12 数学魔法
「それでは、みなさん」
と、小さな男の子との打合せ通りにヌガーがいった。
「これから、討論会をはじめることにいたします」
十八+四の独立思考個体は、すでに二班に分かれていた。対魔女 <徹底交戦派vs降参派> のディベート大会が、まさに開かれようとしていたのだった(ディベートとは一つの事柄に対して二つの正反対の班意見を持つ組に分かれ、それぞれの主張を競い合う言論競技のこと。アメリカの学校教育の一環でもある)。
「ところで、なんでわしが降参派の一員なんだ」
と、その人員の振り分けに羊羮が異義を唱えると、
「そんなこといったって、全員が徹底交戦派でははディベートにならないでしょう?」
いって、ヌガーが羊羮をなだめた。
さて、お菓子の国の食料大臣が憤慨した、その人員の振り分けとは――
徹底交戦派/小さな男の子、カロピー、弘左衛門、ヌガー、ベルベル、ワックスワーク、フルーツゼリー、支配人さん、ムジーク、お菓子兵士(二)
降 参 派/羊羮、モンブラン、寒氷、ナポレオン、パスハ、スワンシュー、マシュマロ、シュレーディンガー、お菓子兵士(二)
――から構成され、大石大王がその調停官の役を担った。
「では、一切の制限なしということで……」
ヌガーがいって、討論が開始された。
ベルベル「とにかく、あたしは魔女に頭を下げるなんて、金輪際、ご免ですからね!」
スワンシュー「そうはいっても、実質上、魔女に勝てる知恵は浮かばないわけでしょう……」
カロピー「かんがえれば、いいんです!」
ナポレオン「わしらの知恵で足りるのかね? もっとも、わしの辞書には <不可能> という文字はないわけだが……」
ヌガー「あんたは、いったい、どっちの味方なんだ?」
パスハ「あたくしは、こんなところに閉じ込められるなんで、まっぴらざあます」
支配人さん「魔女に負けを認めれば、ブートレグ伯爵に負けたことになるのですぞ!」
寒氷「『肉を切らせて骨を断つ』って方法もあるかと、あっしは思いますがね」
ムジーク「ぼくはいやです。そんなことをすれば、いずれ、じりじりと伯爵に追いつめられます」
羊羮「しかし、いつまでも、ここに閉じ込めらているわけにはいかんぞ。食料の問題があるからな」
弘左衛門「わしらは豪勢な昼食をとったから、まだまだ、戦えるぞ!」
シュレーディンガー「オレは弘じいさんみたいに大喰らいじゃないからな。そろそろ腹が減ってきたよ」
マシュマロ「あたしはお洗濯がしたいわ!」
フルーツゼリー「洗濯が、この議論に、なんの関係があるんだ!」
ワックスワーク「ええと、細かな問題はともかく、ぼくは魔女に降参するのはいやです。みなさん全員が、ブートレグ伯爵の奴隷になってしまいます!」
モンブラン「でも、ここにいても奴隷と同じことじゃないかしら?」
お菓子兵士「いいえ、わたしたちには、まだ、自由があります!」
お菓子兵士「いいえ、わたしたちには、まだ、自由があります!」
お菓子兵士「でも、囚われの自由は、ただの幻想にすぎません!」
お菓子兵士「でも、囚われの自由は、ただの幻想にすぎません!」
弘左衛門「どっちが得か、よく考えてみるんじゃな。少なくとも、われわれは、まだ元気じゃ! 降参は、力尽きてからでもできることじゃよ」
羊羮「手遅れになったら、どうするんだ! 魔女が、そんなに悠長に待っていてくれるという保証はないんだぞ!」
ヌガー「重要なのは名誉だ! おれたちはお菓子の誇りを忘れてはいかん」
マショマロ「なによ、アンポンタン。死んでしまっては、元も子もないでしょう!」
ムジーク「ぼくは自由の歌をうたいたい!」
パスハ「でも、 <勇気ある敗北> っいうのも、あるのざあますよ」
ワックスワーク「いえ、負けはどっちにしたって負けなんです」
スワンシュー「ああ、もういや! 息がつまってきたわ」
