9-27(決着).
ベルゼフの体の中からまるで彼の心を表しているような黒い靄があふれ出ている。それはベルゼフの体全体を包んでその濃さを増している。
「ハハハハ…。そうか…そうだったのか…。ハハハハ……」
ベルゼフの目は移ろだ。
やっぱり、俺はこの光景をどこかで見たことがある…。一体どこで……。
その時、突然ベルゼフがサラに襲い掛かった。俺は全力でベルゼフとサラの間に飛び込んだ。
「ぐわぁーー!!」
「レオーーー!!!」
俺はベルゼフの勢いに簡単に弾き飛ばされた。アディの悲鳴が聞こえる。俺が完全には回復していないせいもあるが、ベルゼフはさっきまでより格段に力を増している。俺はせっかくアディが回復してくれたのにもかかわらず、また大きなダメージを負って地面を転がった。
「『氷槍』!」
シルヴィーが放った巨大な氷の槍がベルゼフに激突する。ベルゼフはウッと呻いたが、それでも止まらずサラに迫る。
「コレオグラファー!!!! 貴様ーーーー!!!!!!!!」
ベルゼフは振り上げた剣でサラを叩きつけるように斬った。
「がはっ!!」
ベルゼフに斬られたのはサラではなくアルスだった。最後にアルスがサラを庇ったのだ。アルスはベルゼフの剣を英雄の剣で防ごうとしたが、それはベルゼフの剣の軌道を多少変えただけで、アルスは左半身を斬り裂かれた。
「あ、アルス…」
「サラ、大丈夫か?」
「わ、私は…」
「サラは僕が守る!」
サラを守るようにアルスが立ち上がった。左肩から斜めにアルスの皮鎧に傷が入っている。アルスは額からも血を流している。それでも、アルスはベルゼフを睨みつけた。
「ぎゃあぁぁーーー!!!」
辺りに鋭い悲鳴が響く。この声は…サラだ!
サラは、背中から血を撒き散らせながら、クルクルと回転するように地面に倒れた。俺にはその光景がスローモーションのようにはっきりと見えた。
「サラーーーー!!!」
アルスが振り向いてサラを抱き起す。抱き起したアルスの手も赤い。そんなアルスとサラを血を滴らせた剣を持ったベルゼフが見下ろしている。
『回り込み』だ…。
『回り込み』は必殺のスキルだがCTが長い。でもさっきからのやり取りでさすがにCTは空けていた…。ベルゼフは一瞬でアルスの背後にいるサラの後ろまで回り込んで攻撃したのだ。
「お前ー!!」
サラを抱いたアルスが叫ぶ!
俺はやっとの思いでアルス達とベルゼフの間に割り込むと、盾を構えてベルゼフと対峙した。俺とサラ、アルスを包むように光るエリアが出現した。アディの『大範囲回復』だ。さらに、アディは背後からサラに『大回復』を使っている。
「レオ、サラが…。私の回復魔法スキルじゃ無理だわ!」
後衛職のサラが、背後からベルゼフの攻撃をまともに受けたんだから無理もない。
「誰かクリスティナ王女を呼んできてくれ!」
俺の言葉に、数人の騎士がこの場を去った。
「ベルゼフは呪われている……」
掠れたような声でそう言ったのはアルスに抱きかかえられているサラだ。
「ベルゼフが…ジギルバルトの…代わりに……トガムゼの呪いに………」
「サラ、喋るな!」とアルスが悲鳴のようにサラに声を掛ける。
『迷宮物語』では、王妃の暗殺をきっかけにジギルバルト団長が闇落ちして、レベルキャップ解放前のラスボスとして登場する。そしてその闇落ちにはトガムゼの呪いが関わっていた。
滅ぼされた先住民の長であるトガムゼ…。
そのトガムゼの呪いは数百年に一度ファミール王国に災厄をもたらすと言われている。200年前に賢王ウルザルが気の触れた側近に殺されたのが、もっとも最近のトガムゼの呪いだ。
黒い靄に包まれたベルゼフ。どこで見た光景だと思っていた。あれは『迷宮物語』でジギルバルト団長が闇落ちした時と同じ光景だったのだ…。
「だいぶ前からベルゼフはおかしかった」
そう言ったのはレヴィアだ。
「マスターの指示に反してカイル探索者養成学園の生徒を襲わせたり、ゴドウィン王を暗殺したり…」
そうか、俺達を襲ったり王を暗殺したりしたのはサラの指示じゃなかったのか。それを聞いた俺はどこかほっとしていた。
「うおおおおおぉぉぉーーー!!!!」
黒い靄に包まれたベルゼフが咆哮した!
「アルス、ベルゼフは俺達で倒すぞ! レヴィア、サラを頼む!」
闇落ちしたラスボスを倒すのは主人公の役目だ!
