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第一動者

【あらすじ】皇帝対アリストテレスの最終決戦、その第一幕が開く!


ザイロスの高塔の頂。戦場は既に、燃え盛る屑鉄の墓場と化していた。

汚染された空が、第一の哲学者アリストテレスの重き足音に呻き声を上げる。


ズドォォォォォンッ!


皇帝が、戦場の中央へ降り立った。

ただ其処に在るだけ。それだけで、彼という存在は災厄そのものであった。

濃密なる黄金と漆黒のオーラ——『服従のアクシオム』が、周囲の重力を容赦なく圧し潰していく。

足を踏み出しただけで、金属の岩塊が粉微塵に砕け散った。


その対極……『第一の教師』が立っていた。

アリストテレス。

完璧なる磁器のサイボーグの肉体。汚れなき純白の軍外套。それらは一ミリたりとも動かない。両手を顎の下で静かに組み、見開かれた巨大な双眸が、ただ冷徹に皇帝を凝視している。大地を抉るアクシオムの嵐のただ中にあって、アリストテレスの外套の裾は微風にすら揺れなかった。


「屑鉄には似合わぬ、随分と見下した目だな」


皇帝がサディスティックな笑みを浮かべる。

ゆっくりと右手を掲げ、遥か彼方のアリストテレスへと掌を向けた。


カッッッ……!


放たれたのは純粋なる破滅。

大都市を地図から消し去るに足る、極度に圧縮された漆黒と黄金の濁流が、大気を引き裂きながら第一の哲学者を飲み込まんと殺到する。


だが——。

アリストテレスの髪一本に触れるより早く、その濁流はピタリと静止した。

破滅の波は彼を迂回し、まるで光を拒絶するブラックホールのように反転すると……次の瞬間、倍の速度で絶対の主へと逆流した!


ドバァァァァァンッ!


皇帝は両腕を交差させて己の攻撃を防ぎ、半歩だけ後ずさる。足元の大地が跡形もなく爆散した。


「跳ね回り、駆けずり回る……下僕にこそ相応しき振る舞いだな」


鼓膜の底を震わせるアリストテレスの深く、静かで、圧倒的に見下した声が戦場に響き渡る。彼は全く姿勢を崩さず、組んだ手すら解かない。


「『第一動者のエコー』。この宇宙における真の王とは、万物を動かしながらも、自らは何者のためにも動かざる者のこと。貴様の無軌道な攻撃には、わたしへと至る『確実性』が欠如しているのだ」


「第一動者だと? 余が貴様の首を捩じ切った後でも、そのエンジンが動くか試してみようではないか」


遠距離からの力押しが無意味であると悟り、皇帝の口元がさらに獰猛に歪み、獣のごとき牙が覗く。


ヒュンッ!


皇帝の姿が掻き消えた。

光をも凌駕する絶速。十億分の一秒の瞬きの中で、アリストテレスの眼前にその姿を現す。

振り被った右の拳には、小惑星をも粉砕する超高密度のアクシオムが纏いついている。狙うは哲学者の磁器の頭蓋。


ギュイィィィンッ!


見開かれたアリストテレスの両眼が、冷酷な青き光を明滅させる。


(『四原因のエコー』)


哲学者の電脳が、皇帝の一撃を瞬時に解析する。軌道、質量、そして運動量。


(作用因の消去)


その直後——。顔面に触れる最後の数ミリで、皇帝の絶死の拳から、一切の重さ、一切の速度、一切の運動エネルギーが消失した!

アリストテレスの胸を打つその拳は……まるで幼子が無邪気に触れたかのような、極めて無力な一撃と化していた。


(何ッ……!?)


さしもの皇帝も、その一瞬だけは驚愕に目を見開く。

アリストテレスは微塵の動揺も見せず、手を顎の下で組んだままの姿勢で、機械の脚を静かに振り上げる。

そして皇帝の腹部へと、精密かつ無慈悲な一撃を撃ち込んだ。


ドゴォォォォォォンッ!!


皇帝の肉体が隕石弾の如く吹き飛び、金属の山脈や屑鉄の塔を次々と貫通していく。すべてを粉砕しながら、巨大な瓦礫の海へと深く沈み込んだ。


束の間の静寂。

しかし……。


ククク……ハハハハハハハハハッ!!


