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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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17/50

17.ゼラ達の今後の方針と宰相一家 お尻地獄 序章

胸糞描写が続きましたので、次回は『宰相一家 お尻地獄』の回と致します。


ローズマリーの治療に希望が見出したことで、落ち着きを取り戻したシモンズ男爵は衝動的に打ち付けた額や剥がれた爪の手当てを受ける。

これから侯爵家の糾弾の場について、詰めなければならない。


「改めて公式の話を。

裁判で戦えば侯爵家が相手であろうと、貴方がたは勝てます」

シモンズ男爵が顔を上げる。その瞳には依然として怒りが燻っているものの、先程までの激情は鳴りを潜めた。

ゼラは一歩下がり、弁護士と医師に目配せした。二人も心得たように頷く。


「既にこちらの弁護士クラウス氏と協議済みです。ローズマリーお嬢様の記憶の抽出魔導具による証拠記録と医師の診断報告。

加えてコールデン家内の加害者リストの精査はほぼ完了しています。裁判沙汰になれば、間違いなく我が方の勝利は揺るぎません」


ゼラの言葉にシモンズ男爵はわずかに眉をひそめた。

「それなら……」

「ですが」

ゼラはすぐさま遮る。

「我々は裁判を行うつもりはありません」


「なぜだ!」

「お分かりでしょう。……あの記録を公開することの意味を」

ゼラはシモンズ男爵の目を真っ直ぐ見据えた。

「ローズマリーお嬢様が味わった苦痛。拷問。屈辱。……それら全てを公の場で言葉にすることがどんな意味を持つのか。誰が、一番傷つくことになるのか。

侯爵家が相手です。被害者の素性を完全に秘匿することは難しい」


シモンズ男爵の顔色が変わった。怒りとは異なる、深い悲しみと絶望の色がその瞳に滲む。

「……まさか、裁判となれば……()()()()()()()()()……()()()()()……()()……?」

「ええ。誰かが尋問で問いただし、証拠として朗読しなくてはなりません。

病み上がりのローズマリーお嬢様が、自分の口で説明しなくてはならない可能性すらあります」

ゼラは静かに頷いた。


クラウス弁護士も苦々しい様子で、こういった裁判での被害者の苦痛が如何ほどかを告げる。

「『私は、前侯爵夫人や執事に使用人達の前で。拷問器具で、かのように凌辱されました』と。……あのような残酷な記述の証言を自らの言葉でせねばならないでしょう。

そして、侯爵家の雇った弁護士に…何故家を出なかったか問われるでしょう。

…あいにくと彼らも仕事ですので、お嬢様の傷を抉るのも厭わない。

使用人たちは侯爵夫人がいつも言った言葉を覚えていますよ、と。

『侯爵家の一員に成れて幸せです』

『侯爵夫人教育が大変ですが充実しています』

『コールデン侯爵家の皆さんはとても良くしてくださいます』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

――実際は、恐怖による洗脳であろうと、残酷な虐待であろうと。

その恐怖をローズマリーお嬢様に思い出させねばならない」

「――医師として。そのような公式の場での辱めを、一人の女性が背負うにはあまりにも負担が強い。

『記憶に抽出』で過度なストレスを吐き出させましたが、裁判が長期化する場合、再び精神の負荷で心の病が進行します。

重篤な精神疾患の患者に『記憶の抽出』を頻繁に行えば、発動者であるゼラ殿やリコリス殿にも重篤な精神汚染を引き起こします。

特にローズマリーお嬢様の精神安定を担う、リコリス殿が欠員するとよろしくない」


ローズマリーは現状、婚姻中のおぞましい記憶が思い起こさせる度にリコリスの魅了の能力で、『此処は心安らぐ場所』『信頼できる人たちがいるから安心』と状況を魅せる事で精神の安定を図っている。

