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皆さま、いつも拙著をお読み頂きありがとうございます(*^^*)
第1幕、第2幕をただいま分離させて頂いております件について、
今月10月末をもちまして、こちらから第1幕、第2幕は削除させて頂きます。
急に話数が減っても驚かないで下さいね!
ご迷惑おかけしますが、何卒宜しくお願い致します。
ゆな
――時は十日前に遡る。アメリアが姿を消した丁度その日の夜のこと。教会での事後処理を終えたウィリアムとアーサーはルイスの部屋に来ていた。ルイスの足取りの手がかりが何か残されているかもと考えたからだ。けれど手がかりは何一つ無く、――翌日に持ち越しだと解散しようとした丁度その時、屋敷を訪れる者がいた。
エドワードとブライアンだ。彼らは怒りに震え顔を真っ青にさせながら、アメリアがさらわれるその瞬間を見ていたと告げた。
エドワードとブライアンの話はこうだ。
*
明日保養地に立つ前に遊んでおこうと、二人は昼間から酒飲み屋で飲み仲間と酒を飲んでいた。勿論貴族であることは隠してだ。そうしたら丁度昼頃、同じく飲み仲間のジョンがやって来てこう言ったという。
「さっき向こうの通りでローザらしき女性を見かけた。赤毛の男と一緒だった」と。
ローザと言えば、過去にアメリアが自身をパーラーメイドと偽ってパブ通いをしていたときの偽名だ。
最初は見間違いだろうと思ったが、一応そのときの状況を詳しく聞けば、どうやら彼女は泣いていて、赤毛のまだ歳若い男に手を引かれて歩いていったという。
――アメリアが泣いていた?
その言葉がどうにも気になった二人は、「貴族が着るようなご立派なドレスを着ていたから見間違いだったかもしれないぞ」と言うジョンの言葉に、それがアメリア本人であろうと確信し店を飛び出した。そして街行く人に尋ねながら、二人が向かっていったのと同じ道を辿ったのだ。そうして辿り着いた先が、西区の旧教会だったのである。
そのとき時刻は午後1時半を回っていた。二人が敷地の外から様子を伺えば、教会の扉の前に人影がある。その後ろ姿には確かに見覚えがあった。前騎士団長のコンラッド・オルセンだ。彼はどこか物々しい雰囲気を漂わせていた。
どうして彼がこんなところに――。そう思った二人は一先ず教会の近くの路地裏に身を隠す。コンラッドに話しかけるかと悩んだが、
「――声、かけるか?」
「面倒はごめんだ」
――という短い会話で、静観することに決まった。クリスの耳に入ればどやされるに違いないからだ。
その場でしばらく様子を伺っていると、今度は数人の人影が教会の前で立ち止った。その数人らは何かが普通と違っていた。その妙な違和感によくよく彼らを観察すると、あることに気が付く。教会の前に立つ四人の人影、その内の小柄な一人が、アーサーの愛人、ヴァイオレット・フラメルであることに。
四人はそれぞれコートのフードで顔を隠すと、そのまま教会の敷地内へと入って行った。
「――コンラッドに、その次はヴァイオレット?」
「アメリアと知り合いだったのか……?」
今度こそ二人は困惑した。その三人の繋がりだって全く思い当たらないのに、既に使われていない教会にどうして彼らが集まるのだろうと。いや、そもそも本当にこんなところにアメリアがいるのだろうか?ジョンの見間違いだったのかもしれない。――悩んだ末、誰も出て来る気配が無いので二人はもと来た道を戻ろうとした。
けれど、丁度その時だ。数回に渡って爆発音のような音が聞こえたかと思うと、教会が崩れ落ちたのだ。
そして同時に、先ほど教会の敷地内へ入って行った四人が門から飛びだしてきた。その内の二人は“人”を抱えている。――抱えられた二人の内の一人は、気を失ったアメリアだった。
茫然と立ちすくむ二人には目もくれず、四人は少し先に停めてあった馬車に素早く乗り込む。そしてそのまま走り去って行ってしまった。けれど二人とてそれを黙って見過ごすわけがない。彼らは直ぐに我に返り辻馬車をつかまえ追いかけたが、結局途中で見失ってしまった。
*
二人は話を終え、何度も繰り返した。アメリアをさらった者のうちの一人は、ヴァイオレットで間違いなかった、彼女を探せ、と。
だがその内容の為だろう、今現在、部屋には不穏な空気が満ちている。
ウィリアムは、無言を貫くアーサーを挟み、エドワード、ブライアンの二人と押し問答を繰り返していた。そしてまた扉のすぐそばでは、その様子を困惑げな表情で見つめ、立ち尽くすハンナの姿もある。
*
「だから、あれは絶対ヴァイオレットだったんだって!俺の目を信じろよ!」
エドワードはウィリアムに対し、もう何度目かの声を荒げた。そして苛立ちを露わにしたまま、視線をアーサーへと向ける。
「俺たちは見たんだ!教会の敷地内に入っていく四人組を、この目で確かに!」
「あぁ、その内の一人、あれは間違いなくヴァイオレットだった」
エドワードを援護するように、ブライアンもそう続けた。
けれどアーサーは一言も応えない。彼は壁に背をもたれ、腕組みをしながら窓の外へと首を向けている。窓から覗くすっかり日の落ちた暗い街を、黙ったまま横目で流し見ていた。
そんなアーサーの姿に、とうとうエドワードは顔をしかめる。この期に及んで娼婦を庇うのか――と。
