5 自動販売機?
「あ、みーつけた!」
と、カロピー。
「ひえー、これに喰われるのかね?」
と、弘左衛門。
「細かいお金、持ってたかなぁ?」
と、男の子。
「うーむ、哲学的だ!」
と、シュレーディンガー。
「とにかく、そういうことなんです」
大乗寺啓之助邸を後にすること十二分、道すがらカロピーの説明を受け、びっくりしたり、戸惑ったりしていた男の子たち一行の目の前に、ついにお菓子の国へのゲート端末が現われた。
「でも、なんで自動販売機なの?」
と、男の子があらためてカロピーに問いかける。
「それも、チョコレートバーのな」
と、シュレーディンガーが男の子の言葉を補足した。
「それは、もちろん、みてくれも、だいじだけど、おかしは、たべられなければ、いみがない、そんざい、だからです」
カロピーが答えた。
「……? 説明になってない気もするがね?」
と、首を捻って弘左衛門。
「まあ、よいじゃろう。来ることに同意したのじゃから、嫌なことは、早いとこ済まそう」
――男の子の家がある住宅地の東には公団住宅、すなわち団地があった。地上三十階はある、高層団地だ。その区画のなかには、学校もあれば、お店もある。ゴミ捨て場もあれば、夜には不気味な一群の自動販売機の集積地帯もあった。そのなかのひとつが、いま男の子たちが問題にしているチョコレートバーの自動販売機だったのである。朝も十時をまわれば、団地には人影が少なくなる。大人は会社へ、そして子供は学校や幼稚園に通い、ベランダで布団たたきをしている奥様たちの姿もまばらだった。
「では、いどう、しましょう!」
と、カロピーがいった。
「うーむ。無エネルギー放射の量子となって移動できるとは楽しみだ」
と、シュレーディンガー。
「トホホホ……」
と、弘左衛門。
「オーケイ。じゃ、お金を入れるよ!」
いって、男の子は百円玉をチョコレートバー自動販売機のスロットルに投入した。
コロン コロン カラカラカラ……
「とみみつにてののみみみ(存在を確認)!」
男の子たちの存在と目的を感知した自動販売機は答えた。商品見本の下あたりにスーッと一直線に亀裂が走り、
「んとなのにと(輸送開始)!」
パックリと大口をあけて、小さな男の子、シュレーディンガー、弘左衛門、ビスケットの子供カロピーの一人と二匹と一お菓子を飲み込むと、お菓子の国に輸送した。
「ひえー!」
実在世界で最後に聞こえたのは、空飛ぶセントバーナード犬、弘左衛門の、世にも哀れに悲しげに尾を引く悲鳴だけだった。
* * *
「ふん、ちょこざいなやつらめ!」
と、コンピューター・ディスプレイに映った男の子たち一行の姿を見つめ、ひとり、ほくそ笑みながら、お菓子の国の人非人、ティンバー・ブートレグ伯爵は呟いた。
「哀れなことよのう。無エネルギー放射通信、すなわち、タキオン通信が操れるのは、自分たちばかりだと思っておるらしい」
そういって、ニヤリと笑うと、手近にあったベクトル志向変換装置に手を伸ばした。
――エネルギーの凝集がなければ、量子の存在確率は全宇宙、全時空にまで広がる。すなわち、どこにでも等しく存在可能となるのである。もっとも、それが可能となるのは最低速度が光速という超高速量子タキオンにおいてのみではあったが…… はじめにその可能性を示したのは、アメリカの天体物理学者、ジェイムズ・ブリッシュ教授であった。彼はさらにスピンディジーと呼ばれる重力制御エンジンの可能性をも追及していた。
「ふっ、ふっ、ふっ」
と、ティンバー・ブートレグ伯爵は嘲笑った。
「きさまたちの行先をほんの少しばかり改変してやろう。あまねく存在が稀薄となる <非在の森> へと。罪深き人間たちの生んだ恐怖の公害怪獣が住まう <非在の森> へとな!」
そして、伯爵はベクトル志向変換装置のメインダイアルをぐるりと左にまわした。




