16 スペクタクルォーム
第二の恐怖地帯 <ミニチュアの荒野> は、ひとことでいえば、おもちゃ箱のような世界だった。
いたるところに小さな家々が建ち並び、街があり、村があり、道路にはミニカーが、線路には模型の鉄道が走っていた。小さな池には、遊覧船も浮かんでいた。
「ふーん、これは1/72スケールだな」
と、荒野の境界線――白いレール――の外側からなかを覗いたシュレーディンガーがいった。
すると、とたんに――
「あっ、あぶない!」
全員がその世界に吸い込まれ、1/72の大きさに縮んでしまった。
「なんとか、出られないもんかな?」
と、ヌガーがミニチュアの飛行場の本物そっくりの複葉機 <ソーピーズキャメル> の手ざわりを楽しみながらつぶやくと、
「とにかく、あいつをやっつけてからじゃないとだめみたいだね」
男の子が空を指さした。
ズン ズン ズズズン
と、 <それ> はやってきた。巨大な円型の塊で長い尾を持ち、円の両端からは、これもやはり巨大な翼が生えていた。
「いや、なに、あれ! 大きな目玉じゃないの!」
マシュマロがその異様な姿を見て大声を張り上げると、
「化けもの天眼鏡(てんがんきょう=虫メガネの一種。人相占いに用いる)じゃな」
弘左衛門が古めかしい名称でそれを呼んだ。
「わたしはスペクタクルォームだ!」
と、空飛ぶ虫メガネは大声でいった。
「私の領地にはいってくるとは、ヘヘラヘラ、ふらちなやつらだ。焼き殺してくれるわい!」
いって、男の子たち一行にレンズの焦点を合わせた。
ジリッ ジリッ ジリッ …… ボッ!
「ひえーい、危ない!」
スペクタクルォームのレンズに焦点を合わされた風車のそばにいた弘左衛門が叫んだ。
「わしは、こういった野蛮なやつはきらいじゃ!」
だが、天眼鏡怪獣は――
ジリッ ジリッ ジリッ ……
ボッ!
ジリッ ジリッ ジリッ ……
と、空飛ぶセントバーナード犬の言葉には耳を貸そうともしない。
「あちっ! なによぉ、こいつ」
と、水車小屋とともに羽根の先っぽを焦がされたベルベルが怒った。
「わっ!」
と、戦車の横にいたヌガーが、あわてて飛びのけば、
「とけちゃうわよ!」
と、電車にのって逃げていたマシシュロが悲鳴を上げた。
ジリッ ジリッ ジリッ …… ボッ!
スペクタクルォームの攻撃は執拗に続く。
「おっ!」
と、車エビにまたがっていたシュレーディンガー。
「ひゃっ!」
と、ヤグルマソウの影に隠れたムジーク。
「なんとか、ならないん、ですか!」
と、轟くガソリン車の爆発音に耳をふさいでカロピーが叫べば、
「そうはいってもね!」
と、車座になって座る余裕もない男の子が答えた。
「こうなったら、最後の手段を使うしかないな!」
と、銅像に肩車したシュレーディンガーが叫べば、
「わかった、そうしよう!」
と、男の子がミニチュアの国会議事堂の赤い絨毯にくるまって答えた。
その間にも、巨大な天眼鏡怪獣は、ビル、講堂、牛小屋、寺院、タワー、お城、高速道路、ゴルフ場、公会堂、タンカー、ジェット機、オートバイ、天文台、釣ぼり、ミサイルサイロ、学校、火の見やぐら、神殿、警察、首相官邸、出張所、図書館、消防署、パトカー、時計台、コンビニエンスストア、八百屋、魚屋、テレビ局、公園、競馬場、駐頓基地、デパート、青年の家、ユースホステル、国民宿舎、大使館、火力発電所、ダム、墓地、などをめちゃくちゃに破壊してまわった。
「よし、青い玉だ!」
と、カロピー、ムジーク、ベルベル、弘左衛門、シュレーディンガー、ヌガー、マシュマロたちと一緒に <ミニチュアの荒野> のいたるところを逃げまわりながら、男の子はいった。オーバーオールの胸ポケットから、大乗寺啓之助の青い願望具現化球を取り出し、
そして――
「えいっ!」
スペクタクルォームめがけて、投げつけた。
すると――
ボン!
