10.ゼラ、弟子と共にコールデン侯爵領に向かう
ゼラは初めてのお客様を覚えている。
白髪と白い瞳、褐色肌の異国のいで立ちの自分に懐いてくれた可愛らしいお客様。
ゼラは細工師として修行の合間、優しい男爵一家にお世話になった。
その一家の、一回り年下の綺麗な栗色の髪とエメラルドグリーンの瞳が可愛らしいお嬢様。
『アクセサリーのおねえさん。おかあさまに、世界でひとつだけのおくりものをしたいの』
恥ずかしそうに、一緒に奥様に贈るプレゼントを作って欲しいと頼まれた。
小さな指で一生懸命ブレスレットを作っていて、妹とはこんな感じなのかと思ったものだ。
もしも工房を持てたら――、そんな夢の話を熱心に聞いてくれたお嬢様。
『私の名前を使ったらどうかしら?ゼラおねえさんがもっと、もーっと華やかになると思うわ』
そのローズマリーお嬢様が、2年程音信不通となっている。
ゼラは平民なので、高位貴族との結婚とはそういうものなのかと思った。
しかし、自国の商品を扱う元締め。
――憤怒の龍侯爵曰く、社交でも噂一つ出ないのはおかしいとのこと。茶会の一つや二つは経験させて、上流の空気に慣れさせるものだとも。
更に、下位貴族を卑下する高位貴族が居る事を聞いて、不安が押し寄せる。
ローズマリーお嬢様と音信不通になって半年が経った頃の事だった。
それから、シモンズ男爵家とコールデン侯爵家へ、『ローズマリー奥様と旦那様に贈り物をしたいので、旦那様の好みを教えて欲しい』と手紙を送った。
シモンズ男爵の返事は芳しくないし、コールデン侯爵家からの返信はのらりくらりと新婚夫婦から話題を躱して拒否の文面。
なので、ローズマリーお嬢様の出身国である、隣国グリンホルン共和国の装飾品店に情報を仰いだ。
個人情報になるし信頼のおける店舗故顧客の情報漏洩に厳しい。ので、こう提示した。
『ゼラ・ローズの新作五点。これを今回だけ6割引価格で契約。
対価は栗色の髪とエメラルドグリーンの瞳、18‐19歳の高位貴族の奥方が購入したか?写真を添付する(婚姻前に両親と撮った写真)。
家名の頭文字はCか?情報を求む』
――元締めに仲介してもらい、情報提供を願い出た。
幸い、ゼラの細工やアクセサリーは上流にも評判で、高位貴族向けの店にもある程度融通は効いた。…物凄くどうでもいい、もう一つの職業も効果があった。
結果、高位貴族の若い奥方や令嬢向けに制作したアクセサリーの類やドレスすらも、コールデン侯爵領では殆ど買い付けが無い。
少数の顧客の容姿はローズマリーとは程遠いし、コールデン前侯爵夫人か買い付けた装飾品全ては公爵家への贈り物だと証言を得た。
焦りはあったが、自国のゴタゴタで他国への行き来の許可に時間が掛かった。
やっとゼラ達の隣国への入国手続きが終わった。
――ローズマリーお嬢様と音信不通になって、1年8か月目の事だった。
――その行き違いとなって、ゼラの工房にシモンズ男爵の手紙が届いたのだが。
ゼラは真っ先にコールデン侯爵領に馬で向かった。
コールデン前公爵夫人馴染みの店舗に奥様好みの作品を売り込んで、その隙にリコリスに邸宅を偵察してもらうという荒っぽい手段を使う予定でいる。
リコリスはゼラの弟子だ。
元娼婦のこの弟子は、年齢はローズマリーと同じくらいだろうか。本人もよく知らないらしい。
元々親の借金で無理矢理娼館に売られたそうで、借金返済を経て元々夢だったアクセサリー作りがしたいと頭を下げて来た。
蜜柑色の髪に青柳色の瞳、そばかすのある愛嬌ある娘。少しおっちょこちょいだが、熱意はあるし荒削りな所はあるが努力家だ。
弟子を取るとは思わなかったが、今回の事を話すと、「色仕掛けなら任せて下さい‼」と鼻息荒く付いてきた。
…正直、凹凸に関してはゼラの方がメリハリはある。
娼館の女主人曰く、『愛嬌と気配りで客を掴んだいい子。夢に敗れたら戻っておいで』らしい。…まあ、愛想の無いゼラと違って人懐っこい子だ。
職業柄、激務でリスクもあるが、女主人なりにリコリスに『帰る場所』を作って置くという意味だろう。
まあ、こっちも師匠としてキッチリ職人の技術は仕込むが。
しかし、運が悪い。
コールデン侯爵領付近は山賊が出るらしく、撃退している間に馬が逃げてしまった。
ようやく逃げたうちの一頭を見つけた所で日が暮れて来たので、街道から少しそれた川の傍。切り立った断崖の横穴で野営する事となった。
…翌朝、あの崖を迂回して街道に戻る事を考えると気が滅入る。
完全に夜になる前に野営の準備は完了した。