アルスは一瞬迷う素振りを見せたが、頷いて、サラを慎重にレヴィアに手渡した。レヴィアは「マスター…」と呟いてサラを抱きかかえる。レヴィアもボロボロなのに俺の頼みを聞いてくれた。サラが俺達にとってコレオグラファーだとしたら、レヴィアにとってはマスターだ。アディがレヴィアに『大回復』を使った。
サラをレヴィアに任せて立ち上がったアルスは、決意を秘めた目でベルゼフを睨む。そこから先は、ベルゼフ対アルス、シルヴィー、アディ、そして俺の4人の戦いになった。『迷宮物語』でも、最後は闇落ちしたジギルバルト団長と主人公を含むパーティーとの戦いだった。
そして…今…アルスの体は光りに包まれている…。
『迷宮物語』で、ラスボスのジギルバルト団長に仲間を傷つけられた時の主人公と同じだ。これは『光の守護者』の効果であり、アルスが覚醒して呪われたベルゼフに対抗できる力を得たことを意味している。
「この光は…主人公はこっちだったのか…騙されたぞ!」
ベルゼフが憎々し気に俺を睨む。
「ベルゼフの回り込みに注意しろ! 特に後衛のアディとシルヴィーが狙われたら危険だ!」
その後は俺がアディをアルスがシルヴィーを守りながら戦う格好になった。回り込みは強力なスキルだが使うとわかっていれば防げないわけじゃない。特に俺とシルヴィーにとってはPVPで見慣れたスキルだ。アサシン系の職が怖いのはいきなり襲われるからだ。
そこから先の戦いは、4対1でも決して簡単なものじゃなかった。相手はラスボスだ。
「うっ!」
俺はべルセフの攻撃を『ガード』で受け止めると『シールドバッシュ』で弾き飛ばした。いや、弾き飛ばそうとしたがベルゼフは弾き飛ばされていない。硬直もしていない。レジストされたようだ。やっぱりラスボスは強い。
「『跳躍斬り』!」
アルスが斬り掛かるが、そこにベルゼフはいない。
ガシッ!
アディの後ろに回り込んできたベルゼフの攻撃を俺が盾で受け止める。
「残念だったな」
俺がそう言うと同時に氷の弾がベルゼフを襲う。シルヴィーだ。ベルゼフは氷の弾を躱したが、それはシルヴィーのフェイントだった。本命は氷の槍だ。シルヴィーは『瞑想』も使っているようで威力が高い。
「ぐわっ!」
ベルゼフがシルヴィーの放った氷の槍を食らって仰け反ったところを俺とアルスが左右から斬り掛かった。俺は『集中』と『雷剣』、アルスは『集中』を使っている。
「『二段斬り』、『ダッシュ』、『スラッシュ』!」
「『剛剣』、『3連撃』!」
俺とアルスのコンボ攻撃が決まってべルセフが「があぁーー!!」と叫ぶ。特に、覚醒したアルスは確実にベルゼフにダメージを与えている。それでも、闇落ちしたベルゼフの耐久力は高く強引に反撃してきた。俺とアルスは、ダメージを受けながらも同時に『回転斬り』を使った。
ベルゼフは悲鳴だか雄叫びだかわからない声を上げながら反撃してきた。攻撃力が高い…。く、苦しい…。隣にいるアルスの顔も歪んでいる。
「『大範囲回復』!」
アディが俺とアルスの足元に回復エリアを発生させた。一方、ベルゼフのほうも「『大回復』!」と、一連のやり取りで負ったダメージを自らの回復魔法スキルで回復させる。面倒だ…。これが聖剣士を相手にするのが大変な理由だ。
それにしても黒い聖剣士とは…。
闇落ちしたベルゼフの攻撃力は大幅に上がっている。俺とアルスは簡単にHPを削られる。だが、俺達にはアディの回復魔法スキルがある。それにシルヴィーもいる。一進一退の戦いが続く…。
ベルゼフは強いが、俺は負ける気がしない。いや、俺がというより俺達が負ける気はしない。
ここには主人公のアルスがいる。アルスが手にしているのは『迷宮物語』でもプレイヤーがレベルキャップ前の最終装備として使うことの多かった英雄の剣だ。闇落ちしたベルゼフの攻撃力が高いためアルスのHPはしばしば50%を切る。これが英雄の剣の効果を発動させる。さらにアルスはサラが傷つけられたことにより覚醒している。アルスが英雄の剣を手に入れたことといい、俺達は何者かに誘導されているみたいだ。
「これは、ゲームじゃない。主人公が勝つとは限らないぞ!」
ベルゼフが俺の考えを読んだように言った。そうだな、ベルゼフ…。これはゲームじゃない。結末は俺達自身が決める!
