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第三十八話 騎士の矜持


 ―――丸一日、たっぷりと休養を取った俺はアレクス王子に呼ばれ、殿下の開く軍事会議に出席していた。


 俺とアレクス殿下の他に円卓を囲んでいるのは、テオドール閣下、セイクリッド側の騎士団長、そして今日到着したばかりのテオドール閣下の副官である俺の父、アイザックだった。

 アレクス王子は円卓に手を組んだ両肘をつき、相変わらずの無表情で皆を見やった後、俺の父にちらりと視線を移した。


 「……アイザック、王宮の今の様子はどうだ?」

 「は……、私が配下の者に独自に調査させたところ、やはり今回のクーデターの首謀者はネルソン将軍であり、彼の配下と交流の深い貴族らの手により王宮は占拠されている模様です。現在のところ国王陛下のお命はご無事なようですが、ネルソン将軍によって居室に軟禁されたままであるとのこと」


 父はアレクス殿下の能面のような顔にも動じた様子はなく、淡々と報告した。……息子の俺も驚いたことに、父はどうやら情報収集や諜報活動に長けていたらしい。てっきり人柄のみで出世したものだと思っていたが、なるほどそれなりの実績も残していたんだな、と俺は父に対する評価を改めた。まぁ、ただ人がいいだけでテオドール閣下の副官を20年以上も務められないか。


 「……ネルソン将軍が首謀者なのですか?バレン公爵では?」


 俺は父の報告に思わず正直な疑問をぶつけた。俺達が最初に受けた襲撃は、確かにバレン公爵の配下の者だったし、エメセシル様の侍女であるエレナが伝書梟で密かに連絡をとっていたのもバレン公爵だ。


 「……バレン公爵も何らかの形で関わっている可能性は否定できない。だが、公爵ご自身が実際に兵を率いているという報告は受けていない」

 「……しかし、マクシミリアンは、俺の仲間は、今わの際にバレン公爵に脅されてユリウス殿下の持ち物に毒を盛ったと告白しました、マクシミリアンが病弱な妹の特殊な薬を買うために、やむなくバレン公爵に従うしかなかったと……!」

 

 俺がなおも言い募ると、父は調査書を見ながら難しい顔を俺に向けた。


 「お前の同僚は、騙されていたのだろう。実際に彼に薬を卸していたのはバレン公爵ではない」

 「何ですって!?でも、マクシミリアンは妹の薬は、バレン公爵の領地でしか生息しない希少な植物を使って作られていると……」

 「……それなのだ。バレン公爵は確かに所有する土地に珍しい植物が原生しているのをご存じだったが、とんと商売にも興味のない方だったからな。商人や、研究者にその土地で自由に植物を採取し、研究・加工することを認めていた。お前の同僚の妹の薬も、バレン公爵の土地から採取された植物を薬に加工し流通させていたのは別の人物、ネルソン将軍が支援をしている商会の人間だ。つまり、実際に彼を利用していたのもネルソン将軍だとみて、まず間違いないだろう」

 

 父の分析を聞いて、俺は面食らった。複雑な人間関係に頭が追い付かない。


 「ですが……だとしたらネルソン将軍の目的は何なのです?将軍ほどの立場も権力もある方が、なぜ国王陛下に謀反など……」


 王国軍の将軍位など、騎士を志す人間全てが手に入れられるような地位ではない。実力と人望、時の運が揃わなければとてもなれるものじゃない。ネルソン将軍は間違いなく王国軍のトップに立つお一人だし、生家も絶大な権力を持つ伯爵家だ。軍事面のみならず政治においても一定の発言権を有している。それでもクーデターなんて起こすと言うことは、さらなる権力欲に取りつかれているということだろうか?

 

 バレン公爵が謀反を起こすなら、俺にはまだ多少は理解が出来た。もし仮に、彼が敵国に嫁いだ想い人ルクレツィア様のことで国王陛下に恨みをもっていたのだとしたら。しかし、何十年も王国軍に所属し国に仕えて来たネルソン将軍の動機が俺には少しも見えない。


 俺の疑問に、父は一度何かを気にしたようにアレクス殿下に視線を向けた。アレクス殿下はその視線に片眉を上げるも、何も発言はされない。続けろ、と目で促している。


 「……恐らくは、この度に決まった王女殿下とアレクス王子の婚姻のことが引き金だろう。ルクレツィア様がトルキアに嫁がれて以降、ネルソン将軍や一部の騎士らは外国との接し方に非常に敏感であったからな」

 「なぜです?ルクレツィア様がトルキアに嫁がれたのは、戦争後の両国の正式な取り決めによるものでしょう。ルクレツィア様との恋の関係を噂されていたバレン公爵ならともかく、国王陛下がお決めになったことに、なぜ騎士らが不満に思うのです」

 「……それについては、私から説明しよう」


 俺と父の議論に、突如として口を挟んだのはそれまでただ黙って俺達のやりとりを見守られていた、テオドール閣下だった。テオドール閣下は普段は非常に寡黙な方で、不用意な発言はなさらない。珍しいテオドール閣下の発言に、俺も父も驚いたように視線を向けた。


