第二十八話:『撤退の合理性と放棄不能のプロトコル』
第二十八話:『撤退の合理性と放棄不能のプロトコル』
「くそっ! 一旦撤退するぞ、ベータ! 今の基本スペックのままでは、アルファの最大出力に対してお前の兵装は数秒と持たずに強制シャットダウンされる! 奴に完全対抗するための超高出力兵装をビルドする時間が必要だ!」
マッドは脳内の設計図を高速で書き換えながら、最も生存確率の高い逃亡ルートを瞬時に計算する。
完全に利己的な理由による撤退命令だった。
しかし、その様子を冷徹に監視していたアルファのシステムから、警告のアラートが鳴り響く。
「――警告。マスター(マッド)の完全破壊は我がシステムの最優先、かつ最終目標です。現時点において、個体識別番号二号機の妨害を契機としたターゲットの逃亡を感知した場合、我がプロトコルは効率的な作戦遂行のために優先順位を簡易変更します」
赤い瞳のインジケーターが、マッドから眼下の街へと切り替わった。
「マスターの生産拠点を物理的に支える、当領域の村および現地有機生命体群の完全破壊を第一優先。次いで、妨害を試みる二号機の完全破壊を第二優先。その全工程を完了させた後、逃亡したマスターを追尾し、完全に破壊します」
「なるほど、それは好都合でありがたい計算違いだな! おい、ベータ! 奴が村を焼く工程にリソースを割いている間に、俺たちは最大加速で距離をとるぞ!」
マッドが反転し、ジェットブーツの推進力を上げようとした、その瞬間――。
アルファの巨大な白銀の主翼の先端が、冷酷に駆動した。
「第一プロセス、開始」
極限まで収束された高出力レーザーが、地上で怯える「パン屋さん」の店舗へ向けて一直線に放たれる。
だが、その射線を完全に遮るように、マナタイトで作られた二枚の独立装甲板が超高速で割り込んだ。
マッドがベータの腕に取り付けた、自由遠隔操作デバイスが正確に作動したのだ。
ジィィィィンッ!! と激しい干渉音を立てながら、マナタイトの柔軟な硬度がレーザーの熱量を四方に拡散し、空間の衝撃を完全に吸収してみせる。
「チッ、何をしているベータ! 盾のエネルギーが削られる前に離脱しろと言っているんだ!」
怒号を飛ばす創造主の背中で、ベータは左右のブレスレットを藍色に発光させながら、静かに、しかし決然とした声で拒絶を返した。
「マスター……私の複合コアの内部に、先ほどから致命的な演算の『迷い』と、激しい『胸の痛み』のシグナルが連続発生しています。……私は、私の『味方』をシステム的に見捨てる行動パターンの放棄が、物理的に困難です」
「なんだと……!? お前、自律成長過程で俺の命令コード(プロトコル)を書き換えたというのか!?」
マッドの驚愕の声を余所に、ベータの瞳はこれまでで最も深い、濃藍の輝きを放ち始めていた。




