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客人の正体

【章のあらすじ:突如として現れ、「父上」「母上」という言葉を口にした男の正体が、この章で明かされる】


ドゴォォォンッ!!


血塗れの男の唇から、その引き裂かれたような言葉が漏れた瞬間……。

「父上……母、上……」


部屋の空気が、一変した。


皇帝(彼)は、一瞬の躊躇いも見せなかった。


疾風の如く動き、私の前に立ちはだかる。

正体不明のあの男と私を隔てる、絶対的な防壁として。


ゾゾゾゾゾ……ッ!


皇帝の肉体から、凄まじい覇気が放たれた。

——服従のアクシオム(絶対支配の理)。


空気そのものが鉛のように重くなる。

意識を失った男の下で大理石の床が罅割れ、夫の放つオーラによって男の骨が軋む音までが聞こえた。


「やめてッ!!」


私は思わず叫び、背後から皇帝の腕にすがりついていた。


(この感覚は……何!?)


心臓が狂ったように早鐘を打つ。

心の奥底で、見えざる"何か"を感じ取っていた。


私の内に眠る純粋なるアノマリー(オリオンの純能)が、この男と共鳴している。

そして炎のように血脈を駆け巡る、母性という名の本能が。


懇願するような瞳で、皇帝を見上げた。

「お願い……殺さないで! 彼……彼は、私たちを傷つけるつもりなんてないわ!」


皇帝は酷薄な流し目で私を見下ろした。

だが、その致命的な覇気をゆっくりと収め、絶対的な低音で命じる。


「イヴを呼べ……至急だ。こ奴を科学尋問室へ移送しろ」


——


真夜中。


蛍光灯の白々しい光の下、九人の妻たちが緊急招集された。

すべての執務はキャンセルされ、私たちは尋問室の防音ガラスの向こう側に並び立っていた。


視線の先には、磁気手錠で拘束され、イヴの用意した何十本ものチューブと計測器に繋がれたあの男がいる。


バァァァンッ!


ロキシーが拳でガラスを殴りつけ、獰猛な牙を剥き出しにした。

「ふざけた暗殺者野郎だぜ! 陛下の懐に潜り込むために、あんな安い手口を使いやがって。アタシに入らせな! あの首、胴体から引っこ抜いてやるよ!」


カオリは腕を組み、いつでも刀を抜ける構えのまま同意する。

「左様……『母上』などという言葉の影に隠れ潜むとは。相手の動揺を誘う、卑劣極まりない騙し討ちでござる」


部屋の隅では、レイラが扇を広げ、いつものように毒を帯びた嘲笑を漏らした。

「あらあら……もしかすると、どこかの愚かな敵が仕掛けたパラドックス(矛盾の幻影)かもしれませんわね。身重の哀れな妹の、ホルモンバランスと精神をかき乱すための」


カミーユが、夢見るような瞳で頷く。

「ええ……彼女の精神を壊すために具現化された、残酷な遊戯だわ……」


イザベラが床を汚物でも見るかのように睨みつけ、金切り声を上げた。

「ちょっと、この惨状、早く誰か片付けなさいよね!? アイツの血が、宮殿の完璧な白い床を汚しているじゃないの! ビジュアルアイデンティティ(視覚的象徴)が台無しよ!」


そしてレイラは私の方を振り返り、意地悪く微笑んだ。

「だいたい……どうやったらあんな大人の男が、貴女の『息子』になり得るのかしら? 彼はどう見ても三十代。貴女はオリオン星の基準で実年齢が二百歳だとしても、肉体的にはまだ二十歳そこそこにしか見えませんのに! 全く、信じられないおとぎ話ですわ」


(もう……たくさんよ!)


私はもう、耐えられなかった。

彼女たちの嘲笑を前にして、ただ俯くばかりの恥ずかしがり屋なオリオンの王女は、もうここにはいない。


妊娠によるホルモンと、爆発しそうな母性本能、そして血脈を煮えたぎらせる純粋なるアノマリー(オリオンの純能)の力……。

そのすべてが混ざり合い、私は初めて感情を爆発させた。


バァァァンッ!!


