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皇帝の眼(エンペラーズ・アイ)

【あらすじ】皇帝対アリストテレス、最終決戦第三幕。


ザイロス星が、この破滅的な災厄に呻き声を上げていた。

金属が引き裂かれ、重力が反転し、屑鉄の大陸が癒着して惑星規模の生きた機械生命体へと変貌していく。

己を再構築していく狂気の惑星の中心で、皇帝は引き裂かれた大地の一角に立ち、そのおぞましい変容を冷徹に見下ろしていた。


ピィッ!


暗号化された通信音が、この圧倒的な混沌を切り裂き、皇帝の耳元の極小通信機で鳴り響いた。

イヴの声だった。眼下で起きている終末的な光景にもかかわらず、その声は冷徹で、静寂そのものであった。


「——陛下、任務を完了いたしました」


通信の背後には、艦隊のメインエンジンの重低音が轟いている。

「マディ・ロール将軍は、陛下のご命令を完璧に遂行しました。戦場から生存した全兵士を回収し、この屑鉄どもに穢されぬよう、我らが戦死者の遺体もただの一つも残しておりません。全員が艦隊へ帰還いたしました」


イヴは一秒だけ言葉を切り、そして続けた。

「加えて、全妃殿下、並びにオリアとニクシアも、緊急脱出ポッドにて無事離脱。現在は大気圏外の安全な軌道におります。治療を受けつつ、本艦へと向かっています。……陛下専用の脱出ポッドも、現在そちらへ接近中です」


シュゥゥゥゥゥンッ!


暗いザイロスの空を切り裂き、黄金の装飾が施された漆黒の『皇帝専用脱出ポッド』が、皇帝の背後へと正確に降り立った。

静かにハッチが開く。


その瞬間、皇帝の笑みが極限まで広がり、すべての枷から解き放たれたサディスティックで恐ろしい笑みへと変貌した。


(家族は安全だ……。ならば、奴らを傷つけぬために力を抑える理由など、もはや皆無というわけだ)


皇帝は背後で狂乱の咆哮を上げる機械の惑星を一瞥もせず、王者の優雅さをもってポッドへと足を踏み入れた。

ハッチが閉ざされる。

漆黒のポッドは一筋の流星となり、融合し狂乱するザイロス星を置き去りにして、絶対の宇宙空間へと脱出した。


——


絶対零度の宇宙空間。

皇帝はポッドの中で立ち、広いガラス窓から眼下を見下ろしていた。

ザイロスはもはや単なる惑星ではない……。それは醜悪で巨大な金属の顔と化し、空間の構造を揺るがすほどの音量で、哲学者たちの教義を絶叫していた。


その時、ヴェロニカからの通信が繋がった。


「——皇帝陛下」

ヴェロニカの厳格で、威厳に満ちた声が響く。

「オリオン星の資源と血を絞り尽くし、この侵攻の裏で建造を進めていたあの兵器が……ついに実戦投入の準備を完了いたしました」


その言葉が発せられた、直後——。


ズリィィィィィィィィィッ!


宇宙空間そのものが断裂した!

虚空に停泊する太陽軌道帝国の艦隊のさらに背後、時空の裂け目から、ただの宇宙船とは次元の違う超巨大な質量が出現した。


超巨大人工小惑星!

黄金と漆黒に彩られ、オリオン星から収奪した莫大な資源のすべてを注ぎ込んで建造された、災厄の絶対兵器。

帝国の野望の頂点——『皇帝のエンペラーズ・アイ』である。


——


皇帝のポッドが人工小惑星へと接近し、その巨大な心臓部へと直接ドッキングする。

ハッチが開き、皇帝は暗く広大な『中央管制室』へと、迷いなき足取りで歩を進めた。


部屋のスピーカーからイヴの声が響く。

「本施設の反応炉出力のみでは、殲滅レーザーの照射には至りません、陛下。この兵器は空虚な器……稼働には、陛下の純粋なる『アクシオム』を中核として必要とします」


皇帝は円形の管制室の中心に立った。

ゆっくりと黄金の双眸を閉じ、深く息を吸い込む。


ドゴォォォォォォォォンッ!


持てるすべての『服従のアクシオム』を解放した!

黄金と漆黒のオーラが爆発し、皇帝の肉体の限界を超えて、人工小惑星の隅々に張り巡らされた何千ものパイプ、ケーブル、そして機械の血管へと血液のように脈打って流れ込んでいく。


外部、凍てつく宇宙空間。

小惑星の巨大な外殻がひび割れるように開き、前方に『宇宙の巨眼』とも呼ぶべきおぞましい砲門を露出させた。深紅と黄金の極大の光が凝縮され、宇宙の闇を盲目にせんばかりに発光する。


絶対兵器、照射準備完了!


