第8話 マリンキャリバーと、久しぶりの海釣り
雨上がりの港町ファルムの早朝。空はきれいに晴れ渡り、海は朝日を受けてキラキラと輝いていた。
グラン・キャビンの前で、ワタルは目覚ましよりも早く目を覚ましていた。
「……よし。今日だ。今日こそ、会えるんだな、新しい相棒に!」
港の広い一角に立ち、ワタルはドライバーズ・システムを操作した。
『新車両:マリン・キャリバー、召喚』
――ゴォォォンッ!
重厚な魔導エンジンの鼓動とともに、まばゆい光の粒子が収束していく。現れたのは、純白の船体に金色のラインが走る、高級感あふれる大型クルーザー――『マリン・キャリバー』だった!
「お、おおお……! 船だ……本物の船が、俺の相棒なのか……!」
朝の港にいた漁師や商人たちからも、どよめきが上がる。
船内へ足を踏み入れたワタルの口は、開いたまま閉じなくなった。
「……広っ!?」
外から見た船体の大きさでは、絶対にありえない広さだ。ゆったりとしたリビング、寝室、風呂まで完備。グラン・キャビンと同じく、空間が拡張されているのだ。
システムが説明を表示する。
『マリン・キャリバー:動力源は上級魔石(一般相場:1個30,000G)となります。1個につき走行可能距離は約800km。現在、初期燃料として上級魔石1個が装填されています』
「いち、1個3万Gの燃料かよ……! まあ、800km走れるなら、今日の釣りくらいじゃビクともしないな」
ワタルは、ついでにドライバーズ・システムの車両ツリーを開いてみた。
マリン・キャリバーの先に表示されていたのは、飛空艇だった。
『次期車両:飛空艇『スカイ・パレス』。解放条件:Lv.40、通算配送完了数400件』
「レベル40に、配達400件かよ……。今の俺はレベル20で、ちょうど100件。まだまだ先だな」
空を飛ぶ配達。想像しただけで、ワタルの口元が緩んだ。
「よし、目標は決まった。……まあ、まずは今日の休日を楽しむか」
キッチンも、グラン・キャビン以上に広かった。釣った魚をそのままさばける大きな調理台、魚専用の冷蔵庫まで備わっている。そして船尾のデッキには、備え付けの釣具セットがきちんと収納されていた。
「釣具まで標準装備とは……至れり尽くせりだな!」
ワタルは一人、沖へと船を出した。今日は休日。配達の荷物は、何も積んでいない。
自動操船でポイントに到着し、デッキに椅子を出す。釣具セットから竿を取り出し、仕掛けを準備する。
「さて、エサは……」
ワタルの手が、止まった。
「……エサ、ねえじゃん」
そりゃそうだ。今日召喚されたばかりの新しい船に、釣りの生エサが積んであるはずがない。
ワタルはキッチンへ戻り、棚を一つずつ開けて回った。
一つ目の棚には、缶詰やレトルト食品など、一応食べるものがきちんと準備されていた。システムの補充棚らしく、ECサイトAruzonで売っている日本の商品が並んでいる。
そして、違う扉を開けた瞬間だった。
「……おっ!」
そこはおつまみ系の棚だった。ナッツ、乾き物、そして奥に――。
「あたりめカムカム……! 俺の好きな、するめじゃねえか!!」
ワタルは、思わず手に取った。パッケージを開けて、一口かじる。噛めば噛むほど、旨味が広がる。
「うめぇ……やっぱりこれだよなあ」
だが、あたりめの塩味が舌に残ると、今度は喉が渇いてきた。こうなると、欲しくなるものは一つしかない。
「……ハイパードライ、飲みてえ」
この船には、自販機はなかった。その代わり、キッチンには大きな冷蔵庫がある。扉を開けると、中にはキンキンに冷えた缶ビール『ハイパードライ』が並んでいた。
システムの表示が浮かぶ。
『冷蔵庫在庫:ハイパードライ。棚と同様に、システムへ料金を支払うことで補充が可能です』
「冷蔵庫まで補充式かよ……! 至れり尽くせりだな!」
ワタルが缶を1本取り出すと、その分のスペースが空いたのが分かった。飲んだら、後で補充すればいい。
――プシュッ!!
