第四十話 王宮奪還作戦決行
アルカディアのテオドール閣下の部隊と、セイクリッドのアレクス殿下の部隊の合同軍が編成され、ついに俺達は王宮奪還と国王陛下救出のため王都へ軍を進めることとなった。
当然怪我で療養中のルーシアには、エメセシル様と共に後方で待機してもらうこととなった。彼女が戦闘に加わらないことに俺は心底安堵していたが、彼女からしたらそれは心外だったようだ。俺が君には安全な場所にいて欲しい、女のルーシアに血生臭い戦争になんて参加して欲しくないと言うと、ルーシアは怒った。そして俺を叱り飛ばした。そんなの男も女も、立場だって関係ないと。誰でも愛する人を危険な目に遭わせたくないのは同じだし、逆に命を懸けなければいけない場面であるならなおのこと、困難を共にしたいのだと。
そういった彼女に俺はまったく脱帽した。彼女を模範的な騎士だと思っていたけれど、騎士という枠を越えてなんて芯の強い凛とした女性なのだろうと、正直惚れ直したくらいだ。彼女とならどんな時も互いの背を預けて共に戦っていけると俺は確信した。やっぱり、俺が生涯を共にするのは彼女しか有り得ない。
……話が逸れたな。
戦略会議での取り決め通り、エメセシル様とアレクス殿下を盟主としたアルカディア・セイクリッドの連合軍が王宮の真正面から派手に陽動作戦を展開し、俺とテオドール閣下他数名の閣下の部下が裏から実際に王宮に潜入し敵将だと考えられるネルソン将軍の討伐と国王陛下の救出を試みる。……一国の王子が大々的に囮になるというのはどうかと思ったが、アレクス殿下ご自身が非常に乗り気なのだ。ちなみに俺の父アイザックは、敵に偽りの情報を流しかく乱させる諜報活動の役目を担っている。家族として19年過ごして来て、初めて知る父の一面に俺は驚かされてばかりだ。
作戦通り、アレクス殿下率いる連合軍が投石器や据え置きの大型弓などを使用しながら、王宮正面入り口から軍を進行させている。占拠していた反国王派の軍と派手にやり合っているようだ。しかし、アレクス殿下の兵士らは大立ち回りを演じている割には極力敵の戦力を削ぐのみに留め、不必要な殺生は避けている模様だ。
「―――エリック、予定通り使用人用通路から潜入し、私は国王陛下の救出のため陛下のご寝所に向かう。恐らくはネルソン将軍は謁見の間か、右宮の将軍執務室辺りにいるに違いない。アレクス殿下のお言葉の通り、なるべくは生け捕りにしたい。私も陛下を救出次第援護に向かう、それまでは持ち堪えるのだぞ、良いな」
「はい、分かりました、閣下」
「……ネルソン将軍とて将軍位に就いているほどの人間だ、剣術の腕は侮れぬ。決して深追いはせず、私が加勢するまでの時間稼ぎをしろ」
「はい」
テオドール閣下はご愛用の剣の柄に手をかけながら、俺に神妙な面持ちで告げられた。やはりその隙のない立ち居振る舞いを見るだけでも、閣下の武人としての実力が他と一線を画していることがはっきりと伝わって来る。纏われている鋭い気も、他の騎士らとは段違いだ。やはりトルキアとの戦争を潜り抜けて来られた世代というのは、その肝の座り方からして違うのだろう。
俺は閣下の足を引っ張るわけには行かない、と改めて気を引き締める。俺だってこの数日激しい戦闘を何度も経験し、真剣な命の遣り取りに対しての覚悟も決めている。何より大事な仲間を失い、最愛の女性と共に生きると誓い合ってからは、騎士としての自分の意識、在り方についても大きく変化して来ていた。
敬愛する主君のためにも、愛する人との暮らしを守るためにもこの国を一刻も早く正常な状態に戻さなければならない。
―――城門を破壊する、投石器から放たれた大石の衝撃音を合図に、俺とテオドール閣下の部隊は使用人用通路の扉を突き破った。
普段使用人と通いの商人のみが行き来している細い通路を武装した何人もの騎士らが抜けていくのを、侍女や従者らが驚いた様子で注視していた。当然使用人らも、王宮内で何が起こっているのかはうすうす理解はしていたのだろうが、彼らに出来ることはただ自らの業務を淡々と変わらずにこなすことくらいだったのだろう。侍女の何人かはあまりの物々しい俺達の行進に早くも恐怖し、腰を抜かしたり泣き出したりしている者もいる。もちろん、一般人に危害を加えるつもりはない。俺達は彼らには一切構わず、その遠巻きに見守る人々の間を駆け抜けていく。
中央宮の大階段を抜け、奥宮と謁見の間への道に分かれる分岐点で、俺とテオドール閣下は進行方向を違える。俺は数名のテオドール閣下の配下の騎士らと共に、謁見の間に向かう。もぬけの殻の可能性もあるが、ネルソン将軍が権力に固執しているなら、支配権の象徴でもある王座のある謁見の間にいる可能性も否定出来ないからだ。もし誰もいなければ、次に潜伏している可能性の高い王国軍用の施設の集中している右宮を捜索するだけだ。
俺がそう考えながら、他の騎士と謁見の間に続く大階段を昇っていると、途中の階奥から複数の足音が聞こえて来た。現れたのは複数の騎士だった。彼らの制服から判断するに所属する隊もバラバラなら、正騎士以外にも騎士見習いの准騎士も混ざっている烏合の衆と言った感じだ。見た目には、彼らが反国王派なのかどうかも判断はつかない。
「エメセシル王女殿下の近衛騎士隊の方でしょうか!?」
