[小さな男の子とお菓子仲間・自註]
イングヴェイのレニングラード・ライブ『トライアル・バイ・ファイア』/アルビーノの『アダージョ』/バッハの『小フーガ・ト短調』/バルトークの『ミクロコスモス』 名前だけでも格好いいので入れました!
小型核融合炉で融解して 核融合炉は熱源で、融解は物理現象です。
超ひも理論によって要請される隠れた次元(コンパクト時空)にあるらしい 超ひも理論は、簡単にいえば、粒子を点ではなく振動するひも(本来はストリングなので昔の訳語の「弦」で良かったと思うのだが……)とみなして記述した理論のこと。その振動は量子化――一の大きさの振動、二の大きさの振動というように、連続ではなく、離散的に振動を捉えられるようにすること――されていて、その振動モード(1、2、3……)が別の粒子、または量子の励起状態――エネルギーを多く持った状態――を表します。この理論を用いれば、ビックバン――宇宙の始まりの大爆発のこと(一番はじめにこの言葉を用いたのは「不思議の国のトムキンス」でも知られる物理学者のジョージ・ガモフ(一九四六年に提唱)――が、かなりうまく説明できるのですが、残念なことに、この理論はその成立に十次元を必要とします。現在、観測されている次元は時間一と空間三方向の四つですから、六次元が余分となります。物理学者たちは、その余分の次元が観測されないのは、それら六次元が非常に小さな大きさで存在するか(例えば、ホースは閉じた二次元の物体ですが、遠くから見ればひも、すなわち一次元の物体に見えます。同様の論法で、実は空間の一方向がホースであっても、それがとても小さければ、人間には一次元にしか見えない)または粒子(核子)の内部空間――陽子と中性子は、電荷を除けば、ほぼ同様の性質を持っています。つまり電荷を持つ/持たないを指標としてベクトル空間を張れば、そのベクトルの向き(電子のスピンを考えれば良いでしょう)で陽子と中性子を区別可能、すなわち、ひとつの核子の別の状態として表記することができるわけです――として存在しているのだろうと考えました。これは決してSFの話ではありません。なお、求められる余分な次元の数は理論によって様々です。
無エネルギー放射 タキオンは、実際には存在しないと思われますが、物理学者が考えた最低速度が光速(これはアインシュタインの相対性理論を信じるなら、最高の速さ)の粒子のこと。光の速さを基準とすると、それより遅い通常粒子が速度を増すにはエネルギーが必要で(止まっている状態でエネルギー、ゼロ)タキオンの場合は、その速度をどんどん遅くするには、どんどんエネルギーを加える必要があります(+∞のときが最低エネルギー状態。光の速さまで減速するのに無限大のエネルギーを必要とする)。すなわち、無エネルギーのタキオンは一瞬のうちに全宇宙に広がる速さを持っているということになります。速さが、ゼロ―光速、光速、光速―プラス無限大の粒子を、それぞれ第Ⅰ種の粒子(通常粒子)、第Ⅱ種の粒子(光子など静止質量を持たない粒子)、第Ⅲ種の粒子と呼んでいます。
ネフェッツの排除定理 ネフェッツは架空の物理学者の名前です。スティーブン・ホーキング Stephan W. Hawking の Stephan のアナグラム。Nephets。ただし、ある理由によって、eとaを無視されています。
次元の物理的拡張に、その定理が抵触するからだ 通常の四次元とコンパクト化された六次元は、ビッグバン以降は違った性質を持つ次元として扱われるので、四から六、すなわち、プラス二の次元への拡張をその定理が禁じるということです。このアイデアのヒントは、ホーキング―ペンロースの <宇宙検疫仮定> ――数式の上で許されても、宇宙の因果関係は破れないという仮定――です。
たとえていえば、いまだ旅立った夢の世界で現役活躍する古老SF作家の今日泊亜蘭翁というところか? 今日泊亜蘭さんに対する作者の敬意を表現しています。
カール・プリブラムの脳波―ホログラム・パラダイムから発想したものだ SF小説は、どんな形であろうと説明を伴います。ちなみに、小説は「身の上話」といったところでしょう。さて、プリブラムの名前はともかく、脳波とホログラムは、テレビの科学番組でお馴染です。
無エネルギー放射の粒子 前述。
無エネルギー放射通信、すなわち、タキオン通信 前述。
ベクトル志向変換装置 いまはいつベクトルを教えているのでしょうあか?
それが可能となるのは最低速度が光速という超高速量子タキオンにおいてのみであった 前述。
アメリカの天体物理学者、ジェイムズ・ブリッシュ教授であった。彼はさらにスピンディジーと呼ばれる重力制御エンジンの可能性をも追及していた ジェイムズ・ブリッシュはアメリカのSF作家。故人。「宇宙大作戦」のノヴェライジストとしても知られています。無エネルギー放射通信は、彼のSF「時の凱歌」にディラック通信として初めて登場しました。それ以前にアイデアは短篇として書かれていたはずですが、その題名を作者は知りません。スピンディジーは、アスタウンディング誌一九五〇年四月号に載った彼のSF「Okie」に詳しく記述されています。
住民無視の金設け主義 たとえば、富士川のヘドロはあの製紙会社が金を惜しまずに排水浄化処理装置を設置していれば起らなかったわけです(例が古いな!)。さすがに最近では大企業ではほとんど見られなくなりましたが…… 企業の存在理由は利潤の追及ですから、中小企業ではいまだそれは行われているようです!