あまり混乱するようなら肉体の回復を優先して眠るようにもリコリスは力を使っている。

「最悪、ローズマリーお嬢様とゼラ殿のお二人に、お嬢様が受けた恐ろしい過去の追体験が跳ね返って来ます。

ローズマリーお嬢様の現状を鑑みても、虐待や拷問の再確認となる証言は勧められません」

重い沈黙が部屋に落ちた。シモンズ男爵は再び拳を握り締めたが、先程のような激情ではなかった。深い葛藤がそこにあった。


ゼラが続ける。

「裁判で勝訴を得る。侯爵家が潰えるかもしれない。それ自体は罰になりましょう。ですが、ローズマリーお嬢様は一生その記憶から逃れられなくなる。

或いは領地戦で彼女が愛する人たちがいなくなる。

……それは彼女の望む未来でしょうか?」

「私の………ロージーの望みは……」

「お嬢様を助けた時。断片ですが、こう言っておりました。

――『パパ、ママ』……『帰りたい』。

だから私は、煮えたぎる己の憎悪よりも、彼女の憂いを晴らし…お二方の元へ彼女を帰す事を優先としました」


「ゼラ殿…、ローズマリーを救ってくれた事と云い、弁護士や禁術まで‥‥‥どうして、そこまで‥‥‥?」

ゼラがシモンズ男爵領で過ごしたのは、3年程だった。

その後は師の勧めで王国の工房へと移ったのだ。

ふと問いかけたシモンズ男爵に、ゼラは悲し気に。だが慈愛に満ちた表情で告げた。


「平穏が、嬉しかったからです」

夫妻にゼラは柔らかく微笑む。

「あなた方夫妻は私をシモンズ領で温かく受け入れてくれた。

ローズマリーお嬢様は私のような者を『おねえさん』と慕い、私が細工師として大成した時の為にと、ご自身の名をくれた。

当の昔に、返しきれぬほどの御恩を頂いているのです」


ゼラは大昔、神を裏切ったとされる始祖の一族の出だ。

そういった旅の一族故、母は言いがかりを付けられ魔女として処刑された。

ゼラの姉は母の死に様を見て以降、狂った創作物を作り始めた。

(リラ)は母も、魔女として処刑した連中全員をも人形にした。

――姉を殴り飛ばし、決別した。

自身も呪われた血のままに、生きていくのかと恐ろしかった。


――ゼラおねえさん。


ローズマリーは屈託のない笑顔で、ただの細工師のおねえさんとして受け入れた。

シモンズ男爵夫妻も、領民の人たちも。

食事に招待され、それが温かく心地よかった。

その平凡な日常は、ローズマリーの笑顔は、ゼラの心の闇を晴らしてくれた。


「平凡で、温かくて。‥‥‥あなた達は私に『普通の家族の幸せ』を教えてくれた。

――幸せでした。

私はその無垢な愛に報いたく存じます」


「ゼラさん‥‥‥」

アカシア夫人は夫の手を握り、震える声で告げる。

「私たちの望みは、あの子が……もう一度笑うことだけですわ。傷を癒して、平凡で暖かい日常を取り戻すことだけ……」

「ならば、治療の優先を。その後、――報復を」

ゼラは続ける。

「こんなこと……到底許されることではありません。私はお嬢様に何十年も心に傷を負わせるつもりはありません。泣き寝入りなど以ての外」

シモンズ男爵は拳を震わせながらも、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「では……どうするというのです?」


ゼラは淡々とした口調で計画を語り始めた。


「裁判はしません。代わりに、この記録を最も影響力のある人物たちに直接訴えるのです。……宰相閣下と国王陛下、そして元老院議長。彼らの耳に入れば、ローズマリーお嬢様の置かれている状況は無視できない問題となるでしょう」

「直接……だと?」

シモンズ男爵夫妻は互いを見合わせると、深いため息を漏らした。シモンズ男爵が低い声で切り出す。

「実は……国王陛下に直訴できなかったのは他にも理由があるのです」


アカシア夫人が震える手で顔を覆う。

「ローズマリーと接触を図った時期……貴族の間で囁かれた恐ろしい噂を耳にしたのです」


「噂?」

(まさか、アレか?)

