第87話 作戦完了/ブチ切れる賢者
ケッコン。
聞き間違いではなければ、それは血痕ではなく結婚のことだろう。
「いや、しませんが」
即、断りを入れさせてもらう。
「ハァ? オメェ、このアタシを振ろうってのかい?」
ベロベロベロッ!
俺の頬を舐めるウルクロウの舌の速度が上がる。
「古今東西、アタシに敵うメスなんざどこにもいねぇぞ? それとも肌ツル種としては獣っ気の多い魔獣種との交尾には抵抗アリか? オイオイ、そんなのはまるで些細な問題だぜ」
ウルクロウは自身ありげにニヤリとほくそ笑むと、片手の親指を他の指の間に挟んで抜き差しし、
「このアタシのテクの前にゃ、どんなオスも十秒で果てるね! いいから抱かれてみろよっ、一回さ!」
「いや、そういう問題ではなく」
そもそも俺は結婚するつもりがないのだが。
というよりも正確にはそんなこと考えたこともなかった、というのが正しいか。
なんて考えていると、
「──失礼します。ウルクロウ様」
俺とウルクロウの間へと割って入ってきたのは、スワン。
「いくつか傷を負われているようですので、まずは治療をお受けいただければと」
「あぁ? 誰だい、オメェはよぅ」
「スワン・ヴァイステールと申します。こちらのドクター・アラヤへと " 常にお供 " させていただいている " 直属の " 部下です」
いつになく毅然とした様子で、ウルクロウの顔を見上げていた。
ウルクロウは目を弧にして、そんなスワンをおもしろそうに眺めている。
「へぇ、幹部同士の話し合いに割って入ってくる " 直属の部下 " ねぇ?」
「……恐縮ですが、ここは危険地域ですので状態を万全にしたのち、速やかに移動を開始するべきかと具申いたします。お話し合いならその後にでも」
「まあ、もっともではあるなぁ。いつエルフの大軍が押し寄せてきても不思議じゃない」
ウルクロウはニヤリとしつつ、傷ついていた患部をスワンの前へと差し出した。
「にしても、良い殺気出すじゃあねぇの? 後方支援職の軍医に置いておくにはもったいないね」
「ご冗談を」
なぜだか、ウルクロウとスワンの間の空気がギスギスしているように感じる。
気のせいだろうか?
まあともかく、スワンのおかげでウルクロウからの求婚……というより赤裸々すぎるセックスアピール? は止まったのでありがたい。スワンの言う通り、悠長に話し込んでいるヒマなどないのだから。
「アネモネ、ローズの怪我は治っているか?」
「うん、大丈夫。完治だよ」
俺が振り返った先、傷つき横になっていたローズはすでに立ち上がるところだった。
腹部の服に穴は空いているものの、傷口はもうどこにも見られない。
さすがはエルフ種。アネモネは回復聖術の扱いも一級品らしい。
ローズはおずおずとした様子で、
「その……私のために、危険に巻き込んでしまい申し訳なかった」
そんなことをのたまってくる。
いったい何を言っているのやら。
俺としてはむしろ得難い体験ばかりできて大変にありがたかったわけで。
「何も気にすることはない。もはや君たちは大事な " 同志 " なのだから」
「キウイ……その、ありがとう」
「構わない。君たちにはこれからの活躍を存分に期待している……さ、怪我が治ったのであれば移動を開始しよう」
俺としては、帰った先の魔国で三人のエルフたちが再び研究に励み、その結果をちょっと共有してくれさえすればこれ以上ないくらいの成果なのだ。
なにせアネモネたちとの出会い自体が望外の出来事。エルフに関する成果はすべてボーナスである。元々の目的はウルクロウという貴重な魔狼種の診察だけだったのだから──
「あっ」
そうだった。
俺はウルクロウの診察をしに来たんだった。
その生体を詳しく観察するために。
慌ててウルクロウへと振り向いた。
しかし、
「──へぇ、やるじゃねぇのお嬢ちゃん。完治したぜ。こんなに早いダークヒールを受けたのは初めてだ」
「いえ、私などまだまだ……ドクター・アラヤならこの程度、きっと十秒もかけずに治しますから」
すでにウルクロウの傷は完璧に治されてしまっていた。
グングンとその成長が止まることを知らない、候補生スワン・ヴァイステールの手によって。
「いやぁ、さすがは魔国幹部アラヤ様。まさかこの作戦が一魔の犠牲もなく無事完了するとは……!」
撤収の際、魔熊種の兵士が笑いかけてくる。
……そうだね、救援作戦は無事成功したね?
