13.ゼラ、姉と人形マリーと相対する
ローズマリーは術後もあってか薬が効いて眠っている。
その間に詰めておいた方が良い。
調査書を読んでいるリコリスにゼラは尋ねる。
「リコ、魅了の祝福。今使える?」
「え?あ、あれ~?」
本人はあまり好いていない力だからか、今気づいたらしい。
「……多分、あの時使った際に。ごそっと抜けた感覚があったというか……。戦闘とかの疲れかと思ったんですけど……」
「あんたねぇ…」
だがこれで、分かったことがある。
『マリー』は魅了を使い復讐を企てている。
(良くないね)
人間ですら『魅了』を我欲の為に使い、対象を廃人にした事例もある。
憎悪から動けるようになった『マリー』には一定の線引きが必要だ。
ちなみに『ローズ』が喋り、動いている件だが…。
ローズはローズマリーの母親の手製でリラが作ったものではない。
しかし、愛着があるものかつ『マリー』の傍に居たならば徐々に自我が芽生えても不思議ではない。
ふと、目の前に一枚のカードが現れた。
【マリーちゃんのお願いを叶えるわね】
「……リラの奴」
だがこれで、分かったことがある。
「リラは『マリー』に全面的に協力する気だ」
人形師リラ。
彼女の作る人形は、通常ならばそのまま人形として役目を終える。
前期の作品は。
後期の作品は極めて悪趣味だが。
ゼラは、一気に空気を変えた。
「コールデン侯爵家に別の第三勢力が居る。怨念のような状態の存在だ」
今回のローズマリーの件は極めて質が悪い。
持ち主のローズマリーが拷問まで受けた事。特定の誰かに悪意ある呪いを掛けた事。
コールデン侯爵家での生活が幸せだと噓偽りを叫ばせた事や、…殺害しようとしたこと。
…暴走、し兼ねない。
特に近年のリラは魔女の渓谷の知識に傾倒している節があり、非常に危うい。
『マリー』の復讐心を利用し、下手すれば難癖付けてコールデン侯爵領全員を人形にし兼ねない。
「……リコの祝福が抜けた感覚……リラ姉さんは『マリー』の調整に向かったってことね」
「お姉さん?」
「ああ、私の姉で……まあ、今、紹介する。けれど、そうだね…リコは姉さんと話さなくていい。厄介な人だから」
広い個室の隅でカードに手を当て、送り主の魔力を辿る。
それと同時に、音を遮断する術も展開した。
ローズマリーは商会の者と看護師、ローズが見守っている。
「これからリラと接続して『マリー』の意向のすり合わせをする」
「え?え?」
「『マリー』の人形師は姉さんなんだよ。『マリー』は持ち主を不幸にする度に……いや、むしろ『幸せ』を強制された度に憎悪を溜めていた。
……物に宿った魂は私達と勝手が違う。純粋で、――残酷だ。
だから、ある程度方針は固めないといけない。姉さんが暴走して手が付けられなくなる」
現状、ローズマリーの惨い傷と、大まかな彼女のコールデン侯爵家の生活、周囲の動きしか情報のストックは無い。
…後はレイナルド・コールデンの歪んだ愛か。
リラは狂ってはいるが、人形の意志は尊重する。
今。『マリー』を抑止せねばならない。
魔方陣を展開し、そこでリコリスはゼラとよく似た――少しおっとりした女性と対面した。
「あら~ゼラちゃん。どうしたの?」
「リラ、マリーはいる?話がしたい」
「ゼラ?ゼラおねえさん?」
ゼラはリラと共に映った女性に動揺を隠せなかった。
人形のマリーはピンクブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳だった。
だが、今のマリーはローズマリーそのもの。
栗色の髪とエメラルドグリーンの瞳も、所作も、何もかも。
否。…よく見れば違う。
リコリスから奪った魅了の能力でローズマリーと思い込ませている。
