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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第3幕》  作者: 夕凪ゆな
第3章 囚われの王子ローレンス

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02


 ウィリアムの告げたその言葉に、エドワードの顔が驚愕の色に染められた。けれどそれでも彼は、その意味をなんとか理解しようと言葉を絞り出す。


「……おいおい。――それって、つまり……」

 ――由々しき事態。それが意味することに、ただ一つしか思い当たらず。


「……お前の家が、王家に反逆とか……そういう話……?」


 恐る恐る尋ねれば、ウィリアムはそれを無言で肯定した。けれどエドワードは、それこそ意味がわからない、と額に冷や汗を浮かべて両手を左右に大きく振る。

 

「いやいやいやいや、何言ってんだ。そんなわけねーだろ。何でそういう話になるんだよ。アメリアが人質で本当の目的はアーサー?それこそ意味がわかんねぇだろ!大体ルイスはどうしてそんな――。それこそ動機は何なんだよ!?」


 エドワードは声を荒げた。そうだ、そもそもルイスがアーサーを狙う理由がない。それに、その人質がアメリアだというのも全く腑に落ちないことだ。アメリアはウィリアムの婚約者であって、アーサー自身とは深い関わりは無いのだから。


「それにそもそもまだルイスが関わってるってだけで、ヴァイオレットとルイスが仲間だとは確定してねーだろ!」


 ――そうだ、今のウィリアムの話が正しければ、ルイスは犯人を知っているとは言ったが、犯人と仲間だとは言っていないではないか。

 エドワードはそう訴える。するとどうやら図星だったのか、ウィリアムは押し黙ってしまった。それは全くいつもの彼らしくない姿で――そんなウィリアムの表情に、エドワードは一瞬で察する。――ウィリアムは、まだ何か隠しているのだと。


「――おい、ウィリアム。お前いい加減にしろよ。この期に及んでまだ隠し事か」

「……いや、そんなことは」

「あるだろ。――お前らしくもない」


 再び、エドワードの声が低くなる。先ほどまでアーサーに向けられていた睨むような視線が、今度はウィリアムを射抜くように据えられた。その怒りとも侮蔑とも取れる表情に、ウィリアムは今度こそ言葉を詰まらせる。

 ――だが。


「――もういい」


 唐突に呟かれた声にその場の全員が声の方を振り向けば、今までエドワードに何を言われても無言を突き通していたアーサーが、ウィリアムをじっと見つめていた。


「もういい、ウィリアム」


 アーサーはその顔に、どこか諦めにも似た切なげな表情を浮かべ、繰り返す。もういいんだ、――と。そして静かに三人の傍に歩み寄った。そのアーサーの様子に、エドワードは眉をひそめる。


「――何だよ、ようやく話す気になったってか」

 そう言いながら、アーサーを挑発するように口角を上げた。


 ――彼は確かに知っていた。いつもならばこのような物言いをアーサーが許すはずが無い。友人とは言え彼は王子なのだ。決して許すはずが無い。――なのに。


「あぁ、話すさ」


 そう言って――アーサーはただ、困ったように微笑むだけ。

 それはやはりエドワードの知るアーサーではなかった。そしてそう感じたのはブライアンも同じだったようだ。彼はエドワードのすぐ後ろで、口を半開きにして固まっていた。


 そんな二人を横目に、ウィリアムは呟く。


「本当に……いいのか」

 それは心からアーサーのことを想う気持ちに溢れていた。優しく、切なく、けれど――その決断に心から敬意を表すように。


「……いいんだ。お前が言ってくれたからな。過去に何があろうと――俺の中にどんな怪物が住んでいようと……俺は、――俺だと。そうだろう?」

「――あぁ」


 そう言って二人は微笑みあうと、暫くの間見つめ合った。そして短い沈黙の後、アーサーはようやく向き直る。自分たち二人を訝し気な瞳で見つめる、エドワードとブライアンへと。

