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君は僕の真面目な婚約者  作者: 青石めい
番外編 婚前狂詩曲(エリック視点)
46/62

一話目

アレクスとエメセシルの恋模様をエリックの視点で展開していきます。

 

 ―――本当に長い長い道のりだったが、俺は幼い頃からの悲願であった最愛の幼馴染であり婚約者のルーシア・ヴィクセンと、先日ようやく婚儀を上げた。


 婚礼の際のルーシアの美しさと言ったら、言葉には言い尽くせない。彼女の輝くばかりの花嫁姿を見て、本当に生きていて良かったと心から思った。かけがえのないたった一人の女性を、この命に懸けて幸せにしようと誓いを新たにしたのは言うまでもない。そしてその後の念願の甘い夜については、もうこの上なく素晴らしく、これまでの俺の人生においてまさに最高のひと時だったと言っても過言ではないだろう。

 ……え?もう少しそこのところを詳しく?……ンッゴホン、まだ日も明るいので、それはまた別の機会にということで。


 俺の浮かれ具合からもお分かりのように、今の俺は文字通り幸せの絶頂である。現在結婚に伴う長期休暇真っ只中であり、一時的にとはいえ、重すぎる上からの重圧と職務への責任から解放され、あの忙しすぎる日々から無事生還を果たした俺は、平和で愛に溢れた我が世の春を満喫中であった、のだが。


 突然、俺達の休暇も残すところ2週間ばかりとなった頃、ルーシアが職場復帰の前に主君であるエメセシル様へご機嫌伺いに王宮に行きたいと言い出したのである。


 俺としては、休暇中は仕事のことを完全に忘れておきたかったところだが、真面目な俺の奥様は早くも休暇明けの業務に意識が向き始めているようである。……もう少し新婚気分に浸ってくれても良いのに。


 ……まぁ、幼少時に騎士見習いで王宮入りしてから姉妹のように育って来た、親友でもある主君エメセシル様のことが気にかかっているのだろう。俺自身、上官であるゲオルグ閣下のご様子が少し心配な部分もあり、そもそも彼女の提案に俺が否を言えるはずもなく、復帰の前に一度、出仕することとなった。


 

 ―――この選択を、あとから俺は後悔する羽目になる。


 

 俺とルーシアは、久々に王国軍の軍服にそれぞれ袖を通し、身支度をする。新たに雇い入れた執事が、俺達のために馬車の手配をしてくれている。


 結婚後俺達は王宮にほど近い王都の一角に屋敷を借り、それぞれの親しい使用人を連れて住み始めた。三男の俺は本来カーシウスの家督を継ぐわけでもなく、結婚し独立した時点で騎士という地位以外は特定の爵位を持たなかったのだが、国王陛下が先日の王国軍一部によるクーデターでの俺達の功績を気にして下さって、跡継ぎがおらず王家預かりとなっていた領地の一部を俺に下賜して下さったのだ。

 その土地が、元々のカーシウス家の所有する領地にも隣接していたこともあり、俺はカーシウス家の分家として子爵位を賜っている。将来的には、さらに広大な領地を賜る可能性もあり、その場合にはその場所にもよるが家名を変える必要も出てくるかもしれない。

 

 俺自身は特段出世に拘っていることもないが、良家の生まれで名将軍の娘であるルーシアを妻に迎えた以上、彼女をいつまでもただの一騎士の妻なんて立場のまま、甘んじさせる訳にはいかない。そもそも彼女の弟が生まれた時点で、嫡男でもない特別な肩書も持たなかった俺を、彼女の婚約者でいさせて下さったルーシアの父上テオドール閣下への御恩にも報いるためにも、俺は頑張らなければいけない。彼女に一生苦労をさせないと誓っているのだから。


 

 ……話が逸れた。


 

 そんな訳で、カーシウス家の馬車にて王宮に向かった俺達は、それぞれ所属も異なるのでそこで行動を別にする。俺も自分の職場に顔を出した後に、主君であり以前身近にお仕えしていたエメセシル様と、その未来の配偶者であるセイクリッド王国第二王子のアレクス殿下にもご挨拶に伺うつもりだ。しかし、まず先に直属の上官であるゲオルグ閣下のご様子が気になる。


 王国軍軍事顧問であるゲオルグ閣下は、約20年前の我がアルカディアと東の大国トルキアとの戦争で大活躍された軍人だが、その後まもなく一度退役されしばらく表舞台から遠ざかっておられた。先日の王国軍内の対立とクーデターの際に反国王派から一方的な支持を向けられていたこともあり、本来クーデターには関わっておられなかったのにその繋がりを疑われている中軍事顧問職に就かれたので、例の戦争での活躍やその背景を知らない若い騎士の間で反発が凄かったのだ。


 今はだいぶそれも落ち着き、王国軍内でも以前の張り詰めていた殺伐とした空気も鳴りを潜めて来た。閣下ご自身私生活にも何か変化があったのか、本来の穏やかで思慮深いお人柄に加え、最近は随分親しみやすい印象に変わった。しかし物腰の柔らかさとは対照的に仕事には厳しい方なので、あの方が軍事顧問をされるようになって以来、良い意味で王国軍の風紀は正され騎士達は自己鍛錬により一層励むようになった。