ひときわ鋭い爆発音とともに現われたのは――
ミニチュアのパラボラアンテナみたいな駆動式の鏡が数千枚と、その駆動装置であった。
「これって? え、どう使えばいいの?」
男の子が首を傾げて、目をくるくるとまわすと、
「ヘヘラヘラ、そんなもの、わたしにはききはせぬ!」
太陽がギラギラ輝くまっ青な空から、天眼鏡怪獣が大声で叫んで、笑った。
駆動式の鏡は <ミニチュアの荒野> の、そこかしこにすえられている。
太陽は明るく輝いている。上天気だ!
「はやく、なんとかしてよ!」
と、ベルベルが悲痛な声で叫んだ。
「あたし、もう、疲れちゃったわ!」
見ると、お菓子妖精は、今にも落下しそうなくらい低空を、よろよろと飛んでいる。
ジリッ ジリッ ジリッ …… ボッ!
「キャッ!」
鏡 太陽 鏡 好天 鏡 ……
「ええっと?」
男の子は頭を抱えた。
鏡 太陽 鏡 好天 鏡 お日さま 鏡 鏡 鏡 ……
「そうか!」
と、ひと声叫ぶなり、小さな男の子は数千台の駆動式鏡の駆動装置に飛びついた。顔をぱっと輝かせ、
「太陽光線の収束なんだ!」
いって、すべての鏡の向きを――もちろん、そのなかにはスペクタクルォームの放つ収束光も含まれていた――天眼鏡怪獣に合わせた。
すると――
ピカ ピカ ピカピカピカ!
ピカピカピカピカ … ピカ!
ボッ!
「あ、あち、あ、あちちち!」
レンズフレームと左右両方の翼に火がついたスペクタクルォームは叫んだ。
「あ、あち、あちあち。……うーむ、わたしの負けだ!」
最後にそういい残すと、
シューン ドッカーン バリバリ バリーッ……
巨大で高慢ちきな虫メガネの怪獣、スペクタクルォームは、地面に落ちて、燃え尽きた。
「ふう、あぶなかった、ですね」
と、しばらくしてからカロピーが安堵のため息をもらした。
「まったく、あやうく焼け焦げにされるところだったな。……おれたちお菓子は熱には弱いからな」
と、ヌガーがマシュマロの肩を抱き、そう呟くと、
「ええ」
と、めずらしく素直にマシュマロがうなずいた。
「へえ、見てごらんよ。これも <木製> だ!」
まだ、ブスブスと炎のくすぶるスペクタクルォームの残骸のところに歩いていった男の子が、そのフレームや翼、尾っぽ(柄)を見ながら、静かにいった。
「本当だわ!」
「……ですね」
と、ベルベルとムジークが同意する。
「 <迷宮の丘> の謎々ロボット、リドルQも、たしか、木でできていたな……」
と、不思議そうに弘左衛門が首をひねると、
「さてと、偶然にしてはできすぎている」
自在猫も目をパチパチとさせた。
「君にはわかるかい?」
と、シュレーディンガーが男の子に水を向けると、
「さあ、ボクにも……」
と、男の子は表情を曇らせた。
(でも、きっと、なにか関連があるはずなんだ? きっと、なにかが?)
* * *
「ええい、くそっ!」
じりじりと自分の城に近づいてくる男の子たち一行に向かって、ティンバー・ブートレグ伯爵はひときわ鋭い罵りの叫びを上げた。
「わしの死客、わしが丹精こめて作り上げた死客二体を、いとも、あっさりと仕留めてしまうとは、くそっ、憎っき敵よ! ……だが、ふっ、ふっ、ふっ、まだだ。まだまだ。 <終着の岸辺> には、わしのとっておきの死客が、そして <風の谷> には <あれ> が、 <死の川> には <あれ> が、まだ、それら世にも怖ろしいものたちが控えておるのだ!」
男の子たち一行の映ったコンピューター・ディスプレイを睨みつけると、ブートレグ伯爵は笑い、一直線に伸ばした指の先に男の子たち一行の姿を捕らえた。
「よいか、貴様ら! お前たちの死に場所はその三つの危険地帯、そのいずれか一箇所なのだ!」
それは、身の毛もよだつような低い声音だった。




