第十五話:『気化燃料の相転移と海岸線の殲滅』
第十五話:『気化燃料の相転移と海岸線の殲滅』
東の海岸沿いに堅牢な軍事拠点を構える、水の化身――魔王軍四天王・ブルーは、その女性らしいシルエットを持つ水の身体を激しく震わせていた。
数百年もの間、人類に対して圧倒的優勢を誇ってきた魔族の歴史において、絶対にあり得ない悲報が立て続けに舞い込んできたからだ。
二時間前に届いたイグニスの敗北、そしてわずか一時間前に届いたガイアの敗北。
「……ありえない。ありえないわ! ついに神が人類に味方をしたというの!?」
波飛沫が吹き付ける作戦室で、四天王ブルーの怒号が響き渡る。
一方、そのはるか上空。
雲を割って飛行するマッドは、冷徹な目で地上の拠点を見下ろしていた。
「演算装置の処理容量に関する問題の解決策が見えた以上、これまでに作ったような化石燃料もどきはこれ以上ストックしておく必要がないな。倉庫の肥やしにするくらいなら、ここで一気に効率よく消費しようじゃないか」
東の海岸沿いにある魔族の軍事拠点は、目当てと思われる洞窟からやや離れた位置にある。
わざわざ地上に降りて一つずつ片付けるのは時間の無駄だった。
ならばと、マッドは拠点の周囲を高速で旋回し始める。
彼の背中には、あらかじめ上空で転送を完了させておいた巨大な保管用タンクが背負われていた。
内部には、遠心式スリット状の『霧化ノズル』が組み込まれている。
マッドが飛行した軌跡の直後から、大量の植物性ガソリンが噴射された。
液体が地上に落ちるまでのわずか数秒の間に、それは液体から「目に見えない狂暴な可燃性ガス」へと一瞬で相転移(蒸発)していく。
空から液体が降ってくるのではない。
ただ、上空から「ツンとした、頭の痛くなるような鋭い松脂とガソリンの匂い」だけが、突如として砂浜へ降りてくるのだ。
高揮発性の液体が急速に蒸発してガスに変わる際、周囲の熱を奪いながら空気の密度を激しく乱す。
地上の魔族たちの周りの空気が、まるで真夏の陽炎のようにユラユラと、蜃気楼のごとく歪み始めた。
「な、なんだこの臭いは……っ! カハッ、ゲホッ!?」
吸い込んだ瞬間に肺の粘膜を化学的に焼かれ、魔族の兵士たちが激しく咳き込んでその場に崩れ落ちていく。
その光景を冷淡に見下ろしながら、マッドは手元で一本のマッチに火を灯し、無造作に下へと落とした。
「お前らは毎回、俺の採取作業の邪魔をする。最初からいない方が、採取効率が極めて高いことは明白だ」
直後、落下した火花が地上に充満した超高濃度ガスに触れた。
――ズ、ドンッ!!!
鼓膜を破壊するような衝撃波と、天を突く紅蓮の爆炎。
一キロ四方に存在したすべての生命体は、その咆哮を上げる暇さえ与えられず、一瞬にしてその命を物質ごと消滅させられたのだった。