 俺が休暇の間は、ゲオルグ閣下の補佐を俺の副官でもあるアーウィンに頼んでいるが、あいつも上手くやっているだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は王国軍の施設が集まる右宮を進む。馴染みの騎士達が俺の顔を見るたびに声を掛けてくれる。新婚生活を茶化すような輩にも、逆に俺はのろけてやるくらい余裕を見せつけていた。程なくして、ゲオルグ閣下の執務室に辿り着く。扉で警備を固めていた兵士が、すぐに俺に気付き取り次いでくれる。


 「……エリック!どうしたのだ、まだ休暇は残っているだろう」


 ゲオルグ閣下は相変わらず爽やかな笑顔で俺を迎え入れてくれる。その様子は以前だいぶおやつれになっていた時よりも健康的で、表情も明るい。


 「はっ、閣下。あと2週間ほどで休暇も明けるため、現在の王国軍の様子はどのようなものかと事前に確認したく参りました!」


 俺は真面目ぶって閣下への返答をしながら、心の中で閣下に謝る。本当は王宮内の様子を気にしていたのは俺の真面目な奥さんで、俺自身はぎりぎりまでゆっくりしたかった、なんてことはおくびにも出さない。


 しかし、そんな俺の怠惰な本音には気付かず、言葉通りに受け取って下さったゲオルグ閣下は真剣な様子で頷かれた。


 「そうだったのか……部下に心配をかけてばかりで、自分の不甲斐なさに恥じ入るばかりだ。だが幸いなことに、現在はどの師団も落ち着いて格段問題は発生していない。お前が復帰する時まで大きな変化もないだろうから、安心して残りの休暇を楽しむといい」

 「そ、そうですか」


 俺に向かって恐縮した上官に、俺は罪悪感にいたたまれなくなる。申し訳ありません閣下、復帰後は誠心誠意頑張ります。


 「そういえば、問題と呼ぶほどではないが……、今日王宮にセイクリッドから予定外の賓客が訪れているようだ。こちらには何の影響もないが、お前の奥方の所属する王女殿下の近衛騎士隊は数時間前から対応に追われているようだ」

 「……セイクリッドからの賓客?」

 「ああ……詳しくは分からないが、どうやら、かの国の王太子妃が突然訪問して来たようだ」


 その言葉を聞いて、俺はいつかのアレクス王子が突然この王宮に訪れた日を思い出していた。かの国には、訪問は先触れ無しでという伝統でもあるのだろうか。


 それ以降は、特にゲオルグ閣下も俺に聞かせておくような要件もないらしく俺もこれ以上閣下の業務の邪魔をするわけには行かないと、ルーシアを迎えに行く目的もあり、エメセシル様とアレクス殿下が訪問者をもてなされているであろう来賓室へと足を向けた。


 歓談の邪魔をするわけにもいかないと、俺はその入り口の前で待機していたがしばらくして聞こえて来た、自分の妻の声に彫刻のように固まった。


 


 「……アレクス殿下!見損ないました!!殿下がそんなに女性にだらしない方だったなんて!!!」



 ―――っ!?!?!?



 俺は扉に隔てられてもなお聞こえて来た、いつになく声を張り上げている妻、ルーシアの発言に色めき立つ。い、一体何の話をしているんだ!?


 普段冷静で感情的に騒ぎ立てることが少ないルーシアの様子に、どんな会話が中で繰り広げられているのだろうと俺は中に入ってしまいたい衝動に駆られるが、エメセシル様が対応されているのはセイクリッド王国の王太子妃だと聞いている。すでにエメセシル様の近衛騎士でもない俺が、興味本位で聞き耳を立てていいものでも、ましてや用事もなく入室が許されるものでもない。


 俺は抑え切れぬ好奇心と、ただならぬルーシアの様子にそわそわと来賓室の前を動き回る。


 そんな風に数十分ほど待っていただろうか、ふいに例の部屋の扉が開かれた。そこから、歩み出て来たのは、常日頃俺をこき使っている未来のアルカディアの王配であるアレクス殿下と―――



 

 ―――月の女神かと見紛うような美しい女性だった。


 豊かな銀糸の髪は毛先が繊細に巻かれ、魅惑的な真紅の瞳は見る者すべての心を射抜くようだ。その鮮烈な色合いに負けない完璧な美貌、細身ながらもけっして脆さを感じさせない堂々とした立ち姿、絶対的な女王の風格を持ったその女性は―――。


 つまり、彼女がセイクリッドの王太子妃ということか。


 まるで魅了の魔法にかけられたように、俺は夢うつつのままその女性を見つめていた。その女性は一度だけ俺の方にちら、と視線を向けるけれどもあたかも何一つ視界に入らなかったかのような冷淡さで、颯爽と通り過ぎて行く。


 俺の存在に気付いたアレクス殿下が、何故かばつが悪そうな表情で、エスコートしていたその女性から一度離れ、俺に近寄って来る。


 「エリック・カーシウス、丁度良いところに来たな。頼みたいことがある、あとで俺の部屋に来い」

 「……は?」


 途端に俺は女性の魅了が解けたように、アレクス殿下の命令に驚きその意図を問うもアレクス殿下は俺の疑問などお構いなしに、再びその女性を伴って歩きだす。


 「……な、なんなんだ、一体……」


 俺は不可思議な幻でも見たような心境で呟き、彼らが現れた先の未だ開かれている扉の奥に視線をやる。そして、声もなく凍り付いた。


 いつから見ていたのか、俺の最愛の奥様が、まるで氷の女王のような絶対零度の視線で俺を睨み付けていたからだ。



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