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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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14/50

14.ゼラ、ローズマリーの心の闇を書き記す

ローズマリーが入院する、かなり広い個室の隅。

そこに衝立をして、ゼラはリコリスと共に特別製の解析装置を設置した。装置には複雑な魔法術式が刻まれ、中央には大量の紙束と三角系の棒に吊り下げられたペン。

「これが『記憶の解析』ですか……」

リコリスが小さく呟いた。

「ああ。それと、『闇の抽出』。

患者の脳波と感情波長を共鳴させて、過去の記憶を筆記化する魔導具だ。…溜め込むだけ溜め込んだ心の闇を吐き出すもの」

ゼラは魔石に触れながら説明した。

「だが使うには覚悟がいる。他人の最も深い苦痛を覗くことになるからね」

吐き出されたそれは保管し、浄化せねばならない。――毒も同然だから。


「それでも……お嬢様のために」

「ああ。…心の闇を吐き出させないと、ローズマリーが壊れる」

ゼラの決意は固かった。

「ローズマリーの状態を考えると、一刻も早く彼女の心に巣食う闇を明らかにする必要がある。書き出されるのは感情の濁流。その中で、詳細な情報に付箋を貼っていく。文字起こししていけば、積み重ねたソレは証拠になる」

「はい!」

ゼラは銀色の鍵を懐から取り出し、装置の側面にある鍵穴に差し込んだ。

どす黒いソレが筆に流れ込む。

そして、ローズマリーの闇が書き込まれていく。ペンは時折痙攣し、紙が次々と黒いインクで埋め尽くされていく。

――全てローズマリーが2年間溜めてきた……絶望。


ペンがゆっくり動き出す。

殴り書きのように記される言葉の数々。


『床が冷たい怖い睨まないで助けて痛いやめてごめんなさいごめんなさいごめんなさいおうちに帰りたいやめて食べたくない気持ち悪いごめんなさいごめんなさいごめんなさいおなかがすいた痛い痛い痛いおうちに帰りたい痛いやめてごめんなさいごめんなさいゼラおねえさん苦しいたすけてごめんなさいごめんなさいごめんなさい寒いやめてお願いローズを切らないでお願いしますお願いしますお願いしますお風呂に入りたいごめんなさいごめんなさい鞭はやめてくださいごめんなさいごめんなさい痛い熱い熱い気持ちが悪いおうちに帰りたいやめてごめんなさいごめんなさいごめんなさい逃げたい怖いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごく潰しでごめんなさいごめんなさいおうちに帰りたいパパ、ママ、会いたいこわい暗い会いたい――』


ただただ、苦痛と赦し。そして、家族への思いの羅列だった。

「……っ‼」

「……リコ。要所要所に日の変わる箇所がある」

負の感情は嫁いだその日から。…結婚式の日を目安に時期を推測できる。

「私が全て…あの子がされて来たことを時系列で書き出す。

休憩が必要になったら呼ぶ。その間も記述される重要な箇所に付箋を頼む。

ローズと一緒に、ロージーの傍に、居てやって……」

「師匠……」

ゼラが唇を噛み締める横で、リコリスが祈るように手を組んだ。

「師匠、この量……全部書き出すのに一体どれだけ……。あと、師匠もアバラ折れていますよね?」

「痛み止めがあるから暫くは大丈夫」

「はい……」


リコリスの問いに答えつつ、ゼラは書き殴るように膨大に羅列される苦痛の中から、『どこで』『誰に』『何をされたか』をペンの動きに合わせて震える手を動かし始めた。

その瞳は怒りを孕み、同時に深い哀しみを湛えていた。


『ゼラおねえさん』 『たすけて』


(助けるのが遅くなってゴメン。……ゴメンね)

痛い何て言っていられない。ローズマリーはもっと痛かった。苦しかった。


(師匠、絶対無理しちゃうよね。私も頑張らないと)

リコリスは何かできる事は無いかと考え、ゼラに聞いた。

「師匠、お嬢様の好きなものを教えてください。ここは安心できる場所だって教えてあげたいので。好きなお花とか、好きな香りとか…あっ、師匠のブレスレットも綺麗に磨いたら喜んでくれますかね?」