 「当時、ルクレツィア様がトルキアに嫁がれることが決まった時に、戦争で戦った騎士達が激しく反発をしたことは事実だ。戦勝国であるアルカディアが、なぜ貢物のように自国の姫君をトルキアに差し出さねばならないのかと。当時の我らは数倍ものトルキアの兵力を打ち負かし、国を救ったのは自分達だと言う自負があった。もし仮にまたトルキアが攻めて来ても、必ず何度でも退けて見せるという気概があった。不可侵条約を結ぶこと自体快く思わない人間もいた。もっとトルキアに制裁を加えればいいと言う者も。私やアイザックは比較的穏健派ではあったが、その他の意見に共感する部分も否定は出来ぬ。特にネルソン将軍はその反対勢力の筆頭であったと言えるだろう。何せ彼は上官であるバレン公爵に心酔していたからな、バレン公爵こそが君主に相応しいと人前でも公言していたほどだ」

 


 いつになく、多弁に語るテオドール閣下。俺は20年前の実際の英雄の一人から明かされる真実に、ただ聞き入っていた。


 「トルキアとの戦争が終結して以降、国王陛下は軍事ではなく外交による防衛に腐心されていた。それをユリウス殿下も踏襲されていたからな、王国軍の中で次第に派閥が生まれて行っていた。その上、エメセシル王女の婚姻相手を国内ではなく外国から探すという方針をユリウス殿下が明かされたことから、なまじ国王陛下とルクレツィア様に生き写しのユリウス殿下とエメセシル王女に、20年前の屈辱が蘇って来たとしても不思議はない」

 「そんな……しかし、ネルソン将軍がしていることは王国軍のみならず国を分断し、混乱を生んでいるだけです。ユリウス殿下を失った今、国王陛下を害すれば我が国は王位継承者を失い政治の指揮系統をも失います。まさかネルソン将軍は根本的に王政を廃しようとしているということですか?」

 「いや……恐らくは、彼は崇拝するバレン公爵を王位に据えたいのだろう。お前も知っているだろうが、バレン公爵は王家の血を引いている、議会に圧力をかければ法を改正し復権も不可能ではない。それよりもエメセシル王女と婚姻をすればより手っ取り早く、バレン公爵を王位につけることが出来る……実際のバレン公爵本人の意思は、依然として不透明だがな」


 テオドール閣下の分析に、アレクス殿下は静かに目を閉じ、じっと黙って耳を傾けられているようだった。その片方の口元がわずかに引き上げられた。


 「……ふん、要は例え同盟国であろうと他国の干渉を受けたくないと言うことだな。頭の固い軍人の考えそうなことだ」


 それまで俺達のやりとりを口を出すこともなく聞いていたアレクス王子が、いつもの無表情のまま面白くなさそうに呟いた。確かに、アルカディア側からもたらされた縁談であるのに、そのことが王国内を分裂させていると聞けば良い気はしないだろう。


 「どちらにせよ、そのネルソンとやらを抑え込まなければこの動乱は鎮められないのだろう。我が国にもその功績が聞こえて来るバレン公爵がその裏についていたら非常に厄介なことであるが……。しかし、俺とエメセシルの婚姻は国同士の契約であり、ユリウスから受け継いだ遺志でもある。俺にとっては過去の戦争の亡霊など、どうでも良いことだ。さっさと王宮を取り戻させてもらい、反国王派らには表舞台から退場願おう」


 アレクス王子はそう言うと、円卓の上で組んでいた手を一度胸の前で組み直し、椅子に仰け反るように座り直した。豪胆な笑みを浮かべ、会議に参加している面々を嘗めるように見回す。アレクス王子の合図に、再び戦略会議が仕切り直された。


 ―――おおむねの王宮奪還作戦の内容が詰められ、解散となった時に俺はアレクス王子に呼び止められた。


 「エリック、参考までにお前の意見を聞きたい」

 「……?何でしょうか」


 相変わらずの感情の見えないアレクス殿下の表情に戸惑いつつも俺は畏まった。アレクス王子はどこか気だるそうな面持ちで、少し長めの前髪をつまみつつ、射貫くような視線を俺に向けた。


 「俺はユリウスと違ってどうも他人の感情の機微というものに疎い。だから、自分の縁故者が非業の死を遂げたとしても、遺志を継いでやりたいと思いこそすれその復讐をしようなどとは思わんし、理解も出来ん。もし、今回の事でお前の婚約者が命を落としていたら、お前はその仇を取りたいと思うか?」


 予想もしないアレクス殿下の問いに俺は面食らってしまう。あまりにも唐突過ぎるその問いに、どう答えて良いか分からない。ルーシアを失っていたら、なんて想像するだけでも恐ろしい。


 「……俺はルーシアを襲っていた者達を見た時、理性を無くし怒りのままにそいつらを虐殺しました。そういう意味では、そうだと思います」


 どういう回答を殿下が求められているのか皆目見当がつかない俺は、思ったままを口にした。その答えに、意外にもアレクス殿下は興味を持ったようだった。わずかに鼻を鳴らすと、さらに俺に畳みかけた。 


 「ならば、バレン公爵が本当に過去の因縁のために裏で糸を引いていると思うか」

 「……分かりません。少なくとも、俺の知るバレン公爵は恨みに囚われるような、そのために他者を廃するような人物には見えませんでした。……しかし、俺自身もしルーシアを失ったらどうなるか、正直自分でも分かりません。」


 俺の率直な意見に、アレクス殿下は切れ長の青い目をさらに細め、何かを思案するように顎に手をやった。


 「クーデターを起こし国を混乱させた者らの罪は重い。しかし彼らの気持も理解できなくはない、ということか」

 「……はい」

 「……分かった、興味深い意見だ。頭に入れておこう」


 結局最後まで、俺にはアレクス殿下の意図は分からなかった。殿下は殿下なりに、アルカディアの現状について思うところがおありのようだ。


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