。

ゼラは、弟子の小言を聞きながらそっと目を閉じた。

(……まあ、コールデン侯爵家はマリーが掌握するだろう。姉さんも確実に実験場にするね)

生憎、ゼラは聖人君主ではないので、ローズマリーを身も心も引き裂いた連中に同情はしない。


お尻の事情で尻込みする貴族たちですが、帰還した第三王子が率先してお尻が潔白かどうかを証明しました。

清廉潔白な第三王子と異なり、3割程が検査に引っかかって修羅場と化しています。

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