表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/41

第九の妃

【あらすじ】皇帝対アリストテレスの最終決戦終結。そして、第一巻堂々の完結!


『皇帝の眼 (エンペラーズ・アイ)』がザイロス星を存在そのものから抹消した後。

冷たく瞬く宇宙の塵と、声なき墓標のように虚無を漂う屑鉄の残骸だけが残されていた。


その絶対の真空の只中。

中央管制室の窓の向こう側に、一つの『存在』が静かに漂っていた。

宇宙的なる銀の存在。それは、人類とほぼ等しいサイズの女性のシルエットを象っていた。


星々の光と、純粋なる銀で構成された肉体。

明確な人間の顔立ちはない。まるで生きた星雲そのものだ。彼女は凍てつく虚空に佇み、ガラス越しに立つ皇帝を真っ直ぐに見つめていた。


皇帝は微動だにしない。

その顔に、驚愕や畏怖の念は微塵も浮かばなかった。

むしろ逆だ。古く煩わしい知人にでも出くわしたかのように、その唇は嘲笑に歪む。


「久しいな……。絶え間なき監視にも飽きぬのか、『星雲の乙女、エーテリア』よ」


銀の乙女の輪郭が、遠き星の鼓動のように静かに瞬く。

彼女の唇は動かない。だが、銀河のそよ風のごとく冷涼で穏やかな声が、皇帝の脳髄に直接響き渡った。


「あなたは、ご自分が今何を破壊したのか、その真の重みを理解しておられません。皇帝陛下」


「余に叛逆を企てた屑鉄の星を粉砕したまでだ」

皇帝の冷徹な声は揺るがない。

「我が領土を侵さんとしたゴミ屑どもをな」


「ザイロスは、元来、惑星などではありません……」

忘却の彼方に沈んでいた真実を暴くその声は、宇宙的な悲哀を帯び、重く虚空を切り裂いた。


(何だと……?)


「あれは、巨大な宇宙船だったのです……。暗く遠い神話の時代に、無残に引き裂かれた残骸。時が流れ、腐敗した彼らの指導者層——『屑鉄元老院』は、その残骸を宇宙のゴミ捨て場にすることに同意しました。民の尊厳を売り払い……対価と引き換えに、他銀河の汚物と猛毒を受け入れる巨大な容器へと、故郷を造り変えたのです」


エーテリアの声が続く。悲惨で残酷な光景が、皇帝の脳裏へと直接流れ込んでいく。


「腐敗した油の中で産み落とされ、有毒な煙を吸い込んで生きる……。そんな生をご想像できますか? 全宇宙の生命体が、ザイロスの民をひたすらに見下し、蔑んできたのです。虫ケラのように、無価値なゴミのように扱われ……彼らは暗闇の中で血とオイルの涙を流し、大宇宙から見捨てられていました」


エーテリアの銀の瞳が、悲哀に満ちた輝きを放つ。


「そして、その絶望の底から……七人の哲学者が現れたのです。彼らは血塗られた革命を——腐敗した元老院に対する、容赦なき大虐殺を引き起こし、民を屈辱と圧政から解放しました。打ち砕かれていた民衆は、ついに自由を手に入れたのだと……いつか澄み切った空を見上げられるのだと信じました。ですが……哲学者たちもまた、権力に魅入られてしまったのです」


「瞬く間に、彼らは歪んだ『ユートピア』を創り上げました。民から意志を奪い、自我を持たぬ機械の兵隊へと改造し、侵略軍へと作り変えた。解放を導いたはずの哲学者たちは……かつての者たちを遥かに凌ぐ、最悪の暴君へと成り果てたのです」


エーテリアが言葉を切る。

彼女の輝く瞳が、皇帝の黄金の眼光を真っ直ぐに射抜いた。彼の慈悲や同情を誘うための昔語りではない。この暴君の心に、そのような感情が存在しないことなど熟知しているのだから。