「師匠、一頭は逃げちゃいましたね…」
「仕方ないさ、商売道具が無事なだけマシ。当分は…ん?」
薄闇の中、上から何かが争う声が聞こえた。
「また山賊ですか?」
「侯爵領付近の割に治安が悪い……」
何か、小さくて軽いものが落ちて来た。
そして。
『~~~~~~っ』
もごもごと喚く音が川から聞こえる。
「え?何?赤ちゃん?」
「!リコは火を焚いて待機。飛来物があるかもしれないから横穴から出ないように」
「は、はいっ」
そう言い放つとゼラは頭部を腕で覆いながらその落下地点へ向かう。
「大丈夫!?」
声を極力抑えて川から引き上げると、――それは薄汚れたクマのぬいぐるみ。
しかし。
「たすけて!ローズマリーを助けて‼」
ぬいぐるみにそう懇願された。
「!?」
動揺した刹那。
上空から女性の悲鳴と、何かが折れる音。
「――……っ!!!」
一瞬遅れてゼラは手足に装着している身体強化の魔道具を展開した。
崖に生えた木に引っ掛かり、落ちてくるそれをゼラは抱きかかえた。
一度衝撃が殺されたとはいえ、落下した女性を受け止めた衝撃でゼラのアバラは折れた。
鈍い痛みが奔るが女性を抱きかかえて離さない。気力でその人を川岸まで引きずり、担ぎ上げた。
「……はあっ……!……しっかりしな、あんたは助かる!」
ぬいぐるみをズボンに突っ込み、痩せた女性を抱えて野営の場所へと戻る。
「大丈夫?頑張って生きろ‼」
まだ温かい、心臓は弱いながらも鼓動を続けている。急ぎ、治癒魔法を施さねば。
ランプの灯りがかすかに揺れていた。野営地の簡易テントの中にゼラは入る。
「師匠、何があったんですか!?」
「リコ、治癒用の魔道具を早く持ってこい‼あと温熱の魔石も‼」
ゼラは細工師だが、魔石を扱える魔道技師でもある。
リコリスは震える身体を叱咤しながら治癒用の魔法具を探す。
ゼラはその間、応急処置を行う為、女性のドレスに手を掛けた。
その手がピタリと止まった。
「え」
全身が総毛立つ。
ぬいぐるみが呼んだ名と、目の前の女性があまりにもゼラの記憶と乖離していた。
女性は痩せて頬がこけ、顔色は土気色だった。髪も抜け落ちて酷く荒れ、何かに引っ張られたように縮れていた。
けれど。
「ローズマリー…お嬢様‥‥‥?」
自分が彼女の結婚祝いにとローズマリーの好きなミモザの花の模様を装丁したブレスレットを忘れるものか。
痩せて、腕から抜け落ちてしまうのだろう。
落ちないようにボロボロのハンカチで固定して、ずっと大切にしていたのだろう。
その腕には無数のやけど痕があった。
「何が、あったんだよ、あんたに……」
ゼラの瞳から、ポロリと涙が落ちた。
「お嬢様、生きろっ。起きろ!目を開けてくれ!」
無理矢理平静を戻し、呼びかけながら治癒の加護を展開し続ける。元々衰弱が激しかったのか、体力は恐ろしく低下していた。
ゼラが贈ったブレスレットの加護で、辛うじて衰弱死を免れていたようだが。
(…何だ?悪質な呪いの残滓が残っている?)
彼女が好きな人形たちと揃いのブローチは無かった。…奪われたのだろう。
ローズマリーの気力を回復させる意味も込めて、ゼラはブレスレットの呪いを解呪し加護を掛け直す。
ゼラ自身もアバラが折れた鈍痛で延命処置の邪魔になるので、痛み止めを打った。
「このままじゃまずい……」
「どうしましょう……!」
内臓に傷が付いているなら、迂闊に水は飲ませられない。
「おねがい、ローズマリーを助けて‼」
リコリスはぬいぐるみが助けを求める事態に驚いているが、何とか『任せて』とぬいぐるみを落ち着ける。
「リコ、これを注射して。対象者の生命力を底上げする…待って、静かに。…処置はやっていい」
ゼラは指を口に当てて『静かに』と告げる。
ゼラは一度深呼吸をして冷静さを取り戻すと、周囲を見渡した。
夜の森は静まり返っているが、どこか危険な気配が漂っている。
――ローズマリーお嬢様を突き落とした連中か?
テントの外で複数の足音が響いた。ゼラが短剣を構えながら覗き見る。
…戦うにも、他に仲間が居たら面倒だ。
お嬢様の治療の中断を長引かせるのは良くない。
「追っ手だ」
ゼラの瞳が鋭くなる、そして服を脱ぎだした。
「ちょっ、師匠!?」
「アンタも脱ぎな。…君は、『ローズ』だったね?」
「う…うん」
ゼラはローズの耳にピンを刺した。
「わっ!?わぁ!?」
「ローズ、お嬢様をその身体で洞穴に隠して。背中を向けて座って、黙っていていい。
リコ。…あんたの力に掛かっているからね」
「!了解です!」
「うんっ」