「マリー、まず言っておく。…ローズマリーは生きている。受けた傷は大きいから、私たちが彼女の傷を癒していく」
「そうですのね、ゼラおねえさま。ですから――」
彼女は優し気だが危うい光を帯びた笑みを浮かべて告げる。
「『ローズマリー』を傷つけた人間は皆消えるべきなのです。――彼女を苦しめたこの国の人間皆に罪を償わせてやりましょう?ゼラおねえさま」
ゼラは大きく息を吐く。
「却下だ」
マリーは妖艶な笑みを浮かべていたが、その瞳の奥にある狂気の光がゼラには見えていた。
ローズマリーの顔で、ローズマリーの声で。……だが、その裏に渦巻くものは別人のものだ。
「マリー」
ゼラの声は低く響いた。
リラはマリーの『お願い』を叶えるために傍に居る。――復讐の手伝いだ。
碌でもない事はやるだろうが、その意向はマリーに沿ったもの。
ゼラだって直接殺してやりたいくらいに怒りは沸いている。だが。
「――本当に、それが一番やりたいことなのか?一番、ローズマリーの為になることなのか?」
ゼラは、自身の憎悪よりも。ローズマリーの幸福を優先させる。
奪われた彼女の幸福を全て取り戻す。
――自身を救ってくれた彼女の笑顔を取り返す。
マリーもそうであるはずだ。
彼女の暴走は、彼女の最愛の人をあらゆるものを奪われた故の行動だ。
マリーは僅かに眉を寄せた。その動きは本物のローズマリーにそっくりで、だからこそ不気味で…悲しかった。
「一番?……はい。ゼラおねえさま。この国の人間を罰すること。……それ以外にありませんわ」
「違うだろう」
ゼラは毅然と言い切った。
「お前は…本当は、ただ……彼女の笑顔が見たかったんじゃないのか?
無邪気に婚約を喜ぶ彼女の姿が…彼女が伴侶と幸せに過ごす姿を見たかったんじゃないのか?」
「……ッ!」
リラの前で感情を出したくはなかった。
けれど。
結婚して、幸福であったであろうローズマリーの未来を思い描いてしまう。
彼女の両親と新たに増えた家族との幸福な光景を、考えずにいられない。
「私は、‥‥‥見たかった。いいや、見たい」
ゼラは涙を流して、マリーに告げる。
マリーは唇を噛んだ。瞳の奥が揺れる。彼女の心に刻まれたはずのローズマリーの思い出が、憎悪と混ざり合い苦悶の色を浮かべている。
「確かにコールデン侯爵やその一族は許されない」
目を拭い、ゼラは続けた。
「だがな、先代のコールデン侯爵を忘れているぞ?
あの人はお前がずっと見て来た…痩せ細ったローズマリーのような状態で、呼吸も出来ない程の酷い状態で、ローズマリーを救おうと方々に手紙を送っていた」
「!」
マリーは息を呑んだ。その目は驚愕に見開かれる。
「病気というよりもぉ~、呪いだけどねぇ~逆恨み系のぉ~」
ローズマリーに呪いの残滓があったのはそれが原因か。
「なる程ね。
その手紙の殆どは…先代侯爵を疎む者に握りつぶされた。それでも侯爵は瀕死の状態でローズマリーを助けようとしたんだ。
お前の手によって命を奪われる筋合いなんてないんだよ、あの御仁は」
ゼラは確信を持って告げる。根拠は少ない。
だが、シモンズ男爵家の手紙や商人ネットワークから聞いたコールデン先代侯爵の評判は『善人』だった。
マリーは震えていた。ローズマリーそっくりの顔で。
「……ですが……ゼラおねえさま。ローズマリーは……酷い目に遭い過ぎました。……どうやっても……償えない程……」
「だからといって彼の命を奪ってどうする?それは、お前が本当に望んだ救済の形か?」
「……」
「他にもローズマリーを救おうと動いたものは居る。
彼女の両親と、ローズマリーと一切関りの無い文官までも。
文官の彼は、自分の母親と同じ目にローズマリーを合わせたくないと戦い…殺された。
