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第二十七話 建国100年祝賀会

 

 ―――俺達が19歳になり両家の合意の上、俺達の結婚式の日取りがようやく正式に決まった。俺にとっては待ちに待った、念願のルーシアとの結婚である。今後は業務の合間に互いの実家を行き来して、様々な調整をしていかなければならないだろう。二人とも多忙の身ではあるが、俺はとにかくやっとテオドール閣下が俺をルーシアの結婚相手として不足はないと認めてくれたことが嬉しかった。


 同時にルーシア自身がどう思っているかが俺にとっては最大の心配案件だったが、結婚がいよいよ具体的な話になっても拍子抜けするくらい彼女はあっさりとそれを受け入れ、彼女も粛々と結婚式の準備を始めたようだった。当日の衣装や、装飾品、会場の飾りつけなど彼女側が担当する内容について彼女から報告を受けて、俺も安心していた。少し、事務的すぎるきらいはあったけれども。



 そんな風に、この数ヶ月はあっという間に過ぎて行った。


 そして、本日は我が国アルカディアの建国100年を祝う祝賀会が、中央宮大広間内で執り行われている。この祝賀会は、ユリウス殿下が亡くなられて喪に服していた我が国の、約2年ぶりの大掛かりなお祝い行事で国内外から有力貴族や王族を招いている。また先日話がようやくまとまった我らが主エメセシル様と、隣国の第二王子アレクス様との婚約お披露目も兼ねられている。


 これほどの規模だと警備もいつもの数倍厳重に敷いられているのだが、この国の伝統というか、対外的に物々しい印象を与えるのを嫌う傾向から会場の警備の任に当たる王国軍騎士や近衛騎士らも、貴族としての正装に帯剣することが求められているのだ。そのために今日は俺もいつもの騎士装ではなく、貴族らしい青の礼装で身を包んでいる。


 俺はエメセシル様のすぐ側に控える、我が婚約者殿の姿を盗み見る。


 今日のルーシアは、深い森のような緑色の細身のドレスを身に纏い、よく引き締まった彼女の美しい体の線を惜しげもなく晒している。慎ましい彼女の性格通りに、決して派手なデザインでもないし、露出だって他の令嬢に比べても控えめなくらいだが彼女の上品で凛とした美しさを良く引き立てている。細いすらっとした首元に、いつか俺が贈った金細工のネックレスが輝いておりそれが俺のささやかな独占欲をくすぐった。


 エメセシル様とにこやかに言葉を交わしているらしい彼女の美しい横顔に、俺の胸はざわめく。いつもよりわずかに鮮やかな色合いを使っている彼女の化粧が、彼女の雰囲気をぐっと大人っぽくさせており、それが俺以外の男達も誘惑しないかと。


 「……エリック、鼻の下伸びているぞ」

 「……!!マ、マクシム!!……アレクス殿下!!」


 急に後ろから声をかけられ俺は心臓が飛び出しそうになる。慌てて振り向くと、そこには例によって目元をニヤニヤさせているマクシミリアンと、本日の主役の一人でもあられるエメセシル様の未来の夫にして、セイクリッド王国第二王子アレクス様が立っていた。会場に着いたアレクス王子を、ユリウス殿下付きの近衛騎士だった時代から交流のあったマクシミリアンが迎えに行っていたのだ。アレクス王子は相も変わらず無表情というか、なんとも感情の分かりにくい何にも興味がなさそうな顔をされている。いまいち性格の掴めないお方だ。


 「……エメセシルの近衛騎士か。ユリウスの臨終の時にお前も立ち会っていたな」

 「……エメセシル王女殿下付き近衛騎士隊の一人、エリック・カーシウスと申します」


 抑揚のない口調で、天気の話と同じような無関心さで声をかけられ、俺は何となく居心地が悪い思いを抱きつつ片膝をつき名乗りを上げた。とりあえず、顔だけでも覚えていて下さって良かったというのか……。


 「エリック、任務中に嫁さんのこと考えてんなよ?」

 「そ、そんなつもりじゃ……!」


 マクシミリアンが俺の肩にわざとらしく手を置き、耳打ちしてくる。アレクス殿下の前でからかわれ、俺は慌てふためく。マクシミリアンはしょっちゅう俺やルーシアを夫婦呼ばわりして遊んでくるのだ。にしても、いつもルーシアを見る時はエメセシル様を見守っているようにカモフラージュしているのに、こいつにだけは何故かいつもバレてしまう。考えを見透かされて滅茶苦茶恥ずかしい。


 「……なるほど、お前とあの女騎士は夫婦で近衛騎士を務めているのか」

 「ま、まだ正式な夫婦ではありません……半年後に婚儀を控えています」


 赤い顔で俺が釈明するように言うと、アレクス殿下は特に興味もなさそうに「そうか」と一言だけ返事をされた。やがて、ご自分の婚約者であるエメセシル様の方に声をかけに行かれた。


