第三十九話 共に生きる喜び
―――会議を終えた俺は、一度自分が割り当てられた部屋に戻ろうとしていたところ、アルカディアの騎士見習いの少年にルーシアが俺を呼んでいると聞き、彼女の滞在する部屋へ向かった。怪我の程度は問題ないと聞いていたが、度重なる衝撃的な出来事に心労が溜まっているのではないかと心配する。
ちなみに現在エメセシル様にはアレクス殿下の私兵が警備を固めている。本来なら、近衛騎士である俺やルーシアが常にお守りしなくてはならない立場であるが、ルーシアは治療に専念しなくてはならないし、俺に関してはアレクス殿下から反国王派討伐軍に加われと指名され、エメセシル様もアレクス殿下の指示に従って欲しいと仰っているのだ。
足早にルーシアの部屋に駆け付けると、ルーシアはベッドの端に腰をかけ何か手紙のようなものを読んでいた。俺に気付き一度立ち上がろうとするのを手で制止し、彼女の側に歩み寄る。
「エリック」
「ルーシア、どうした?何かあったのか」
俺の問いにルーシアは心なしか真剣な表情で頷くと、持っていた手紙を俺に差し出した。
「さっき、私がバルコニーで涼んでいた時に、伝書梟が持って来たのよ」
「伝書梟が?」
訝しる俺に、ルーシアは再度頷いた。俺は手紙を受け取り、ルーシアの隣に腰掛ける。
「エレナからよ」
ルーシアは俺に中身を読むように促す。俺はルーシアに頷き返すと、早速その手紙に目を通し始める。エレナはエメセシル様の筆頭侍女であったが、裏でバレン公爵と伝書梟を通じて連絡を取り合っていた間者だ。彼女は本来はバレン公爵付きの侍女であり、国内でも数少ない梟使いだったのだ。ノルズ城砦に来る道中、そのことが発覚したため負傷した近衛騎士ハインツと共に、一行から外れてもらったのだった。
今更、彼女がルーシアに何を接触することがあるんだろう。まさか自分の罪の軽減を、仲が良かったルーシアの情に訴えようとでも言うのだろうか?
その手紙を読んで、俺は目を疑った。
「これは……、エレナは、俺達に助けを求めているということか……!?」
彼女がルーシアに送った手紙には、俺の想像とは大きく異なる内容が書かれていた。
それは、バレン公爵がかつての軍人時代の同僚や部下らから国家転覆を持ち掛けられ、感化され始めていることを案じたエレナから、バレン公爵に目を覚ますように説得して欲しいという嘆願が書かれていた。エレナの文面によると、バレン公爵は本来反国王派の意見には賛同しておらず、むしろ戒めるような態度で接していたらしい。また反国王派の暴走を案じ、バレン公爵はエレナを密かにエメセシル様の身辺を警戒するよう、身の回りの物に気を配るように警備役と連絡役を兼ねて派遣していたらしい。エレナ自身あとから気付いたようであるが、最初に俺達を襲って来た狼目の男はバレン公爵家に仕える騎士で間違いなく、エメセシル様が王都を離れられたことがいよいよ危険が迫っていると判断したバレン公爵が、保護のために遣わした者だったとのことだ。
……当然そんなことは知らない俺達は、彼と正面から剣を交えることになり、結果的に彼は命を落とす羽目になってしまったわけだが。
「エレナが言うには、バレン公爵は本来復讐を考えるような方ではないそうね。部下や使用人にも誠実な方だと、書いてあるわ」
「……ああ、俺も以前剣術の指南を受けた時に同じように感じた」
俺は数年前のバレン公爵家での剣術訓練を思い出しながら、頷いた。
「そんな方が、どうして今になってかつての部下たちからの要請とはいえ、王家に牙を剥くことに手を貸そうとするのかしら……?」
懐疑的な目で、ルーシアが呟く。
