第二十八話 トーナメント出場
今年もトーナメントの季節がやって来た。15歳から毎年出場しているが、年々順位を上げられてはいるものの最後には必ずルーシアに阻まれるということが続いていた。そうやって長年苦渋を嘗め続けていた俺だがしかし去年ばかりは、敗れはしたものの、確かな手ごたえを感じていた。
ルーシアは素早さと攻撃の狙いの正確性に特化した剣の使い手だが、体力面に劣る。俺が彼女の攻撃をきちんと弾くことが出来、長期戦に持ち込みが出来さえすれば俺の勝機はあるはずだ。
それに今年は俺達の結婚前の最後のトーナメントになる。テオドール閣下にも、もし俺がルーシアに勝つことが出来れば、婚姻の時期を何があってもずらさないと確約して頂いたし。そう、今年の俺は並々ならぬやる気に満ちていた。是非とも結婚前にルーシアに勝利して、有終の美を飾りたい。
実際の試合が始まる前に出場騎士全員参加による、開幕式が競技場の特設会場で行われる。国王陛下、王女殿下、その他来賓の主要貴族らを前にして王国への変らぬ忠誠、公正な試合を宣誓するのだ。また、司教による参加者の安全と事故のない競技を神に祈る儀式も行われる。競技は模造武器を使用して行われ、また勝敗も多くは実際に攻撃を与える前に決するため過去何年も重大な事故が起こることはなかったが、それでも十数年に一度の割合で不測の事態により死傷者が出たこともあったらしい。この国では、機動性も重視するため騎士と言えど叙任式などの儀礼的な場面を除いて普段全身鎧を身に着けることはなく、通常は丈夫な布で作られた騎士装の内側に軽量化された鎖帷子を着込み急所をカバーするのが基本装備である。そのため、事故により四肢を損なうくらいの可能性は十分あり得るのだ。
俺は厳粛な雰囲気で粛々と進められる開幕式で、他の出場騎士同様片膝をつき畏まりながら司教の祈りの言葉に耳を傾けていた。舞台に最も近い場所にある来賓のための特別観覧席の方に目をやるとそこには、国王陛下以外に、我らが主君エメセシル王女とその今日の警護担当マクシミリアン、そしてゲオルグ・バレン公爵とそのお付きらしい目つきの鋭い騎士の姿があった。
随分久しぶりにバレン公爵をお見かけした気がする。先日の建国100年祝賀会にも参加されていたと思うのだが、その時はご挨拶をする機会に恵まれなかった。俺は少し驚いていた。バレン公爵の印象が、最後にお会いした時と随分と変わられていたからだ。相変わらず良く鍛えられているらしい体躯をされているが、以前に比べ随分痩せられやつれられたようにも見える。目の辺りも少し落ちくぼんだような、随分お疲れが溜まっているようだ。元々翳りのある美丈夫だったが、今は痛々しい印象さえ受けた。
そんな風に俺がバレン公爵の様子に気を取られている内に、いつの間にか開幕式の締めの言葉を宰相が告げていた。
次々と解散し、それぞれの支度部屋に向かっていく出場騎士らの中にルーシアの姿を見つけた俺は彼女に近寄って行った。
「ルーシア!」
「……エリック?」
俺の呼びかける声に、彼女は振り返る。その様子は至っていつも通りで、彼女のコンディションが良くも悪くもないのが見て取れる。
「ルーシア、今年こそは負けないからな、覚悟しておけよ」
「……な、何よ藪から棒に」
俺が勢い込んで彼女に宣言をすると、彼女は面食らったように眉根を寄せた。彼女からしたら、俺が例年と同じようにただ負けっぱなしなのを悔しがっているんだと思っているんだろう。だが今年は違う。俺にとっては、彼女との結婚への王手をかける一番勝負だ。
「俺は今年こそお前に勝って、愛を勝ち取るんだ」
「……何を言ってるの?エリック、お酒飲んだ?」
「別に酔ってない」
「……なら良かった。一瞬、エリックの頭がおかしくなったのかと思ったわ」
俺の大真面目な言葉に、ルーシアは思い切り変なものでも見るような目で見ている。いいんだ、全てが終わってからでないと、俺も彼女への想いを打ち明けるなんて出来ないしな。まずはルーシアに勝って、彼女に相応しい人間になったとテオドール閣下にも認めてもらって、それから彼女にも正直な気持ちを伝えようと俺は決めている。
しかし俺の気持ちにはとんと気付いていないらしいルーシアが、ああ、そうか、と何かを納得したように手を叩いた。
「姫様も見ているものね」
「……姫様?」
「姫様にアピールする良い機会だものね」
「……別に出世狙いじゃないぞ?」
「分かってるわよ」
……噛み合っているんだか噛み合ってないんだか分からない会話を繰り広げながら、俺達はそれぞれの支度部屋に移動して行った。
トーナメント1日目は、初戦、2回戦、3回戦と俺もルーシアも問題なく突破して終えることが出来た。
そして2日目の準決勝で予想通り、俺達は対戦することとなった。
「―――これより、下位騎士青年の部、地上戦の準決勝試合を始める。東塔より、エメセシル姫付き近衛騎士隊所属、エリック・カーシウス、前へ!」
「はっ!」
審判騎士の号令に、俺は控えていた競技場東塔から舞台中央まで進み出た。途端にわぁっとギャラリーから歓声や檄が飛ぶ。
「エリック、がんばれよー!」
「男を見せろー!」
「雪辱を果たせ!」
やいのやいの言っている奴らの大半は言うまでもなく、同じ近衛騎士隊の同僚達である。
「―――次に、西塔より同じくエメセシル姫付き近衛騎士隊所属、ルーシア・ヴィクセン、前へ!」
「はいっ!」
凛とした返事と共に、俺の向かいの西塔から騎士装に身を包んだルーシアが歩み出てくる。さらに歓声は膨らみ、会場は一気に興奮と一種の緊張感に包まれた。
「ルーシア様ー!応援してます!」
「ひょー、いつ見ても美人だなー!」
「姉御ー!愛してますー!俺と結婚して下さーい!!」
誰だ!!今ルーシアに結婚を申し込んだ馬鹿は?!