 エメセシル様と短く言葉を交わしている様子のアレクス殿下は相変わらずそっけない様子だが、エメセシル様に対してだけは他の人間に対しての時よりわずかに瞳の印象が優しいように思う。エメセシル様ご自身も出会った当初こそ、アレクス殿下の独特な節回しに戸惑っておられたが今は慣れたのか、特に気にした風でもなく対応しておられる。お二人の仲が良好なのは、俺達姫様付きの近衛騎士隊からしても喜ばしいことだ。


 その後、俺も伯爵家の人間として最低限の社交をこなしている最中、急にエメセシル様が持っている扇を振り、俺を呼び出すようなしぐさをされた。何故か横でルーシアがわずかに焦ったような表情をしている。


 「姫様、何かご用命でしょうか」


 俺は歓談をしていた相手に詫び、エメセシル様のもとに歩み寄ると胸に片手を当て浅く礼をした。エメセシル様は何かいたずらっ子のような目を輝かせ、扇で口元を隠しつつ俺を見上げた。


 「ええ、エリック。あなたの大切な婚約者殿が退屈していてよ、女性を楽しませるのも騎士の技量の一つなんじゃなくて?」

 「っ、姫様、私達はけして遊びで式典に参加しているわけでは……っ」


 楽しそうなエメセシル様と、その隣であわあわしているルーシアの様子を見て俺は、ああ、そういうことか、と納得した。


 エメセシル様は俺達の仲を応援して下さっているようなんだが、時折俺を試すようなことをされる。俺がルーシアの気持ちを考えて遠慮しているのを、婚約者をろくにエスコートも出来ない不甲斐ない男だと思われているのだろう。だからこうやってたまに発破をかけるようなことを仰るのだ。


 俺は今日はそれに有り難く乗っかることにした。


 「―――ああ、姫様の仰る通りですね。丁度、彼女をダンスに誘おうと思っていたところです」

 「エリック!私達は任務中でしょう!」


 俺の予想通り、生真面目な彼女は目尻を吊り上げ、俺を諫めようとする。


 「かまわないだろう、今日は警備の数も増やしているし、何といってもアレクス殿下もいらっしゃる」

 「エリック!」


 俺が視線でエメセシル様にほど近いところに立っておられるアレクス殿下の存在を示唆すると、ルーシアは一瞬たじろいだ。俺は構わずに彼女の真正面に立つと有無を言わさず、その手を取り甲に口づけた。途端にルーシアの顔が誰が見ても分かるくらい紅潮し、何とも言えない恥ずかしそうな表情をした。


 「―――ルーシア嬢、私と一曲踊って頂けませんか?」

 「……っ」


 俺の言動に真っ赤になった彼女が、周りを気にするように視線を巡らせる。既に姫様達だけでなく他の貴族らの注目も集めていることに気付いた彼女は、断れないと踏んだのか一度深呼吸のようなため息をつき軽いお辞儀をした。


 「……喜んでお受け致します」


 俺はその様子に思わず、満足した口元を緩めた。


 

 俺に手を引かれホール中央に誘導されつつ、彼女が少しむくれたような顔をしているのを見て俺は何だか可笑しいような、すこし彼女をからかってやりたいような心境に駆られた。


 「ルーシア、怒っているのか?君がお役目第一なのは俺も理解しているよ、でも主君の期待に応えるのも騎士としての……」

 「もう、そんなんじゃないわよ。久しぶりのダンスだから、ちょっと焦っただけよ」


 わざとらしく問う俺に、ルーシアはむきになって言い返す。その尖った口が気の強い彼女らしくて、俺のいたずら心をよけいに刺激する。


 「そうだったのか。心配いらないさ、君はダンスが得意じゃないか」


 彼女の言い訳にわざと乗っかった俺に、彼女が恨めし気な目で見つめて来たのをあえて俺は気づかないふりで流した。


 ホールの中央に辿り着いた俺達は一度向き直り、改めて正式な礼をする。そして互いに組み合わせた手を伸ばし、ダンスの型をとった。やがて宮廷楽団の奏でる調べに合わせ踊り始める。


 予想外の展開から彼女と踊ることになったが、俺は込み上げる嬉しさを禁じ得なかった。彼女と踊るのは実に久しぶりだ。いつも彼女が任務中だからと断ってしまうために。将来の伴侶を探す、という夜会や舞踏会に参加する最大の目的を必要としない俺達は、そもそも社交界にあまり顔を出していない。そのため公式行事でもなければ、ダンスを踊る機会すらなく過ごしてしまうのだ。


 俺の言葉通り、運動神経の優れたルーシアはダンスも上手い。社交界デビューした当時は、彼女と踊ることに無駄に力んでいた俺だったが今では俺も何の支障もなく彼女をリード出来るくらいには上達していた。そんな訳で踊る進行方向を見ながらも彼女を盗み見る余裕も生まれていた。


