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第7話 雨と土砂崩れを越えろ! 山奥の村への特急便

三日も降り続く雨に打たれる港町ファルムの朝。冒険者ギルド支部の扉が、バンッ!と乱暴に開かれた。


ずぶ濡れで飛び込んできたのは、山奥の集落『霧谷村』の若者だった。肩で息をしながら、受付のエレナに必死に訴える。


「た、助けてください! 村へ続く本道が土砂崩れで埋まって、村が完全に孤立してしまったんです! 高熱を出した子どもやお年寄りに薬が足りなくて、食料も今日で底を突きます!」


エレナの顔色が変わった。


「ワタルさん、緊急依頼です。霧谷村の全五十八世帯へ、解熱薬と食料セットを今日中に届けてほしいとのことです。難所手当込みで、報酬は十二万Gになります。ただ、本道は完全に封鎖されていて、他の配達員さんは全員……」


ワタルは依頼書を受け取り、一気に目を通した。


五十八世帯。俺の通算配送完了数は四十二件。あと五十八件届ければ、ちょうど百件に届く計算だ。


だが、ワタルはすぐに頭を振った。


「……今は数字を数えてる場合じゃねえ。熱で苦しんでる子どもと、腹を空かせた村人が待ってるんだ。その依頼、俺が引き受けるぜ!」


数分後、ギルド裏の車庫。ワタルはグラン・キャビンの荷室で、出発前の最終チェックに取りかかっていた。


「ウーバー・コンテナ、マルチゾーン起動。区画①は解熱薬用に五度保冷、区画②は食料セット。防水バリア全開、五十八世帯分、一つずつ個別包装だ」


薬は一箱ずつ温度を確認し、食料は水に濡れても中身が無事なよう、二重に包んでから積み込む。さらに、ぬかるみ用の滑り止めロープ、防水シート、予備のライトまで積載完了。前世で十年間、雨の東京を原付で走り続けた男に、「雨だから無理」という言葉はない。


「よし、出発だ!」


グラン・キャビンが、豪雨の中を走り出す。


街を抜け、山道に入ったところで、ドライバーズ・システムが警告を表示した。


『警告:この先、土砂崩れの危険度上昇。自動運転モード、使用不可。手動運転へ切り替えてください』


「上等だ。こういう道こそ、最初から手動のつもりだったぜ」


ワタルはハンドルを握り直し、神の鳥瞰図ゴッド・ナビで周囲の地形を立体表示させた。濁流と化した川、霧で見通しの利かないカーブ、路面に流れ込む泥水。その全てを読みながら、大型車体を慎重に、しかし一秒も無駄にせず進めていく。


そして、霧谷村まであと少しという場所で、ワタルは急ブレーキを踏んだ。


「……マジかよ」


目の前の本道は、山肌ごと崩れ落ちた大量の土砂と、大木に完全に埋め尽くされていた。グラン・キャビンどころか、人一人が進むのもやっとという有様だ。


しかし、ゴッド・ナビが即座に新しいルートを描き出した。


『迂回路:旧林道を表示。道幅、狭小。所要時間、制限時間ギリギリ』


「旧林道か……行くだけ行ってみるぜ!」


グラン・キャビンは、辛うじて車体一台分しかない細い旧林道へと入っていった。タイヤがぬかるみに取られ、枝が車体を叩く。それでも村に少しずつ近づいていく。


だが、林道の終盤。切り立った岩壁と、増水した沢に挟まれた区間で、ついに車体が物理的に進めなくなった。


ワタルは車を停め、雨の中へ飛び出した。沢の向こう、霧の切れ間に、霧谷村の屋根がかすかに見える。


「ここまで来たら、あとは俺の足と相棒の出番だ」


ワタルはグラン・キャビンをシステム空間へ収納し、代わりに純白の魔導バイク『スクート・アルファ』を召喚した。一番急ぐ解熱薬をウーバー・コンテナへ移し替え、ヘルメットの紐をカチリと締める。