カロピー「いま、ここで、いきが、つまるくらい、なんですか! ブートレグ、はくしゃくの、きょういを、わすれたんですか?」
ナポレオン「わしは副官だ。いくら伯爵といえども、そうひどい扱いはするまい」
ベルベル「そんなこと、わかるもんですか! 魔女に噛みついてやりたいわ。ああ、あたしに魔法が使えたらな!」
モンブラン「不遜なことは、いうもんじゃないわよ。もし、魔女が聞いていたら、降参しても許してくれないかもしれないでしょう」
フルーツゼリー「降参を前提に話を進めるのは止めようじゃないか! いざとなれば、全員一丸となり、窓を壊すとか、ドアを突き破るとか、何らかの手があるはずだ!」
寒氷「それは『負け』を認めた行為だって、あっしは思いますがね」
支配人さん「とにかくだ! さっきのヌガーの言葉じゃないが、ここは、お菓子の意地を見せてだな…… 」
シュレーディンガー「お菓子の意地っていうが、世の中には、意地ではなく、頭で解決しなくちゃ仕方がない問題だってあるんだぜ!」
お菓子兵士「ここで負けを認めたら、頭だって使えなくなります!」
お菓子兵士「ここで負けを認めたら、頭だって使えなくなります!」
お菓子兵士「わたしたち兵士は、どんな主人のもとでも働けます!」
お菓子兵士「わたしたち兵士は、どんな主人のもとでも働けます!」
議論はそれから約十五分間続いた。
(さあて、つぎは、いよいよ調停の番だ!)
と、男の子は思った。
(うまくいくかな? ボクが推理したように、 <ぶつかる> が <かける> 参加が <たす> になっていればいいんだけれど…… )
「それでは、それでは、調停案を、調停案を、提示する! 提示する!」
そして、その大石大王の調停案とは、
『条件つきで負けを認める。飲む条件は三つまでで、そのなかには、お菓子たちの全面的自由を奪う如何なる項目も認めない』
というもの――すなわち、妥協案であった。
「条件つきで負けを認めるだって!」
と、ヌガーがその妥協案に異義を唱えた。
「それじゃだめなんだ! 全面降伏と同じことじゃないか!」
「そうです! こうなったら意地でも魔女と戦いましょう!」
ワックスワークが興奮して叫び、
「そのとおり! そのとおり!」
と、大石大王が徹底交戦派を支持した。
すると――
「われわれだって、そんな妥協案はいやだね! 負けを認めるなら、お菓子らしく、全面降伏でなければならない!」
と、羊羮がわれを忘れて大声で叫び、
「そのとおりざあます。あたくしは殺されたっていいざあます。降参というのは、そういうことざましょ」
パスハが頭に血がのぼった口調で羊羮を支持し、
「そのとおり! そのとおり!」
と、大石大王が、今度は降参派の意見に同調した。
ついで――
ベルベル「なによ、あんたたち! 本当にお菓子なの? あたし、噛みついちゃうわよ!」
スワンシュー「ええ、噛みついてもらいましょう! わたしも噛みつき返してあげるわ!」
フルーツゼリー「噛みつくなんて甘いね! わたしは殴ってやる!」
モンブラン「ひっかいてやる!」
弘左衛門「なめてしまうぞ!」
ナポレオン「大貧民にしてやる!」
ムジーク「ショスタコーヴィチの『バイオリン協奏曲第八番』の第三楽章を大音響で聴かせちゃうぞ!」
マシュマロ「洗濯物を投げつけてやる!」
カロピー「とってもまずい、×××ビスケットを、たべさせちゃうぞ!」
寒氷「面ぁ、見やがれ! ムシ歯にしちまうぜい!」
支配人さん「う、う、う! このバカタレが!」
シュレーディンガー「なにを! このぉ、タコにも劣る連中め、が!」
お菓子兵士「おまえのかーちゃん、駄菓子!」
お菓子兵士「おまえのかーちゃん、駄菓子!」
お菓子兵士「あっかんべーの、マニア!」
お菓子兵士「あっかんべーの、マニア!」
議論が一転して <激しい感情のぶつかりあい> となった。
(やった!)