 わずかに睫毛を伏せて俺の胸元を見ている彼女の表情は窺い知れないが、その代わりに美しく編み込まれた彼女の艶のある栗色の髪や、きれいなうなじを見ることが出来る。屋外での軍事訓練もしているのに、相変わらず彼女の肌はきめ細やかで目立つほど日焼けもしていない。その上、何か特別な香水でもつけているのかいつも清々しい、でもほのかに甘い香りが漂って来る。


 ―――駄目だ。あまり見つめていると良からぬことを考えてしまいそうだ。もし、公衆の面前で彼女の首筋に口づけてしまったりしたら、あとで彼女からどんな抗議をされるか分からない。


 俺は煩悩をかき消すつもりで、彼女の背に回している手に力を込め二人の距離をわずかに詰めた。


 「―――ユリウス殿下のことなんだが」


 低く抑えた口調で俺が話しかけると、伏せられていた睫毛が驚いたように見開かれ、ルーシアと視線が合う。その目が一体何をこの場で話すつもりなのか、と問いかけて来る。俺は構わずに続けた。


 「やはり、不自然な点が多すぎる。あんなに丈夫だった方が、数ヶ月の内に急に衰弱されてあっという間に亡くなられるなんて」


 突然こんな話題を出して来た俺に、ルーシアは訝し気に眉をひそめる。その気持ちは分からなくもない。ダンスの最中にするようなロマンチックな話題ではない。


 だが、アレクス殿下と再会したことがユリウス殿下の死を俺に思い出させるきっかけになっていたことも事実だし、俺が長年疑問に思っていたことを打ち明ける相手として、最も信頼できる相手もルーシアに他ならないのだった。そして、こんな話は人に聞かれるようには出しにくい。逆にダンスの最中は密着もしている分、他の人間に聞かれるリスクも低いのだ。


 「……毒殺説のこと?それは当時も考えられて、料理人も毒見役も医師も身の回りの世話の侍女だって何回も入れ替えられていたじゃない。でも殿下の病の進行は止められなかった」

 「……ああ、そうだな。本当に原因不明の進行の早い病だったのかもしれない。だが、最近陛下の体調が優れないご様子なのも気になるんだ」


 ルーシアの言葉を肯定しつつも、俺はもう一つ最近気がかりだったことを口にした。


 ほんの数週間前くらいだが、時折国王陛下御自身も病に伏せる日が出て来た。後継者を亡くしたことからの心労で、これまでも体調を崩すことはあったので今回もそうなのかもしれないが、何となく症状がユリウス殿下の時と似ていて気になっていたのだ。


 「誰かが陛下までも害そうと考えてるって、エリックは言いたいの?でも、それで得する人物が今の王宮にいるとも思えないわ。外交上のトラブルがある国もないし……」


 ルーシアの言う通りだった。ユリウス殿下が亡くなられるまでは、殿下がこの国の唯一の王位継承者だった。この国の法律で、女性王族は単独で継承権をもたないゆえに。むしろユリウス殿下が亡くなったことで、王位継承者を失った我が国が、婚姻によるエメセシル様の王位継承権を満たすために慌ててアレクス殿下との婚約をまとめたくらいだ。国内外を探しても、身分、資質、年齢のあらゆる要件を理想的に満たすのがアレクス殿下くらいしかいなかったので、おおよそ反対勢力というものが考えられない婚姻だった。約20年前の東の大国トルキア帝国との戦争が終結してから他に外交上不都合のある国もない。


 「確かに、今この国をかき乱して得する人間がいるとも思えない。内乱状態になって難民を受け入れるのを近隣国が喜ぶとも思えないし、陛下もエメセシル様もいなくなったとしてこの国の統治権を得られるような勢力というものが、中にも外にもいないんだからな」

 「そうよ、一体何をエリックは心配しているの?」


 ルーシアの疑うような目に、俺はこれ以上話しても彼女を困らせるだけだと判断した。どっちにしても、確信のある話でも根拠がある話でもないしな。


 「いや……だが俺達の思いもよらないところで、陛下や姫様に害をなそうという輩がいないとも限らない。俺達は常に最悪の事態を想定して備えておくべきだろう」

 「……そうね?」

 「まぁ、つまり姫様付きの近衛騎士として、お互いに気を引き締めて行かなくちゃな、と思ってさ」


 俺が適当な落としどころで話を切り上げると、ルーシアは何を今更、とでもいうかのような呆れた表情をした。


 そんな彼女に、気の利いた言葉の一つも言えず結局終始任務に関わる話ばかりしてしまったことに、少し申し訳なくなる。


 しかし挽回をするチャンスもなく、音楽がそこで終わり俺達もダンスを止めた。組んでいた手を一度離し、礼をする。離す刹那、俺達の指先が最後にかすめた時に、その温もりを惜しんだ胸がちくりと痛んだ。それは、俺だけなんだろうか。彼女は表情一つ変えず、実に優雅な仕草で礼をした。


 そして俺達はまた、当然のようにそれぞれの持ち場に戻って行ったのだった―――。



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