王国軍紅一点のルーシアはその類稀な実力に加え、研ぎ澄まされた美貌、高潔な性格から大変人気が高い。噂によると、密かにファンクラブなるものも出来ているらしい。婚約者の俺としては、大変複雑である。
ルーシアも舞台中央に到着し、俺達は一度騎士の礼を交わす。
いつ見ても、騎士装に身を包んだルーシアは勇ましく毅然としていて美しい。まるで神話の戦乙女のような近寄りがたさ、神々しささえ感じるような鮮烈な美しさだ。試合で精神を集中させているからか、今日の彼女はよけいに神秘的な魅力を放っている。その艶やかな髪も、いつも通り銀の簪で一つにまとめられ彼女の動きに合わせて鞭のように躍動していた。
俺達が礼を交わすのを見届けた審判騎士の指示により、控えていた小姓が試合用の模造剣を俺達に差し出して来る。職人によってあえて刃を丸く作られた、試合用の剣だ。
二人とも受け取った剣の鞘を払い、互いの剣を交差させると一度打ち付ける。キン、という音が弾け、審判騎士の「はじめ!」という号令と同時に二人とも後方に飛び退った。
―――最初に仕掛けて来たのはルーシアからだ。
彼女の剣の特徴は速さ、一撃必殺の剣だ。洗練された無駄のない剣先の描く弧がまるで剣舞を舞っているようだ、としばしば形容される彼女の動きは相手を知らぬうちに翻弄し、出来た隙を一瞬のうちに突いてしまうのだ。
俺も長いこと彼女のその予測の出来ない流れる動きに苦渋を飲まされて来たが、数年前にバレン公爵の特訓を受けて以来彼女の攻撃をたやすく受けることは無くなっていた。今では彼女自身の剣の癖も熟知している。彼女の剣はとにかく手数が多い、だが一回一回の攻撃を正面から確実に受け止めてやれれば、その度に流れを断つことが出来また彼女の体力を削ることも出来るのだ。また、鍔迫り合いになれば、腕力では圧倒的に分のある俺の方が押し切れる。
俺が彼女の連続攻撃を制御にかかっていることに彼女も気づいているのか、俺の反撃を警戒しいつもより深追いはして来ない。俺が彼女の攻撃を受け止めたことを認めると、さっと間合いを取り、仕切り直しをしようとするのだ。彼女が体勢を立て直そうとする隙を狙い、俺も攻勢に出ることもある。しかしそれは、俺よりもよほど勘が良く動きの速いルーシアが避け切ってしまう。くそ、やはり確実に長期戦に持ち込み彼女がバテるのを待つべきか……?!
しばらく、俺はまた防戦に徹していた。トーナメントの試合に時間制限はない。時間を稼ぐのも立派な戦術だ。
そうこうしているうちに、ややルーシアの動きに乱れが出て来始める。俺の狙い通り、体力を削る作戦が功を奏し始めているようだ。
「ルーシア!今年こそ勝たせてもらうぞ!」
「っ、まだ!今年も負けられないわ!」
俺は、自分を奮い立たせる目的と、ルーシアを気迫の面でも押し切ろうと声を張り上げた。ルーシアも負けじと叫ぶが、今年の俺は覚悟が違うんだ。絶対に負けられない!!
俺は彼女の一瞬の隙を認めるや否や、力一杯正面からルーシアに斬りかかった!が、彼女は紙一重のところで重心をずらし俺の勢いを空に逃がした。勢い込んで俺は前のめりにバランスを崩す。
―――しまった!またしても彼女の手に引っかかってしまった!
「くそっ!」
しかし、今年の俺はいつもみたいにここで思い通りにはやられない。真っ直ぐに俺を狙って攻撃してくる彼女を見越し俺は素早く防御の構えを作る。が、わずかに彼女が速いか―――?!
―――その時、不自然に彼女の剣の切っ先が太陽光を反射した。鋭利な、光―――。
スパッ、という軽い音を立てて俺の騎士装の袖が切れた。
戦闘を前提として作られた特注の、頑丈な布で作られた制服だ。刃の落された模造剣で切れるはずもないのに―――?!
俺に斬りかかったルーシアが、一瞬早く剣の軌跡を修正していなければ、袖ではなく俺の腕を直に切っていたに違いない剣だった。俺が違和感を感じた同じ瞬間に、彼女もその剣の異様さに気付いたのだ。
俺の袖を切り裂いた本人が、信じられないものを見ているかのような驚愕の表情で、その裂け目を凝視している。そしてその次の瞬間には、彼女にその剣を渡した小姓をキッと睨み付けた。睨み付けられた小姓は、訳も分からず肩をビクつかせ怯えた。その様子は―――彼は何も知らないことをありありと伝える。
一体、何が起こっているんだ―――?!俺達は、互いに顔を見合わせる。突如として降って湧いた動揺が俺達を取り巻いていた。




