第88話 ヒヒ爺たちの視察
西方エルフ国家との戦場であるウェストウッドで過ごして、早くも二ヶ月。
それまでの間にも戦況や戦線位置は目まぐるしく変わり、俺たちの所属する医療キャンプもまたコロコロと変わり……今では最前線を離れ、各戦線が抱えきれなくなった患者の集まる魔国陣地の中央へと配置されていた。
そこへと、
「たっ、たった二ヶ月でなんということでッチュウ……!?」
視察に訪れた軍医総監のエイセイは、その触手をワナワナと震わせていた。その視線が追いかけるのは、テント内で手際よく動き回る候補生たちの姿。
彼らは俺が何を言うでもなく、魔ゴリ種のゴリアテとハーピー種のスワンの二魔を中心としてまとまっており、
「ウホ、大型の哺乳系魔獣は全員コチラに寄せろ! まとめて治療するぞ!」
「げっ歯系・吸血系・有翼系の魔族は私の方へお願いします! そこからさらに振り分けを!」
それぞれがトップとして他の候補生たちへと的確な指示を飛ばし、さらに指示を飛ばされた側の候補生たちもまた、黒癒の書に頼り切らないダークヒール技術で短く正確な治療を実現していた。
「……なんと、見事な連携なんでッチュウ」
エイセイは感嘆の声を上げた。
「候補生たちのダークヒールの技術を見せてもらいましたッチュウが、ほとんど現役軍医と遜色ない腕前に……それどころか、万能型ダークヒーラーとしての育成が成功している分、対応力がケタ違いでッチュウッ!」
「エイセイ殿のお墨付きをいただけたなら何よりです」
「……いやはや、" 墨袋が空になる " とはまさにこのことでッチュウ。素晴らしい!」
恐らくは " 舌を巻く " と同様の意味を持ったオクトパーシア特有の慣用句で賞賛を送ってくれたエイセイは、それから後ろを振り返って、
「これは万能型ダークヒーラーの育成訓練は大成功、と呼ぶべきではないでッチュウ?」
そう同意を求めたのは、同じく視察へとやってきているサル顔の老魔族──魔国幹部のヒヒ爺だ。
ヒヒ爺はどこか渋い顔をして腕を組んでいたが、
「うむ、確かに申し分ない動きじゃろう」
そう言って、鋭い視線を俺へと向ける。
「候補生を戦場へと連れて行った挙句に大量の脱落者を出していると報告を受けた時は、ひっくり返りそうになったものじゃが……」
「しかし、それを差し引いてもたった二ヶ月でこの練度は驚きでッチュウ! 通常は最低一年以上かけて前線に出されるものを……今後の軍医教育に革命が起きるッチュウ!」
「そうじゃな……」
ヒヒ爺は唸り声を上げつつも、
「わかったのじゃ。成果は成果。キウイ・アラヤよ、魔王陛下へは万能型ダークヒーラーの育成任務は達成されたとワシから伝えておくのじゃ」
「ありがとうございます、ヒヒ爺殿」
「それと、事前にお主から連絡のあったエルフ捕虜についてじゃが」
チラリと、ヒヒ爺はテントの外を見る。
そこには聖術で飲料水を確保し、また汚れ物などを聖術で瞬く間にキレイにしていくアネモネたちの姿があった。
「報告にはあったが、ずいぶんと協力的な捕虜じゃな……?」
「ええ。彼女たちは研究の自由と心身の安全さえ最低限保障されていれば、裏切ることはありません」
疑い深くエルフを観察するヒヒ爺へと、俺は断言する。
なにせ、エルフのほとんどは俺と同じ研究者タイプ。であれば、俺がされて嫌なことは嫌だろうし、俺がこれさえ保障されていれば大丈夫と思っている基準は彼女らにも通用するはずだ。
「だから、エルフをお主の直属の部下にと?」
「ええ、可能でしょうか? 軍医として私の部下にすることは」
それが、俺が今回の任務達成に際しての要求として出したものだった。
捕虜待遇だとアネモネたちは魔国で肩身の狭い思いをしてしまうだろう。それが彼女たちの研究意欲を委縮させるのは忍びない……というか、研究をガンガン進めてもらえないのであれば、わざわざリスクを取って彼女たちを捕虜とした意味が薄れてしまう。
