第71話 【Side:候補生】魔国幹部キウイ・アラヤ
「スワン君、無事かね」
大きなゾンビ戦士から降り立ったアラヤが顔だけで、地面へとへたり込むスワンの方を向く。いつも通り何を考えているのかわかり辛い微笑をたたえたその表情に、なぜかホッとする。
「わ、私の方はケガはありません……ただっ、テントの中にいた方々が……!」
「テントが穴だらけじゃないか。 例の " 光の大雨 " か」
アラヤは肩をすくめると、再び正面に視線を戻しつつニヤリとした。
「──では、なるべく早くエルフを片付けて患者の治療に移らねばな」
「っ!?」
ヒュッというような声にならない声を、スワンはそのとき生まれて初めて自らの声帯から出した。
エルフを片付ける?
そんなバカなっ!
「ドッ、ドクター・アラヤッ! われわれは逃げなくてよろしいのですかっ!?」
麻痺したように力の入らなかった喉を振り絞って、スワンは叫ぶ。
「戦力差が激し過ぎますっ! もうこの場に他に部隊は……」
「逃げたいのかね?」
微笑みを崩さぬまま、アラヤは言った。
「それでも別に構わない。まあ私は逃げないがね」
「なっ……なぜですっ!?」
「こんなチャンスは滅多にないからだ──よっ!」
再び、正面のエルフから光線が飛んでくる。
それをアラヤはまたも右手で受けて、紫の渦の中にかき消した。
「クフフ……ここでエルフと出会えるとはな。願ってもない」
アラヤの言っている意味が、ほくそ笑む意味がサッパリわからない。
チャンス?
それはいったいなんだというのだろう。
しかし、これだけは確実に言える。
アラヤがまるで逃げる気がないのだ、ということは。
「いやぁ、実に興味深いな、その光線の聖術は。西方エルフ国家では一般的なものなのかね?」
今しがたそれを打ち消した自分の手を空にかざしつつ、ニヤリとして聞くアラヤに、
「……君は何者だい。死霊術士かな?」
エルフの女は質問で返す。その目を細めて、ジッと観察するように。先ほどの光線もまた、アラヤの出方を見るためのものだったのだろう。
アラヤはそれに気を悪くする様子もなく、
「おや、この白衣が見えないかね。私はダークヒーラーだよ」
「そう。あいにく、ゾンビを連れてるダークヒーラーなんて見たことがなくてね。ところでいま、どうやって私の聖術を打ち消したの」
「君の聖術へと触れた瞬間にダークヒールしたまでのことだ。聖力は魔力で相殺できる。そしてダークヒールとは治す相手に魔力を注ぎ込む行為……それくらい、エルフの君ならわかると思うがね。答え合わせのつもりかな?」
「……」
「ではそろそろ教えてくれたまえ。君のその光線の聖術について」
「いや、教え合いするつもりなんてないんだけど」
エルフは冷淡にそう言い切って杖を構えるが、しかし。
「──私はそれを聖術の一つである " 神の言弾 " の応用技術だと踏んでいるのだがね。アレは元々、回復聖術や " 魔を弾き飛ばす聖術 " などと組み合わせることが可能だろう? 君はそれと同じように、打ち出した聖力エネルギーへと貫通術式のようなものを付与しているのでは?」
アラヤの分析は止まらない。
ペラペラと、いつも以上に口が回っている。
「……はぁ。まあいいや、教えてあげよう」
そんなアラヤを見かねたように、エルフは杖を肩へと担ぐとため息混じりに言った。
「これは私のオリジナル聖術だよ。その名は、" 聖力を収束させ射出する聖術 "」
「ほう、いいネーミングだ。何をやっているのかが非常にわかりやすい」
「そうでしょう」
フフン、と。
どこか誇らしげにエルフは鼻を鳴らす。
「エルフはそのほとんどが " 自分だけの聖術 " を極めるためにその一生をつぎ込んでいるけれど、私にとってのソレがコレ。たまに寄り道もするけれど、もうかれこれ数百年はこの研究にかかり切りさ」
エルフは再び杖から光線を発する。それはしかしアラヤの横を抜け、まっすぐに暗い森の中を進んで行った。
「なあダークヒーラー、この星は球形で、不思議なことに星の真裏でも生物は落ちずに生きているらしいというのは知ってるかい」
「ああ。数百年前からの常識だ」
「それが常識になったのは私がまだ二百歳くらいの時だよ。そして私はそれを聞いたときに単純にこう思ったんだ。 『まっすぐな光線を正面に向けて射出すれば、いずれその光線は私の真後ろから飛んでくるんじゃないかな』とね。だから、その証明のためにこの聖術を極めようと思ったんだ」
「……ほう、それは実に興味深いね」
「フッ、笑ってもいいぞ。単純なヤツめ、と。光の直進の性質を知っていれば、単なる光線が星を一周したりなどしないことはわかる」
「いや、そんな批判こそ単純すぎるというものだ。それに気づいている者が数百年もの間、手をこまねいているハズもない。君はいま、初心を全うするべく自らの聖術にさまざまな改良を加えている途中……そんなところだろう?」
「わかるかい?」
「ああ、わかるとも」
アラヤとエルフは、まるで互いが知己の友かのように表情を崩した。
「いやぁ、とても残念だよ。優秀な研究者を葬らねばならぬとは」
「魔国にここまで聖術への造詣の深いヤツがいたなんてね。楽に殺してあげるよ、ダークヒーラー」
アラヤの隣に控えていた大きなゾンビ戦士がユラリと動き、それに応じるようにエルフの女もまた杖を構えた。
チラリ、と。再びアラヤがスワンを振り返る。
「ところで、逃げなくてよかったのかね?」
「──えっ」
スワンはそこに至って、ハッとして、われを恥じた。
……私ったら、この状況で何を呆然としてっ! ドクター・アラヤは、私が逃げるための時間を稼いでくれていたというのにっ!
一見して、今の会話は『畑違いの研究者同士が知的好奇心に浮かされて話し合っていた』ように思えるかもしれない。だが、相手はこちらを殺しにやってきている圧倒的強者のエルフだ。さすがのアラヤとて、そんな相手に好きに問答できるはずもない。
つまり、スワンのためにあえてリスクを冒して口達者に話していたのだ。
「まあいい」
アラヤは肩をすくめつつ、
「もしこの場に留まるというのであれば、後ろの魔獣たちを治しておくといい。それまでには終わらせる」
「それまでに……って」
「当然、エルフの相手をだよ。任せたまえ。私は死なないし、君たちにも手出しはさせない」
「……!」
そうしてスワンの前に立つアラヤの白衣の背中が、不意に、スワンの見た過去の光景と重なる。そこは故郷……エルデン。そこで幼きスワンが見た、民たちから寄せられる信頼と親愛をそのたくましい両肩へと乗せる魔国幹部アギトの大きな背中だ。
それはとうてい、小柄で華奢なアラヤとは似ても似つかないハズ。しかし、その背中に確かに重なったのだ。
スワンは思った。もしかしたら、本当にエルフを撃退することができるのかもしれない、と。
──魔国最強の一角たるアギトと同じ位置に座する、魔国幹部キウイ・アラヤなら。
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次のエピソードは「第72話 【Side:候補生】コトダマ」です。
それでは、明日もよろしくお願いします!