と、小さな男の子は叫んだ。
(うん、間違いないよ。ここは、やっぱり、ぶつかるが <かける(キャップ)> 、参加が <たす(カップ)> の法則性に支配された世界なんだ! 一が全体、〇が失神の…… と、すれば……)
だが、事態はその時点では止まらなかったのである!
「だいたいだな、オレは最初から、貴様が気にくわなかったんだ! ふん、苦味走った大人のお菓子だと。笑わせやがる。ただの苦いチョコレート・キャラメルじゃないか!」
シュレーディンガーがヌガーにそう吹っかけた。
「なにを! この腐れネコめが! ネコの分際で言葉をしゃべるとは、生意気千万、片腹痛いわ!」
と、ヌガーも応じる。
「貴様こそ、お菓子の分際で言葉をしゃべるとは、あいた口がふさがらねぇ! 顔を洗って出直してこい!」
「顔を洗うは駄ネコの仕事! サンマのしっぽ、アジの骨、くれてやるから出ていきゃぁがれ!」
「いったな、こしゃくな変態お菓子! ムシ歯菌ならミュータンス、貴様のおかげで子供が泣いた。歯医者のドリルで地獄落ち。ぐるりまわって、くたばりやがれ!」
「てめえのつらの髭三本、切って流しに捨ててやらぁ! ペルシャ、コラット、ロシアンブルー、育ちの良さならレックスだ。てめえはただのカラスネコ! ごうつくばりに多色を欲し、混ぜて黒なる馬鹿ガラス。そいつはてめえの親戚だ!」
「へっ、トリュフ、ザッハトルテはチョコの王。プラリネ、クグロフ、イースター。チョコに色々あろうとも、ショコラ・オ・ヌガーは異端なり! バラ科落葉アーモンド、金をけちればピーナッツ。ナッツの意味は辞書引けば、はっきりわかる <気狂い> だ!」
「なにをこの!」
「くそぅ、やるきか!」
「いいだろう!」
「望むところだ!」
「尻、喰らえ!」
「腰を抜かすな!」
「いいやがる!」
「腐れ駄菓子が!」
「馬鹿駄猫!」
「おれが成敗――」
「――してくれる!」
ポカリ ポカポカ
殴り合い、始まるまでに、あと一歩。あたりにはらむ緊張が!
「ちょっと、止めなよ。危ないよ!」
あわてて叫ぶ、男の子。小首、かしげて、いうことにゃ、
(移っちゃったよ! まいったな……)
と、そのとき――
どこか遠くから、パン! と玉の弾ける音が聞こえた。
そして、気がつくと、ヌガーとシュレーディンガーが気を失っていた。
沈黙。
重苦しい空気があたりにたちこめた。
「はやく!」
と、小さな男の子が叫んだ。
(……ええと、ヌガーは <お菓子の国の住人> で、シュレーディンガーはそうじゃない、つまり <非お菓子の国の住人> だから、えーと、うん、大丈夫だ。…… できるぞ!)
すばやくそう思考すると、男の子は続けて大声でいった。
「誰でもいい。はやく一匹と一お菓子を縦一列に並べて! あいだを少しあけてだよ!」
お菓子兵士が、すぐさま、男の子の注文に応じた。ヌガーの足の先三十センチのところに、シュレーディンガーの頭がくるような形で、一匹と一お菓子が縦一列に床に寝かせられた。
「よーし。つぎはテーブル――できるだけ、まっすぐなやつ――を二人の間に置いてくれ!」
うんしょ! うんしょ!