彼らの仲間もローズマリーを救おうと、ワーズ文官の集めた証拠を復元している。
侯爵家の歪さは近いうちに露見する。…いや、させる。
ならば、ロージーを救うことを優先すべきだ。踏みにじられた人生を取り返すことが大切だ」
マリーは俯いた。その肩は小刻みに震えている。
「……ローズマリーを……救いたいのです。でも……沢山ころされたローズマリーを…どうすれば……」
「救いたいと願う気持ちがあるなら、それでいい」
ゼラは言った。
「取り敢えず、リコリスの魅了の力を半分返してもらおうか」
「えっ!?」
突然名前を出されてリコリスが驚きの声を上げる。ゼラは構わず続けた。
「人のものを勝手にとって返さないのはいけない事。半分借りるだけにしなさい。
レイナルド・コールデン一人を堕とすだけで良い。
それ以上は過剰だし、リコの魅了はローズマリーの心の安寧の為にも必要。
あの子は、怪我の重さを受け入れなければならない。リコの魅了で心の負荷を減らし体力の回復を優先させる」
「……リコリスおねえさまの力は…とても良いものでしたわ。その…殿方を篭絡させる知識も沢山……」
「これでも姐さん方に、不能の殿方すら猛獣になる技術を学びましたからねっ。
私の勘ですが、糞旦那は両親の愛情に飢えています。どっぷり愛情を与えて、こっぴどく切り捨ててやるのが効果的ですよ?」
リコリスも中々に容赦がない。
「ローズマリーに必要なら…でも……」
「私は善人じゃないからね」
ゼラは聖女の肩書きは使うが、聖女らしく振る舞う気は無い。
「ローズマリーを痛めつけた連中には好きに復讐すればいい。ただし、マリーは直接手出ししない事。使用人か、篭絡したレイナルドに誘導させなさい。
公式にローズマリーをその家と切り離したいから、侯爵と前侯爵夫人、家を取り仕切る家令はなるべく喋れる程度に生かすこと。後は…」
ゼラはリラに視線を向けた。
「リラ。マリーの意向はローズマリーの幸福と救済だ。それに準ずる振る舞いが出来るか?」
リラはふんわりと微笑む。
「マリーちゃんはねぇ~、もう人形の『マリー』じゃないわ。ローズマリーちゃんの別人格のようなものよ~。だからぁ~」
「……」
「ローズマリーちゃんから奪われたモノを~、確実に取り立て出来るようにぃ、身体を調整した方がぁ、都合は良くなぁい?」
「え?」
「………そう」
(やはり、それが一番手っ取り早い、か)
マリーが顔を上げる。リラの言葉は毒のようだ。
「貴女を構成する『魅了』と『ローズマリー』の記憶はレイナルドを堕とすのに使ってくれればいいわぁ~。……でもぉ、そうね~。貴女自身は~」
リラは楽しそうに続ける。
「ローズマリーちゃんの肉体の傷を全て請け負う、『身代わり人形』になればどうかしら~?身体中の傷跡とかね~。――貴女が引き受ければ、彼女は美しく蘇るでしょう?
でも、貴女は死ぬ。その身体の死、そして、ローズマリーちゃんの記憶から忘れられる――2度の死。
それを以って、ローズマリーちゃんは以前の身体に戻る」
「―――‼」
マリーの瞳が大きく見開かれた。美しいピンクブロンドの髪が揺れる。その瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
物質の魂と生命の魂は根本が違う。
ローズマリーが肉体と精神に負った傷を代替わりするには、身代わりの形代がいるのだ。
(怖い、だろうか。自分が壊れるのは。恐ろしいだろうか、自分が最愛の人から忘れられるのは…辛いだろうか)
身代わり人形とはそういうものだ。
ローズマリーの怪我の重さから見ても、…マリーは無事では済まない。
ゼラはそう思ったが、マリーから出た言葉は真逆のもの。
「ローズマリーは…助かるの?酷いことが無くなって、幸せになれるの?