その後も長い戦いが続いた…。
「『氷槍』!」
シルヴィーの『氷槍』をベルゼフが剣で防いだところに、俺は盾を持って突撃した。さらに俺は『シールドバッシュ』を使う。それでも、俺はベルゼフのもの凄い力の前に押し返された。だが、俺も負けじと、また押し返す。さっき、ベルゼフは『大回復』を使ったばかりだ。今がチャンスだ。俺は盾で、ベルゼフは剣で、相手を全力で押す。その時、急に手ごたえがなくった。
「がはっ!!」
『回り込み』だ! い、痛い…。下を見ると、俺の腹から剣が突き出ている。これまでベルゼフは『回り込み』で後衛を狙っていた。ここにきて、やっと俺に『回り込み』を使ってきた。俺の腹から流れ落ちる血が地面を濡らす。
「レオー!!」
アディが悲鳴を上げた。
「同じ手に引っかかるとは、やっぱりモブはモブだな。早く退場しろ!」
「そうかな…」
ベルゼフ…モブにはモブのやり方があるんだ…。これを待っていたぞ!
俺は、魔剣ソウルイーターとガーゴイルの盾を手放すと、腹から突き出したベルゼフの剣を両手で握った。魔剣ソウルイーターとガーゴイルの盾が地面に落ちた拍子に間の抜けた音を立てた。
「き、貴様、なにを!」
「アルスーーー!!!!」
俺の叫び声に応えたアルスが背後からベルゼフに斬り掛かった気配がした。音からすると『跳躍斬り』から『3連斬り』のコンボだろう。
「がはあぁっ!!」
ベルゼフが吐いた血が俺の髪を汚したのがわかった。そして…。
「『剛剣』、『回転斬り』!」とアルスが叫んだ!
ベルゼフは剣を抜いてアルスに対抗しようとしたが、俺は腹だけでなく両手からも血を滴らせながら抱え込むようにしてベルゼフの剣を離さない。
「ぐわあぁぁぁぁーーーーーー!!!」
ラスボスとの戦いにふさわしい激戦は主人公アルスの『剛剣』から『回転斬り』のコンボで終わりを告げた。主人公のアルス、回復役のアディ、後衛で魔導士のシルヴィー、そしてモブで盾役の俺、4人の連携の前にラスボスであるベルゼフは敗北したのだ。どうだ、ベルゼフ! モブでもやる時はやるだろう?
自らの剣を手放してあお向けに倒れたベルゼフから、いつの間にか、黒い靄は消えている…。
俺はゆっくりと腹からベルゼフの剣を抜いた。その勢いでまた血が噴き出した。足に…力が入らない。
「レオー!」
アディは倒れた俺を抱き上げると『大回復』を使ってくれた。アルスとシルヴィーも心配そうに俺を覗き込んでいる。
「アディ…。俺は結構頑丈だから大丈夫だよ。そんな顔をするな…」
俺はアディに微笑んだ。上手く笑えたかどうかわからない。アディはさらに『大範囲回復』を使ってくれた。かなり、楽になってきた。見ると腹からの出血は止まっている。俺は、なんとか命を取り留めたようだ。
「ベルゼフ…」
レヴィアがベルゼフに駆け寄る。
「サラは?」と俺の無事を確認したアルスが辺りを見回しながら心配そうに尋ねた。
「サラは大丈夫です。私でダメだったら、大聖女様に頼もうと思っていたのですけど…。それと、レオニードも大丈夫そうですね」
アルスの問いに答えたのは、いつの間にか現れたクリスティナ王女だ。
「ストレイドお兄様も回復したほうがいいかしら。回復しても待っているのは楽しい未来ではないでしょうけどね」
ベルゼフは自分の父であるゴドウィン王を暗殺した…。
「私も同罪です」と膝をついてベルゼフを心配そうに見ているレヴィアが言った。
「レヴィアは王の暗殺には関わっていない」とアディに抱かれたままの俺が言った。
「サラもよ」とシルヴィーが言いアルスも頷いた。
ゴドウィン王暗殺はベルゼフの独断だとレヴィア自身が言っていた。正直、その他の件にどの程度サラやレヴィアが関わっていたのか俺にはわからない…。だが、俺はただのモブだ。各人の責任を判断するのは俺の役目じゃない。俺は自分の手の届く範囲でみんなを守るだけだ。そもそも、トガムゼの呪いが原因だった可能性が高い。呪いに付け込まれたのはベルゼフ達にも責任があるのかもしれないが…。
トガムゼの呪いか…。俺は、どこか虚しさを感じていた…。結局、俺達はゲームの強制力のようなものに踊らされていただけなのだろうか?
いや、違う!
俺は、上を向いてアディを見た。燃えるような赤い髪が風になびいている。まだ、俺を心配そうに見ているが、その瞳は生気に満ちている。アディはゲームでは死んでいるはずだったのだ。決してすべてがゲーム通りになったわけじゃない…。
「どうしたの、レオ?」
「いや、アディは戦いの後でも可愛いなと思って…」
アディは俺を抱きしめたまま可愛く睨むと「もう、ほんとうに心配したのに…」とプイと横を向いた。横を向いた勢いでアディの赤い髪が揺れた。
フフッ、そうだ、俺のそもそもの目的はアディの死を防ぐことだったのだ。
俺は間違いなく目的を達成した……。アディは生きている。それで十分だ!
明日のエピローグで完結です。ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。




