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第二十二話 17歳 個よりも大切なこと

 

 王太子ユリウス殿下の葬儀が執り行われて、一ヶ月くらい経っただろうか。国民想いで慕われていたユリウス殿下の死以来、王宮内は常に何か暗いヴェールでもかけられたように重い空気が流れていた。俺や殿下の近衛騎士隊の面々など、生前ユリウス殿下と浅からぬ交流があった人間は皆、とりわけその喪失感を強く感じていた。


 若くして世継ぎを亡くされた国王陛下の嘆きは深く、喪に服すため一年間は祭事は控えられると発表され、実際に貴族の間でも表立った催しを避けている。今や国中が活気を失ったようであった。そんな中、我らが主エメセシル様は気丈にも、率先して父王陛下を支え、これまでは陛下やユリウス殿下に任せきりだった内政や外交についても積極的に学ばれるようになった。王太子殿下の最期の言葉を受け、彼女なりにその想いに答えようとする姿がいじらしく、おいたわしい。


 そんな姫様も、勉強の合間に気分転換をされたいと思ったのか、警護をする俺とルーシアに、『太陽の間』へ行くと仰せられた。『太陽の間』は、王族方の居住区の奥宮の一角にある奥行きのある長方形の部屋で、歴代の王族の肖像画が飾られている場だ。その回廊につくなり、エメセシル様は物思いに耽るように、静かに佇み肖像画を眺められていた。

 エメセシル様が纏われる喪に服していることを示す暗い色の衣装は、まだ年若い彼女には不釣り合いで、いっそう憐憫を誘う。


 そんなエメセシル様を案じてか、ルーシアは自分の担当でない時間でも出来る限り姫様の側に控え、彼女を支えようとしているようだ。その姿は近衛騎士の一人としていうよりも、姫様の一番の親友としてその想いに寄り添っているようでもあった。


 俺はエメセシル様へ注意を向けつつも、姫様と側に控えるルーシアから少し離れて、歴代の王族の姿を見て回っていた。すると、一枚の大判の絵画に目が留まった。


 そこには、王太子殿下ユリウス様と王女エメセシル様が二人並んで描かれている。絵画の中で幸せそうに微笑まれているお二人の姿に、少し俺自身感傷的になる。だけど、まじまじと見つめていて何故かかすかな違和感を覚えた。―――何故か、実際のお二人の年齢よりもその絵画のお二人はやや大人びて見えるのだ。だが、それだけじゃない―――?


 その絵の中のエメセシル様は、瞳の色が菫のように鮮やかな紫色だった。おかしいな、姫様の瞳の色はエメラルドグリーンのはずだ。画家のミスか?


 そう思って、俺が首を傾げているとふいに背後に気配がした。


 「私と、兄様にそっくりでしょう?……その絵は、お父様と今は亡き叔母様、ルクレツィア様の絵なのよ」

 「ルクレツィア様?」


 突然背後からかけられた言葉に、俺は驚いて振り返る。すると、俺のすぐ斜め後ろに真剣な面持ちで例の絵画を見つめているエメセシル様のお姿があった。


 「ルクレツィア様は、我が国と東の帝国トルキアとの戦争が終結した証として、皇帝陛下に嫁がれたのよ。叔母様のおかげで、トルキアは我が国を再び侵略することは出来なくなり、我が国の平和が保たれたのだけれど、叔母様自身は嫁いで間もなくかの地で亡くなったそうよ」

 「……耳にしたことがあります」


 俺が答えると、エメセシル様は静かな表情を俺に向けられた。その後ろではルーシアが少し離れたところで俺達の会話を口出しをするでもなく見守っている。


 「……お父様は、叔母様の悲しい最期をずっと悔やんでいたみたい。叔母様のことがあったから、生き写しの私をことさら大事に愛して下さっているのよ」

 「……そうなのですか」

 「お父様はお兄様がお亡くなりになった後も、私の将来について自由にさせたいとお考えのようだけれど……私ね、お兄様が亡くなって以来、お兄様がよく言われていた王族の務めというものを考え続けているの。お兄様は王族は個人的な感情よりも、国としての利益を常に考えるべきだと仰っていたわ。今では私もその意味が分かりかけていると思うの。……亡くなった叔母様は、たしかにお辛い人生を送られたかもしれない、でも王族としての務めを立派に果たしたのだと思うわ。国に平和と繁栄をもたらすという」