 そして彼は、はっきりとした口調で告げた。


「いいか、よく聞けお前たち。今から俺が話すことは、ここに居る者以外には一切他言無用だ。約束できるな」

 その瞳からはもう一切の迷いを感じられない。エドワードとブライアンは唇を固く結び、一度だけ頷く。


 アーサーはそれを確認し、ゆっくりと話し始めた。自分の瞳の不思議な力と、そして、ルイスと自分の千年前の関係を。どうしてルイスが、自分の命を狙っているのかということを――。





 アーサーが話を終えた頃には、既に時刻は22時を回っていた。その場にいる全員の表情に疲労の色が伺える。その中でもエドワードとブライアンの二人の表情には疲れがとりわけ色濃く表れていた。それが体力的なものでは無く、精神的なものが影響していることは間違いないだろう。


 エドワードとブライアンの表情は固い。


「――つまり、その右眼には人の心を読める力があって、しかもそれは千年前にローレンスって奴がルイスの母親から奪ったものだと――そういうこと、か……?」

「そうだ」

 アーサーは真剣な表情で即答する。それは揺るぎのない瞳で――。


 その決して嘘を言っている様子の無いアーサーの態度に、エドワードは黙り込み、その顔を不愉快そうに歪めた。


「じゃあ何だ。……俺たち今まで、ずっとお前に心を読まれてたってことかよ」


 その声は悔し気に、悲し気に震えていた。

 エドワードの鋭い瞳が――決して許せないとでも言うように――アーサーをじっと見つめる。その視線に、アーサーは眼を逸らさずにはいられなかった。


「――すまない」

 アーサーは俯いたまま、苦し気に呟く。


 彼は最初から期待などしていなかった。――普通ならば気味悪がられて当然だと、そう思っていた。だから彼はエドワードやブライアンにどんな顔をされようとも、どんな言葉を浴びせられようとも、受け入れるつもりでいたのだ。

 ――けれど実際に言われてみると、想像していたよりもずっと辛い。


「俺たちのこと……何だと思ってんだよ」

 エドワードの低い声が、アーサーに突き刺さる。深く、深く――その心を抉り取るように。


「本当に……すまなかった」

 アーサーは俯いたまま、再び呟いた。その苦し気な声に、ウィリアムがアーサーを庇うように前へ出る。


「やめろ。――アーサーは何も悪くない」


 けれどエドワードは言葉を止めなかった。彼は今度はウィリアムを睨み、語気を強める。


「はっ、悪くない!?悪いだろ!ウィリアム、お前は知ってたのか、知ってて俺たちに隠してたのか!?」

「……それは」


「ふざけんな!馬鹿にするのもいい加減にしろよ!?お前もアーサーも、何でそんな大事なこと隠してた!俺たちってその程度だったのかよ。十年だぞ、十年一緒にいて、俺たちの心ん中まで読めて、――それなのに、どうして俺たちのこと全然わかってねぇんだよ!!」


 ――その言葉に、アーサーの瞳が見開かれる。自分のつま先を見つめていたその視線が、はっとしたようにエドワードに向けられた。そしてようやく、彼は気が付いたのだ。エドワードの自分を見つめる、その瞳に――。


「――っ、エド……ワード」

 ――あぁ、どうして俺は気づかなかった。エドワードは先ほどから一度だって、この俺から視線を逸らさなかった。俺が他人の心を読めるのだとそう言ったときから、一瞬たりと目を逸らさなかった。


 それを裏付けようとでもするかのように、エドワードは瞬きすらせず、ただただアーサーを見つめている。それはまるで、心を読んでくれと言わんばかりに……。


「何でもっと早く言わなかった、お前のことも、ルイスのことも――もっと早くから知ってたらこんなことにはならなかった。もっと早く言ってくれてたら……一言でも相談してくれたら……」

