未来の暴君たち(第三部)
【章のあらすじ:ミライ・アルタイルは、残る四人の兄弟たちの真実と、彼らが犯したおぞましい凶行の数々を曝け出す】
「サイラス……ッ」
アルタイルはその名を、まるで毒を吐き出すかのように口にした。
ゴホッ、ゲホッ……!
掠れた声で咳き込む。
彼の虚ろな瞳には、二つの色だけが焼き付いていた。
鮮やかな草木の『緑』と——ぬかるむような血の『赤』だ。
「セリーンの息子である、サイラス兄さんは……最初から他の兄弟たちのように権力に飢えていたわけじゃなかった……」
「彼は黒き大陸……アフリカへと向かった。そこで、人類が美しい自然に何をしたのかを、その目で見たんだ」
「森は焼かれ、人間の強欲のせいで生き物たちが次々と虐殺され、絶滅していくのを……」
「信じられるか……父上? あの優しかったサイラス兄さんは、その惨状に耐えきれず、膝から崩れ落ちて……泣いたんだ」
「切り倒された一本の木のために……死にゆく一匹の希少な獣のために、本気で、声を上げて泣き叫んだんだよ……ッ!」
ギリッ……。
アルタイルの喉の奥で、言葉が詰まる。
震える瞳が、ゆっくりと皇帝へと向けられた。
「兄さんは何日も何日も、子供のように泣き続けた……そして、考え抜き、ついに決断を下したんだ」
「自然を守るためには、『人類』を駆逐しなければならない、と」
ゾワァァァァッ……!
「サイラス兄さんは、熱帯アフリカの森と同化した。その根を大地の底深くへと張り巡らせ……彼自身が森となり、森が彼自身となった」
「そして、帝国の国境沿いにいる人間たちの『駆除』を始めたんだ……」
ゴクリ、と。
アルタイルはひどく乾いた喉を鳴らした。
「強欲な密猟者も、腐敗した政治家も、無垢な子供でさえも……兄さんにとっては同じだった」
「彼の目には、帝国に住むすべての人間が、世界から排除すべき『寄生虫』にしか見えなかったんだ」
「森の根と獣たちは、大陸の北側を除く、すべての人々を喰らい尽くした……!」
「ただ己の植物と動物を守るためだけに、狂気に飲まれ、殺して、殺して、殺し尽くした……!」
「数年のうちに、五億人以上の人間が……完全に虐殺された」
「そうしてアフリカは、無数の罪なき死体の上に成り立つ、狂気の『緑の楽園』と化したんだ……」
——ゾクッ。
アルタイルの声色が、変わる。
まるで、凍てつくような極寒の冷気が尋問室に忍び込んだかのようだった。
「イヴの息子、ヴィクター兄さんは……他の兄弟たちのように、愚かな戦争で直接その手を汚すような真似はしなかった」
「自身の研究データと機材をすべて持ち出し、世界の果て……極寒の南極大陸へと完全に引きこもったんだ」
「氷と、無数のペンギンの群れに囲まれた場所に、彼だけの孤立した科学帝国を築き上げた」
「リュウ兄さんと部分的な同盟を結び、アジアの軍事費を賄うために自身の兵器技術を一部提供していた……ただ、自分の研究室を誰にも邪魔させないという条件で」
ニチャァ……。
突然、アルタイルの唇が歪む。
この絶望的な状況にはおよそ似つかわしくない、底知れぬ狂気を孕んだ笑み。
「ある時、ヴィクター兄さんは一羽の哀れなペンギンに遺伝子操作を施した……」
「すると、そのペンギンは独自の自我を獲得し、創造主である兄さんに反逆したんだ。二本の足で立ち上がり、自らを人間の名……『龍・エヌマ』と名乗った」
「そのペンギンはヴィクター兄さんの顔に向かって叫んだよ。『俺はこの氷の地を去り、偉大な作家になる!』ってね」
「ヴィクター兄さんがどうしたと思う……? 彼は腹を抱えて大爆笑し、仰向けに倒れ込んだ。そして、猛吹雪の中へペンギンが逃げていくのを、ただ笑って見過ごしたんだ……」
「群れから離れたそのペンギンは、執筆活動に専念すると言い残し、たった一羽で雪山へと歩き去っていったよ……ハハハ……ッ」
ピタッ。
狂ったような笑い声が、唐突に止む。
その顔から一切の感情が抜け落ち、純粋な『恐怖』だけが張り付いた。
ガタガタガタッ……!