頁が空白になったところで右端にタコペロリンの足が見え、それを吸い込もうとして、結局、タコペロリンは自分自身(全体)を吸い込んでしまう。あとには当然男の子たちが残る このシーンのイラストは結構むつかしいかもしれません。
はにほへといろ…… ドレミでやると、音階を表現できません。ここでは三オクターブ上がり、次いで三オクターブ下降しています。一点ハ、二点ハ、などの表記を、作者は小学校で習いました。いまの教育要領では、どうなっていますか? さて、その次の譜面はマザーグースの再譜で、曲名は「Humpty Dumpty」です 。平野敬一編「マザー・グース童謡集」エレック選書(一九七七)を参考に作成しました。
自我の投影 針葉樹と広葉樹が混在しているというのは、作者の感覚では、充分不気味ですが、内臓みたいに森を脈動させた方がこわかったかもしれません。
脳細胞の強力神経繊維接合はおろか、遺伝子の未発現部分までもがコンピューターのごとく働く人間にあるまじきドジさ加減だ! Synapse は、研究社のリーダーズ英和辞典によると、「神経細胞相互間の接続部」となっています。遺伝子DNAには発現部分(エクソン、RNAに読まれて、タンパク質合成の設計図となる部分)と未発現部分があります。シナプスの接合が多種多様になるほど、交通網の発達した都市で離れた二点間の行き来が楽になるように、さまざまな思考や柔軟な発想が可能となります。すなわち、まったく違ったいくつかの事象をひと括りに考える能力も生まれてくるわけです。さて、イントロンが本当に生合成に関与しないのならば、そこにある核酸、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)はどう配列していても良いことになります。とすれば、これで四進法のコンピューターを作ることができるかもしれません(たぶん無理でしょうが……)。そういう設定なのです。ちなみに、イントロンに別の人格(異種族・異生命体)がひそんでいるというアイデアは、梅原克哉「二重ラセンの悪魔」(宇宙塵一八八―一八九号)で使用されています。それ以前にも、たとえば、アメリカのテレビプロデューサーであるクィーン・マーチンが <悪魔の遺伝子(悪魔を発現させる遺伝子の意味)> というアイデアでテレビドラマを製作していますし、横山光輝「バビル2世」でヨミに取り付いた <宇宙ビールス> も、発想としては同様のものかもしれません。もっとも、それで「二重ラセンの悪魔」が傑作であるという事実は揺らぎはしませんが……(でも、表現が下品なのが残念!)。
鋭い爆発音 発煙筒は爆発しませんが、彼らにとって、その時点でそれが爆発したように思えたわけです。
アメリカ樹海大学のマイクル・ビショップ教授が指摘したような単なるカニバリズム(食人習慣)ではなく マイクル・ビショップは「樹海伝説」などを著した一九七〇年代を代表するSF作家のひとり。彼の「食」に関するこだわりは、作者と同様のものかもしれません。文章のリズムのために、敬意を込めてお名前を使用させていただきました。
本質的に違った種族間の/本質的に違った種類の 本質的に違った生命体でもコミュニケーションは可能だろうということ。最初の「本質的に」を「実質的に」と修正しても良いでしょう。もっとも、ポーランドのSF作家、スタニフラフ・レムによれば全宇宙で共通の数学(という仮定)で思考するソラリスの海と人間のコミュニケイションは不可能でした(「惑星ソラリス」(早川文庫SF)参照)。
次元が四から十以上にに拡張され、そして、魔女が作ったお菓子の家に残った彼女の魔法の残存フィールドが、お菓子の国のあるコンパクト時空の六次元と感応を始めて、ついには吸い込まれて転生した 魔法の存在は――量子力学のマクロ的解釈同様――当然、信じてはいませんが、もしそれがあるとすれば、通常の物理法則が成り立つ場とは異なる場のなかでのみ可能と考えることができるかもしれません。その場の性質は人間などにとって、通常感覚的には異質ではないことが必要です(入った途端に、たとえばアメーバーに変わったりしては困るから)。お菓子の家で魔女は灰になりました。しかしお菓子の家は残った。ということは、お菓子の家を存在せしめる魔法の場が、当然、残存していなければならないということになります。それがコンパクト時空と感応(かんのう、イオン電極などの応答を表現するときに使う物理化学用語)するという記述も、妖精などの存在が、ほとんどすべてコンパクト時空からやってくるという前提条件を課せば、単なるご都合主義説明から脱却できるかもしれません。
ぶつかるが <かける> 、参加が <たす>の法則性に支配された世界なんだ! 一が全体、〇が失神の 作者が集合論を習ったのは小学校五年生のときでしたが、いまの教育要領ではどうなっているのでしょうか? 現時点で習っているものについては、中学生といえども、作者たちの世代よりも知識があるはずですでしょうが、習っていないものについては語ることが出来ません。そういえば、代数方程式を習う前に必死で憶えた植木算って、何だったのでしょう?