その中の一人、比較的年長で彼らの取りまとめをしているらしい明るい榛色の髪をした騎士が、俺に声を掛けて来た。少なくとも剣を抜いたり、攻撃を仕掛けて来る様子はない。
「そうだ、俺はエメセシル様付き近衛騎士隊のエリック・カーシウスという」
「エリック殿!ご勇名は聞き及んでおります!私達は本来はネルソン将軍指揮下の師団所属で国王陛下に仕えて参りましたが、将軍がクーデターを起こされたことをきっかけに隊を離脱し、密かに国王陛下救出の機会を探っておりました!」
年長の騎士は、アーウィンと名乗りネルソン将軍がクーデターを起こして以来、気付かれないように有志を集めレジスタンス活動を計画していたと言った。エメセシル様とアレクス王子が討伐のための連合軍を差し向けたこと、テオドール将軍がそれに手を貸していることを耳にし、ついに行動を開始したとのことだった。
「俺達は長年救国の英雄の一人として、ネルソン将軍を尊敬して来ましたが、今回のことは騎士の領分を明らかに越えています。現在ネルソン将軍と共に陛下に反旗を翻した騎士らの多くはトルキアとの戦争で活躍した上級騎士達ばかりです。彼らが彼らの功績を誇る気持ちも、国をより強い国にしたいと言う気持ちも理解は出来ますが、国王陛下、アルカディアに仕える我らが自分たちの思い通りに国を動かそうとするのは間違っていると思います」
俺はアーウィンと全くの同意見だったので、頷いた。
どうやらアーウィンからの情報や今まで戦った反国王一派の様子を鑑みるに、彼らは決して一枚岩ではないようだ。ノルズ城砦までの道で俺達を襲った奴らは、どうもネルソン将軍らクーデターの中心人物の思想に傾倒しているわけではなく、勝ち馬に乗ってやろうといった個人的な利権のために動いているようだった。隊の統率もバラバラで、指揮系統もなっていなかった。当然、中には上官からの命令だからと消極的な動機で従っている者もいるのだろうし、逆にアーウィンらのような反発する者も少なくないのだろう。彼らはテオドール閣下が現在実際に国王陛下救出に動いていることを聞き、喜んだ。
「今現在も国王陛下は陛下のご寝所に軟禁されています。ネルソン将軍が陛下のお命を奪わないでいるのは、バレン公爵がずっと反対されているからです。ネルソン将軍はバレン公爵を崇拝されているので……。しかし、何度バレン公爵が兵を引き国内を混乱させないように説得をされても、ネルソン将軍はそれには耳を貸されません。エメセシル王女殿下が外国の王族と結婚されるのはどうしても許せないと。確か、本日もバレン公爵はネルソン将軍を訪ねられているはずです」
「バレン公爵が……!それで、ネルソン将軍と公爵は今どこに?」
バレン公爵がネルソン将軍に加担してないというアーウィンの言葉に、俺はこの上なく安堵している自分に気付いた。バレン公爵を尊敬していた俺は公爵が反国王派に与したと聞いた時、ひどく落胆する気持ちを抑えられなかったからだ。自分の欲望のために他者に犠牲を強いるような人物だったのかと、見損なっていた。だがやはり、バレン公爵は俺が抱いていた印象の通りの方かもしれないという光明を得て、それを早く現実であると確かめたいと思った。
「恐らく、謁見の間にいらっしゃると思います!ネルソン将軍は以前から、バレン公爵に王座について欲しいと切望されていましたから。実際に謁見の間でそのことを訴え、バレン公爵の本心を確かめようというのでしょう」
「謁見の間で……そうか」
俺はネルソン将軍の意図が少し分かる気がした。いくらバレン公爵が人徳者であっても、それは決して彼が聖人君子であることを意味するわけじゃない。人間誰でも、表には出さない欲望や野心というものを多少なりとも抱えているものだ。その上、もしバレン公爵が約20年前の戦争での不満を普段抑え込んでいたとしたら、実際の権力を目の前にぶら下げられて何も感じないとは言い切れない。ネルソン将軍は、バレン公爵の深層心理に訴えかけようと考えているのかもしれない。
エレナもバレン公爵が反国王派の度重なる嘆願、説得に心が揺れ始めていると言っていたじゃないか。バレン公爵にそんな後ろ暗い過去の亡霊に囚われて欲しくはないが、彼自身の本当の気持ちがどうなのかも俺は知りたいと思った。どちらにしても、バレン公爵がネルソン将軍を説得して下さっているなら、将軍に投降してもらうチャンスでもある。一刻も早く駆け付けなければ。
「急ごう、ネルソン将軍もアレクス殿下の軍が攻めて来ていることは知っているはずだ。逆上して何をしでかすかも分からない!」
俺はそう促すと、合流したアーウィンらグループとも共に謁見の間に急いだ。
再び大階段を昇り、謁見の間へと続く大廊下を進んでいるとネルソン将軍の配下なのか複数の騎士らの妨害に遭う。しかし数でも勝っていることもあり、俺達はそれを難なく退ける。アレクス殿下に不必要な殺生を禁じられていることもあり、気絶させ縛り上げるに留めた。
そして、ようやく謁見の間の入り口が見える辺りまで差し掛かった時、尋常ならざる大声が普段は複数の兵士によって守られ、固く閉ざされているはずの大扉の隙間から聞こえて来た。
「―――何故我らが命を懸けて守った祖国を、むざむざ他国の王族に無償で売り渡さねばならないのです!!20年前もそうだった、何故我らの姫を敗戦国などにくれてやらねばならなかったのです!?!?あなたはこの耐えがたい屈辱を感じないのですか、ゲオルグ閣下!!!」




