第3話 街を揺るがす巨大魔導車
「うおおお……マジかよ……!」
重厚な電子ロック音とともに、シューッと静かに横にスライドしたドア。
一歩足を踏み入れた瞬間、ワタルは思わずヘルメットを抱えたまま立ち尽くした。
そこに広がっていたのは、異世界の殺風景な石造りの街並みとは完全に別世界の、洗練されたラグジュアリーな空間だった。
魔法の柔らかな温もりある明かりが、美しい木目調のインテリアと革張りのソファを優しく照らしている。天井の吹き出し口からは、快適な温度を保つ冷暖房エアコンの心地よい風が静かに漂っていた。
「な、なんだこの快適異次元空間は……!?
日本で住んでた築50年・六畳一間のボロアパートより10倍広いしオシャレじゃないか……!」
東京時代の家を思い出す。足の踏み場も狭く、エアコンの効きも悪い湿気った部屋。
だが、ここは違う。大人が二人横になっても余裕があるふかふかのダブルベッドに、万年床の煎餅布団とは比べものにならないクッション性。
向かいにはIH調理器風の魔導コンロや小型の魔導冷蔵庫が完備されたシステムキッチン。
「広ぇ……! それにクローゼットまであるぞ!」
クローゼットを開けてみると、そこにはふんわりと畳まれた清潔なバスタオルと、肌触りの良いシンプルなTシャツとスウェットがご丁寧に用意されていた。
「服とタオルまで付いてんのかよ! 至れり尽くせりにも程があるだろ……!」
さらにワタルを感涙させたのは、奥の水回りゾーンだった。
前世のアパートでは、トイレと風呂が一緒になった狭くてカビくさいユニットバスに悩まされていた。
だが、目の前にあるのは完全に独立した清潔な空間。
小さなドアを開けると、そこはピカピカに磨き上げられた洋式トイレ。
壁側の操作パネルには――見慣れた『ウォシュレット機能』のボタン!
「お前……ウォシュレットまで付いてやがるのか……!?」
異世界に落とされてから密かに危惧していた、衛生事情とトイレ問題。
ワタルの目から、ツッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ありがてぇ……! 清潔で温かいトイレが近くにあるのが、どれだけ人権に関わるか……!
これだけでも48万G払った価値があるぞ……!」
隣のドアを開けると、広々とした専用のシャワーブース。棚には清潔なボトルに入ったシャンプーとボディソープ。
そしてその横には、最新型のドラム式全自動魔導洗濯乾燥機まで鎮座していた!
「洗濯乾燥機まであるのかよ!?しかも洗剤自動投入の最新型!?脱いだ服を放り込んでおけば、寝てる間に洗って乾かしてくれるってことか……!?
異世界で洗濯板で手洗いとか絶望しなくていいんだな!?」
前世の狭くて不便な一人暮らしの部屋がアホらしく思えるほどの、完璧すぎるドリームハウス。
感無量で水回りを後にしたワタルの視界に、ふと壁際のスリムな筐体が映った。
100G(銅貨1枚)の投入口と、冷温のボタンがついた小型の車内自販機だ。そこに並んでいるラインナップを見た瞬間、ワタルの目が丸くなった。
『缶コーヒー のBOZZ』
『エナジードリンク BEASTカフェインMAX』
『炭酸飲料 ゴク・コーラ』
『缶ビール ハイパードライ』
『カップ焼きそば イッペイさん』
「ちょっと待て……!
BOZZだけじゃなくて、BEASTやゴク・コーラにハイパードライ、それにイッペイさんまで売ってんのか!奇跡のラインナップかよ!!」
ポケットから銅貨1枚を取り出し、吸い込まれるように投入口へ。
――ガラゴンッ。
取り出し口に転がり出てきたあたたかな感触。プルタブをパキッと開け、一気に口の中へ流し込んだ。
「くぅぅ〜〜っ!! これだよ、これ!!
