7.5話 喧騒の凪いだ夜に
「まったく、あいつらは何をどうしたらこんなことになるんだ」
夜も更けこんだ時間帯、水の講師ミズト・エブアスは体育館で、最後の用器具を倉庫へとしまい終えた。
普段の運動不足がこんなところで堪えてくる、ミズトは悔しさと不甲斐なさの入り混じったため息をこぼす。
先程から彼は、自身が受け持つクラスの問題児――爆弾娘とまでいわれるアニスの後始末を行っていた。
実はぁ~、体育館がちょっと凄いことになっちゃってぇ。
夜食でも買いに行こうと財布を手にしたときに、姿だけ見れば可憐なはずの少女が、照れ隠しのように惨事の報告を上げてくる。運悪く当直にあたり、なおかつ闘技会の前日。
きっと何かあるとは思ったが、現実はミズトの斜め上をいっていた。
ちょっと凄い事態、ちょっとがついてこれなら凄いときには何が起きるのか。ミズトはそこまで考えてから思考を止めた。
はじめは衝動的に氷漬けにしてやろうかと媒体の水晶に手を伸ばしたが、その後の意外に殊勝な態度に怒る気も削がれ、今に至る。
用器具や闘技会用のあまった机や椅子が見事にひっくり返っていた現場は、今では元の姿を取り戻していた。
時間帯も遅いこともあり、アニスもクラレスも途中で寮へと返したが、最後まで二人は手伝うといって聞かなかった。破天荒が売りの生徒が珍しく反省している、そう思うと逆に優しくしてしまいたくなるのは教師がゆえか。
「あのアニスが反省するとは、明日は雨が降るんじゃないだろうな」
ミズトは手に持った機器を眺め、そう漏らした。
「気圧も湿度も少し低め」
ブレスを込められた大気の状態を示し、先の気候と天気を読み取っていく。
まぁ、雨は降らないか。
ヴェルシュピネの教員は、真紡術を修めていること以外に、何かしらの専門分野を持つことが多い。彼もその例に漏れず、気象を専門とする真紡術師であった。
まぁいい、夜食もまだだし、取り上げず買い出しにでも――
「ん? 何だ」
ミズトが体育館から去ろうとしたとき、ふいに、体育館の一角に視線が止まる。
なんだ、蜃気楼? いや、ありえないな。
片付けの際には気づけなかったもの、それほどに小さな何か。
普段から空や大気の流れを気にするミズトは、そこに昨日にはなかった違和感を感じ取っていた。
体育館の中、わずかにだが空気の、ブレスの流れにムラが生じていた。
ミズトはその場所に近づくと、一帯の床を探るように手を這わせる。
「妙だな」
確かに思うことはあるのだが、上手く言葉にはできない。
天気や気象は得意であっても、彼にとって現場の検証や分析、解析は専門外だった。
それでも、真紡術士としての勘が何かがおかしいと告げていた。
「念のために報告しときますか。確か今なら、あそこに――」
きっと、朝まで自分も笑顔でこき使われるに違いない。せめて、何か夜食くらいはご馳走になろう。
そんなことを思いながら、まだ校内に残っているであろう専門家を頼るため、ミズトは保健室へと足を向けるのだった。




