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第二十六話 18歳 軍事演習

 

 あのやり取りから数日経っても未だ俺は、彼女との接し方に答えが出せないでいた。彼女は今まで通りでいようと言った、だからその通りにエメセシル様や他の隊員らが近くにいる間は極力それまでと変わらないように過ごしている。でも、二人きりになる瞬間があると、俺は迷ってしまっていた。いや、むしろ二人きりになるのを無意識に避けてさえいたかもしれない。自分の気持ちが整理出来ていない状況で彼女と会話をすることが、怖かったのだ。


 なんて女々しいんだ―――自分でもほとほと嫌になる。


 このまま全てのことに蓋をして、ただひたすら彼女との結婚が成立をするのを待つのか?


 彼女をきっぱりと諦め、自由にしてやるのか?


 それとも、彼女に俺以外に想う男がいるのかを直接問い質すのか?


 そのどれを選ぶことも出来ていない。


 今の俺に分析出来ていることは、少なくとも彼女が俺との結婚を―――それが仮に彼女にとって最良の未来ではないとしても―――受け入れてくれているということだ。


 彼女は今更婚約破棄も出来ないと言っていたけれど、それは間違いだ。俺達が仮に本当に政略結婚だったとしても、必ずしもこの組み合わせでないといけない理由は両家にはない。


 俺もルーシアも、他に探せば適当な縁談はいくらでも見つかるだろう。俺達はどちらもそれなりに名のある伯爵家の生まれだ。結婚相手として一番需要がある家格と言える。それに、同じ伯爵家と言えどヴィクセン家の方が名のある騎士を多く輩出している歴史から、格はわずかに上だ。彼女が本当に俺との結婚が嫌であれば、解消することはさほど難しいことではない。特に彼女の弟が生まれてヴィクセン家にも嫡男が出来てからは。わざわざ三男の俺と縁組をしなくても婿をもらう必要のないルーシアはどの家にでも、それが王族であっても嫁いで行ける身分だ。そもそも、テオドール閣下に彼女が一言願うだけで、俺との婚約なんて一瞬で白紙に戻すことが出来るのだ。


 じゃあ、ルーシアが俺との婚約を消極的にでも受け入れてくれる理由は―――。考えられるのは、想う男など最初からなく、ただ貴族の務めとして手頃な結婚相手として認識してくれているということ―――これは真面目なルーシアの性格を考えるとかなり信憑性が高い。性格も考え方も良く知らない相手よりは幼馴染の俺の方がいいと考えていることだって有り得る。それでなければ、どうしても結ばれない相手を想っている?例えば、既に配偶者のいる相手、もしくは故人など―――記憶を辿ってみても、彼女が誰か俺以外の特定の男と親しくしている様子は思い当たらない。だが近衛騎士隊に所属し、普段接している異性は同年代の伯爵令嬢に比べて圧倒的に多いルーシアだ。人知れず誰かに想いを寄せていても、不思議ではないかもしれない。



 ―――駄目だ、考えれば考えるほど深みに嵌って行ってしまう。


 俺は気を抜くと、延々と続く物思いの底なし沼に入り込んでしまいそうになる自分を恥じ、叱咤した。


 今日は王国軍の合同軍事演習の日だ。近衛騎士隊も含め複数の部隊が野外戦を想定し、団体戦術の訓練をするのだ。トーナメントと同じく使用する武器は模造武器ではあるが、実際に軍馬を駆り大型の投石器の発射訓練などもする。訓練だと甘く見て気を抜いていると、大惨事を引き起こしかねないため気を引き締めなければならない。


 今回近衛騎士隊からは俺やルーシア、マクシミリアンを始め十数人が参加している。他の部隊よりも少数編成ではあるが、本来近衛騎士隊は大人数で任務に就くことはないため、むしろこれくらいの規模の方が実戦に近い状況で戦えると言えるだろう。


 「じゃあ打ち合わせ通り俺達は、敵の本拠地に近づくまでは隊を分散させず、陣形を変えないまま進行し、敵の大将を攻撃範囲に追い詰めたら俺とルーシア、マクシミリアンの精鋭部隊で本拠地を叩く、ということでいいな?」


 今回の演習のルールは、複数の部隊同士で拠点制圧を目的に争わせ、相手本拠地の旗を奪取した方が勝ちという単純なルールだ。お互いに本拠地の守りを固める大将を置く以外はそれぞれの部隊の特徴に見合った戦術で敵を攻め込む。少数精鋭が基本の我が近衛騎士隊は、本来部隊を複数に分けるという戦い方はその特性に合わない。だからギリギリまで隊単位で行動するのだ。


 仮説の本拠地に見立てている大型の天幕の中、俺が執務机の上で地図を広げ隊員らに戦略の確認をすると皆が一様に頷く。短いミーティングを終えた俺達は、速やかに自分たちの軍馬の準備に取り掛かった。