力自慢のクッキー兵士たちも、迅速さを要求される動きに、汗びっしょりだ。
「はやく!」
と、小さな男の子が兵士たちを急かす。
「たぶん、一回しかできないはずだから…… ヌガーとシュレーディンガーが意識を回復するまえに―― <彼らが0の状態にあるうち> に―― はやく!」
うんしょ! うんしょ!
そして、四クッキーのお菓子兵士たちの手によって、まっすぐなテーブルがヌガーとシュレーディンガーの真ん中に置かれた。
その瞬間――
パン パン パパパンパン
鋭く玉の弾ける音が聞こえ――
「えーい、くやしや、くやしや!」
突如、松の木ホテル三階の大会場の中央に出現した魔女が叫んだ。
一匹と十二お菓子と一音楽と一臘細工が、あっけにとられた表情を見せたとき――
「会議場のドアが開きます!」
「会議場のドアが開きます!」
「会議場のドアが開きます!」
「会議場のドアが開きます!」
お菓子兵士たちが一斉に叫んだ。
「やったぁ! 大成功だ!」
と、男の子が飛び上がって喜ぶ。
「ねえ、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな!」
全員の手をとって、力一杯、振りまわす。
すると――
「あー、目の前がクラクラするな……」
「まったく。おれは二度目なんだぜ!」
失神から回復した自在猫とショコラ・オ・ヌガーが、ぼおっとした低い声で呟いた。
「シュレーディンガー! ヌガー! 大丈夫だった?」
いって、男の子が駆け寄ると、
「どうやら、うまくいったようだな。やれ、やれ、やれ」
「おまえさん、なかなか見所があるな。気にいったぜ!」
会議室の開かれたドアを見て、一匹と一お菓子がそういい、ついで、高らかに笑いはじめた。
つぎに、男の子は、なかば忘れ去られ、会議場の中央にぼそっと立ちつくす魔女のところに駆けて行った。
「かしこい子供じゃな」
と、魔女は少し淋しそうに小さな男の子にいった。
「魔法は、もはや合理的な科学思考には勝てんのかのう。……いや、今回の魔法は、わたしのほうが合理的に仕掛けたのだから文句はいえんか?」
そこで、少し顔を輝かせ、
「では、どうじゃな、おまえには、わたしの唱えた呪文は推理できるかな?」
すると、男の子はしばらく首をかしげてから、
「アルベグラ、ナエルーブ。イルーブ・エグロエクッ。つまり、arbegla naelooB 、elooB egroeG じゃないかな。ちがう?」
だが、魔女は、苦心して見つけたその呪文をいい当てられても、もはや驚きはしなかった。
「どうやら、わたしの完敗のようじゃ」
淋しそうにそう呟く。
「へっ、へっ、へっ。では、いさぎよく、……おやっ?」
「どうしたの?」
「くしゃみが出んのだよ。子供を前にすると、いつも出ていたくしゃみがね」
「おばあさん、それで子供がきらいだったわけ?」
「さあて、どうかな。いまとなっては、わからんね」
ハラハラ ハラハラ ハラ ハラ ハラ……
その言葉を最後に、魔女は再び灰に返った。
ヒュー!
「あっ!」
お菓子兵士が開けた大会議場の窓から忍びこんだ風が、魔女が変わった灰をまき散らし、外に運んだ。
「こういうのを、たぶん、慈悲っていうんですよ」
と、窓を開けたお菓子兵士はいい、驚いて言葉を失った男の子に近づくと、その頭を優しくなぜた。
「魔女も、もう、誰かに利用されるのはうんざりでしょうからね」
いって、男の子の目の高さまで視線を落すと、
「さあ、元気を出してくださいな。あなたには、まだ大切な義務が残っているんですからね。魔女がわたしたちに仕掛けた魔法の法則性を説明してもらわなければなりません。それができるのは、あなただけなんですから」
すると――
「うん、そうだったね。わかったよ」
と、男の子はそのお菓子兵士に答えた。
そして、心の中でこう叫んだ。
(バイ、魔法使いのおばあさん!)