アルベグラ、ナエルーブ、イルーブ、エグロエクッ。つまり、arbegla naelooB, elooB egroeG 逆から読めば、ジョージ・ブール、ブール代数、の意味の英語になります。
十九世紀ドイツ、ルードヴィッヒ二世によって建造された、こじんまりしたお城 <リンダーホフ城> によく似ていた 作者の目には、イチゴののっていない四角いショートケーキの形に見えました。
リドルQの謎々 一―三は「世界代百科事典」平凡社(一九六六)の一九七〇年版から流用。まったく同じ表現ではではありませんが…… 四と六はオリジナル。五は、英詩ともども野崎昭弘著「πの話」岩波書店(一九七四)からの引用。もっとも、産医師……、は六十年配の(元)理系の人なら誰でも知っています。ただし、この長さまでとなると、どうか? 七は、坂田靖子「バジル氏の優雅な生活」の八巻からの引用。もちろん、まったく同じではありません。
忌寡汰終謡 寡黙にして忌み嫌われる、最終の揺乱を起すもの。汰は、程度を過ぎる、または選り分けるという意味です。
相対論の湖 もう少し詳しく描写しても良かったのですが、かえってわからなくなってしまったかもしれません。しかし、説明があることが重要なのです。
祇園精舎…… は、たしかに苦しいけれど、読者に「この作者はバカなんじゃないか」という優越感を持たせるための処理でもあります。祇園精舎を習うのは、たしか高校生でしたね。ただし、このシーン、前からの言葉の繋がりが良いのです。顔をしかめる(眉の形が八)というのは、実はある人のアイデア!
突然、音楽が聞こえてきた。バルトークの『青髭公の城』だった。作曲年、一九一一年で、作品番号は、/「十一番ですね!」/とムジークが嬉しそうに指摘した 上記の代案[突然、テレビのナレーターの声が聞こえてきた。/「ただいま一九六九年七月二十日、午後十時五十六分、人類は、いま初めて地球以外の他の天体、月に、着陸せんとしております。/なにもないはずの空間から、ゴーッという大音響とともに、突如、月着陸船〈イーグル号〉が現われた。男の子たちの真上に、ものすごい勢いで降下してくる。男の子たちが立っていたはず地面も、いつのまにかゴツゴツした月の荒涼地帯――静かの海――に変わっていた。/「アポロ十一号!」/と、ムジークがアメリカ国歌を勇ましく口づさみながら指摘した。/「なかなか洒落てるね!」/男の子がいうと、アポロ十一号の月着陸船 <イーグル号> は、現われたとき同様、唐突に消え去った。]
相対論効果を生み出した 時間を速くした、という意味。
スターリング城 ブルース・スターリングは、サイバーパンク系SF作家の名前。
ブルースが/ジョン・メイオール/ランプトン/クラプトン/ホールズワース ジョン・メイオール→ブルース・ギタリストでエリック・クラプトンの初期キャリア・バンドのボス、ランプトン→ディックの「ヴァリス」に登場するロックミュージシャンの名前、クラプトン→ランプトンのモデル、ホールズワース→作者の好きなジャズロック系のギタリスト、トッド・マコーヴァー→ディックの「ヴァリス」をオペラ化したフランスの現代音楽家。
波束が収縮 シュレーディンガーのテレポート能力は、その存在を波として広げ、山の位置をずらし、そのずらした位置で波を元に戻すことによって達成されます(電子遷移のイメージです)。また、波束の収縮は、量子力学的にいえば、それまで確率波であったものが、観測によって、現実の粒子になるというコペンハーゲン学派の正当解釈でもあります。
その地下室は <無限に深いエネルギー井戸> のようなものなのだ。……抜け出すことはできない! 量子物理を習うとき、まずはじめに出てくる量子井戸です。
ティンバー・ブートレグ伯爵のティンバーは TimberもLumberも建築用の材木のことですが、この意味では、アメリカでは前者、イギリスでは後者を主に用います。別の意味では、後者がガラクタ。前者が仕事に徹した人、となります。
なお第21章で紹介した回文短歌風には、以下の例もあります。
じゃきょうとましのさくむらにきつね(つきにらむくさのじまどうよきやし)
邪教と魔死の咲く村に狐憑き睨む草の路惑う善き香具師
もえさかりこのばらさすかつきたう(たきづかずさらばのこりがさえも)
燃えさかりこの薔薇指すか尽きた詠気づかずさらば残り香さえも
ゆきにごりきみさぐるよにとまどい(とまどによるくさみきりこにきゆ)
雪濁り君探る夜に戸惑いと窓に寄る草見切り湖に消ゆ
ながやまはとひとむらいのみちしる(しちみのいらむとひとはまやかな)
永山は問弔の道印し魑魅のいらむと火と破魔矢かな
かんたんふいかでいのものきずきゆ(きすきのものいてかいぶんたんか)
感嘆符!如何で異のモノ築きゆき好きの者いて回文短歌
以上