「待ってろ、霧谷村。今、届けに行くぜ!」


スクート・アルファは、増水した沢の浅瀬をゴッド・ナビで探り当て、泥にタイヤを取られながらも、どうにか霧谷村の入口へたどり着いた。


「配達です! 解熱薬を持ってきました!」


村の広場では、村長と村人たちが不安そうな顔で待っていた。


「本当に来てくれたのか……! 本道が埋まったと聞いて、もう駄目かと……」


「一番急ぐのは、熱を出した子どもの家だ。案内してくれ!」


ワタルは真っ先にその家へ向かい、五度保冷を保ったままの解熱薬を母親に手渡した。ぐったりしていた子どもが薬を飲み、母親が泣きながら何度も頭を下げる。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


「礼は後だ。まだ五十七世帯あるからな」


ワタルは村の広場でグラン・キャビンを召喚した。巨大な車体が光の中から現れ、村人たちがどよめく。荷室から五十八世帯分の食料セットを下ろし、村の若者たちと手分けして、一軒ずつ回り始めた。


赤ちゃんのいる家には、食料と一緒に柔らかい保存食を。年寄りの一人暮らしの家には、玄関先ではなく、家の中の台所まで運び込む。足の悪い老人には、受け取りの判も、焦らせずにゆっくり待った。


『通算配送完了数:六十件』『七十件』『八十件』『九十件』


数字は静かに増え続けていった。


そして、五十七世帯目を終えたとき。


『通算配送完了数:九十九件』


ワタルの足が、止まった。


あと一件。あと一件で百件だ。マリン・キャリバーのクエストが、クリアになる。


その瞬間、脳裏によみがえったのは、前世の最後の夜だった。


あの夜も、雨が降っていた。あと一件で百五十件のクエストが終わる。もうすぐだ。早く終わらせたい。その焦りと一緒に、視界が白くなって――。


「……っ!」


ワタルは、深く息を吸った。違う。今の俺は、あの夜の俺じゃない。


最後の一軒は、村外れの坂の上にある、年寄りの家だった。雨で滑る坂道。ワタルは食料セットを抱え直し、足元を一歩ずつ確認しながら、ゆっくりと登った。急がない。焦らない。村人たちも、誰も声をかけずに見守っている。


玄関の扉が開き、老婆が顔を出した。


「まあ……こんな雨の中を、本当にありがとう」


「異世界デリバリーです。無事、お届けに上がりました」


受け取りの判をもらった、その瞬間だった。


【通算配送完了数:一〇〇件達成! 配達クエスト、クリア!】


ワタルは、小さく笑った。


「……今度は、越えられたな」


前世では届かなかった、あと一件。今世の俺は、無事に越えたんだ。


老婆は何も気づいていない。「まあ、体が濡れてるじゃないの。タオル、持ってくるからね」と、ゆっくり立ち上がる。


とはいえ、配達はまだ終わりではない。ギルドへ帰るまでが、配達だ。


ワタルは村人たちに別れを告げ、来た旧道を慎重に戻った。雨はまだ降っている。最後まで気を抜かず、無事にファルムへたどり着いたときには、街はすっかり夜になっていた。


冒険者ギルドの扉を開けると、エレナが駆け寄ってきた。


「ワタルさん! 無事だったんですね!」


「エレナさん、霧谷村、全五十八世帯、配送完了だ。確認頼む」


五十八枚の受領確認書を数え終えたエレナの手が、震えた。


「ぜ、全世帯……完了しています! 報酬は十二万G(120,000G)、金貨十二枚分です! そ、それに、ワタルさん、これを見てください!」


その瞬間、ワタルの視界に、眩いシステム表示が広がった。


【レベルアップ! Lv.12 → Lv.20!】

【新車両『マリン・キャリバー』、解放!】


「……ついに、来たか!」


ワタルは思わずギルドの外へ駆け出そうとした。今すぐ召喚したい。海も走れるという、あの新しい相棒の姿を、この目で見たい。


だが、外はもう真っ暗だった。


ワタルは、夜の街を見上げて、苦笑した。


あと少し。早く見たい。その気持ちを焦って事故ったのが、前世の俺だ。


「……よし。明日だ。明日、朝早く起きよう」


ワタルはそう自分に言い聞かせ、グラン・キャビンへと戻っていった。


新しい相棒との出会いは、朝日とともに始まる。


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