第89話 【Side:王国】異端の聖職者~王国教会副主席~
王国教会。
それは王国において唯一王族からの支配の及ばない絶対的な権威を持つ組織である。
それもそのはずで、そもそも教会組織自体が王国へは輸入されてきたもの。他の多くの国々の教会と横のつながりがあり、一つの教会を支配しようと目論むということは、つまり世界中の信者たちを敵に回すことに等しいからだ。
ゆえに、教会保有の聖堂内への国内政治・軍事は不可侵である。
そんな王都の外れにある聖堂の、貸し切り状態の礼拝堂にて。
「──軍内部の派閥ですが、対魔国強硬派が優勢になりました」
最前列の長椅子へと腰かけ、正面の祭壇へと顔を向ける王国軍情報部中佐のヤコフ・シュワイゼンの口が紡ぐのは祈りの言葉ではない。
「勇者アレス様は現在 " 特訓 " のために帝国へと赴いていますが、それが済み次第、勇者部隊を再編制して西方エルフ国家へと派遣できるでしょう」
「よろしい。順調にことは運んでいるようだな?」
シュワイゼンの目の前の祭壇に置かれた木箱へと、不遜にも腰をかけていたのは西方エルフ国家の三賢者が一人、メリッサだ。
定期的に呼び出されては状況報告を義務付けられており、応じないという選択肢は今のところシュワイゼンには与えられていなかった。
「ソルフェージュ准将は先の勇者部隊の敗北の責任を取り、左遷。代わりの情報部部長にはオレの息がかかっている……だいぶ楽にことが運んだだろう?」
「は……おかげさまで」
本来、その全ての責任はシュワイゼンへと降りかかるはずだった。
魔国への新たな攻勢計画のために恣意的な情報操作をした張本人であり、なおかつ魔国軍のエルデン奪還作戦の予兆を発見できなかったという、情報部員にあるまじき失態を連発してしまっているのだから当然だ。
だというのに、
……いったい、何をしたというのだ?
シュワイゼンが勇者アレスを連れ帰った、という評判はまたたく間に軍内部へと広まって、むしろ英雄扱いを受けたほどだ。
そしていつの間にか、エルデンを奪還されてしまった原因はエルデン駐在軍の責任となっており、情報操作もバレてはいない。
「長く生きて各所から賢者だなんだと崇められているとな、勝手に多くの人脈ができていくものなのだよ」
メリッサはシュワイゼンの心の内を読んだかのようにほくそ笑んだ。
今日は頭へと黒いウィンプル、そしてその身には黒い修道服をまとっていた。
シスターに変装したつもりなのかもしれないが……少女の外見が不自然だし、何よりミニスカートにガーターベルトなんて恰好のシスターなど他にはいない。誰が見ても一瞬で偽物だとバレてしまう中途半端な格好だ。
……誰か、ここの聖堂の神父でも来たらいったいどうするつもりだろう。
シュワイゼンが内心でヒヤヒヤとしていると、
「さて、シュワイゼン。そろそろ客が来る」
「えっ」
思わず、ポカンと口を開けてしまう。
客が来るだと?
そんなの、いろいろとアウトじゃないかっ!
メリッサは何を悠長に足を組み直しているのだっ?