 ―――角笛の音が響き渡り、戦いの火蓋が切って落とされる。


 「まずは敵の陽動に引っかからないよう、実際に敵にぶつかるまでは同じ速度で進んで行くぞ」

 「わかった」


 俺の指示に全員頷き、俺とマクシミリアンが先を行く。それを他の隊員らが後に続く。


 今回の訓練は、王都にほど近い平野を訓練場にしている。広い平原だが、ところどころ小さな湖や森、一部地面が落ちくぼんだ箇所もありそれなりに戦略を練ることが求められる。また、背後に大きな山脈が広がっており、それによる天候の変わりやすさも有名だった。


 俺達はまず、湖を拠点にしている部隊を攻め込むことに決め、隊を進ませている。


 「ルーシア、あまり一人で飛び出して行くな!隊の陣形を乱すんじゃない!」

 「分かってるわ!」


 俺はせっかちな性格が出がちなルーシアが、つい作戦通りの陣形よりも前に出がちなのを諫める。しかし当のルーシアはわかってるといいつつ、先走りやすい。


 あの一件以来、彼女自身どこか気まずさを感じているのか、俺に対してそっけない態度になることも多かった。俺もそんな彼女に前のように強く出られないでいる。悪い傾向だ。


 予定通りのルートで湖側の部隊の拠点に近づくと、演習の予定通り相手の部隊が大型投石器から大石を打ち放つ。これは投石器の射程距離と威力の確認のための試験的な使用なので、実際には当たらないよう大分距離を取った状態で相手も使用している。


 次いで湖側を守る部隊と衝突するが、俺達は難なく突破し相手の天幕をあっという間に占拠しそのてっぺんに掲げられていた旗をあっさりと落とした。


 他の部隊と違い俺達は、攻撃部隊と守備部隊で戦力を分けてもいない。常に貴人と行動を共にする近衛騎士隊が部隊を分ける必要はないからだ。逆に今回のような演習では、守りを持たない俺達の本拠地は相手が到達しさえすればたやすく落とされてしまうため、敵に攻め込まれる前に敵の陣地を叩くという迅速な作戦完遂が俺達には求められるのだ。


 「やったな!次は森を拠点にしている第二師団だ!!」

 「慌てるな!!作戦を忠実に実行することだけを考えるんだ!!」


 逸る若手を叱り飛ばし、俺は隊員一人一人の動きに気を配った。


 やがて特に支障もなく森を守る第二師団の天幕も制圧し、残すところ山の近くで拠点を構える第一師団だけになった。第一師団といえば、あの嫌味なレイドリックも所属する王国軍の中核部隊だ。


 森から抜け出し、第一師団の守る陣営に近づいて来たところ、急に霧が深くなり雨も降り始めた。


 ぬかるんだ地面に、馬の扱いに他の部隊ほど慣れていない俺達の部隊の足並みは崩れ始める。特に、ルーシアは隊員の中でも馬の扱いが得意な方ではない。気を付けてやらないと隊からはぐれてしまう可能性がある。


 「ルーシア、速度は上げなくていい。俺達が合わせるから、とにかく隊からはぐれないようにしろ」

 「大丈夫よ、心配しなくても!それより、あと第一師団だけだもの、一気に叩いてしまいましょ!」


 ルーシアの返事に俺は不安になる。こういう時の彼女は聞いているようで、絶対に聞いていない。


 そんなことを危惧している内に、第一師団の斥候部隊と衝突してしまう。


 「やぁ、エリック久しぶりだね!いつぞやの屈辱を晴らさしてもらうよ!!」


 嫌味たっぷりに宣言して来たのは、もちろん馬鹿侯爵子息レイドリックだ。俺はもうお前とのやり取りなんて忘れたけどな。


 いつぞやこいつとやり合った時は俺は成長期に差し掛かったばかりで、身長も手足のリーチも足らなくて悔しい思いもしたものだが、今となっては俺もすっかり成長しきりむしろ俺の方が体格がいいくらいだ。


 天候が悪いのもものともせず、難なくレイドリックらの守りを突破する俺達。いよいよ敵の本拠地を守る本隊を叩くだけ、というところになって隊の陣形に乱れが出てくる。要は、逸る人間がいるってことだ。


 「エリック、ルーシアが先に行っちまった!!」

 「あの馬鹿!!」


 マクシミリアンの言葉に俺は鋭く舌打ちする。合理的な判断より感覚で行動しがちなルーシアの悪い癖が出ている。


 ルーシアの奴、まだ第一師団も投石器の試験発射するのを忘れてるんじゃないよな?!


