11.ゼラ、弟子に一喝される
※胸糞描写があります。
あと、蝉の聖女は出ますが、シリアスなので蝉りません。
「おい!ここに落ちた女はいるか?ローズマリーお嬢様を保護しに来た!」
(…保護する令嬢に殺気を放つかよ)
荒々しい男の声。ゼラはためらわず天幕を捲る。
「何だい、あんたら」
「な!!??」
――一糸まとわぬ姿で。
ゼラの褐色肌は水気を帯び、引き締まった肢体。肩から胸元に刺青の入った身体と鋭い目つきに男たちは狼狽える。
「いや、誰かを匿っていないかと…」
「はあ?…ちょっと、アンタぁ、こいつらが中を見たいってさ」
「ひっ」
中に居たのは…煙管を燻らせる筋骨隆々の巨体。裸体のあちこちが傷だらけの男の背中。
男の丸太のように太い腕には、もう一人の裸体の女が煽情的な出で立ちで枝垂れ掛かっている。
「パパぁ、どうしようかぁ。ワタシ、パパと楽しみたいのにぃ」
「あ、いや、その……」
「最中の邪魔何だけど?で?女がナニ?」
「す…すみませんでした‼」
バタバタと走り去る男たち。
馬や馬車が立ち去る音を確認して、ゼラはその場に座り込んだ。
「はー………、何とかなったか」
巨体の男はクマの『ローズ』。魔道具で人間に擬態しているとはいえ、声を出せば幼く可愛らしい。その巨体を壁にローズマリーを隠した。
煙管はゼラの私物で、薄暗さも相まって女性ものと気付かれなかったのは良かった。
トドメはリコリスの祝福『魅了』。とはいえ、ある程度舞台を整えて置く必要がある。
相手が確固たる意志を持っていれば効かない。なので、不意打ち気味に肌を晒した。
リコリスの魅了の効果で、隠れたもう一人――お嬢様の荒い呼吸音から完全に意識を外させ、最中()の邪魔をしてはいけないと追手に『引き下がる』思考を植え付けた。
――お嬢様の命が掛かっているのだ、全裸位何てことは無い。
本来ならリコリスにはこの力でコールデン侯爵邸に偵察に行ってもらう予定だったが、ローズマリーを見つけた以上、その必要は無い。
むしろ、彼女は生命の危機にある。
すぐに服を着てリコリスとローズに告げた。
「ここは危険だ、別の連中が来るかもしれない。夜の内に安全な場所に移動しよう。
まずは最低限の治療を施したら、移送方陣で自国の商会に移動する」
任務に忠実な奴が一人でもいれば、魅了の効果は持続しない。
馬は置いておくしかないが、緊急事態だ。
良い馬なので誰かが拾うだろうから手綱だけ切っておいた。
「わかりました!」
「あの、ローズマリーのおうちには行けないの?僕が担いでいくよ?」
ローズは不安そうに告げた。
……大柄の筋肉モリモリの男が幼く喋るのでギャップが凄い。
「…おうちに行けない理由を話すから取り敢えず、ローズマリーお嬢様が驚くからクマに戻ってね」
「う…うん」
ぬいぐるみに戻るローズ。
この移送方陣は座標が固定されている。…書き換えは行った場所ならば可能だが――
「…いや、シモンズ男爵領は却って危ない。嫁ぎ先は侯爵家だろ?
返せと言われても男爵は応じないだろうが、武力行使されれば敵わないだろうしこの子の帰る場所まで傷付く」
「ひどいよ…」
その時だった。
ローズマリーが目を見開く。
「……っ………っ…!!」
そして、酷く怯えた目で、口をパクパクと動かし必死に何かを叫ぼうとしている。
「ローズマリーお嬢様っ」
声を掛けるが歯をカチカチと鳴らし、恐怖に支配されている。…ならば。
「――ロージー。…ロージー、私がわかる?
ゼラだ。アクセサリー屋を開くときにと、貴女の名を貰った、ゼラ・ローズだよ、ロージー」
愛称を呼ばれた事とゼラだと分かったのか、怯えの様子は少し落ち着いた。
震えて、かすれる程小さな声で『おねえさん』と呼ばれた。
頬に手を添えて、優しく語り掛けるゼラ。
「うん、そうだ、ゼラおねえさんだ。君は怪我をしているから、これから病院に行くよ、ロージー」
ローズマリーは涙を流し、『パパ、ママ』『こわい』『帰りたい』とかすれた声で繰り返す。
「…うん、分かった。ロージー、大丈夫だ。パパとママに絶対に会わせる。
……うん、怖くないからね。私は聖女だから、一番安全な場所でパパとママに会おうね。
――少し休んでなさい」
その言葉とゼラの魔道具の効果でローズマリーは微睡み、瞳を閉じて眠りに付いた。
「ゼラおねえさんは聖女なの?」
ローズが不思議そうに聞いてきた。
…非常に不本意だが、使えるものは何でも使ってやる。
「ああ、そうさ。侯爵だろうがこっちは一歩も引く気はないよ」
ゼラは蝉の装飾が成された首飾りを見せる。リコリスも同様に。
「聖女ゼラ・ローズ。ならびに聖女リコリスがローズマリーお嬢様の味方だ」
ゼフェス教改めイデア神道の聖女2人が動く。
イデア神道は強大な魔王を封印した戦いを経て、精霊と人間の感謝と共生を重んじる新形態の教え。尚、シンボルは蝉。
信者もいるが身の回りにいる精霊と共存することを重きに置いている。
とは言え、聖女と云っても精霊の加護が強いだけで、生活は一般人と変わらない。
