12.レイナルドの人間性を知ったゼラ、引く
※夫の異常性が出て来ます。
ローズマリーの手術の間、供だっていた商会の者にゼラは告げる。
「グリンホルン共和国のシモンズ男爵に手紙を書くので、届けて欲しい」
出来るだけ早く両親に会わせてやりたい。
…彼女の両親の衝撃は強いだろう。それでも、彼らとローズマリー自身の望みを叶えたい。
ずっと、会いたいと望んでいたのだから。
「分かりました。ローズマリー嬢のクソ夫…コホン、コールデン侯爵及び彼の母親の生家のメイソン公爵家にも諜報員を付けますね」
「頼むよ」
「それと、現状分かっている、あちらの情報です」
「了解」
手紙を書き終え、情報を読み込んだ
ゼラの口から零れた言葉は、純粋な嫌悪感そのものだった。
「キッショ、えっ?キッショ……」
商会の者もゼラのあまりに素直な感想に苦笑いするしかない。だが、その意見に異論は唱えなかった。
それほどまでにレイナルド・コールデンという男の心理は歪んでいたのだ。
共和国のレイナルド・コールデン侯爵と、王国の憤怒の龍侯爵も面識は在ったらしい。
【私はレイナルド・コールデン宰相補佐とは1年ほど前に会ったので、情報の精度に欠ける。だが、彼の人物像はおおむね合っているだろう。
私は彼が女性と結婚したと聞いて疑問だった。
ハッキリ言えば、彼を男色家だと認識していた。ローズマリー嬢の一件を聞いた時、その為の偽装結婚かと思ったほどだ。
私が侯爵位を継いで、共和国に幾度か赴いた時。
その度にやたらと私と国王陛下や宰相閣下との私的な会話に参加したがって、じーっと遠くで見てくる。それがレイナルド・コールデン宰相補佐だ。
話を振ってもだんまりで、チラチラと宰相閣下を見ていた。
そして、私の耳元でこう告げた。
『宰相様は私のもの』だと。告げられたのは一度だけではない。
正直、他人の特殊性癖には関与しないし、公言する気も無かった。
それでも人の口に戸は立てられぬ。
四大公爵の一つを母に持つレイナルド・コールデンと、同じく四大公爵と縁の深い宰相の愛憎劇は高位貴族の間でのみ有名であった。
下位貴族には伝わっていない辺り、高位貴族に仕える者の暗黙の了解になっていただろう。
それと、ゼラ殿が案ずるローズマリー嬢の一件で調べた。
レイナルド・コールデン宰相補佐がローズマリー・シモンズ男爵令嬢に婚姻前に贈ったものだが…、あれらは宰相の奥方と、私が妻に贈った品を混ぜたような取り合わせだった。
流行は周期的に変わるので、シモンズ男爵も令嬢自身も気付かなかったのだろう。
因みに宰相とレイナルド・コールデン宰相補佐は愛人関係ではない。
アレはただの捻じれた父性愛の暴走だ。
父と確執があり母に盲信的なほど従う。
レイナルド・コールデン宰相補佐は唯一、自身を長い目で見守る宰相に父性愛を抱いているのだろう。これは貴族社会でも珍しいケースではないが…。
色恋沙汰の無い美貌の宰相補佐の…私への発言で、噂となったのだろう。
しかしレイナルドの場合は些か行き過ぎている。自分の意思を持たず他者の望みをそのまま受け入れる。まるで操り人形だな】
ゼラは苛立ちを込めて手紙を丸め、窓の外へ放り投げたい気分だった。
「我々の調査で分かったことは……」
と諜報員が淡々と言った。
「前侯爵夫人オーギュスタの支配から逃れられず、それでも宰相閣下に認められたいあまりに、憤怒の龍侯爵の奥方と同じ家格の低い令嬢を娶った、と。
しかし、結婚式に参加もせず、ローズマリー嬢が宰相との縁を結ぶものだと解釈しています」
「親父離れ出来ねぇ坊やって訳か。ふざけんなよ」
ゼラの声には怒気が滲んでいた。
ゼラが書類を読み終えた頃、手術を終えたローズマリーが手術室から病室へと運ばれた。
ローズマリーは病室に運ばれた。
「師匠、道具一式持って来ましたッ」
リコリスが道具を抱えて戻ってきた際、溜まっていた郵便物も持ってきたので確認する。
その中にシモンズ男爵からの手紙があった。
【ローズマリーと接触できません。我々と面識のないワーズ文官が娘を救おうと尽力し殺され、彼の家も全焼しました。