「案ずるな。ソイツもまた手ごまの一つよ」
「──いやはや、酷い物言いではありませんか、メリッサ様」
ギィ、と。礼拝堂の扉が開け放たれる音とともに、軽薄そうな声が響いた。
シュワイゼンが勢いよく長椅子から立ち上がり後ろを振り返った先にいたのは、赤色の司祭服へと身を包んだ年齢不詳の男。
「あなたは王国教会副主席殿……!?」
「ハーデス・プルトンと申します。ハーデスと名前でお呼びくだされば。姓は嫌いでしてね」
その男、ハーデスはククッと含んだように笑う。
王国教会副主席という地位は王国内の教会勢力の中で二番目の立ち位置であることを意味しており……教会が王族と同等とも呼べる権威を誇るこの国においてはつまり、実質的に国を動かせる立場にある。
ゆえに、通常ほとんど衆目の下に姿を現さない者のハズだが、
「よく来た、ハーデス」
「いいえ、メリッサ様のお求めには当然応じますとも。いつもお世話になっておりますから」
どういった関係かはわからぬ二人だったが、しかし、何かしらのつながりがあるようだ。
「シュワイゼン、今日おまえにこのハーデスと顔合わせをさせた理由は一つ。この者を勇者部隊に所属させるためだ」
「えっ……!? それはまさか……」
「もちろん、神話級ダークヒールの生贄ではない。それには他の聖職者を用意させればいい。ハーデスはあくまで勇者部隊内の監視役だよ」
赤裸々に話すメリッサ。どうやら、ハーデスもまたメリッサの真の狙いを知る者の一人らしい。
「聖女アルテミス程度のエサでいいのであれば、いくらでも用意いたしましょう。王国教会席次に座する者であれば不足はないでしょう。聖力量で言えば、例えば──」
ハーデスは何の躊躇もなく、仲間であるはずの席次の名前を挙げていく。
その顔からは微笑みが貼りついて離れていない。
「おや? シュワイゼン中佐、まるで裏切り者でも見るかのような眼で私を見なさる」
「いっ、いやっ……そんなことはっ」
「クカカッ! いえいえ、誤魔化すことはありませんっ」
ハーデスは楽しげに笑うと、
「実際裏切ってますから。どうでもいいんです、教会など。金と地位さえ手に入れられれば、どうでもね」
なんでもないようにそう告げた。
その時、
「──えっ、あなたたちは……?」
聞き慣れぬ女の声が礼拝堂へと響く。開け放たれた礼拝堂の扉から、一人のシスターが顔を出してこちらをのぞいていた。
明らかにこの聖堂で働くシスターなのだろう。訝しげにシュワイゼン、ハーデス、それに不敬にも祭壇へと腰かけているメリッサを見た。
……しまった、今の話を聞かれたかっ?
そう思って身構えるシュワイゼンだったが。
──ピシュンッ。
堪えたくしゃみのような小さな音とともにシスターの頭に小さな穴が空き、その体は仰向けに倒れた。
シュワイゼンの隣から、わずかに光の煙が上がっていた。そこにあったのはまるで大理石を削り出して作ったかのように黒光りする拳銃……そして、そのトリガーを引いていたのは、ハーデス。
「特に私が好きなのは地位。最上級の立場というのは素晴らしいものです。いつ何をやろうともみ消せる……クセになる」
拳銃の側面……恐らくは聖文と思しきものが刻まれたその銃身を愛おしそうに撫でながら、
「それがメリッサ様の加護の下に保障されるのです。であればどんな仕事であろうと遂行してみせましょうとも」
ウットリとしたようなハーデスの表情に、シュワイゼンはあぜんとするしかない。
……聖職者が人を……同じ聖職者を殺した、だと?
神への信仰の下で、魔女などの異端者以外の殺害は許されないことだ。
聖職者であれば誰しもその戒律を厳粛に守るはず。その信仰の強さに聖書は応じ、そして聖術の力量は高まっていくと言われているのだから。
「ああ、あなたも信仰者でしたか、シュワイゼン中佐? それは失礼。ですが私はねぇ、違うんですよ。神さえもどうだっていい」
ハーデスは鼻を鳴らすようにして言った。
「信仰など無くとも聖術は使えます。聖書などしょせんは聖術を効率よく使うための便利ツールに過ぎないのですからっ」
「な、なにを……!? そんなまるで、異端者のような物言いを……」
「クカカカッ! 私は異端の聖職者で結構! 金と地位さえ手に入るならね、神でも殺してやろうじゃありませんか」
シュワイゼンの視界に、ハーデスの姿が誰かに重なって見える。
その既視感は……そう。
「まるで、キウイ・アラヤだ……!」
「私が? いやまあ、確かに彼のプロフィールに多少のシンパシーを感じますがねぇ」
ハーデスはニタリと口の端を吊り上げる。
「ですが、彼は哀れな子羊で、私はそれを追い立てる牧羊犬。彼と私ではまったく異なりますよ」
「そう、でしょうか……」
「そうですとも。哀れ哀れ、嗚呼、可哀そうなキウイ・アラヤッ!」
嗜虐的な笑みを隠しもせずに、ハーデスは芝居がかった大仰なそぶりで左右に両手を広げる。
「今ごろ彼は貨幣経済が成り立っているかすら怪しい蛮族だらけの魔国で、一人孤独に苛まれ過ごしていることでしょう。そんな境遇にいるところをさらに、メリッサ様の玩具にされてしまうのですから。クカカッ、同情を禁じ得ませんねぇっ!」
歌うように楽しげなそのハーデスの姿に、シュワイゼンは思わず頭を抱えた。
どうして、本当にいったいどうして自分の周りにはこんな狂人ばかりが集まってしまうんだ、と。
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次のエピソードは「第90話 魔国幹部アギトの娘」です。
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