「何とか言えよ!お前最近おかしいぞ……!何か知ってるんだろ、言えよ、アーサー!!」
――アメリアがさらわれた。その瞬間を目撃してしまったエドワードは、正気を保っていられなかった。普段は掴みどころのない態度を取るエドワードだが、彼は元来人一倍情の厚い男なのだ。それにエドワードとブライアンの二人は知らない。――ルイスやアーサーのその人間離れした能力を。そしてルイスがアーサーの右目を狙っていることも。アメリアの命が――時間の問題であることは違いないが――今すぐに危険に晒されることは無いだろうということも。
だからそれを知らない彼らにとって、アーサーとウィリアムの妙に落ち着き払った態度は決して信じられないものだった。
「ウィリアム、おかしいのはお前もだぞ。アメリアはお前の婚約者だろ。それをこんなところで――一体何をしてるんだ」
エドワードの声が低くなる。そしてウィリアムを睨みつけた。ブライアンはそんな双子の兄の背中を戦々恐々と言った様子で見つめている。
だがそれも仕方がないことだ。何も知らないこの二人からすれば――アメリアを探そうともせずにこの様な――ルイスの部屋を漁っている二人の行動を理解できる筈も無い。
ウィリアムはエドワードの強い視線に、どうしたものかとアーサーをちらりと見やった。ルイスとアーサーの関係性――それも千年前の――それをここで口にすることなど出来ないだろうと。
そしてアーサーも同じことを考えているのだろう。彼はエドワードに鋭い眼差しを向けられても、押し黙ったまま瞬き一つしなかった。彼はただ壁に背を預け、視線を窓の外へと向けるのみ。
それを見かねたウィリアムは、エドワードの言葉を制するように口を開く。
「落ち着け、エドワード。さっきも言っただろう。ヴァイオレット――彼女はそれと同じころ王立図書館に居たんだ。俺は彼女と会話までした。それにアーサーのいる部屋に俺を入れてくれたのは彼女なんだぞ。その彼女がどうしてアメリアをさらったりする。動機がない。
そもそも教会は王立図書館から離れているだろう。お前の話では彼女の姿を見たのは2時頃。時間的にあり得ない」
「いや、あり得るだろ!実際そうだったんだよ!それに図書館から教会まで馬なら飛ばせば40分だ。お前がヴァイオレットに会ったのは1時だろ!?十分間に合うじゃねぇか!」
「街中をそんな速度で走れるわけないだろう。見間違いじゃないのか」
「はぁ!?馬鹿にするのもいい加減にしろ!お前、本当にアメリアを探す気あるのか!?どうしてあの女を庇う!」
「――それは……」
刹那――ウィリアムの顔が歪んだ。
――エドワードの放った“あの女”という言葉、そして彼の言葉をすぐさま否定することが出来ない自分自身に気が付いたのだ。
彼の脳裏に過るのは――昼間アーサーの部屋に入れてくれた時のヴァイオレットの切なげな表情。そして――昨夜アメリアに彼女自身のことを教えてくれないか、と、そう告げたときのどこか儚げな微笑み。その二人の表情が重なって、ウィリアムは無意識のうちにヴァイオレットを庇ってしまっていた。
それにエドワードは相当気が動転しているようだ。普段は決して女性を“あの女”呼ばわり等しない彼が、まして元貴族であるヴァイオレットに、アーサーのその相手に対し、一切の敬意を忘れてしまっている。
ウィリアムが再びアーサーの様子を伺えば、流石の彼も気分を害したのか微かに眉をひそめていた。
ブライアンはそのことに気が付いたのであろう、流石に不味いと思ったのか、エドワードの肩に手を置き、それ以上言うなと兄を制する。
ウィリアムはそんな二人に、これ以上全てを隠し通すのは無理だろうと悟った。けれど、アーサーの中のローレンスのせいでこの様なことになっているとは口に出来ない。――ならば、と彼は思案する。
「すまない、ヴァイオレットを庇うつもりの言葉では無いんだ。俺だって正直どうしたらいいかわからない。何故こんなことになったのか――わからないんだ。俺だってお前みたいに叫びだしたいよ。でも……それじゃあ何も解決しないだろう」
その言葉に、二人の苛立ちがほんの少しだけ収まった。ウィリアムはそれを感じ取り、続ける。
「――だが、一つだけわかっていることがある。先ほどは言わなかったが……ルイスが、一枚かんでいるんだ」
「――は?」
「この件にはルイスが関わっている。アメリアをさらった者の正体を、ルイスは知っていると言っていた。あいつは俺たちに言い残したよ。“アメリアは人質だ、真の目的はアーサーだ”――とな」
「――……は」
刹那――エドワードの顔から一瞬で血の気が引いた。ブライアンも同じく顔を蒼くする。ウィリアムの言わんとすることを理解したのだろう。
「エドワード、もしもお前たちの話が本当なのだとしたら、これは大変なことだ。アメリアをさらったヴァイオレットはルイスと繋がりがある。そして、そのルイスは俺の付き人。最もあいつはもう二度と、ここに戻って来ないだろうが……」
「――ッ」
エドワードの顔が歪んだ。――それでも、ウィリアムは言葉を止めない。
「――もしもルイスがアーサーの動向を探る為に、彼女をアーサーに差し向けていたのだとしたら――これは我が侯爵家の威信に関わる、非常に由々しき事態なんだ」




