第70話 【Side:候補生】救世主っ!?
夜になると、外から戦闘音は聞こえなくなった。しかし今もなお魔族とエルフの殺し合いは続いているらしい。
それもそのはず。
この時間は夜行性の魔獣種たちにとっての独壇場なのだから。
「エルフたちは今日までの大攻勢に伴って、われら魔国領ウェストウッドへとかなり無理やりな形で前進してきた。これはこちらにとっても強力なエルフの数を減らせる好機。夜目の利く魔獣部隊たちがこの闇に乗じて不意打ちしに行くそうだ」
二時間ほど前にスワンたちへとそう説明してくれたのはアラヤ。
その魔国部隊たちの動きに伴いしばらくはケガ人も減るだろうとのことで、その間に軍医たちは交代で休憩を取ることになった。
「……ふぅ」
ほとんどの重傷兵士たちへのダークヒールも済んだ。いまこの医療キャンプのテント内で横になっているのは、ケガは治ったものの意識の戻らない者や、魔力欠乏で動けなくなっている者たちだ。
なので現時点でやることのなくなったスワンはテントの隅で腰を下ろしひと息を吐きつつ、辺りを見渡した。薄ぼんやりと青白い光に照らされたテント内の軍医の数は少ない。その三分の二がすでに休憩に入っていて、ここから少し離れたところに設置されている仮眠テントで眠りについているからだ。アラヤの姿も見当たらない。
……私も早く寝たいなぁ。
しかし、候補生たちは魔力残量が少ない順で休憩に入っているため、まだ魔力の余っている方だったスワンは休憩後半組。こうなったら小声でもいいから仲の良い同輩とお喋りでもして気を紛らわせたいところだったのだが……ウサリーは魔力欠乏で倒れて仮眠テントへと運ばれていってしまっている。
そうなると、もう本格的にやることがない。
……目をつむるくらいなら、許されるよね?
チラチラと辺りをうかがい、自分に視線が向いていないことを確認したスワンは静かにまぶたを閉じた。するとすぐに心地よい睡魔がスワンの意識を暗闇へといざない始める。
しかし、そんなゆとりのある時間は長くは続かない。
──ズゥン、と。唐突に体が重くなり、スワンはハッと目を見開いた。
地面から立ち昇るような黄金色の光が、医療キャンプ全体を照らし出していた。
その光の輝きはスワンも知識として知っていた。聖力だ。
「──敵襲! みんなっ、テントから逃げろっ!!!」
外から見張りの魔族の叫び声が聞こえると同時、医療キャンプの大きなテントの天井をすり抜けるようにして " 光の槍 " が落ちてくる。
それはエルフたちが開発した最新の対魔族用の大規模聖術 " 光の大雨 " 。一定の範囲内へと、聖術で作り上げた光の槍を何百本と降り注がせるもの。
「うっ、あぁぁぁっ!!!」
もはや、誰かを気にしている余裕などない。スワンは真後ろのテントの壁を尖った羽で切り裂き破ると、外へと転がり出た。幸いなことに聖術の範囲はテントの内側のみ。スワンの逃げた先に槍は降り注がない。
しかし、
「うっ……」
テントの中から聞こえるいくつもの悲鳴にスワンは思わず口を押える。後方には、逃げ遅れた者たちが次々と槍に貫かれていく地獄絵図が広がっていた。
「まさか夜間に自分たちが襲撃を受ける側になるとは思わなかったでしょ?」
上から、ひどく冷たい声が響く。
スワンが顔を上げた先、一本の長い木のてっぺん。聖術の放つ光に照らし出されて一人の女が見えた。
「でも残念だったね。今宵の立場は逆転だよ」
その女は長い木の杖を持ち、無表情でテントを見下ろしていた。その長い髪が夜風にたなびいて隠れていた鋭い耳があらわになる。若い外見のエルフの女だった。
「君たちの主力部隊は今頃エルフ狩りだろう? その間に、ここは私が潰す」
「クッ……総員、攻撃っ!!!」
勇ましい号令がかかった。
医療キャンプへと残っていた予備戦力の魔獣部隊、その内の一つの隊長のものだ。
「ここを壊滅させられるわけにはいかんっ! 死守するぞっ!」
アチコチで雄叫びが上がった。そして、特攻。十体近くの魔獣種がその目を獰猛に光らせて、エルフへと向かい素早く木を駆け上っていく。
だが、
「えーっと、十、二十、三十……動けそうなのは残り四十体かそこらかな? さて……」
エルフは光の壁で近づいた魔獣たちをことごとくはね返す。そして、
「近づかれるのは得意じゃないんだ」
エルフの持つ杖の先端から光が伸びる。それは木の枝のように細く分かれ、瞬く間に魔獣たちの体を貫いた。その結果を見届けるエルフの瞳に、いっさいの感情の色はない。
ただひたすらに淡々と襲い来る魔獣を光線で貫き、飛んでくる魔術を光の壁で弾き飛ばし、無機質なその目で斃すべき魔族があと何体かを数えている。
……恐いっ、恐いっ……!
腰を抜かしたスワンはエルフによる蹂躙を横目に、必死に這いずって重傷を負った獅子顔の魔獣へと近づき、ダークヒールをかける。
獅子は口から血を吹きこぼしつつ、
「お、俺たちのことはいい──逃げろ……!」
「っ!?」
「わかるだろう……もう、俺を回復させたところで、アレの相手は無理だっ」
その意味を、スワンは痛いほどに理解していた。
エルフ……森に住むその亜人の絶対数は少なく、この戦争に参加しているエルフの数は五百人もいないと言われている。だが、その代わりに一人一人の強さが尋常ではない。
──その平均年齢、およそ四百年。
それほどの年月を聖術に費やしてきたエルフたちは、数人そろえば魔国幹部にすら匹敵する……大魔族並みの猛者たちだ。ゆえに、エルフ一体を倒すのに魔族の犠牲が百で済めば大戦果と言われているほど。
「でっ、でもっ! ここの方たちを見捨てるなんて……!」
「行けっ……軍医は最後まで生きねばならん……」
獅子顔は呼吸も苦しげに、しかしスワンを突き放した。
「仮眠テントにいる者たちを連れて、退くんだ……! そして誰かに伝えろ……今回のヤツら……エルフの大攻勢の狙いは後方だと……! 医療キャンプの位置を探られていたんだと……!」
「はっ、はい──」
スワンがうなずきかけて、しかし。
「ああ、まだ仲間がいたんだね。でも、一体も逃がすわけにはいかないな」
エルフが振り返って、その黄金色に光る瞳でスワンを見た。
「いい加減、戦争にはウンザリなんだ。これで終わらせたい」
光る杖の先端がこちらに向くなり、瞬いた。
「あっ──」
視界が真っ白な光に包まれて、『あっ、死んだ』。
そう思った。
たまらず目をつむる。
だが、
「──フム、ずいぶんと好き勝手にやられてしまったものだ」
スワンは死にはしなかった。その証拠に、正面から聞き慣れた声がする。恐る恐るその目を開くと、スワンの眼前にあったのは聖術の光線へと立ちはだかる二人の男。
「ほう、あれがわれらが敵のエルフというやつだな? この目で実際に見るのは初めてだ……ゾクゾクするじゃあないか」
大きな戦士ゾンビに背負われたドクター・アラヤが、ダークヒールでエルフの聖術を相殺していた。
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次のエピソードは「第71話 【Side:候補生】魔国幹部キウイ・アラヤ」です。
それでは、明日もよろしくお願いします!