でも、ああっ、なんたる失態だろうかっ。
いろいろあり過ぎて、俺としたことが " ウルクロウの診察 " という初心を忘れてしまっていたとは!
そのためにここまで自ら足を運んできたというのにっ!
「さあ、撤収ですね。私たちも参りましょうキウイ様……キウイ様?」
「シェスよ……何もかも手に入れようなどという邪心は持つべきではないな」
「はい?」
もう少し冷静に周りを見て、謙虚になろう……
さすがに今日はちょっぴりそう思えた。
* * *
~【Side:エルフ】~
世界樹の巨大な洞の中に広がる王の間にて。
「──グゥッ!?」
ビクンッ、と。玉座の上のマロウの体が跳ねる。
依り代に流された魔力による " 悪魔の雷 " ……それが取り憑きの術式の使用者であるマロウまで流れ込んできていた。
それと同時に、
『あ、死んだ……』
死の間際に依り代となったエルフの最期の聴覚がとらえたのであろう、あの白衣の男の言葉がマロウの耳を " 穢す " 。
「あっ、あっ、あのっ……下等生物がっ……!」
マロウのその顔には血が上り、喉は詰まっていた。
あり得ない。
あり得てはならないことが立て続けに起きている。
……俺が、負けた? いや、負けたのはグズな依り代のせいで俺のせいではない。だが、俺の意識は確かにグズの内側にあり、ヤツらの目の前に倒れ、魔力を流し込まれ、あまつさえ本体である俺自身にすらその影響を及ぼされ──
『あ、死んだ……』
『あ、死んだ…… (笑)』
『あ、死んだwwwwwwwwwww』
何千年かぶりの、上から目線の物言い。
マロウの鼓膜へと、白衣の男が残したその最後の言葉が、冷笑がこだまして離れない。
「あっ、あっ、あのっ、あの野郎ぉぉぉぉぉっ!!!」
マロウが苛立ちのままに手を振りかざすと、極大の光線が洞の内側から世界樹を貫く。そうして増えたその巨大な穴から、マロウは外へと飛び出した。
「殺す殺す殺す殺す殺す……今すぐに殺してやるっ!!!」
千年以上の研鑽により編み出された高速飛行聖術で世界樹の枝葉に覆われたドームを突っ切ると、マロウは迷うことなく一方向へと向けて飛び続けた。
そのまま、その手に万物を貫く聖術を用意して、狙いを定める。
依り代が倒れた場所はあとほんの数十キロ先。もう少し近づけば射程圏内に入るはず……が、しかし。
「……クソがッ」
ピタリ。
まるでそこに壁があるかのように、マロウは前進を止めた。
いや、実際にそこには " ライン " があった。
「ほう、越えないか。さすがにそこまでわれを忘れてはいなかったようでなによりだ」
すぐ隣から、マロウの気を逆立てる声がする。
小さな少女の姿をしたエルフであり三賢者の内の一人……メリッサだ。
マロウと同じく宙へと浮きながら、ニヤニヤと人を煽るような笑みを浮かべ、
「ここをおまえが小指の先一本でも越えたならば、今代の魔王は探知してくるだろう……そういう結界だ、これは」
「黙れっ! 何をしにきたメリッサ! 返答次第では、今の俺は容赦せんぞ……!?」
「先ほどの返事をもらいにさ」
「返事だと……!?」
「王国の勇者部隊を西方エルフ国家へと駐留させる許可をくれ。なに、敵の敵は味方。きっとわれわれの力になってくれることだろうよ」
メリッサはそう言って、さらに、
「対エルフを想定して戦いに来ている魔獣たちに人間の兵士は効くぞ? おまえの受けた屈辱を晴らす日も、きっと近くなるだろう」
「……好きにしろっ!」
マロウは肩を怒らせて、今しがた飛んできた空の道を帰っていった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第88話 ヒヒ爺たちの視察」です。
明日もよろしくお願いします!