と、云うか。聖女が初期は500人居た。今も増えているし判定基準がよく分からない。
それでも、ゼラもリコリスも数百人の聖女と神と同調し邪悪な魔王を封じたということで、英雄扱いはされている。
…何で象徴が蝉なのかはゼラもリコリスもよく分からない。
いや、分かってはいるんだけど、目を逸らしたい。
それはさておき。
二人は協力して持参した医療品で彼女の怪我の応急処置を施す。
「あの、師匠。さっき、注射式の薬を打ったんですけど、お嬢様、ピクリともしませんでした」
「……」
先ほど怯えた時も、手足は動かなかった。
高所から落下したのだ。頸椎を損傷した可能性もある。
「…なるべく、頭部は固定しておこう」
「はい」
「……これでひとまず安心だろうが…」
ゼラは汗を拭いながら呟いた。
「あと、師匠…。お嬢様の…古い傷。おかしいんです。娼館で乱暴な人は居ました。でも、『違う』んです……」
「……っ‼」
――リコリスが指し示す、――古い傷を、――……確認した。
ゼラは自分の表情が凍りつくのを感じた。
「これは……」
血が滲むほど唇を噛み締める。
――拷問の傷だ。
ゼラたちの母がされた傷と…同じ。
「早く…商会へ…移送方陣を……‼」
ヴァイオレット商会へ転移し、商会長に淡々と事情を説明していった。
リコリスも、クマに戻ったローズも。ゼラの様子に何も言えなかった。
ローズマリーが無事病院に搬送され、手術を始めた時。
「畜生、畜生、畜生……‼」
ゼラは壁にもたれ込むように床に座り込み、何度も床に拳を叩きつける。
何で、もっと早くに気付いてやれなかった。
何で、クソみたいな連中に嫁ぐ彼女を祝った?
不法入国でも何でもいいから、早くあの子の元に行けばよかった!
何で、何で、何で………‼
「師匠‼――ゼラ・ローズ師匠!!!」
拳が血まみれになる程自身を責めるゼラを、リコリスは止める。
「師匠の魔道具がお嬢様に必要なの‼お嬢様を苦しめる心の闇を晴らすのに、私だけじゃあ力が足りないもの‼
お願い、自分に怒るのは後にしよう?一番はお嬢様を治癒する事だよ‼
師匠、お嬢様を助ける手を傷付けたらダメ‼」
荒い息を吐きながら、ゼラは如何にか平静を取り戻す。
「一番厄介なのは心の傷だよ?師匠の魔道具でそれを祓って、お嬢様の両親に会わせてあげよう?
お嬢様に約束したでしょ!?」
「あ…………」
――彼女の心の傷は、彼女が侯爵家でどう暮らしたか。その記憶そのもの…。
(あの子の傷を癒し、…連中の所業を知る、――記録)
「分かった、心配かけたね。
私はお嬢様を待つ。リコ、……特級20番から40番、そして、90番台から全部、材料持って来て」
「はいっ」
リコリスが去った後、ゼラは再び力なくその場に座り込んだ。
ローズがゼラの足をポフポフと叩く。
「ありがとう。ローズマリーの為に、あの家に行ってから沢山怒って泣いてくれたのは、マリー以外だとおねえさんが初めてだよ」
ローズにそう言われ、ゼラは自分が泣いていることに気付いた。
…やる事は多い。泣いている場合じゃない。
ゼラはローズに問いかける。
「マリーは…確か、人形の子ね?一緒に捨てられたの?」
ローズのように、意志を持つ人形なのだろうか。
「ううん。マリーはあの屋敷に居るよ。あと、凄く怒っているよ」
「…如何にか、マリーを連れ出せたら良いのだけど」
「あのね、マリーはね。ローズマリーに成ったよ?復讐するんだって」
その不穏な言葉にゼラは眉をひそめる。
自分ですら腸が煮えくり返るのだ。
ローズマリーと共に居て、彼女の苦痛を見て来たこの子たちの怒りはどれ程か。
「――マリーと…お話できるの?ローズ」
「うーん、心の中でお話する感じだよ?マリーがおねえさんにありがとうって伝えてって」
内心複雑だが、その気持ちは受け取ることにした。
しかし、人形がローズマリーに?
「あとね、マリーがリコおねえさんの力を借りてごめんなさいって」
「……何だって?リコの魅了のこと?」
「うん。リコおねえさんが僕に触った時に、『マリー』とお揃いのブローチに吸い込んじゃった。ローズマリーも持っていたけど、おばさんが取っちゃった」
(――後で、リコに『魅了』の件は聞いておこう)
ローズは幼少期のローズマリーの精神に引っ張られているのか、言動が幼い。
意思が宿ったのはつい最近だろう。
マリーは…中々苛烈な性格をしているようだが。…気持ちは分かるから複雑だ。
それと、人形…。
突然動いて喋る人形。それを、ゼラは知っている。
「リラ……」
確か、人形の『マリー』はゼラの姉の作品だ。
(初期の作品は一般的なものと遜色ないのに…。いや、ローズマリーの仕打ちをずっと見て来たなら、変化する……?)
一般的な人形でも持ち主の不幸で起きうる事だ。…あり得る。
「……」
メモを一枚書いた。
【リラ、マリーをどうする気?】
それだけ書いて転送した。
あの姉だ。
自身が若い頃に作った何の変哲もない人形。その変化を気取れば絶対何かやらかす。
(それだけは阻止しなければ)