「今……ザイロスを抹消したことで、あなたは単なる一つの脅威を終わらせたのではありません……。自ら、地獄の門をこじ開けたのです」


そのエーテルの声が一段低く、厳粛で重々しい響きを帯びる。


「オリオン星を支配下に置き、ザイロス星とその軍勢を完全に粉砕した。その結果、あなたが惹きつけたのは天のこのぎんがの虫ケラどもの視線ではありません。アンドロメダ銀河に君臨する真の絶対者たち……すなわち、『アンドロメダの巨神 (タイタン)』の眼差しを惹きつけてしまったのです」


「彼らが、自軍の尖兵をこのように弄ばれて、平穏に済ませるはずがありません。これは……単なる始まりに過ぎないのです、皇帝陛下」


皇帝がゆっくりと首を垂れる。漆黒の前髪が垂れ下がり、黄金の双眸が深い影に沈み込んだ。


フフフ……ヘッ……ハハハハハハハハハッ!


漆黒の狂気に満ちた哄笑が、皇帝の喉の奥から爆発する!

周囲の真空空間すらも震わせるようなその笑い声は、一つの決定的な事実を物語っていた。――この男が、いかなる強大な脅威に対しても、微塵の恐れすら抱いていないという事実を。


勢いよく顔を上げる。その黄金の瞳は、終わることなき闘争と侵略へのサディスティックな歓喜で燃え盛っていた。


「『巨神 (タイタン)』だと? アンドロメダの皇帝どもだとォ?」

頬を裂くような獰猛な笑みを浮かべ、皇帝が叫ぶ。

「極上だ! 実のところ、たかが一つの銀河を支配し続けることにも退屈し始めていたところなのだ。今すぐ来いと言うがいい。奴らの頭蓋骨を、我が美酒の杯にしてくれよう!」


エーテリアは、彼の底知れぬ傲慢さをただ静かに見つめていた。


「……御意のままに、皇帝陛下。遠からず、未だかつて経験したことのない壮絶なる星間戦争を目の当たりにすることでしょう」


光を放つ瞳が静かに閉じられる。彼女の姿は風に吹かれる星屑のように徐々に薄れ、自らの運命と対峙する皇帝を宇宙の孤独の中に残して、完全に消失した。


皇帝が踵を返し、最後の勅命を下す。

「全艦隊……オリオン星へと帰還する」


——


シュゥゥゥゥンッ!


太陽軌道帝国の巨大な母艦に、皇帝のポッドがドッキングを完了する。

重厚な金属のハッチが開いた瞬間、それまでの血生臭い戦争の空気は一瞬にして霧散した。


「帰ってきたじゃねェか、この悪党がァ!!」


砲弾のごとき勢いで、ロキシーが飛び込んできた!

未だ癒えきらぬ生々しい傷を負いながらも、彼女は野蛮で豪快な笑い声を上げ、皇帝の血や傷などお構いなしに、その腕がもげるほどの強さでバシバシと肩を叩きまくる。


その背後で、セリーンが深々と、心からの安堵の溜息を漏らす。

美しいエメラルドグリーンの瞳には涙が溢れ、胸に両手を当てながら、安心のあまり今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。


イザベラが小走りで駆け寄ってくる。震える両手で皇帝の顔に付着した塵を払い、その完璧なヴィジュアルを損なうような深い傷がないかを、執拗なまでに確認し始めた。


「ああ、よかった……! お顔は無傷ね。これならまだ、全銀河へのプロモーション放送にも完璧に耐えられるわ」

イザベラは、涙と笑いを同時に浮かべながらそう口にした。


一歩引いた位置では、カオリが静かに、そして深く一礼を捧げている。彼女の瞳は、口には出さずとも言葉以上の途方もない誇りに満ちて輝いていた。


巨大な母艦の通路という通路が、大歓声に揺れた。

オリオンの新兵たち、そして機械の兵団に至るまでが、船体の骨組みを震わせるほどの一斉の敬礼と共に、声の限りを張り上げる。


「皇帝陛下、万歳! 太陽軌道帝国に栄光あれ!!」


——


オリオン星。その空は、ついに本来の蒼さを取り戻していた。


帝国の遠征軍が地表へ凱還を果たすと、そこには見渡す限りのオリオンの民衆が待ち受けていた。全住民が街頭へと繰り出し、誇り高く帝国の旗を振って迎える。


ドォォォンッ! パンォォォンッ!