それと、絶対に徹夜するであろう師匠に、適度に口に詰め込める軽食を用意しておこう。

病室ではしないだろうが、煙管の煙を食事にしているんじゃないかという位に食事を摂らないで夜通し作業する事はザラだ。

自分が居なければ隣国に行くにも相当な無茶をしただろうと、リコリスは師匠を心配している。


「…ありがとう、そうだね――」


+++++


「………?」


ローズマリーが目を覚ますと、目の前に見慣れない白い天井。

頭がぼんやりして、視界が曖昧だった。


(ロージー、私だ、ゼラだ)

ああ、そう言ってくれたのだった。…あれは、おねえさんだ。

「おねえさん……?わたしは……」

声が上手く出ないことに気づき、喉に違和感を覚える。

「お嬢様!?師匠、ゼラ師匠‼ロージーお嬢様が起きましたよ‼」

「ロージー…呼ばれたの、久しぶり……」

かすれた声が耳に届く。ゼラとリコリス、そしてローズがベッドの脇にいた。

「目が覚めたのか……良かった。ロージー、私が分かる?」

ゼラが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「ゼラ…おねえさん……」

「うん」


「師匠、無理しないでください!今お医者さんを呼んできます‼」

「ローズマリー、おねえさんの言う通り、たくさん寝てね」

「ローズ…ここは……?わたしは、生きてる……の…?」

掠れた声で尋ねる。自分がどうなったのか、何故ここにいるのか、全く思い出せない。

「ああ……ここはヴァイオレット商会直轄の病院だよ。ロージーは酷い怪我をしてここに運ばれたんだ。今はゆっくり休むのが一番大事だ」


ゼラが柔らかな声で説明する。ローズマリーはぼんやりとしたまま何度か瞬きを繰り返し、室内を見回した。白く清潔な空間、消毒液の匂いと…ローズマリーが好きなミモザとほのかな柑橘系の香り。床頭台には色とりどりのガーベラが入った花籠と、ゼラが贈ってくれたブレスレットが磨かれて飾られてあった


それが少しだけ安心感をもたらした。

「ローズ……あなたも……無事だったのね……」

「うん!僕もいるよ!ローズマリーも無事でよかった!」

クマのぬいぐるみローズが彼女の枕元に寄り添うように座っている。以前のような酷いツギハギでは無くなったのは、リコリスが同系色の布を探して修繕したから。

その姿に、ローズマリーの表情が僅かに緩んだ。

「わたし……どうして……ここに……?お母様……」

続く質問は途切れがちだった。頭の中が霞んでいるようで、言葉がうまく出てこない。やがて彼女は大きな欠伸を一つすると、とろんとした目で再びゼラを見た。

「すごく……眠いわ……」

「うん、まだ安静にしていないといけないからね。今は寝るのが一番だよ」

ゼラが優しく微笑みかける。その時、医師と思しき白衣の男性が静かに部屋に入ってきた。

「ロージーお嬢様、お目覚めになられましたか」

リコリスにも医師や看護師にもローズマリーの愛称『ロージー』で呼ぶように伝えた。

領内ではそう呼ばれていたし、少しでもここが安心できると彼女には認識して貰いたい。

…無いとは思うが、ローズマリーをクソ侯爵家から匿う意味でも、愛称で通しておく。

「は…い……。すみませ…ん……眠い………」

「ええ、安心してお休みくださいませ」

ローズマリーが眠ったのを見計らい、ゼラは医師に告げた。


「先生。…話をしたいんです。――時間を頂きたい」

「師匠、その前に一口っ。一口サンドイッチ食べてからにしましょうね」

リコリスに無理矢理、卵のサンドイッチをねじ込まれるゼラ。

「…何か、甘い」

「食堂のおばちゃんに完徹する師匠用のメニューをお願いしましたので!!」


一口サイズの、甘めに焼いた厚焼き玉子のサンドイッチを2切れと、薄めの紅茶をリコリスに摂らされたゼラ。

因みにコーヒーは摂り過ぎだと却下する、師匠の体調を慮る弟子である。


医師はその様子をにこやかに眺めていた。


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