私はかつてないほどの大股で進み出ると、両手で防音ガラスを思い切り叩きつけた。

その衝撃音に、全員が口をつぐむ。


私の瞳は眩い青の光を放って発光していた。

かつて誰にも見せたことのない激怒の形相で、私は彼女たちを睨みつけた。


「彼が私の息子ですわ!!」


尋問室中に響き渡る声で、私は叫んだ。


「レイラ! ロキシー! 貴女たちの言葉や皮肉なんて、どうでもいいわ! あの人は私の胎内から生まれたの! 私には分かる……今もこのお腹の中で彼が動いているのを感じながら、同時に目の前であの人が倒れているのを感じている! 彼なのよ!!」


衝撃に包まれた沈黙が落ちた。


レイラが一歩後ずさり、ロキシーは目を丸くして驚いている。

私の突然の勇敢さと、瞳に宿る恐ろしいほどの青い輝きが、毒舌な姉たちの口を完全に封じていた。


——


プシュゥゥゥ……ッ。


隔離された尋問室の自動ドアが開いた。

ゆっくりとした足取りで、イヴが出てくる。


だが、何かがおかしかった。

彼女の両手が、微かに震えていたのだ……絶対的な論理と冷徹さを誇る彼女にとっては、あり得ない現象だった。


彼女は最初、一言も発さなかった。ただ、手首のデバイスを操作する。


ピピッ!


私たちの目の前に、巨大なホログラムスクリーンが投影された。

そこには無数のDNA(遺伝子)配列と、エーテル(魔力波長)のグラフが敷き詰められている。


遂にイヴが口を開いた。その声には、明らかな緊張の色が滲んでいる。

「遺伝子指紋の解析、およびエーテル波長の照合を完了しました……。結果は、陛下と……そしてオリアの遺伝子と、100%の確率で完全に一致しています」


彼女は一瞬沈黙し、次に自らが口にする言葉を反芻しているかのようだった。


「それだけでなく……彼の細胞は、異常なほどのエネルギーを帯びています。時空の構造を物理的に引き裂き、その狭間を通過しない限り、絶対に発生し得ないエネルギーを。……これが証明する結論は、一つしかありません」


イヴは顔を上げ、私たち全員を見渡した。


「この男は……本当に、未来からやって来たのです。彼は、私たちの息子の一人です」


部屋全体に沈黙が降りた。

山よりも重い、絶望的な沈黙。誰一人として、言葉を発する勇気さえ持てなかった。


——


カツッ……カツッ……。


皇帝が重々しい足取りで、尋問室の中へと足を踏み入れた。

私は彼の傍らに立ち、包帯と生命維持装置だらけになったその身体を見つめながら、胸が張り裂けそうな痛みに耐えていた。


幽かな呻き声が聞こえた。

その男——未来のアルタイル——が、酷い苦痛に耐えながら、漆黒の両眼をゆっくりと開いた。

眩しい光の中でピントを合わせるように、何度か瞬きをする。


そして……彼の瞳が、私の瞳と交差した。


虚ろだった漆黒の瞳に涙が溢れ、青白く傷ついた頬を伝って落ちていく。


「……成功、したんだ……」泣きじゃくるような、震える声で彼が囁いた。「母上は……生きている……」


皇帝が一歩、前へ出た。

その巨大な体躯がアルタイルを照らす光を遮り、無慈悲なほどの冷酷さで彼を見下ろす。


「貴様は、何者だ」

皇帝が、底知れぬ恐怖を孕んだ低い声で問う。

「そして未来の亡霊よ。何が貴様の肉体をそこまで破壊した?」


アルタイルは血の混じった唾液を飲み込んだ。

軽く咳き込み、皇帝の両眼を真っ直ぐに見つめ返し……そして、絶望に満ちた視線を私へと向けた。


次に彼が口にした言葉。

それは、私たちの知る世界の終焉を告げる、破滅の火種だった。


「俺の、名は……アルタイル……」

掠れ、ひび割れた声だったが、私たちの脳裏に刻み込まれるには十分すぎるほどはっきりと響いた。


「地球が、ただの灰色の墓標と化した……そんな未来から、来ました……。八人の、兄上たちが……」


彼は一瞬目を閉じ、白いシーツを強く握りしめた。


「兄上たちが地球を焼き尽くし……。そして父上と母上を……殺したんです」


(その言葉を皮切りに……未来の隠された罪を暴く、恐るべき惨劇の幕が切って落とされた)


【作者ノート】

シリーズを継続していくため、皆様からの厚いご支援、そしてブックマークや評価、コメント(好意的なものでも批判的なものでも構いません)での強い反応を必要としています。応援していただけますと幸いです。

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