 エドワードの顔が、今にも泣きだしそうに歪む。肩が、震えていた。


「――何でお前らは隠し事ばっかりなんだよ。どうしてもっと人を信じようとしないんだ。俺たちってそんなに信用ないのかよ。友達じゃなかったのかよ……、そう思ってたのは、俺たちだけだったってことなのかよ」

 そう言って、奥歯を噛み締める。強く、強く――それは唇から血が滲み出る程に。悔げに――悲しげに歪むエドワードの喉から、擦れた声が漏れ出ていた。


「ふざけんなよ――。俺たち、馬鹿みてぇじゃねぇか。……真剣にお前のことを心配してた俺たちが……馬鹿みてぇじゃねぇかよ」

「……お前」


 エドワードのその言葉に、その眼差しに、アーサーの心に熱いものがこみ上げる。


 彼はようやく気が付いたのだ。今まで気づこうともしなかった本当に大切なもの――それはいつだって、自分自身のすぐそばにあったのだと言うことを。人の心が読めるが故に誰も信じることが出来ないと――誰も信じようとしなかった自分こそが、一番に愚かであったのだと。


 こんなにも、自分を想ってくれている者がすぐそばにいたのだと言うのに……。


 アーサーがふとブライアンの方へと視線を向ければ、彼も同じく涙ぐんでいて。


「アーサー、お前もっと人に頼れよ。俺たちそんなことで、お前のこと避けたりしないから」

 そう言って、精いっぱい微笑んで見せる。そんなブライアンの言葉に、ウィリアムも続けた。


「確かに俺も、ずっと隠し事ばかりしてきた。君にも、そして他の皆にも。どこかでルイスに遠慮していて、真実から目を背けてきてしまった。――本当に馬鹿なのは俺たちだったんだ。でも、もう終わりにしよう。俺たちは、もう逃げたらいけないんだ。

 大丈夫、俺たちはずっと君の傍にいる。何があったって、君の傍から離れたりしない」


 ウィリアムの真剣な声音。そしてその表情に、アーサーの視界が滲んで歪む。


「……はは。……何だ。俺はずっと……逃げていたのか。――馬鹿なのは…………俺の方、だったのか」


 そう震える声で呟いたアーサーの頬に零れ落ちるのは、透明な一筋の涙。――それはあの日、ウィリアムに赤い瞳を見られたとき以来の、心からの嬉し涙だった。


「……ありがとう」


 アーサーの口から囁かれたその言葉に、エドワードが目頭をぐっと抑える。ブライアンも、袖で顔をぬぐった。


 そして少しの沈黙の後、――エドワードが叫ぶ。


「あぁ、――くそっ!!こんなのガラじゃねぇ!

おい、アーサー、ウィリアム、ブライアン!作戦会議だ!全員でアメリアを取り戻す!ローレンスのとばっちりをお前が受けることなんてないんだ、――ルイスのことはまだよくわかんねぇけど、今までのルイスを見てたら、あいつが100パーセントアーサーを恨んでるなんて俺にはどうしても思えない。ヴァイオレットだって、何か弱みを握られてるだけかもしれないんだ」


 その一理ある内容に、ウィリアムはどこかからかうような笑みを浮かべる。


「……何だ、お前にしては珍しくまともなことを言うな」

「珍しくは余計だ。――とにかく」

「――俺たちを敵に回したことを後悔させてやる。――だろう?」


 エドワードの言葉を遮るように続けたのはアーサーである。

 彼がニヤリと口角を上げれば、その場の全員がそれに応えるように頷いた。


「あぁ――ウィンチェスターの名にかけて、アメリアは必ず連れ戻す」

「そうだ、俺たち貴族を敵に回すとどうなるか――、思い知らせてやるぜ」



 そうして四人は、退場のタイミングを逃し、扉の側で半泣き状態で立ち尽くしたままのハンナに一切気付くことなく、夜明け近くまで作戦会議に勤しむのだった。

 

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