9-25(陣営戦12~セルゲイ).
クリスティナ王女は降伏の決断をしようとしている。僕の目にはそう見えた。
ただでさえ圧倒的に不利なところへゴーレムなんてものが現れたのでは全く勝ち目がない。こうしている間にも、ゴーレムの巨体から繰り出される腕や足の攻撃で次々とこちらの陣営の騎士達が吹き飛ばされている。マエストロはゴーレムの方へ向かっている。
「やっぱり、僕にゴーレムの召喚は無理みたいだ」
いろいろ試してみたけど、やっぱり僕には使えない…。
「そう」
僕の言葉を聞いたプリマドンナは、槍を持って立ち上がった。
「無理をするな」
プリマドンナは僕の大切な仲間だ。まだ眠っているグレアムもそうだ。もちろんマエストロも、徐々に押されて、こちらに近づいてきているラングレー、イリヤ、ノイマン、ケクラン…もだ…。
僕は、傷ついた従者や騎士達にCTが空け次第『大回復』と『大範囲回復』を使いながら考える。僕は回復の専門職である聖者だが、途中で回り道をした関係で、回復系魔法スキルを上級までしか強化できていない。
これ以上は無理だ…。僕はクリスティナ王女を見た。クリスティナ王女は軽く僕に頷くと前を向いた。
「ジギルバルト!」
戦場にクリスティナ王女の声が響く。よく通る凛とした声だ。その声に、呼ばれたジギルバルト団長だけでなく僕、プリマドンナ、マエストロ、エトワールを含む全員が背筋を伸ばした。
誰もがこれ以上の戦いは無意味だと悟っていた。クリスティナ王女が降伏を宣言するのだろうと思ったその時だった。
あれは…。
戦場の端に、黒ずくめの男と対照的に白く光り輝くようなローブに身を包んだ女の姿がある。二人は馬に乗っている。二人乗りだ。僕には二人の周りに何かオーラーのようなものが見えた。
二人を乗せた馬はゴーレムのいる戦場の中心に歩みを進めた。敵味方全員がまるでモーゼが割った海のように両側に分かれて二人を通した。
行く手を阻むものがない二人を乗せた馬は、瞬く間にゴーレムの前まで到達した。黒ずくめの男は馬を降りると、ここが戦場であることが信じられないような優雅な動作で、ローブの女性を馬から降ろした。あまりにも自然な振る舞いに敵も味方もただ二人を見守っていた。
男が、おそらくアイテムボックスの中からだろう、黒く巨大な鎌のよう武器を取り出すと、戦場に一陣の風が吹いて空気が変わった。
男はゴーレムの前に立ちはだかると、ゴーレムの太い腕から繰り出される攻撃を黒い鎌で受け止めた。ガシンと辺りを揺るがすような音がしたが、男はゴーレムの一撃を受け止めても微動だにしない。
女のほうは、ゴーレムに吹き飛ばされたこちらの陣営の騎士達が倒れている方へ向いて杖を一振りした。すると眩く光るサークルが出現した。
あれは…。
伝説級の『神範囲回復』じゃないのか? いや、この世界では伝説級の魔法は解放されていないはずだ。だけど…女の出現させた光るサークルの中の味方の騎士達が次々に回復している。
「これって『超範囲回復』だよね?」
「それにしては効果が高いっス。あの杖のおかげっスかね」
光るサークルに触れて元気を取り戻したエトワールとマエストロが話しているのが聞こえてきた。やっぱり、あれは『神範囲回復』ではなく『超範囲回復』なのか…。それにしても、マエストロが言っているように効果が高い。
「そうね。あれはたぶん熾天使の杖だよ」
熾天使の杖? 熾天使の杖といえば回復系の職にとって垂涎の神話級の杖だ。だけど、なぜ神話級の武器がこの世界に? それに…よく見れば、あのローブは女神のローブじゃないのか? 間違いない。あの女性は『迷宮物語』で最高といわれていた装備の数々を身に着けている。
「これは逆転の目が出てきたっスね。あれは、どう見てもヴィルトゥオーゾっスよね。しかも『迷宮物語』の姿そのままっス」
ヴィルトゥオーゾだって!? 言われてみれば、あれは『迷宮物語』の中の魔王ヴィルトゥオーゾだ!
「うん。ヴィルトゥオーゾはね、この世界に転移してきたんだよ。だからレベルは79で装備は最高級品ばかりなんだよ」とエトワールが言った。
ヴィルトゥオーゾは、この世界に転生じゃなく転移していた…?
