9-26(真実).
俺が死を覚悟した時、突然、グワーーンと辺りに大きな音がして地面が揺れた。
いったい、な、何が…。
誰かが剣で斬られたような音と「がはっ!」という悲鳴が聞こえた。
「アディ、レオに『大回復』を!」
アルスの声だ。俺のHPが回復する。こ、これは…アディ…なのか…? でも、アディは………。
「レヴィア!」
ベルゼフの叫び声が聞こえた。俺は半身を起こすと、頭を振って辺りを見回した。まだ、フラフラする。レヴィアがアルスの前で膝をついて荒い息を吐いている。
どうして?
アディとアルスはレヴィアと十数人の親衛隊を相手にしてた。親衛隊はなかなかのレベルで、アディに俺を援護する余裕はなかったと思う。膝をついているレヴィアのほかにも数人の親衛隊員が倒れているのが見える。さっきのは強力な魔法スキルが撃ち込まれた音だったようだ…。
俺はゆっくりと立ち上がると「ベルゼフ!」と辺りの様子を眺めているベルゼフの背後から叫んだ! ベルゼフが俺の方を振り返る。その時、「アディ、今だよ!」と声が聞こえた。この声はシルヴィーだ! シルヴィの声に「わかってる!」とアディが答えた。
シルヴィーとアディが次々と魔法スキルを使う。ベルゼフにではない。カニーノとかいう最上級重槍士に対してだ。シルヴィーは『氷弾』、アディは『炎槍』を使っている。
とっさに盾でシルヴィーとアディの魔法スキルを防ごうとしたカニーノが「ぐわぁー!!」と叫び声を上げた。アルスがカニーノの背後から、『剛剣』から『3連斬り』のコンボで攻撃したからだ。アルスは、最上級剣士であり攻撃力は俺より上だ。結局、カニーノはシルヴィーとアディの魔法スキルも防ぐことができずにその場に崩れ落ちた。
「レオ、大丈夫なの?」
俺の足元に光るサークルが現れた。『大範囲回復』だ。
「ありがとう、アディ」
強力な攻撃魔法スキルを持つシルヴィーが戦闘に加わったおかげで形勢が変わったのか…。俺が死を覚悟した時に聞こえた音はシルヴィーが魔法スキル…おそらく氷槍だろう…を打ち込んだ音だったのだろう。たぶん、その混乱の中でアルスがレヴィアを戦闘不能に追い込んだんだと思う。後衛職のレヴィアがアルスに直接攻撃されたら一溜りもない。
でも…そもそも、なぜ、ここにシルヴィーが?
シルヴィーはインプレサリオ達を援護していたはずなのに…? そうこうしている間に、アルメッサー辺境伯騎士と思われる十数人の騎士まで現れて、アルス、アディ、シルヴィーを援護し始めた。明らかにアルス達が押している。
俺とベルゼフはといえば、お互いに油断なく相手を観察しながら、何が起こったのか把握することに努めている。俺はまだ完全には回復していない。当然だ。俺は間違いなく死にかかっていたのだ。
「何が起こった? 人数だって、まだまだ、こっちが…。だいたいゴーレムはどうしたんだ?」
俺はベルゼフの言葉に誘われるように、戦場でその一際大きな姿で目立っているゴーレムの方を見た。ん? ゴーレムを相手にしているのは…。
「あれは…?」
「ヴィルトゥオーゾだよ」
俺が思わず口に出した質問に答えてくれたのはシルヴィーだ。やっぱり、あれはヴィルトゥオーゾなのか…。
ヴィルトゥオーゾはゴーレムを難なく相手にしている。ゴーレムは健在だが、その動きは封じられている。ヴィルトゥオーゾは、ゴーレムを相手にしながら、周りの親衛隊や敵の王国騎士達に攻撃魔法スキルを放っている。最上級を越える伝説級の攻撃魔法スキルだ。
圧倒的な力だ!