 何かを確認するように、言葉を一つ一つ考えながら語られる姿を俺は黙って見つめた。


 「……お兄様は、私とアレクス様を結婚させたいとお考えだったようね……」

 「それは……!」


 それは確かに、ユリウス殿下が生前そう漏らされていたことを聞いたことがあった。しかし、直接伝えられていたようには思えなかったが……。


 「この国の法律では、女の私がそのまま王位を継承することは出来ないのは知っているでしょう?男性の継承者がいない時に、結婚している女性王族のみが夫と共に継承し共同統治権を得ると。私はこれまでどこかの国に嫁ぐものだと思っていたけれど、今は、私と共にこの国を統治してくれる相手を婿として迎えなくてはならない」

 「エメセシル様……たしかに、仰ることは間違っていませんが、まだ国王陛下もお若く実際の王位継承の話はまだ先の未来になるでしょう。まだ年若の、成人もされていない姫様がそこまで今、思い詰められることは……!」

 「いいえ、エリック……考えるのに早すぎることはないわ。お兄様のことで、明日のことは誰にも分からないんだって分かったわ。あんなにお元気だったお兄様がわずかな期間で亡くなってしまうなんて……。私達王族は常に、この国を安定させることに気を抜いてはいけないんだわ」

 「エメセシル様……」


 エメセシル様は、再び思いつめたように、ご自分の両手を胸の前で組み、しばし目を瞑られた。


 「……私は、まだ恋というものを知らないけれど、お会いしてみてアレクス様は信頼に足る方だと感じたわ。あの方には感謝しているの、あの方が私を引っ張って下さらなければ、私はお兄様に最後のお別れすら言えなかったのだもの。少しぶっきらぼうなところがあるけれど、それはあの方が正直なことの証。他ならぬお兄様の親友ですもの。きっとこの国をもっと発展させるために、良い知恵を授けて下さるはずよ。……あの方となら、それが恋愛という意味の愛情でなくても、尊敬や敬愛といった信頼関係は築いていけると思うわ」


 瞑ったままの瞼が細かく震えた。溢れる涙をじっと堪えているようだ。この方は、こんな風に、静かに耐えるように泣く方だっただろうかと、見ているこっちまで胸が突き刺さるような気持ちになって来る。


 俺はおもむろに懐から、ハンカチを取り出すと、姫様に差し出した。最初は驚いたように潤んだ瞳を大きく見開き、そのハンカチをじっと見つめられていたエメセシル様だったが、やがて震える声で「ありがとう」と呟き、両手でそのハンカチを掴んだ。その手が固くハンカチを握りしめ、目元まで寄せられたかと思うと、まるで祈りを捧げるかのような姿勢のまま、小さく嗚咽を漏らされた。

 

 「姫様……」


 俺が呟くと、ダムが決壊したかのように、姫様のしゃくりあげる声が大きくなり、俺にもたれかかるように姫様は泣き崩れられた。俺は、ただ、その細い震える肩にそっと手を置くくらいしか出来なかった。


 俺達から少し距離を保ったまま見守っていたルーシアの顔も泣きそうな、苦しみに耐えるような複雑な表情をしていた。じっと胸の前で両手を組み合わせ、目を伏せ肩を震わせていた。


 悲しい空気が『太陽の間』を満たし、俺は彼女達が落ち着くまで静かに見守った。




 「……ごめんなさい、ルーシア。あなたの婚約者の胸を借りてしまって……」


 しばらくして、気持ちが落ち着いたらしいエメセシル様が俺から静かに離れ、ルーシアの方に振り返り頭を下げた。弾かれたようにルーシアはエメセシル様のその仕草を制した。


 「姫様……!とんでもございません!お気になさらないで下さい……エリックくらい、いつでも使ってやって下さい!」


 そう言って、エメセシル様を慰めるようにその手をとり、笑顔を見せるルーシア。だが俺の目には、彼女自身が何かを耐えているように、強がっているようにも見えた。


 俺はもう一度、陛下とルクレツィア様の肖像を見上げる。この方が、バレン公爵が生涯を懸けて愛した女性か。


 エメセシル様は時に個人間の愛情よりも優先されるべき使命があると仰せられた。―――でも、俺にはそんな生き方が出来るだろうか?ルーシア以上に大切なものなんて、俺には―――。


 俺は今もエメセシル様に寄り添っているルーシアに視線を向ける。彼女の視線と俺の視線がぶつかり合い―――ふいに、彼女が目を逸らした。


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