ゼラは身を乗り出した。

「どんな?」

シモンズ男爵は唇を噛み締め、苦渋に満ちた表情で答えた。

「レイナルド・コールデン侯爵と宰相閣下の噂です。……あの男が公然と『宰相閣下は私のもの』だと吹聴していたという。それも、美しくも戦神としても名高い、憤怒の龍侯爵相手に牽制を」

「そんな馬鹿げた話…」

ゼラは思わずツッコんだが、あの人の人とナリを知らなければ、とんでもない愛の牽制になるわな、と思った。

しかも、高位貴族と国を担う地位の者の愛の()伝聞。

宰相補佐が無能のポンコツだからそんな真似が出来ただけ。

それでも、周囲は『憤怒の龍侯爵の偉業を知って尚、宰相閣下との愛を貫く宰相補佐』と解釈する。

尚、そんなことを何度も言われた憤怒の龍侯爵は、『不快』と記憶から排除したがっていたという。

「それを信じたのですか?」


「いいえ!もちろん信じたくはなかった!…オールス卿からその情報を聞くまでは」

(護衛騎士だったものねぇ)

「…実際、あの男は隣国から招待された侯爵閣下相手に、何度も牽制をしておりました。実の娘である王太子妃の前でも恋慕の情を隠しておらず…。宰相閣下を見る目もおかしいと思っておりました」

「実の娘の前でやったのかよ」

それは公然の愛人と思っても仕方ない。…その王太子妃は大丈夫だろうか、父親のそんな事情を眼前で聞いて。

オールス卿曰く、王太子の業務を振られて過労気味だそうだ。…猶更不憫だ。


一方通行の…それも父性愛的なものだろうと、そんなものを見たら噂の信憑性だけが固まるだろう。レイナルドに浮ついた話が無ければ猶更。

なまじ王太子妃まで周知しているならば、王家に連なる問題にもなる。

高位貴族間での噂止まりだったのはその辺もあるのだろう、だからローズマリーの件でやっと男爵の耳に入った。


(まあ、高位貴族と宰相閣下の禁断の関係だものね。パッと見)

最悪、愛に狂った宰相閣下によってシモンズ男爵家は国家反逆罪で処刑もあり得る。

…そう夫妻が感じてしまうのも分かる。

事実、死人が出た。


ゼラは内心で同意しながらも、表面では冷静さを保つ。

「……先ずは、その憤怒の龍侯爵からの私宛の手紙です。ご確認ください」

(丸めて捨てなくて良かった)

そこには、父と確執があり母に盲信的なほど従うコールデン侯爵の歪んだ思考。

レイナルド・コールデン侯爵が唯一、自身を長い目で見守る宰相に父性愛を抱いている事。

その捻じれた情を暴走させ、誰もが恐れる憤怒の龍侯爵相手に噛みついたことが書かれていた。

因みに宰相閣下は男色家ではないし愛人も居ない。


「噂を警戒したのは不幸中の幸いでしょう。ワーズ文官の他にも何人も消されています」

「そんな…」

「ミューラー殿…無事だと良いのだが」

クラウス弁護士が説明する。

「こちらでも監視と護衛の配備をしているのでご安心を。

因みに、憤怒の龍侯爵は、シモンズ男爵ご夫妻が病院に着いた時点で動いています。

『貴方の愛する男娼のお陰で、一人の令嬢が生死の境をさまよっているがどういう事か』

……と云った節の手紙を宰相閣下宛に送るはずが‥‥‥。

宰相の奥方の居るタウンハウスに『うっかり』宛先を間違えて送ったそうです」

「まあー。ファルケン公爵家宛ではあるし、イインジャナイカナー」

「そうですね。…奥方が『うっかり』見てしまいますが、国政を担う家門の夫人ですし問題はありませんね」

ゼラとクラウス弁護士は棒読みで問題ないと話す。


シモンズ夫妻は驚愕に目を見開いた。

「そ……それで!?」

クラウス弁護士が淡々と告げる。


「まあ、侯爵閣下の『うっかり』とはいえ、…ちょっとした修羅場になるでしょうね」


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