芳醇な香りと絶妙な甘さ……異世界で温かいBOZZが飲めるなんて、天国かよ!!」
ふかふかの革張りソファに深く腰掛け、温かいBOZZをちびちびと味わいながら、ワタルは『ドライバーズ・システム』の半透明ウィンドウを展開させた。
「ふぅ……さて、車両ツリーの確認をしておきますか」
現在解放されているのは、この動く拠点『グラン・キャビン』と、相棒の『スクート・アルファ』。
その先にある、次回解放予定の車両アイコンをタップする。
『【水上移動型】魔導クルーザー(マリン・キャリバー)』
『解放条件:Driver Lv.20 & 配達通算100件完了』
「次は水の上を走れるクルーザーか! 陸だけじゃなく、川や海まで配れるようになるなんて、マジで仕事と夢が広がるな……。だが、Lv.20に100件配達か。今のレベルは10、実績はまだ2件。先は長そうだ」
続いて、車内のエネルギー管理画面をチェックする。
『グラン・キャビン燃料消耗率:中級魔石(1個1,000G)につき走行可能距離
約500km(※エアコン、ウォシュレット、自販機等の車内生活魔力を含む)』
「なるほどな……」
ワタルはプロの顔つきになり、頭の中で素早く電卓を弾いた。
「スクート・アルファが100Gの低級魔石1個で10,000km走る化け物燃費だったからな。それに比べりゃ燃費は落ちる。車体が重い上に、エアコンやウォシュレット、洗濯機みたいな生活設備にも魔力を使うから当然か」
だが、1,000G(約1,000円)で500km走れて、宿代も浮くと思えばコスパは破格と言っていい。
「とはいえ、無駄遣いは厳禁だ。基本の街中や近場の配達は燃費最強のバイクで行く。雨の日や夜間の移動、長距離の走破、休憩や寝泊まりの時にこのグラン・キャビンを使う……この使い分けが一番賢いな」
「はあぁぁ……」
BOZZを飲み干したワタルは、ソファの背もたれに深く頭を預けた。
身体の底から、重い疲労感がどっと押し寄せてくる。
「よく考えたら……今日トラックにはねられて異世界に来たんだよな、俺……」
今朝、雨の東京でトラックにはねられて死んだ。
気づけば異世界でスクート・アルファに乗り、薬膳スープを届け、冒険者ギルドに登録し、そのまま地下迷宮の第10階層までケーキを出前して、500,000Gを稼いでDランクに跳ね上がり、キャンピングカーを買い叩いた。
「怒涛すぎるだろ……濃密すぎて1年分くらい疲れたぞ……」
ワタルは苦笑いしながら脱衣所へ向かうと、今日1日泥と汗にまみれた配達服と下着を脱ぎ捨て、そのままドラム式洗濯乾燥機のドラムへぽいぽいと放り込んでスイッチを入れた。
『ウィーン……(全自動洗濯〜乾燥モード開始)』
「頼んだぞ。よし、次は俺の番だ」
シャワーブースに入り、用意されていたシャンプーとボディソープで汚れを綺麗に洗い流す。
クローゼットのふんわりタオルで体を拭き、肌触りのいいTシャツとスウェットに着替えてベッドへ歩み寄ると、そのままダイブした。
「ふはぁ……東京のアパートより100倍安らげる城があるなんて……最高だな……」
吸い込まれるようなふかふかの枕に顔を埋めると、ワタルの意識は一瞬で深い深い闇へと落ちていった。
翌朝。
――「おい見ろよこれ! なんだこの巨大な白い箱は……!?」
――「魔法道具か!? 一夜にして急に姿を現したぞ!」
――「おい、例の10階層から無傷で帰ってきた配達員のオッサン、ここにいるのか……!?」
「んん……」
車外から聞こえてくる、大勢の人々のガヤガヤとした喧噪と怒号のような歓声。
ふかふかの枕からゆっくりと顔を上げたワタルは、寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした。
目を覚まして最初に感じたのは、驚くほどの体の軽さだった。
ダンジョンを疾走した疲れも、怒涛の転生初日の緊張も、魔法のエアコンが効いた空間での快適な睡眠によって完璧に吹き飛んでいた。
「ふぁぁあ……よく寝た……。ドラム式洗濯機は……っと」
脱衣所に目をやると、魔導洗濯乾燥機はすっかり静まり返っていた。
丸い扉を開けると、そこにはふんわりと温かく、香ばしいお日様のような匂いのするフカフカの配達服と下着が完璧に仕上がっていた。
「マジで乾いてやがる……。完璧だ」
清潔な服に着替え、運転席横のコントロールパネルへ向かう。