 「ルーシアは俺が追う!!マクシムは、ほかの奴らまで飛び出していかないように抑えておいてくれ!!」

 「分かった!!」


 俺が言い放つと同時に、マクシミリアンから頼もしい返事が返って来る。正直、現在の隊員の中で俺にとって一番信頼出来るのがこのマクシミリアンだ。


 普段は少しおちゃらけたところがある彼だが、故王太子殿下の近衛騎士隊も務めていただけあり誰よりも経験豊富で、剣術、状況判断能力においても群を抜いている。


 マクシミリアンに他の隊員を任せ、俺は先走ったルーシアを追った。


 「ルーシア戻れ!!投石訓練もあるのを忘れたのか?!」

 「エリック!!心配ないわ、もう私達がここまで近づいているのは、相手だって分かってるんだもの。投石訓練はしないはずよ!!」

 「勝手な判断をするな!!いいから速度落して、こっちに戻って来い!!」


 俺がなおも呼びかけるも、ルーシアには届いていないようだった。むしろさらに速度を上げ敵の本拠地に突き進もうとしている。そこへ―――。

 

 ドーンッ……


 と大きな音を響かせ、巨石が俺達より少し離れた場所に落下して来た。


 「投石訓練だ!!」


 やっぱり、たった二騎だけ先に陣営に迫っているなんて、第一師団の投石手は気づきもしなかったのだろう。俺達の他の隊員を見て距離を判断し、発射試験を開始したのだ。


 「きゃあっ!!」

 「ルーシア?!どうした!!」


 

 しかも運が悪いことに、落ちて来た巨石に驚いたルーシアの馬が、暴走を始めた。通常の走行はまだしも、動転した馬を操ることに慣れていないルーシアは馬を上手く制御出来ないでいるようだ。


 さらにぬかるんだ地面に足を取られた馬が、落ちくぼんだ傾斜地ですべり、ルーシアごとなだれ落ちる。


 「ルーシア!!!」


 少し離れた場所でまた大石が落ちる重々しい音が響く。


 俺は間髪入れず自分の馬を操り、ルーシアが滑り落ちた地面のくぼみに走り落ちる。幸い、ルーシアが馬の下敷きになることもなかったようだが、滑り落ちる段階で馬がルーシアから離れ逃げ出してしまっていた。


 「ルーシア!!」

 「……う、うう……」


 俺が馬を降り駆け付けると、ルーシアは落ちた衝撃の痛みに蹲っていたようだが、大きな外傷もなく意識も保っていた。


 「馬鹿野郎、単独行動はよせって言っただろう!!」

 「エリック……!ご、ごめんなさい……」


 俺が怒鳴りつけると、ルーシアは自分を恥じたのか、殊勝な様子で小さくなった。


 「とにかく、ここを離れよう、まだ投石訓練の途中だろうし危険だ」


 俺はそう言うや否や、ルーシアの返事を聞く前に彼女の体を担ぎあげ俺の馬に乗せると自分もその後ろに飛び乗った。避難のため俺が無言で馬を走らせていると、俺の腕の中で大人しくしていたルーシアが、遠慮がちに俺に体を寄せた。


 「エリック……ごめんなさい、勝手なことして」

 「……お前が無鉄砲なのはいつものことだよ」

 「うん……いつも私のせいで、エリックに尻ぬぐいをさせちゃうね。もし……」

 

 少し言いよどんだルーシアに、俺は「なんだ?」耳を寄せた。


 「もし、私がまたこんな風に無茶をして危険な目にあっても、エリックは助けてくれなくていいわ。私の自業自得だもの。私も騎士の端くれとして、軍の方針は弁えているわ」


 俺は、ルーシアの言葉に耳を疑った。彼女が言う軍の方針とは、戦場で負傷者が出た時に被害拡大防止のために負傷者を軍から離脱させる、もしくは切り捨てるというものだ。

 よりによって、なんてことを言い出すんだと思った。


 「……っ!!お前は……っ、本当に大馬鹿野郎だな!!」

 

 俺は思わずあらん限りの大声で怒鳴った。もう、滅茶苦茶腹が立っていた。


 「俺はな、お前が大事で仕方ないんだよ!!お前が俺をただの幼馴染と言おうと、婚約者と言おうと!!だからお前が何を言っても、俺はいつだってお前を助ける!!!」


 珍しく俺が感情的に怒ったのを見てその勢いに呑まれたルーシアは、最初あっけにとられたように俺を凝視し―――やがて吹き出すように笑った。


 「……そっか……!そうよね、私達は大事な……幼馴染だものね」


 そのルーシアの表情は、少し泣きそうな、でも混じり気のない素直な笑顔だった。まるで、幼い頃のような。その笑顔に、この数日ずっと俺の中で棘のようにつっかえていたものが、溶けてなくなる気がした。


 


 ―――その時俺は確信した。


 変わったものもあるかもしれない。でも、変わらないものも俺達の間に間違いなくある。俺にとってルーシアがかけがえのない存在であるように、ルーシアにとっても俺は代わりのない存在であるはずだ。彼女がはっきりと意思表示をしない限りは、彼女にとってもこの婚約が意味のあるものだと信じたい。もしこの先、彼女が本当に俺との結婚を厭うとすれば、その時にきちんと向き合えばいい。答えを急ぐ必要なんてないんだ。


 ―――彼女を大切にする方法に、きっとたった一つの正解なんてない。彼女のためなら俺はいくらでも悩み、苦しんだってかまわない。


※次話から、前作である『不真面目な騎士』と同じ時間軸になります。

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