第十話:『四天王の熱量と吸熱反応』
第十話:『四天王の熱量と吸熱反応』
不思議な洞窟の奥へ進むほど、壁面に剥き出しになった希少な鉱物の輝きがその密度を増していく。
マッドは最奥の道にまだ見ぬ未知の素材がある予感に、技術者としての純粋な期待を感じていた。
しかし、背後から猛烈な勢いで走ってきて、彼の進路を遮った影があった。
「貴様ァ! 俺の部下によくもあんな酷い仕打ちを! 勇者か!? 四天王のイグニス様を舐めるなよ!」
地鳴りのような声を上げたのは、圧倒的な巨躯を誇る魔族だった。
男が吼えると同時に、その体中からめらめらと禍々しい炎が噴き出す。
炎は翼の形を成し、頭部には燃え盛る角が生え、男はさらに一回り巨大な炎の魔神へと姿を変えた。
洞窟内の温度が急激に上昇し、周囲の岩肌が赤く熱を帯び始める。
だが、マッドは眉一つ動かさず、その端正な顔で心底退屈そうに呟いた。
「フレイムヒーローとは前世でとっくに戦ったんだ。お前のような古典的な熱エネルギー生命体のデータはもう必要ない。対策はとうに完了している」
マッドは白衣のポケットから、前世の組織でも使用していた小型の手留弾を無造作に放り投げた。
その内部には、化学合成によって精製された「水酸化バリウム」と「硝酸アンモニウム」が、それぞれ独立したガラス容器に密閉されて充填されている。
手留弾が巨大な魔神の胸元に衝突した瞬間、内部のガラスが粉砕され、二つの薬品が強引に混ざり合った。
――瞬間。
轟音も爆発もなかった。
ただ、二つの物質が混合した刹那、周囲に存在する「燃焼熱」を凄まじい勢いで吸い尽くしながら、強烈な吸熱反応が引き起こされた。
イグニスが身にまとっていた傲然たる劫火は、一瞬にしてその熱量を奪われて消失。
熱源を失った燃料の温度は発火点を遥かに下回り、絶対零度に近いマイナスへと一気に急降下した。
「な……が、あ……」
炎の四天王と呼ばれた男は、反撃の暇さえ与えられず、全身を真っ白に凍りつかせたまま絶命した。
後方に控えていた魔族たちが、その異常な光景に血の気を引かせる。
「イ、イグニス様がやられたぞ!」
「化け物だ! 逃げろ!」
悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく魔族たち。
マッドは彼らには一瞥もくれず、凍りついた四天王の死体を踏み越えた。
その視線は、洞窟の最奥で怪しく光る未知の素材――最高傑作二号の『核』となり得る物質へと注がれており、彼の狂気の胸はかつてない高揚感に満たされていた。