車外監視モニター(魔法の外部カメラ)を起動すると、液晶画面いっぱいに人垣が映し出された。
グラン・キャビンを遠巻きに囲む、数十人もの町人や冒険者たち。
その最前列には、ギルド受付のエレナや、昨日ワタルを嘲笑していた冒険者たちが、口をぽかんと開けて見上げる姿があった。
「朝から大騒ぎだな……。まあ、こんなデカいキャンピングカーが街の外にドーンと現れたら当然か」
ワタルは苦笑いすると、車内自販機に銅貨を放り込み、ガタコンと落ちてきたあたたかい『BOZZ』をキャッチした。
プシュッと軽快な音を立てて缶を開け、ひと口煽る。
「よし……今日もひと仕事、行きますか!」
――シューッ。
重厚な電子ロック音とともに、グラン・キャビンの大型扉が静かに開いた。
缶コーヒーを片手に、ドアからひょっこりと姿を現したワタル。
その瞬間、集まっていた群衆から「出たぞ!」「あのオッサンだ!」と地鳴りのような歓声が上がった。
「お、おはようエレナさん。朝から凄い人だね」
「お、おはようじゃないですよワタルさん!!」
人垣をかき分けて駆け寄ってきたエレナが、目を丸くして叫ぶ。
「な、なんですかこの巨大で綺麗な魔導具は!? まさか、昨日の50万Gで買ったんですか!?」
「ああ、俺の動く拠点……『グラン・キャビン』だ。ここで寝泊まりもできるし、長距離の移動も快適にこなせるスグレモノさ」
ワタルが誇らしげに答えると、周りの冒険者たちが「寝泊まりできる魔導具だと!?」「どんだけ規格外なんだよあのデリバリー屋……!」とざわめいた。
「ハァ……本当にワタルさんには驚かされっぱなしです」
エレナは深くため息をつくと、手にした皮の書類挟みをワタルへ差し出した。
「ですが、タイミングとしては最高です!
実は今朝一番で、ワタルさんを指名する『長距離配送』の依頼がギルドに舞い込んだんです!」
「俺指名の長距離配送?」
「はい! この街から東へ大きく離れた砂漠の街『交易都市オアシス』の商人からでして、交易都市オアシスの領主の結婚式用「幻の鮮魚」&「極上の生花」報酬:200,000Gです。街道沿いは魔物も多く、通常の馬車だと数日かかる道のりでして、オアシスに着く頃には傷みきってしまいます……! ダンジョン10階層を即日読破したワタルさんの噂を聞きつけて、ぜひにと頼まれました」
「なるほどな……」
ワタルはBOZZを飲み干すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「長距離の移動なら、まさにこのグラン・キャビンの独壇場だ。街の中や狭い路地ならバイクだが、遠出ならこれ以上の相棒はいないからな」
「受けていただけますか!?」
「もちろんだ。長距離だろうが俺の仕事だからな。」
エレナの足元には、薄っすらと白い冷気が漏れる厳重な『二つの木箱』。
ワタルはグラン・キャビンの側面にある大型ハッチをポンと叩く。 重厚な音とともに、シューッと音を立てて大型の『絶対空間の配達鞄』が開く。
「普通の木箱のままじゃ砂漠の熱気と揺れで一発アウトだな。……よし、ここに木箱ごと格納する。この中だと鮮魚だろうが痛むことはないからな!あ、それと今回はバイクは使わないな。」
ワタルはシステムウィンドウを展開し、視界の『スクート・アルファ』の項目を操作した。
『車両:スクート・アルファ → システムへ送還(収納)』
――フワッ。
横に停めてあった純白の魔導バイクが、眩しい光の粒子となって消え去り、システムへと格納される。
それを見たエレナや冒険者たちが「なっ!?消えた!?」「魔法空間に収納したのか!?」と再び腰を抜かした。
「現地に着いたらまた出せばいいからな。よし、じゃあ行ってくるよ!」
ワタルはグラン・キャビンの運転席に乗り込むと、重厚な革張りシートに深く身体を預けた。
スタートボタンを押し込む。
――ドォォォンッ……!!
地の底から響くような重厚で滑らかな魔導エンジンの鼓動が鳴り響き、ヘッドライトが眩い光を街道へと放った。
「よし……安全第一、法定速度(?)で出発進行!」
見物客たちの割れんばかりの歓声と手を振るエレナに見送られながら、見上げるほど巨大な純白とブルーの大型キャンピングカーが、堂々と走り出した。
朝日に照らされた広大な異世界の大地。
どこまでも続く道を見つめながら、ワタルは力強くハンドルを握りしめるのだった。