思えば、僕のところを訪ねてきた時、エトワールと同じく帽子を目深にかぶって表情を隠していたヴィルトゥオーゾは、僕がこの世界で覇権を取りたいから協力してくれというのを、無理だと言って断った。そして、僕に「お前はこの世界に生まれ変わったのか?」と尋ねてきたのだ。あの時は変なことを訊くなと思ったのだが…。
そう言うことだったのか…。
エトワールとマエストロは皆が唖然とする中、ゴーレムと対峙しているヴィルトゥオーゾに近づいた。
「ねえ、ヴィルトゥオーゾ、なんでここに来たの」
僕が疑問に思っていたことをエトワールが訊いた。あの時、ヴィルトゥオーゾは僕に協力するのを、はっきり断ったはずなのに…。
「お前は…エトワールだったな」
ヴィルトゥオーゾはゴーレムを相手にしながら言った。
「『TROF』のメンバーだから加勢してくれるんっスよね?」
「ん? お前は?」
「マエストロっスよ」
ヴィルトゥオーゾはゴーレムの攻撃を受け止めると「違う。お前らのことなんか関係ない。コレオグラファーから手紙を貰ったからここに来ただけだ」と言った。マエストロとエトワールはコレオグラファーの名前を聞いて驚いている。もちろん僕もだ。
それにしても、コレオグラファーからの手紙とは?
白く光るローブを纏った女性がエトワールとマエストロの方を見た。顔の向きを変えた勢いで神秘的な銀色の髪が揺れた。僕はその女性のまるで女神のような見た目にもかかわらず、その瞳に少し不気味なものを感じた。
「これは聖戦です」
「聖戦?」とエトワールが訊いた。
「これは3聖人の死に責任のある背教者に罰を与えるための戦いなのです」
「さ、3聖人っスか?」
「コールマン、グレン、シーラのことです」
聖戦とか3聖人とか、なんのことかさっぱりわからない。ヴィルトゥオーゾがゴーレムの攻撃を軽くいなして、さらに黒い鎌で反撃しながら説明してくれた。
「神オルデン聖国の大聖女メアリー宛てにコレオグラファーから手紙が届いた」
大聖女メアリー…。この女性のことなのか? 確かに大聖女と言われてもおかしくない見た目だが…。
「手紙が?」
「ああ、それには、ストレイド王太子やその息のかかったクラン『グリフォンの鬣』は、探索者狩りが暗躍していたことに責任があると書いてあった」
「探索者狩りの犯人ってクラン『南斗死星』と、その背後にいたオルデン聖国っスよね」
「ああ、ストレイド王太子達は、探索者狩りの犯人を知った上で自由にさせていた。裏でなんらかの密約があったんだ。少なくとも手紙にはそう書いてあった。たぶん、それは真実だろうと俺は判断した。俺は探索者狩りが跳梁跋扈していた頃、王都カイルにいたんだ。多くの有力な探索者が襲われる中、『グリフォンの鬣』のメンバーが襲われたって話はなかった」
「なるほどっス」
まだ、よく事情が呑み込めない。エトワールは、もっと説明してよという表情でヴィルトゥオーゾを見ている。
「メアリーが3聖人と呼んだコールマン、グレン、シーラとは、メアリーが探索者だった時のパーティーメンバーだ。3人はメアリーを庇って探索者狩りに殺されたんだ!」
ヴィルトゥオーゾの口調には怒りが込められている。
おぼろげながら事情がわかってきた。探索者狩りの実行犯はクラン『南斗死星』であり背後にいたのはオルデン聖国だった。だが、彼らが自由に活動できたのはベルゼフ達のおかげでもあった。この女性…どうやら神オルデン聖国の大聖女メアリーらしい…は探索者狩りの犠牲になった仲間の仇を討とうとしてベルゼフ達に敵対している。それを聖戦と呼んでいるのだ。
そして、ヴィルトゥオーゾはそれに協力している。それに、ヴィルトゥオーゾ自身も探索者狩りに怒りの感情抱いている。そんなところだろうか?
ヴィルトゥオーゾは「コレオグラファーの作戦だろうとは思ったが、知った以上、来ないわけにはいかなかった」と不本意だがといった表情で付け加えた。
未だにわからないこともあるが、コレオグラファーの戦略によって、ヴィルトゥオーゾがこの場に現れたのは間違いないようだ。
さすがだよ、コレオグラファー…。




