25 エピローグ
「あら、今日は居るのね。おはよう!」
牛乳配達のお姉さんがいった。
「おはようございます!」
モグモグモグ……
ジャムパンを食べながら、小さな男の子が答えた。
「ジャムパン、好きねぇ!」
「うん!」
パンを口にくわえたままの格好で両手を伸ばすと、男の子はお姉さんから牛乳瓶を三本受け取った。大きな目がいたずらっぽく、クルクルとまわる。
「坊やさぁ。しばらく姿を見かけない間、元気だった?」
と、男の子の鼻先をちょこんと突くと、お姉さんはいった。
「坊やのことだ、どうせ、とんでもない冒険をしてきたんだろう。ちがうかい?」
けれども、そのとき、牛乳配達のお姉さんは、小さな男の子の目の色が、前に見たときと違っていることに気がついた。
ふっと、ため息。
「おや、坊や、眠っちまったのかい? こないだの坊やの目の輝き、あたし、あれが好きだったんだけどね……」
すると、牛乳配達のお姉さん――国立大学応用生物学科のコースドクター――に、小さな男の子が答えた。
「おねーさん、ボク、ゆめみたんだよ。おもしろい、ゆめ。でね、うんとね、ボクが、おかしのくに、に、いってね、かつやく、してね、そんでもって……」
「あらあらあら!」
と、お姉さんは叫んだ。
「本当に <眠っちまった> んだね。残念だな! あん時の坊やとなら、けっこうな話が出来ると思ってたんだけどな? あれは、あたしの考え違いだったのかな?」
すると、男の子の家のなかから一匹のまっ黒い猫が出てきた。お姉さんの姿を認めると、
ミャー!
と、鳴いた。ついで、隣の家からボケた感じの歳寄り犬が顔を見せて、
バウバウバウ……
と、親しげにお姉さんに吼えた。
「……でもってね、ひろざえもん、が、そこの、いぬ、がね、そらとんで、しゅれいでいんがあ、が、そこ、の、ねこ、がね、てれぽおていしょん、してさ、ざいもくやさん、が、あくにん、で、おかしたち、が、いっぱい、でてきて、とっても、たのしかったの……」
牛乳配達のお姉さんのデニムズボンにすり寄ると、小さな男の子が本当に楽しそうに、説明した。
「あああ、残念無念! 坊や、本当に眠っちまったんだね。……次に目覚めた時には、そうだな、あたしも参加させてくれよ! 坊やの冒険にね。まあ、出来れば、大人になってからの方がいいけど。……でも、ま、そんなこたぁ、どうでもいいか!」
男の子の目をじっと見つめ、
「さてとぉ、あたし、もう、行かなくちゃ!」
いって、さっそうと乗ってきたオートバイにまたがると、牛乳配達のお姉さんは、弘左衛門、シュレーディンガーと一緒に、男の子が自分に向かって手を振っているところを見た。
「あいよ、ありがと。……じゃね、バイ、坊や!」
それだけいうと、牛乳配達のお姉さんは立ち去った。
「ばい、おねえさん!」
男の子がそう答える。
すると、突然、牛乳配達のお姉さんは振り返り、大声で小さな男の子にいった。
「いま、坊やのあだ名を考えたよ! 少し、安直だけど、ジャムパンが好きだから <ジャムくん> てのはどうだい!」
すると、バイクでだんだんと自分から遠ざかっていくお姉さんを見つめて、男の子がにっこり微笑んで、答えた。
「サンキュー、お姉さん! それ、気に入ったよ!」
(了)