何時の間にかインプレサリオやクリスティナ王女、そしてアルベルト達、要するに『TROF』陣営のほうが押している。
「ヴィルトゥオーゾが連れて来た聖女が回復魔法スキルでこっちの陣営を立て直してくれたんだよ。大聖女にはなってないみたいだけど、熾天使の杖のおかげで凄い効果だったんだよ」
確かに、戦闘不能になっていた者が戦線に復帰したらしく人数的にも互角以上になっている。ヴィルトゥオーゾが連れてきた聖女とは、『南斗死星』の拠点で会った銀髪の女性のことだろう。
信じられない光景だ。
さすがにゴーレムは耐久力が高く少し時間が掛かりそうだ。だが、ヴィルトゥオーゾのレベルは79だ。現状、この世界ではレベル59までしか開放されていない。ゴーレムだってそれに合わせた仕様だ。いずれゴーレムもヴィルトゥオーゾに倒されるだろう。
「さすがだね、レオ、いえ、コレオグラファー。あなたの作戦でヴィルトゥオーゾが戦場に現れた。大逆転だよ」
俺の作戦…?
シルヴィーはサラのほうを向くと「親衛隊だと思っていた200人の一部はただの王国騎士だった。残りの親衛隊は、登るのは絶対に不可能だと思われていたインプレサリオ陣営の本陣背後の急斜面から出現した。そして、ゴーレムまで出現した。さすがだったよ、マスター」と心底感心したように言った。
「だけど…やっぱりコレオグラファーのほうが上だった。ヴィルトゥオーゾを呼び寄せたのもあるけど、それだけじゃないよ。たぶん、私達のレベルは貴方が想定していたより高くなっていた。1回でヒュドラをクリアしたからね。貴方も一緒にクリアしたから知ってるよね」
「ヒュドラを1回で、それでか…」
シルヴィーの言葉に反応したのはベルゼフだ。サラのほうはシルヴィーの言葉を聞いても無言だ。
「この世界でも…僕は…『流浪の傭兵団』は『TROF』に負けるのか…。ま、マスター」
ベルゼフは縋るようにサラを見た。
「ベルゼフ、残念だけど、ボク達の負けみたいだね」
「ま、マスター!!」
「ボク達は負けたんだよ」
サラは淡々と自分達の負けだと繰り返した。
「ま、マスター、ですが…」
「ベルゼフ、聞こえなかったの。ボク達は負けたんだよ。レベル79のヴィルトゥオーゾは、いずれゴーレムを倒す。バルベリは死んだ。レヴィアだって戦闘不能だ。カニーノも倒されたし、このままでは親衛隊だって壊滅するよ。エトワールが言った通り、ここにいる主人公とその仲間達は想定よりレベルが高い。さすがにここから逆転はないよ」
サラはまったく悔しそうじゃない。何かがおかしい…。サラは俺達がヒュドラをクリアするのを邪魔することだってできたはずだ…。いや、それどころか、サラは…。頭がチリチリする。何かを思い出しそうだ…。
そうか! いや、そんなことがあるのか!? だが…。
「レオ、どうかしたの?」
アディの心配そうな声が聞こえる。だが、俺は頭に浮かんだ考えに憑りつかれていた。なんども吟味する。やっぱり、そうだ…間違いない。サラは…。ああ…そうだったのか…。
いつの間にか、迂闊にもベルゼフから注意を逸らせて俯いて考えていた俺は、顔を上げてサラを見た。
「レオは気がついたみたいだね」といたずらが見つかった子供のような無邪気な顔でサラが言った。
「レオ、なんに気がついたの? サラに、マスターに…まだ何かあるの?」
シルヴィーが俺に尋ねた。
「レオ、大丈夫なの…」
この声はアディだ。たぶん傍から見たら俺は呆けたような顔しているだろう。
「レオ、言って、君の考えを」
サラが俺に言った。
「サラ、お前は『流浪の傭兵団』のマスターであるだけじゃない」
サラは黙って俺の言葉の続きを待っている。
「お前は…お前はコレオグラファーだな!」
一瞬の沈黙の後、シルヴィーが「何を言っているのレオ、コレオグラファーはあなたでしょう? 最初にヴィルトゥオーゾに会った時から、消去法でいくとあなたが…」と言った。
「俺はコレオグラファーじゃないんだ、シルヴィー!」
