10 魔女
「魔女だわ!」
と、ひときわ大きな声で最初に叫んだブートレグ伯爵対策会議のメンバーは、お菓子妖精のベルベルだった。その場に居合わせた一人と二匹と十二お菓子と一音楽と一臘細工は、じっと息をひそめている。
現われた全身黒づくめの魔女を、きっと、見すえると、お菓子妖精は続けた。
「あたし、聞いたことがあるわ。だって、魔女――魔法使い――は、ある意味では、あたしたち妖精の敵対種族なんですもの。遠い昔の伝説の魔女。そう、思いだしたわ! あの魔女よ。大昔にヘンゼルとグレーテルたちにやられた、あの伝説の魔女だわ!」
すると、魔女は皺くしゃの顔を、にっ、と歪ませる気味の悪い笑みを浮かべ、ベルベルに答えた。
「ほお、お嬢さん、へっ、へっ、へっ、よくご存じですなぁ」
「ご存じですなぁ、もなにも……」
と、ベルベル。
「お菓子の家で子供を騙そうとしたあんたは、全世界の子供と、そしてお菓子たちの大敵だったんですからね」
そこまでを一気にしゃべると、ベルベルは急に首をかしげた。
「……でも、どうして? たしか、あんたはグレーテルの知略に引っかかって、パン焼釜のなかで灰になったはずでしょう。それが、どうしてここに……」
「人生というものは面白いものでしてね、お嬢さん」
と、魔女はいい、遠くを見つめる眼差しをした。
――その伝説の魔女がこれまで辿った経緯を簡単に説明すると……
食い扶持を減らすため、母親に森に捨てられたヘンゼルとグレーテルは、さまよいの果てにお菓子の家を見つけた。それは魔女が子供たちをおびき寄せるため、わざわざ森の奥深くに建てた家であった。魔女の計略はまんまと成功し、二人の子供は魔女の小屋に閉じ込められ、料理され、食べられる日を待つ身となった。そして、パン焼釜の整備も終わり、まず、魔女はグレーテルを食べようと、彼女を小屋の外に連れだした。
『ホレッ、はやく、この釜の中にお入り』
『だって、あたし、どうやって入ればいいのか、わかんないもん』
『馬鹿な娘だね。簡単だろう。ホレッ、こうやって……』
グレーテルの愚鈍娘の演技にすっかり騙された魔女は、身を乗りだして、パン焼釜のなかに入ってみせた。すると――
ボッ!
『魔女さん、バイバーイ!』
見事、グレーテルにあざむかれ、魔女は灰にされてしまったのであった。
――ヘンゼルとグレーテルは、その後、魔女の小屋から持って帰った真珠や宝石で父親とともに幸せになった(母親はそのときすでに死んでいた)が、当然、魔女の方は不幸になった。
そして、長い長い年月が流れた。
「魔女とはな、不死身の存在なのじゃよ。灰にされたといっても、そこは人間たちとは違う、ただ水分が抜けただけのことでのう」
――時が経って産業革命が起こり、科学が発展し、惑星間探査機が打ち上げられる世の中になった。魔法は忘れ去られ、科学が魔法となった。宇宙論が進み、次元が四から十以上にに拡張され、そして、魔女が作ったお菓子の家に残った彼女の魔法の残存フィールドが、お菓子の国のあるコンパクト時空の六次元と感応を始めて、ついには吸い込まれて転生した。
そこにやってきたのが、くだんのティンバー・ブートレグ伯爵だった。
「あの方は妙なお人でのう。『お菓子、お菓子。おいしいお菓子』とかなんとか呟きながら <人間界> からこの地にやってきて、たまさか、お菓子の家お前を通りかかったのじゃ」
(人間界から、だって?)
と、小さな男の子は心のなかで呟いた。
(イミテーション・ゴールド、いや、ワックスワークも人間界からやってきたといった。そこで、ティンバー・ブートレク伯爵に出会って、だ。ということは、ブートレグ伯爵は、ボクたちと同じ世界の人間ってことになるじゃないか!)
だが魔女は、そんな男の子の推理をよそに話を続けた。
「あのお方は驚いてお菓子の家を食べてみられた。窓はグラニュー糖、屋根はチョコレート、そして家本体はパン生地のお菓子の家をじゃ。だが、長い歳月は、お菓子をただのクズにしてしまっておった」
がっかりしてお菓子の家を去ろうとしたブートレグ伯爵だったが、家を出しなにパン焼釜にけつまづいた。そして、持っていた水筒を落すと、割れたプラスチックのすきまから水がこぼれ――
そして、魔女の復活とあいなったのである。
「その復元の元、つまり灰のことを、あのお方は面白がって <インスタント魔女のもと> と呼ばれおったわ。へっ、へっ、へっ」
というような、わかりやすい理由で、魔女は伯爵に忠誠を誓っていたのである。
「その長い歳月の間に、へっ、へっ、へっ、わたしはひとつの新しい魔法を会得した。魔法といっても、科学の基礎は大切にせねばならん。それを肝に命じて会得した <法則性のある魔法> なんじゃよ。…… さて、あんた方には、果たしてそれが解けるかな?」
そういうがはやいか、魔女は、高く差し上げた右手をくるりと内側にまわし、呪文を唱えた。
「アルベグラ、ナエルーブ。イルーブ・エグロエクッ」
パン パン パパンパン!
松の木ホテルの大会議場に玉の弾ける音がとどろいた。
「呪文完了!」
と、にやにやしながら魔女が呟く。
「会議室のドアが開きません!」
「会議室のドアが開きません!」
「会議室のドアが開きません!」
「会議室のドアが開きません!」
とたんに、お菓子兵士の全員が叫んだ。
「そうそう、あんた方はここから出られんのじゃよ。わたしの魔法を解かぬかぎりはな」
いって、魔女は黒マントの内側から二つのコーヒーカップを取りだした。
「まず、わたしがこの魔法の法則性の見本を見せてあげよう」
取りだした <二つ> コーヒーカップをカチンとぶつけると、
なんとそれは――
<一つ> のコーヒーカップになってしまった!
「まあ、あとは、おいおいわかっていくじゃろうて……」
それだけいい残すと、
「では、みなさん、ごきげんよう。ハッ、ハックシヨン!」
魔女は去った。