——


眼下では、融合を遂げた巨大生命体(アリストテレス、哲学者たち、そしてザイロス)が、迫り来る宇宙的脅威を感知していた。

惑星サイズの巨大な金属の顔がその大口を開き、星を覆う腐敗したエネルギーのすべてを一点へと収束させていく。


フラァァァァァァァッシュ!


ザイロス星が、禍々しい銀と緑の腐敗した極太の光線を撃ち放った。

太陽軌道帝国艦隊と『皇帝のエンペラーズ・アイ』のすべてを、存在ごと消し去らんとする絶死の一撃。


管制室の中、皇帝がカッと目を見開く。


「消し飛ばせ」


視界が二つに断ち割られる。

下半分からは惑星の放つ腐敗した銀緑の光線が突き上がり、上半分からは存在そのものを抹消する皇帝の深紅と黄金の極大レーザーが降り注ぐ!


ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォム!!!


二つの巨大な光条が、宇宙空間のど真ん中で激突した!

銀河が震える。激突から生じた余波だけで、近隣の隕石や小惑星が瞬く間に粉塵へとすり潰されていく。


拮抗する力と力。

眼下から、融合した哲学者たちの絶望と憎悪に満ちた声が響いてくる。


「敵対者に死と破滅を! 我らが消滅するなどあり得ない!!」


だが遥か頭上、管制室の皇帝は、背中で手を組みながら静かに冷笑していた。そして、ただ一言だけを紡ぐ。


「——平伏せよ」


皇帝が、最後のアクシオムの波動を叩き込んだ。

『皇帝のエンペラーズ・アイ』の深紅のレーザーが、数倍にも膨れ上がる!

一瞬にして腐敗した銀の光線を飲み込み、残る空間を完全に貫通して、融合惑星の中心核へと直撃した。


時間が停止し、宇宙のすべてが静寂に包まれた。


そして……。


ブオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!


ザイロス星が、完全に爆散した!

哲学者たちも、その歴史も、巨大な惑星そのものも、何十億という錆びた屑鉄の破片と宇宙の塵へと変貌し、虚空へと散っていく。

哲学者たちとザイロスの民は、今この瞬間、宇宙の歴史から永遠に抹消されたのだ。


——


冷ややかな静寂が、再び宇宙に舞い戻った。

皇帝は管制室の巨大なガラス窓の前に立ち、かつて己の帝国を脅かした星の成れの果て——宇宙の塵の雲を、ただ見下ろしていた。


サイドモニターには、安堵の息を吐く妃たちの姿が映し出されている。

別のモニターにはマディ・ロール将軍が誇り高く立ち、その後ろで生き残ったオリオンの新兵たち、そして機械兵団の列が、偉大なる勝利の歓喜に顔を輝かせながら一斉に軍座の敬礼を行っていた。


皇帝は操作盤へと振り返り、太陽軌道帝国への帰還命令を下そうとした……。


だが……。

(何かが……おかしい)


皇帝の動きが、ピタリと止まる。

巨大なガラス窓の向こう。散乱するザイロス星の残骸のさらに奥で……星々が、歪んでいた。空間が、あり得ない形に屈折している。


皇帝の笑みが消えるどころか、極めてゆっくりと、さらに深く広く刻まれていく。


「……陛下? いかがなされましたか?」

沈黙を訝しんだヴェロニカが通信越しに問いかける。


皇帝はゆっくりと手を上げ、一言も発することなく彼女を制止した。

その意識のすべては、ただ眼前の虚空に向けられている。


燃え盛る宇宙の塵と星雲の中から、一つの『存在』が浮かび上がったのだ。

実に荘厳なる姿であった。純粋なる輝く銀の光で構成された……『宇宙的な銀の存在』。

そのサイズは通常の人類とさして変わらぬほど小さかったが、そこにあるだけで、魂そのものを圧し潰すかのような絶対的な重圧プレッシャーを放っていた。


銀の存在はゆっくりと『皇帝のエンペラーズ・アイ』へと接近してくる。

攻撃の意思はない。敵意すら感じられない。ただ虚空に留まり……巨大な人工小惑星を、そしてガラス越しに立つ皇帝を、静かに見つめていた。


極限の傲慢さを宿した皇帝の黄金の双眸が、未知なる銀の輝きと交錯する。


ゆっくりと、皇帝の顔に視点が寄っていく。

その眼光には新たなる闘争への歓喜が宿り、口元には、再びサディスティックな笑みが明確に浮かび上がっていた。


そして——画面は完全な漆黒へと暗転する!


【作者からの問いかけ】

なんという激戦! ついに決着が着き、私も嬉しい限りです。七人の哲学者との戦いで、皆様の最もお気に入りの戦闘はどれでしたか? そして、第一巻の最終話では一体何が起こると思いますか?


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