証拠も無く王に進言すれば、愛人を守るために宰相閣下が娘の件を揉み消すかもしれません。
聖女として王に進言をお願いしたい】
そう云った記述がされていた。
「あ…愛人!?男娼ってこと!?」
「いや…事実じゃあないんだけどさ。多分。
……そりゃあそうだよねぇ…。うちの侯爵相手に啖呵切っているのを、誰かが言ったんだろうけど……」
「あの侯爵にメンチ切ったんですか!?そりゃあ、恋の駆け引きとか思われるでしょうねぇ」
宰相の愛人()相手に下位貴族がどうやって戦うというのか。
死人も出ているならば、生きた心地がしないだろう。
ゼラは頭を抱えるが、今はローズマリーの容体を聞くべきだろう。
医師はローズマリーに悲しげだが穏やかな笑みを向ける。検診をした後、ゼラたちに目配せをして部屋の外へ促した。
廊下に出たゼラは、待機していた医師に向き直る。リコリスも後ろに控えていた。
ローズは、もしもローズマリーが目覚めた時に備えて一緒に居てもらう。
「先生、ローズマリーの容体は?」
ゼラが切り出すと、医師は厳しい表情で口を開いた。
「最も深刻なのは頸椎の圧迫骨折ですね。一部神経を損傷していることが判明しました」
「神経を……」
ゼラの顔が曇る。
「現在、鎮痛等の処置を行っていますが、問題は今後の機能回復です。現時点では四肢に著しい運動麻痺が認められます。…上肢も手指の動作が難しくなる可能性があります」
医師は淡々と診断結果を述べていく。
「祝福…『心眼』『遠視』など、瞳術使いかつ治癒魔法の使用が出来る者ならば、神経の復元も出来ましょう。けれど、現状…これまでのような生活を送ることは……難しいかもしれません」
最後の一言は重く響いた。
「それと、現状治療困難な理由ですが」
医師は一度言葉を区切り、周囲を見渡して声を潜めた。
「彼女の身体には……通常の事故では考えられないような多数の傷跡がありました。
明らかに故意に加えられたと思われる打撲痕や裂傷の跡が随所に……」
医師はそこで一旦言葉を切った。ローズマリーの肉体に刻まれた壮絶な過去を示唆する証拠。
それが意味する事実に、改めてゼラだけでなくリコリスも顔色を失った。
医師は告げる。
「私は…かの方ならば治療が可能だと存じます。ですが――。
かの方に、同じ年ごろの女性の…あらゆる尊厳を踏みにじられた彼女を診せるのは……。
これは、民ではなく、医師としての判断です。かの方の病を悪化させかねないのです」
「そんな…」
「リコ、やめな。高貴な身分な上…心の病気を持った人に、精密な治療は任せられないだろ。
リコが瞳術を持っている治療術士の力を『今』持ったとして…、平静でいられるか?何十時間もの治療ができる?」
「あ…。……ごめんなさい」
「うん。…で、先生」
「それらについては……本人には?」
ゼラが低い声で尋ねる。
「現状、伏せておいた方が良いでしょう。精神的にも非常に不安定な状態ですので。まずは肉体的な回復と安定が最優先と考えています」
医師の意見は至極当然のものであった。ローズマリーにとってはあまりにも過酷すぎる事実だ。
「承知しました」
ゼラは静かに頷いた。
どの道、魔術等による治癒は現状難しい。
ローズマリー自身の生命力がほぼ枯渇している状態では失敗しかねない。
一定の体力の回復が無ければ、術者の負担が強すぎる。
それと――
「ローズマリーの傷を鑑みて。『記憶の解析』と『闇の抽出』を並行して行いたい」
ゼラは証を見せながら医師に告げた。
ローズマリーが2年間受けた精神の苦痛を鎮める必要がある。
発見した時、錯乱する彼女を思い出す。
動けない身体を無理矢理動かそうとして、酷く怯えていた。
あの状態では肉体の回復に支障が出かねない。
彼女の心に巣食う闇を。感情の濁流を吐き出させ、受け止めなければならない。
「――ええ、お願いします。彼女の回復には精神の傷がどれ程支障をきたすのか分かりません。どうか、よろしくお願いします」
「任せてください」
ポーカーフェイスの憤怒の龍侯爵ですが、毎回『宰相様は私のもの』と言われて鳥肌は立っていた。