あのオフ会の時、個室には3つのテーブルが設けられていた。一つは転生に巻き込まれた幹部達のテーブルだ。俺は幹部じゃない。俺は『迷宮物語』の中でさえ、ただのモブだったのだ。俺はあの時、トイレから戻ってきたところだった。インプレサリオの挨拶が始まり、俺は慌てて自分のテーブルに戻ろうとしていた。そしてあれが起こった。慌てた俺は幹部達のテーブルの誰かの椅子にぶつかって音を立てた。
そして俺は幹部達と一緒に転生に巻き込まれたのだ…。その後ことは…。
「コレオグラファーはサラだ!」
「何を言っているの、レオ!」
「シルヴィー、コレオグラファーのプレイヤーとしての特徴はなんだ?」
「プレイヤーとしての?」
「そうだ。戦略家としてのじゃなくてプレイヤーとしてのコレオグラファーのだ」
「そ、それは…遠距離からの…特に闇に紛れての…まさか…」
コレオグラファーは、その知略だけでなくプレイヤーとしての技術でも恐れられていた。特にその遠距離からの一撃必殺の『チャージショット』は…。コレオグラファーは神級弓士だった。
「ま、まさか…本当なの…サラ?」
サラは返事をせずに微笑んでいる。だが、その表情が俺の言ったことが事実だと認めている。
「サラがコレオグラファー…ほんとう…なの? サラ、転生して性別が変わったの?」とシルヴィーが訊いた。
「違う!」と俺は叫ぶ!
「なんだ、レオ、それもわかってたの?」
サラがやっと口を開いた。
「シルヴィー、違うんだ。もともとコレオグラファーは…少なくともゲームのキャラじゃないオフ会で見た本物のコレオグラファーは…女性だったんだよ。オフ会でのコレオグラファーは、長い髪を後ろで結んで黒いファッションに身を包んでいた。芸術家みたいな感じで…男にしては少し華奢なイケメンだった。ちょっと掠れたような声で話す優男だった。だけど、男にしては華奢だったんじゃなくて女だったんだ!」
シルヴィーは俺の言ったことを考えている。いや、シルヴィーだけじゃない。驚愕の表情を張り付けたベルゼフやレヴィアもだ。アディとアルスはそんな俺達を見守っている。
「レオ、ボクは君のことを覚えているよ。君は幹部に比べるとPSが劣っていた。でも、君はいつも努力をしていた。少しでも上手くなるようにね。どうやら、この世界では努力が報われたようだね」
サラはいつからこの状況を描いていたんだろうか?
最初、サラの弓はお世辞にも上手いとは言えなかった。だが、不思議なことに…ここぞと言うときには、止めの一射を決めていた…。
ヒュドラの時だって、危ないところをサラの警告で…あれがなかったら1回でクリアすることはできてなかった…。
俺は…最初からサラの掌の上だったのか? いや、サラの掌の上だったのは俺だけじゃない…。
ベルゼフ達『流浪の傭兵団』の幹部連中は言うまでもない。それ以外にも、ヴィルトゥオーゾを動かしたのはサラだ。じゃあ…シルヴィーは…インプレサリオ達は…。いや、転生者だけじゃない。アディは…クリスティナ王女は……アルベルト達はどうなんだ…?
「うおおおぉぉぉーー!!!」
なんとも言えない憎しみのこもったが叫び声がした。ベルゼフだ!
「そうか、そうなんだな! 『迷宮物語』の時からマスターとコレオグラファーは同一人物だったんだな。そうか…そうか…」
ベルゼフは頭を抱えて叫んでいる。まるでもの凄い苦痛が彼を襲っているようだ。
ベルゼフの言う通りだ。
この世界だけじゃない。『迷宮物語』でもコレオグラファーは『流浪の傭兵団』のマスターだったんだ。敵も味方もコレオグラファーの掌の上だった。マスターは謎めいた存在で滅多に姿を見せなかった。コレオグラファーはサブキャラだけでなくサブアカウントも持っていると、日頃からそう公言していた…。
「勝てるはずがない。ハハハ…最初から僕達が勝てるはずがない。マスターとコレオグラファーは同一人物だったんだから…」
そうか、そうかとベルゼフは呟いている。
気のせいか…。いや、気のせいじゃない。ベルゼフは黒い靄のようなものに覆われている。そして、それがどんどん濃くなっている。
これは、なんだ?
俺はこの光景を見たことがある…。