無数の花火が首都の空を絢爛に彩り始めた。広場という広場が盛大な祝宴の場と化し、かつてこの星が経験したことのない歓喜の音楽と勝利の歌声が響き渡る。

オリオンの民と帝国の兵士たちが入り乱れ、圧倒的な完全勝利と、恐るべきザイロス星の壊滅を共に祝い、喜びを分かち合っている。流されたおびただしい血は、決して無駄にはならなかったのだ。


——


喧騒に満ちた祝宴が幕を下ろし……。

帝国の無敵艦隊は、静かに帰還の準備を進めていた。


八人の妃たち。そして、正式に『恐るべき帝室のペット』として迎え入れられた猫のニクシア。さらには精鋭の機械兵団が、帝国本拠地である天王星への帰還のため、超巨大な母艦へと歩みを進めている。


オリオンの民は自治を許された。だがそれは、太陽軌道帝国の絶対なる旗の下における、永遠の保護と服従を意味していた。


母艦へと続く搭乗タラップの下。

簡素なドレスに身を包んだオリアが、目に涙を浮かべながら皆を見送るべく立っていた。その隣には、この結末を心から誇りに思うかのように、軍人としての威厳に満ちて立つ父、マディ・ロール将軍の姿がある。


その時……。

艦の入り口で、皇帝の足がピタリと止まり、ゆっくりと振り返った。


皇帝の背後から、レイラが一歩前へと進み出る。

優雅で、狡猾な笑みがその赤い唇を彩る。彼女は黒い扇子をゆっくりと広げて顔の半分を隠すと、極めてあっけらかんと問いかけた。


「あらあら……。オリア、貴女はわたくしたちと一緒にいらっしゃらないのですか? 天王星への旅はとても長くなりますし、美味しいお菓子を焼いてくださる方が必要なのですけれど」


オリアは、その場にカチンと凍りついた。

(えっ……? 私が?)


衝撃に目を丸くして、タラップの上から温かな笑みを向けている八人の妃たちを見上げる。そして、背中で手を組み、静かな微笑を湛えながら自分を見下ろしている皇帝へと視線を移した。


沈黙を破るべく、第一の妃たるヴェロニカが進み出る。

中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、一切の感情を隠したいつもの徹底的な冷徹さで宣告した。


「勘違いしないように。これは極めて戦略的な判断です」

ヴェロニカの凛とした声が、周囲に響き渡る。


「貴女は宇宙の記録 (アカシャ)の『純粋なるアノマリー』を宿している。それこそが、我が帝国の構築において唯一欠落していたピースです。わたくしたちは皆、明確な役割と一つ二つのアカシャの道を持っていますが、純粋なるアノマリーを持つ者は誰もいない……。それに、信じてください。わたくしたちには腕の立つ料理人がどうしても必要なのです。貴女だって、ロキシーの作った惨状を口にしたいとは思わないでしょう? ゆえに……わたくしたち八人の妃は、皇帝陛下の提案に同意しました。貴女も共に、天王星へ向かってもらいます」


ヴェロニカは、オリアの瞳を真っ直ぐに見据えた。

「今日より貴女は、第九の妃です」


オリアは言葉を失い、完全に硬直した。胸が張り裂けそうなほど、激しく心臓が早鐘を打っている。

だが、彼女が歓喜の涙を爆発させるよりも一瞬早く、全く感情のない機械的な声がその緊張を切り裂いた。


イヴが医療用眼鏡の位置を直し、能面のような無表情で、乾燥した分析結果を付け加える。


「統計学的に言えば……私たちが同意に至ったのはギリギリの確率でした。昨夜は嫉妬による船内の爆発危機を検知し、この合意が形成されるまでに妃たちの間で未遂の暗殺計画が二件ほど記録されています」


プッ……ハハハハハハハッ!