「……分からない。だが、テオドール閣下の証言ではあのトルキアとの戦争で命を懸けて戦った人間ほど、今の外交に重きを置いた政治に不満を持っているらしい。国王陛下が王国軍を一定の権力内で抑えようとしていることや、国内の貴族らの能力を軽んじていることに憤りを感じているようだ」
「……そんなの馬鹿らしいわ。国は貴族の物でも、騎士達の物でもないのよ。このアルカディアに住むすべての人のために国があるのでしょう」
ルーシアがかつての戦争時の騎士らの考えについて、自分本位だと不愉快そうに吐き捨てた。
「……そうだな。国家のために命を懸けた彼らを立派だとは思うが、それで彼らがこの国を自由勝手にしていいわけじゃないと、俺も思う。ユリウス殿下やエメセシル様はもっと、国民一人一人の暮らしに目を向けられていた。俺はその方が、統治する者の正しい在り方なんじゃないかと思う」
「そうよ……身分とか立場に関わらず、皆突き詰めれば同じ人間同士じゃない。誰かの利権のために、別の誰かをないがしろにしていいわけじゃないわ。国王陛下も、ユリウス殿下もそういった意味では、国内の力のバランスを重視していたと思うし」
「……ああ」
まったくルーシアと同意見だったので、俺は彼女の意見を肯定した。
貴族である俺達は、生来特権階級としての恩恵を受けている。だから俺達が国民一人一人の権利を語ったとして、所詮はきれいごとかもしれないが貴族であり騎士であることの義務や、責任もあるはずだ。全ての地位の人間が、それぞれ異なる義務と権利を等価交換し合うことで国家というものは成り立つんじゃないのか?
少なくとも、俺とルーシアの価値観は近いことに俺は安堵した。
彼女に聞いてみたいことがあった。
「……なぁ、ルーシア」
「……なぁに?」
ふいに歯切れの悪い口調で問いかけた俺に、ルーシアが美しく弧を描く眉をひそめた。俺は少し彼女に尋ねることをためらった。本来なら想像すらしたくないことだ。
「……もし、今回の襲撃のことで俺がお前を助けることが出来ていなかったとしたら……もし、お前が命を落とすようなことがあったら、お前は俺にその仇を討って欲しいか?」
「……!!」
俺の問いかけにルーシアが驚き、琥珀の瞳を大きく見開いた。自分が死んだら俺にどうして欲しい、なんて我ながら酷い質問だ。とりわけ、実際の身の危険があったばかりの彼女に。俺はすぐに彼女に馬鹿な質問をしたことを後悔した。
「悪い、……どうかしてた。忘れてくれ」
「思わないわ」
俺が彼女の回答を聞く前に、質問を撤回しようとした言葉に被せるようにルーシアは言った。俺は驚いて彼女を見た。
「……え?」
「思わないわ。仮に私が死んでも、その変えられない過去のためにエリックが誰かをまた恨んで、不幸が不幸を呼ぶなんて事態になって欲しくない。愛する人を、一生悲しい連鎖に縛り付けるなんて絶対に嫌だわ」
迷いなくルーシアは言った。その瞳は、強い意志に満ちどこまでも澄んでいる。
「もちろん、すぐに私を忘れて他の誰かとすぐに愛し合われちゃったりしたらちょっと複雑だけど、一生十字架を背負って生きられるよりはその方がずっといいかもね」
ふふ、と笑った彼女を俺は思わず強く抱きしめた。俺の愛する人はこんなにも、真っ直ぐな汚れのない心を持っている。彼女の優しさに満ちた愛情が嬉しく、でもそんなことを考えさせてしまった自分が堪らなく恥ずかしかった。
「……俺は一生お前以外を愛することはない。もし死が俺達を別つとしても、俺達の心はどんな時でも一緒だ」
「エリック……ええ。私も、あなた以外を愛することはないわ。例えどんな困難があっても、私はあなたと生きていくわ」
俺達は互いの温もりを確かめ合うように、お互いの背に回した腕に力を込めた。心から信頼し合え、愛情を共有し合える唯一無二の相手に出会えた喜びを、俺達は噛みしめていた。