一口飲んで、ワタルは大きく息を吐いた。
「くぅぅ……! あたりめとハイパードライ、休日はこれで完成だな」
だが次の瞬間、ワタルの目は、デッキの釣竿へと向いた。
エサがない。でも、ここに、魚が好みそうなイカの乾き物がある。
「……いやいや。待て待て。これはエサじゃない。俺のおつまみだ」
葛藤するワタルの視界に、システムの表示が浮かんだ。
『棚在庫:あたりめカムカム、残り1袋。システムへ300Gを支払うことで、補充が可能です。登録商品は変更も可能です』
「……補充、できるのかよ!!」
ワタルの顔が、パッと明るくなった。これなら遠慮はいらない。
「よし、決めた! 今日のおつまみは、エサに格上げだ!」
ワタルはあたりめを少しだけちぎり、釣り針に付けた。残りは大事に自分の横に置く。
「高級なエサだぞ。頼むから、大物かかってくれよ……」
竿を振り、仕掛けが海へと放たれた。
ワタルは椅子に座り、あたりめをかじりながら、ゆっくりと海を眺めた。
休日の釣りが、始まった。
ワタルは椅子に座り、あたりめをかじり、ハイパードライを飲みながら、のんびりと浮きを眺めていた。
急ぐ用事はない。届ける荷物もない。ただ、海と空と、自分の時間だけがある。
「……たまには、こういう日も悪くねえな」
一時間ほど経った頃、浮きが小さく沈んだ。
「来たか!?」
竿を上げると、釣れていたのは手のひらサイズの小魚だった。システムが表示する。
『魚種:青鱗イワシ。相場:50G。調理方法:丸焼き』
「……50Gかよ。エサのあたりめ、300Gだぞ」
ワタルは苦笑しながら、小魚を海へ返した。
「次だ次。大物はこれからだ」
あたりめをもう少しだけちぎり、針に付けて投げ直す。今度は、待つことしばらく。
海面が、静かだった。
――その時だった。
竿が、大きくしなった!
「おおっ!? 来た、来た来た来た!! でかい、これはでかいぞ!!」
リールが悲鳴を上げる。ワタルはデッキに踏ん張り、一人で大騒ぎしながら糸を巻いていく。魚も負けていない。右へ、左へと走り、竿が今にも折れそうに曲がる。
「くっ……! 休日の俺はな、配達の俺と同じでな、絶対に落とさないんだよ!!」
最後は釣具セットの大きなタモ網を構え、水面に跳ね上がった魚を一気にすくい上げた!
デッキに上がった魚は、90センチを超える大物だった。体はルビーのように赤く輝き、鱗が夕日に近い色でキラキラと光っている。
システムの表示が、眩しく広がった。
【魚種:紅玉魚『ルビー・スナッパー』。全長:92センチ。推奨調理方法:薄造り、または皮目の炙り焼き。一般相場:18,000G】
「い、18,000G……!?」
ワタルは、自分の横に置いたあたりめカムカムの袋を見た。
「あたりめ300Gで、18,000Gの魚……。お前、とんでもない仕事をしたな」
ワタルはさっそく、システムの推奨どおりに魚をさばいた。キッチンの大きな調理台で薄造りにし、半分は皮目を炙って焼き上げる。
デッキに戻り、夕日に染まり始めた海を眺めながら、一口食べる。
「……うめぇぇぇ!!」
身は甘く、炙った皮は香ばしい。ハイパードライをぐっと飲むと、休日の幸せが体中を駆け巡った。
残りの魚は、船の魚専用冷蔵庫へ。大事な釣果は、無駄にはしない。
腹が満たされたワタルは、リビングのソファで昼寝をした。いや、もう夕方に近い。船の揺れが心地よくて、目覚めたときには空が茜色に染まっていた。
「……そろそろ帰るか」
帰りは自動操船に任せ、ワタルはデッキから海を眺めていた。
遠くに、小さな島の灯りが見えた。
あの島にも、人が暮らしている。店も、病院も、陸ほど何でもあるわけじゃないだろう。荷物を待っている人が、きっとあそこにもいる。
「……次は、あそこに届けに行くのかもな」
港に戻ると、船をシステム空間へ収納したワタルのもとへ、ギルドからの伝令が届いた。
『明日、島への配達依頼あり。詳細はギルドにて』
ワタルは、海の向こうを見つめてニヤリと笑った。
「休日は今日で終わりか。……よし、明日は新しい相棒の初仕事だ!」