ロキシーがこらえきれずに大爆笑し、カオリが口元を微かに綻ばせ、イザベラが「ちょっと!」と顔を赤くして不満げに抗議する。

イヴのそのあまりにも淡々とした言葉が、場に残っていたすべての緊張を完全に解きほぐした。


もう、オリアは堪えきれなかった。

熱い歓喜の涙が堰を切ったように溢れ出す。彼女は振り返り、将軍であり、新たなオリオンの王となる父・マディ・ロールの胸へと勢いよく飛び込んだ。


「お父様……ッ!」


マディ・ロールは愛娘を力強く抱きしめ、隠しきれぬ誇りとともにその髪を優しく撫でた。

「行きなさい、我が娘よ。お前の居場所は今や、皇帝陛下のお側にある。私はここに残る……。陛下に代わってオリオンの王として君臨し、この星を、お前たちの背中を守る絶対無敵の盾としてみせよう」


オリアは涙を拭いながら父の腕から離れ、タラップを駆け上がった。

頂上にたどり着くや否や、待ち構えていたロキシーが彼女をガシッと捕まえ、あばらが砕けそうなほどの凄まじいベアハッグを見舞った!


「家族へようこそ、ひ弱なお姫様! アタシが鋼鉄の筋肉を手に入れるまでみっちり鍛え上げてやるから覚悟しなよ!」


朗らかな笑い声が全員から沸き起こる。

巨大な艦の扉が静かに閉じられた。帝国の母艦は空へと舞い上がり、血塗られた歴史のページを一つめくって、天王星への帰還の途についた。


——


カメラの視点が、遠ざかる皇帝の艦隊からゆっくりと引いていく。

深き宇宙の深淵を泳ぎ、無数の死の星々、星雲、そして幾つもの銀河を飛び越える……極めて長大な視点の旅。


小惑星帯を抜け、赤き火星を飛び越え……視点はついに、静寂の中に浮かぶ美しく穏やかな蒼き星へとフォーカスを合わせた。

外宇宙から見れば、それはどこまでも平和で自然な姿を保っている。

地球である。


だが、その美しき外殻は酷く欺瞞に満ちていた。


視点が狂気的な速度で急降下し、地球の大気圏へと突入する。

分厚い白雲を突き抜けた先に広がっていたのは、息を呑むほどに常軌を逸した、脳髄を痺れさせるような光景だった。そこはもはや、我々の知る地球ではなかった。


極限まで豪奢を極めた巨大な宮殿。

古典的かつゴシックなローマ建築、遥かに進んだ宇宙の超技術、そして太陽軌道帝国の圧倒的権力……それらすべてが禍々しく融合した、威圧的な建造物である。


冷徹な青い炎だけが灯る、薄暗く広大な玉座の間。

冷たい鋼の玉座に、金髪の青年が深く腰を下ろしていた。


その顔立ちには、極めて見覚えのある特徴が混在している。

『皇帝』の絶対的な暴虐と傲慢さ。そして、『ヴェロニカ』の恐るべき厳格さと冷徹な鋭さ。


彼は脚を組み、手の甲に顎を乗せたまま、底冷えのする双眸で眼下を睥睨していた。


彼の眼前。冷たい大理石の床の上。

そこには、途方もない数の『地球人』たちが平伏していた。彼らは決して自由な市民ではない。額を冷たい床に擦り付け、極限の恐怖と完全なる忠誠心に全身を震わせる隷属者たちだ。


その中から、地球の軍服を纏った一人の男が身を乗り出し、喉が裂けんばかりの絶叫を広大な宮殿に響き渡らせる。


「我らが偉大なる君主……カエサル殿下に敬礼ッ!! 全能なる皇帝陛下と、誉れ高き第一の妃・ヴェロニカ皇后陛下の御子に、絶対の忠誠を!」


金髪の青年——カエサルは、微塵も笑わなかった。

瞬き一つしない。ただ背もたれに身を預け、冷酷に両手の指を組む。

彼自身の靴底に踏み躙られ、完全に服従させられた己の領土を、ただ冷ややかに見下ろすだけだった。


(画面が暗転し、漆黒に染まる……)


——第一巻・完



【作者からのメッセージ】

ついに第一巻(オリオン侵攻編)を完結させることができ、これ以上の喜びはありません! 本当に長く、過酷な旅でしたが……読者の皆様、心から感謝いたします。

この後、皆様へ向けて重要なご報告を発表する予定です。より多くの方にこの作品を届けるため、ぜひ高評価やブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!

また、X(旧Twitter)でも最新情報を発信しておりますので、ぜひフォローしてくださいね。……心からの感謝を込めて!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