23 願望具現化球
大乗寺啓之助の最後の願望具現化球、緑のビー玉によって小さな男の子が運ばれた世界は、さまざまな色と音楽が奇妙に混ざり合った魔訶不思議な世界であった。
暗い色は――中に入ってみると――不安な気持をいざない、明るい色は心の晴れやかさをいざなった。その中間の色には、さなざまな感情――悲しみ、愁い、嘆き、喜び、気がかり、安らぎ、怖れ満足、悔しさ、いらだち、もがき、寛ぎ、ゆとり、緊張、緩み、脅え、気後れ、怒り、和み、驚き、あきれ、など――があり、男の子を不思議な気分にさせた。
そして、音楽!
これも不安なものから、晴れやかなものまで、多種多様の曲が流れていた。
全体的にいって、男の子が運ばれたその世界は、不安と焦り、そしてまがまがしさに溢れていた。
そして、男の子は気がついていた。ここが、お菓子の国の平和をおびやかす悪の材木問屋 <丸徳屋> の主人、柳本竜一郎の心の中であることを。
やんわりとした風に導かれて、男の子は竜一郎の心の中心部に向かった。
その中心、まるで大理石のような一×四×九×十六メートルの四次元石板には、次の文字が貼り付けられていた。
a bad man(悪人)
その文字を指の先でなぜると、男の子はしばしためらった。
(本当に、そんなことをしてもいいのかな?)
だが、彼には時間の余裕はなかった。いまにも、お菓子の国の自分の友だちの一お菓子、マシュマロが、柳本竜一郎の拳銃に撃たれようとしていたからだ。そこで、男の子はためらうことを止めて、その文字――黒いゴムテープのようなもの――を書き換えにかかった。bの文字の上下をひっくりかえして、その先の棒の部分をぐるりと右向きにまわし、aの文字の上の部分を引きちぎると、丸の形にして、いまはoになってしまったaとdの文字の間にはさみ込んだ。そして、できあがった新しい綴りをみると、満足してうなずいた。
a good man (善人)
それだけの作業をし終えると、小さな男の子の姿が急速に薄れ、その世界、柳本竜一郎の心の世界から消えていった。
あとには、男の子の <微笑み> だけが、じっと見すえるようにしばらく残った。




