真実の前の原初の一週間
【章のあらすじ】
皇帝は息子たちと地球を監視する勅令を下し、皇妃たちはその結果を固唾を飲んで待ちわびる。
天王星の宮殿全土で、時が止まった。
皇帝は、地球を丸一週間、徹底的に監視する絶対的な勅令を下した。
何十万機ものナノサイズの無人偵察機が放たれ……。
遥か彼方から、青き星を監視し始めたのだ。
皇妃たちの間には、己の息子たちの運命を決する、強烈な緊張と恐怖の嵐が吹き荒れていた。
——ドゴォォォン!
「一、二、三、四ッ!」
裸足のロキシーが、サンドバッグを力任せに蹴りつけていた。
絶え間なく続く連撃。
全身から汗が吹き出し、鬱屈とした怒りと緊張を乗せた蹴りを放つたびに、彼女の胸は激しく上下する。
鍛錬を終えると、彼女はピタリと動きを止めた。
その真紅の瞳で、虚空を睨みつける……。
「罪のねぇ奴まで殺すんじゃねぇぞ、エリス……ッ!」
——
アラビアの豪奢なドレスを纏ったレイラは、極めて優雅な動作でティーポットを傾けていた。
磁器のカップから立ち昇る湯気に、虚構の幻影を見出そうとするかのように、じっと目を細める。
表面上は完璧なまでに静穏。
しかし……ポットを握る彼女の指先は、ほんの一ミリだけ小刻みに震えていた。
濃密な香の煙に溶け込むような、微かな囁きが漏れる。
「マリク……」
——
——ガチャン! ガチャン!
宮殿の執務室に、無機質なスタンプの音が響き渡る。
一枚、また一枚。
ヴェロニカは常軌を逸した速度で書類に署名し、承認印を押し続けていた。
誰にも踏み込めないほどの絶対的な厳格さ。
だが……彼女の額から一滴の冷や汗が滑り落ち、眼鏡のフレームで止まった。
僅かに震える指で眼鏡を押し上げ、絶望にも似た思いで歯を食いしばる。
「陛下の御前で、私の顔に泥を塗るような真似はしないでくださいね……シーザ」
——
——ビキッ。
静寂に包まれた鍛錬場で、装甲を纏った訓練用ダミーの上半身が、斜めに滑り落ちた。
遠くから聞こえてくる重い足音。
それは、心の底で煮えたぎる怒りを抑え込む、武士の歩み。
——チャキン。
カオリは、抜き放っていた刀をゆっくりと鞘に収めた。
薄暗い天井へと顔を上げる。
その瞳には、深い悲哀と、重圧の色が宿っていた。
「リュウよ……結果がどうであれ……」
カオリは目を閉じ、再び柄に手をかけた。
数秒の瞬き。
次の瞬間、周囲にあった全ての訓練用ダミーが、四等分、あるいは真っ二つに両断されて崩れ落ちた。
「拙者がこの両手で護り抜いた名誉を、汚さぬことを祈るばかりでござる……」
——
——ペチャッ。
白装の画廊(白衣の展示室)。
カミールは、純白の壁をどろりとした油絵の具で覆い尽くしていく。
彼女は素手で、支離滅裂な軌跡を描きながら壁を汚し続けていた。
ふふっ、と狂気を孕んだ笑い声。
ピタリと動きを止めると、赤く染まった親指を顎に当て、嬉しそうに首を傾げた。
「あぁ……今頃あなたは何を描いているのかしら、私のリリス……?」
——
——ガシャァァン!