忘れられるの、怖いです。
だけど…あの子の怖いものを全部私が持って行ったら、ローズマリーは幸せになれる?」
あまりにも純粋な、主への想い。
「…2年間の時間は戻らないが、それを埋めていく優しい人たちを君は知っている」
だから自分に聖女など不要だ。
こんなにも純粋な存在に犠牲を強いるしか、ローズマリーを救う手立てがない。
「ローズマリーのパパとママ……ローズ……」
「私もだ。ここにいるリコも。それと、騎士道に反してでも主君の不誠実さをローズマリーのパパに伝えたオールス卿に、ローズマリーをパパとママの元に帰そうと頑張っているレイナルドの元部下たちも」
「人望無いのね、レイナルド」
「全くだね」
『マリー』はようやく彼女の素の様相で笑った。
「……リラ姉さん。リコの魅了の力は半分、マリーに……」
「それだけ与えておけば問題なさそうね。ローズマリーちゃんの肉体に残った傷痕は条件付きでマリーちゃんが吸収するわぁ。
ね~え?ローズマリーちゃんのお怪我を直す…治すのに、悪い子は使っていいのぉ~?」
「……。身分のある者の証言は重い。公式の罰もいる。前侯爵夫人やメイド長、執事長は加減して。もし、『足りない』のなら私が――」
「それはダメ~。ゼラちゃんは良い子なので、身代わりにしません~」
「…。悪人を使う方針で」
「はぁ~い。欲しいんでしょお~?黒幕さんの情報~」
「「黒幕?」」
リコリスとマリーが同調した。
「マリー。ローズマリーを助けようとして、妨害や人を殺した悪い奴がいる。そして、そいつは姿を見せていない。
…私たちでも調べるから、貴女はレイナルド達の復讐に集中しなさい。見つかったらそいつをどう追い詰めるか相談していこう」
マリーは暫く俯いていた。だがやがてゆっくりと顔を上げると、しっかりと頷いた。
「……はい。ゼラおねえさま」
マリーの表情には迷いは無かった。
「私の情報はぁ~?」
「拷問での自白は信用しない」
「ガ~ン。まあいいわぁ、『噂』くらいに思って参考にしてぇ~」
「分かった。…マリー。ロージーの事は任せていい」
「はい」
通信を終え、ゼラは自嘲気味に零す。
「…復讐を推奨する悪い師匠ですまないね、リコ」
「いいえ。むしろ師匠は優し過ぎます」
リコリスの拳は硬く握られていた。
「師匠。お嬢様が幸せに笑って過ごせるように、頑張りましょう」
「……ああ」
その日。ゼラはローズマリーの病室でとある準備を始める。
リコリスもゼラの指示で作業を補佐する。
ベッドの上で眠るローズマリーはまだ意識を取り戻していない。だがその表情は幾分穏やかになっているように見えた。
「師匠……」
リコリスが不安そうに言う。
「大丈夫。やることは決まった」
「……あの、魅了の力なんですけど……別に私も要らないかなーって」
今までそのような特異な力が無くとも、美しい娼婦に厄介な客が付いていたのを見て来たからだろう。リコリスが魅了を使うのはあくまで自衛程度。
ゼラは苦笑した。
「いーや?ローズマリーの為に必要さ」
「えぇ~?」
「魅了ってのは惚れさせるだけじゃない。今のあの子にはここは安全で休める場所。そう認識してもらわないといけない」
「なる程ですね?」
「あの子が過去の記憶で怖くなった時に、幸せな記憶を魅せて、休ませる。
今のこの子にはそれが必要だ」
(どんな犠牲を払っても。……あの子が笑っていられる未来を取り戻す)
「さぁ……ローズマリーを助けに行こうか」