「現在の残りの候補生は九名。エルフ三名を合わせて十二名ですので、魔王陛下に定められた部下の定員数は越えません」
「ああ、それについては問題ないが……しかし、仮にも敵国の兵士だぞ?」
「関係ありません。知識は国境を越え、知的好奇心は種族をも越えます。それに敵国の誰それ、などという問題をおっしゃるのであれば、元々は私もそうなのでは?」
「……むぅ」
ヒヒ爺は小さくため息を一つ。
そして、
「制御は可能なのじゃな?」
「お任せを」
俺の答えに、ヒヒ爺はフンと鼻を鳴らすと、
「魔王陛下へと話は通しておく。そのご裁可を待て。ゆえにキウイ・アラヤよ。おまえはいったん部下たちとともに魔都へとすべての成果を持ち帰り、そして最終報告をまとめるのじゃ。そして次なる陛下の指令を待て」
そう言って、俺へと背を向けた。
視察はもう終わりらしい。
今度はまた魔王城へと帰ったあと、魔国の北の様子を見に行くのだとか。なんとも忙しい身だ。
「む、そうだ。キウイ・アラヤよ。もう一つ聞いておくべきことがあった」
ヒヒ爺はクルリと再び俺へと向き直る。
「ウルクロウのヤツから求婚されたそうじゃな? 受けるのか?」
「えっ? いえ、受けませんが……」
「そうか。それでは、他にすでに結婚相手が決まっておるのか? 探しておるのじゃろう?」
「ん? えっ???」
俺が結婚相手を探している……?
いや、そんなこと一言も言っていないのだが。
「その様子ではまだ決まっておらぬようじゃな。ウム、わかった……気は進まぬが、伝えておこう」
誰に???
そう問う間もなく、ヒヒ爺はため息交じりに去って行ってしまう。
すると、タタタッと。
今度は入れ替わりに患者の一魔の治療を終えたらしいスワンが駆けてきて、
「ド、ドクター! すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが、今のお話が少し耳に入ってきてしまいまして、」
「そうか。何か気になる点でも?」
「その、大したことではないのですが……ドクターはすでに結婚相手を探していらっしゃるのですよね……? ど、どういった方をお選びになるのかと」
「いや……探してないんだがね」
またも結婚か。
なんなのだろう?
いったいどうしたというのだ?
最近になってやたらと結婚という俺に縁もゆかりもないはずの二文字が俺の元へと舞い込んでくる。
──そうして一週間後。
俺と候補生、それにエルフの三名は誰一人欠けることもなく、後続の軍医たちに引継ぎを済ませると魔都デルモンドへと帰り着くことができた。
「おかえりなさいませ、アラヤ様」
二ヶ月ぶりに訪れたアラヤ総合医院で出迎えてくれたのは、もちろんミルフォビア。俺が不在の間は彼女に経営を任せ、ダークヒーラーは民間の者にローテーションで手伝ってもらっていたが、特に問題はなかったようだ。
戦地からも手紙での近況報告はし合っていたので、会話そのものも特別久しぶりという気もしない。コチラの状況や医院の状況も大方把握できている。
しかし、
「その、アラヤ様。実は明後日にですね、お見合いの予定が入っております……」
「……え?」
お見合い? いやまさか。
聞き間違えかな?
「もしかしてお見舞いと言ったのかね? 誰のだい?」
「お見合いです、結婚相手候補の女性の方との」
……ほう? それについてだけは、ものすごーく寝耳に水な報告だね?
何度も誰かに聞き続けられては返事をしているのだが、俺は結婚相手など探していないのだが。本当にいったい最近、どうしてしまったというのだろう?
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第89話 【Side:王国】異端の聖職者~王国教会副主席~」です。
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