イザベラの部屋の分厚い木製ドアに、最高級のコーヒーカップが叩きつけられ、粉々に砕け散った。
熱い液体が四方八方に飛び散る。
彼女は怒りに肩で息をしていた。
その瞳には、底知れぬ漆黒の星がギラギラと輝いている。
完璧なアイドルの仮面を脱ぎ捨て、激昂に身を任せて絶叫した。
「この強欲クソ野郎のダンテッ! アタシの息子だからよく分かってんのよ! その下品な金と女への執着で、皇帝陛下の御前でアタシの顔に泥を塗る気でしょォッ!?」
——
——ピピッ。
イヴ (イヴィー)の私室には、何百もの青きホログラムモニターが浮かんでいた。
イヴ (イヴィー)は足を組み、冷徹な玉座のような椅子に腰掛けていた。
流れるデータの光が、彼女の眼鏡のレンズに無機質に反射する。
(ヴィクター……)
彼女は極めて論理的な、冷たい微笑を浮かべた。
「私の息子よ……あなたのプログラミングと研究能力を拝見するのが楽しみです。完全無欠以外の結果など、期待していませんよ」
——
新築された第九皇妃の宮。
オリアは、ふかふかのベッドに身を横たえていた。
震える両手を自身の子宮の辺りにそっと添え、頬を温かい涙が伝い落ちていく。
「アルタイル……私の、アルタイル……」
目を閉じると、あの傷だらけのミライ・アルタイルの姿が脳裏に浮かび、更に涙が溢れ出した。
「私は分かっていますわ……あの傷だらけの殿方が、本当にあなたなのだと……嘘などついていないと……」
祈り、救いを求めるように、震える声で囁く。
「あなたは私の希望ですわ、アルタイル……どうか、嘘つきにならないで……」
——
——サワサワ。
セリーヌの私室では、木々の葉擦れが、どこか物悲しい旋律を奏でていた。
彼女は専用のツリーハウスに座り、天王星の空に浮かぶ、淡い青の点を見つめていた。
両手を胸元でぎゅっと組む。
「シラス……」
震える心で、彼女はひたすらに祈るように呟いた。
「教えて……今、あなたは一体どこにいるの? そこで……何をしてしまっているのですか……?」
——
——ゴゴゴゴ。
皇帝は、漆黒の玉座に深く腰を掛け、手の甲に顎を乗せていた。
空間そのものを圧殺するような覇気を放ちながら、これから起こる事象について冷徹に思考を巡らせる。
(さて……我が権威を汚すような愚行が明白となった場合、今すぐ息子どもを処刑べきか? それとも、この腐敗をいかにして飼い慣らしてやろうか……?)
——
そして、宮殿の地下最深部。あの凍てつくような牢獄。
ミライ・アルタイルは、完全な暗闇の中で孤独に座り込んでいた。
白目のない漆黒の双眸で、ただ冷たい石の床を虚ろに見つめている。
過ぎ去りし日々を思い、そして……もし自らの予言が証明されなければ、己の命が終わるであろう絶望の未来を反芻していた。
——
——ギィィィ。
重々しい扉がゆっくりと開く。
丸一週間が経過した。
帝国の大円卓会議室。
巨大な楕円形のテーブルを囲むように、全員が着席している。
その席順に変化はない。中央には皇帝。そして九人の皇妃たちが己の席に座っている。
唯一不在なのは、ミライ・アルタイルだけだ。
そしてテーブルのど真ん中では、小さな猫の姿に丸まったニクシアが、周囲の事態など全く気にも留めず、怠惰な寝息を立てていた。
しかし……その場にいる者たちの顔色は、鉛のように黒く沈み、歪んでいた。
異常なまでの険悪な空気。
皇妃たちは、目玉が飛び出しそうなほどの衝撃を受け、荒い息を吐いている。
隠されていた真実が、今、彼女たちの眼前に暴かれたのだ。
一同は絶句していた。
ナノサイズの眼が捉えた、地球におけるあまりにも凄惨で凶悪な犯罪の数々に——。
【作者ノート】
皆様、お読みいただきありがとうございます!
果たして、全員の目の前に暴かれた「悪」とは一体どのようなものだったのでしょうか? そして、どの息子が最も極悪非道な真似をしていたと思いますか?
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