アルタイルの全身が激しく痙攣し始める。次なる名を口にするだけで、彼の魂が悲鳴を上げていた。
「ロキシーの息子……エリス……ッ」
「奴は……俺たちの中で最も狂っていて、最も血に飢えた野獣だ……!」
「エリスはヨーロッパの西部と北部を支配下においた。力と、炎と、血による絶対統治……」
「奴の暴虐には何の理由もなかった。ただ日を追うごとに、その凶行はエスカレートしていった」
「ある夜……奴はただ……『退屈だったから』という理由だけで……大都市を丸ごと一つ、焼き払ったんだ」
「百万人の人間が住む都市を……だぞ……?」
「人々が生きたまま焼き尽くされるのを、奴はただ傍観していた……その断末魔の悲鳴を、まるで優雅な交響曲でも聴くかのように楽しみながら……」
「その手で、生肉を喰らいながら……ッ!」
——
「……マリクはどうした?」
皇帝が静かに問う。
だがその声の底には、今にも爆発しそうな圧倒的な嵐が渦巻いていた。
アルタイルは両目を大きく見開き、震える声で答える。
「マリク……中東、北アフリカ、そしてインドからシンド地方に至るまでを支配した皇帝……」
「奴は、母親であるレイラと同じく……完全に『影』だった……亡霊そのものだったんだ」
「誰も奴の姿を見た者はいない。俺たちの中で最も狡猾で……圧倒的に危険な存在だった……!」
スゥゥゥゥ……。
アルタイルは深く息を吸い込む。見えざる蜘蛛の巣の恐怖を思い出し、顔面を蒼白にしながら。
「奴の謀略は次元が違った。俺たちが互いの喉を掻き切るべく殺し合っている最中……」
「マリクだけが、血みどろの敵対関係にありながら、すべての兄弟との間に秘密の通信経路を維持していたんだ」
「シーザの耳元で囁き、ダンテに機密情報を漏洩させ、リュウに資金を援助し、エリスを挑発する……」
「まるで誰も干渉できない幕の裏側から、世界全体を操り人形の舞台として弄ぶ……本物の悪魔だった」
——
アルタイルは力なく首を垂れた。
擦り切れた瞳から、一筋の涙が頬を伝い落ちる。
「……これが、結末だよ。父上……」
「強欲が、すべてを喰らい尽くしたんだ。数年後、兄弟たちは父上に牙を剥き……結託してあなたを殺した」
「美しかった地球を粉々に打ち砕き、そこにあるすべての命を終わらせた」
「生き残ったわずかな人類がどうなったか……? 奴らは人間性を完全に剥奪された」
「徹底的な洗脳。感情も意志も奪われ、ただ無慈悲に、何も考えずに殺戮を繰り返す……単なる忠誠の『道具』へと成り果てたんだ」
アルタイルは自らの両手を持ち上げ、底知れぬ自己嫌悪とともに見つめた。
「俺は……? 俺は八人の兄弟たちの中で、ただ一人の『失敗作』だった」
「地球の土地を、一寸たりとも奪えなかった……ただ、弱かったから」
「その罰は? 父上……あなたが俺に罰を下したんだ」
「俺は月へと追放された……。役立たずの失敗作として、たった一人、冷たい真空の中で腐り果てるためにな……ッ!」
沈黙。
尋問室を、重く、息苦しいほどの静寂が支配する。
ジー……という微かな照明のノイズと、アルタイルの荒い息遣いだけが響いていた。
皇帝は玉座に腰を下ろしたまま、瞬き一つしない。
その圧倒的な破滅の規模を、静かに飲み込んでいた。
己の血を分けた子供たちが、世界を切り裂き、互いを殺し合ったという事実。
そして何より——自分自身が、この息子を月へと追放したという事実を。
——その時。
ヒッ……アッ……ウゥゥゥッ……!!
突然、アルタイルの胸の奥底から込み上げるような、凄惨な嗚咽が静寂を打ち砕いた。
彼の体が崩れ落ちる。まるで、肉体から魂そのものが引き剥がされているかのように。
「俺は……月への追放が、俺に起こり得る最悪の出来事だと思っていた……」
絶望と激痛で、切れ切れになる声。
「でも……奴らは集結して父上を殺した後……地球だけでは満足しなかった……!」
「奴らは、俺のところへ来たんだ。月へと……上ってきたんだよ……ッ!」
ビクンッ、ビクンッ!
アルタイルの身体が激しく痙攣する。
その瞳は宙を虚ろに彷徨い、まるで『その瞬間』を再び生き直しているかのようだった。
「奴らは俺の隠れ家を急襲し……俺を捕らえ……そして、十字架に磔にした……!」
滝のように涙を流しながら、アルタイルは絶叫した。
「それでも奴らは俺を殺さなかった! 俺の心を完全にへし折るためだ……ッ!」
「奴らは連れてきた……俺の母上を……オリア母上を……ッ!!」
ピクッ。
完全に崩壊していく息子を前にして、皇帝の瞳孔が僅かに拡大した。
「奴らは……母上の服を剥ぎ取った……完全に……ッ!」
アルタイルは、己の喉が裂けんばかりの悲鳴を上げた。
「俺の目の前で、巨大な十字架に母上を吊るし上げたんだ!」
「そして……そして奴らは、無防備な母上の身体に、次々と槍を突き刺し始めたんだよぉぉぉッ!」
「一本……また一本と! 何十本もの槍が母上の肉を貫き、四肢を切り裂き……母上が絶叫しながら俺を見つめているのに……ッ!」
「磔にされた俺は何もできず、ただ凍りついた床が母上の血で真っ赤に染まっていくのを見ていることしかできなかった……!!」
「奴らはただの娯楽のために……俺に最大の屈辱を与えるためだけに……母上を、この世で最も残酷な方法で殺したんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
アルタイルの言葉は、そこで途絶えた。
あとはただ、尋問室全体を揺るがすほどの、魂を削るような号泣だけが響き渡る。
尋問室の外——。
その絶叫を、通信越しに妻たちが聞いていた。
オリアは……未来の我が子の血を吐くような慟哭に、完全に心を引き裂かれていた。
その瞬間。
ミライ・アルタイルの絶叫と嗚咽が木霊する中、皇帝はただ一人、沈黙を保っていた。
だが、その凪いだ瞳の奥底。
彼の魂の最も深い暗淵にて——かつてないほどに巨大な『漆黒の炎』が燃え上がっていた。
(……この落とし前は、余が必ずつけさせてやる)
アルタイルのすべての告白を受け取った今。
次なる一手として、果たして何を為すべきか。皇帝の思考は、すでに絶対的な破滅の意志へと定まりつつあった。
【作者ノート】
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