狂気に満ちた哄笑が、崩壊した大地を激しく揺さぶる。

瓦礫の底から立ち上がる皇帝。その口元からは一筋の鮮血が流れ落ちていたが、彼の双眸は、盲目的な激怒と傷つけられた絶対者の矜持で灼熱の如く燃え盛っていた。


「ハハハハッ! 極上だ……ならば、この星そのものの重圧を耐え凌いでみせるがいい!」


皇帝の怒りが頂点へと達する。

純粋なる『アクシオム』が限界を突破して解放される。汚染されたザイロスの空がおぞましい深紅へと染まり、彼の足元の金属の大地がドロドロと沸騰し、溶解し始めた。

両手を天へと掲げ、アリストテレスもろとも、この戦場の一切合切を粉砕する絶死の重力弾を形成していく。


煮え滾る深紅の空を見上げ、アリストテレスは深く、あまりにも深く、失望の溜息を吐いた。


「過剰なまでの生物学的情動……激怒、悪意、盲目的な憎悪。かような低俗さを観察するのは、実に骨が折れる」


(『黄金中庸のエコー』)


瞬間、アリストテレスを中心に眩い白光を放つ幾何学的な領域が展開される。

皇帝の、何もかもを押し潰すはずの災厄の一撃が降り注ぎ……その領域へと干渉した。

そして、縮小していく。減衰し、霧散していく。惑星すらも粉砕するはずだった絶対の『アクシオム』は、ただの温かな微風へと成り下がり、哲学者の銀の髪を優しく揺らすだけに留まった。


「過剰とは、虫ケラの犯す罪だ」


アリストテレスが単調な声で皇帝を冷笑する。


「哲学において、完璧とは均衡にこそ宿る……すなわち『黄金中庸』。論理の閾値を超える過剰なるエネルギーは、私の領域において、その一切の極端性を剥奪されるのだ。貴様は一個人を相手にしているのではない。貴様が挑んでいるのは、『必然性』そのものなのだ」


皇帝の全身の血が沸き立つ。

この機械の冷徹なる傲慢さが、彼の絶対の矜持をひどく逆撫でした。


「必然性だと? 必然を書き綴るのは、この俺だァッ!」


皇帝の血管で王の血が沸騰する。

己の防御を完全に捨て去り、速度の限界すらも強引に突破。いかなる制約も認めぬ純粋なる暴力で以て、『黄金中庸』の領域へと強引に踏み入った!


ザシュッ!


エネルギーの大半を相殺されながらも、皇帝の指先がアリストテレスの顔を掠めることに成功する。

極めて細い、だが確かな一本の線。第一の哲学者の銀の頬に、微かな傷痕が刻まれたのだ。


戦闘が始まって以来初めて……アリストテレスが、顎の下で組んでいた両手を解いた。

ゆっくりと腕を下ろす。その所作には、明確な不快感が滲み出ていた。


「自らの分を弁えよ、有機生命体め」


人差し指を一本だけ皇帝へ向け、極小の、か細い銀の光線を撃ち出す。それは彼の威容にはまるで似つかわしくない、ただの平庸なレーザー弾に過ぎないように見えた。


皇帝は嘲るように冷笑を浮かべる。

首を数ミリだけ傾け、その遅々たる光線をいとも容易く回避した。


だが——。


ギュルンッ!


すり抜けたはずの銀の光線が……空中で静止した!

あり得ない角度で反転し、慣性の法則を完全に無視して雷のごとく逆流。皇帝の背後からその肩を深々と貫いたのだ!


「ガッ……!?」


「『エンテレケイアのエコー』」


皇帝の肩から血が噴き出すのを見下ろし、アリストテレスが冷徹に告げる。


「この宇宙に存在するすべての事象には、目的因(エンテレケイア)……すなわち、そのために創造された最終的な目的が存在する。この光線の目的は、貴様に命中することだ。どれほど躱そうと、どれほど逃げ惑おうと、自らの存在目的を達成するまで、軌道を書き換え、永遠に貴様を追尾し続ける」


この戦いで初めて、皇帝が片膝を突いた。

滴り落ちる血が、溶けた大地の上で音を立てて蒸発していく。


「……ゆえに」


アリストテレスが右腕を完全に振り上げる。おぞましいほどの銀のエネルギーが、その腕に凝縮され始める。


「エラーは修正されるのだ」


しかし。

項垂れていた皇帝の頭が、微かに震え始めた。

ゆっくりと立ち上がり、手の甲で口元の血を拭い去る。その笑みは、もはや単なる傲慢ではなかった。悪魔的で、背筋が凍るほどおぞましく、限界を越えて獰猛な顔つきへと変貌していた。彼は屈することを拒絶した。彼らの法則を。彼らの論理を、根底から否定する。


「目的因だと? 黄金中庸? 第一動者? 下らん! 臆病者が隠れ潜むための、くだらん戯言だァッ!」


皇帝が両手を天へと突き上げる。

今度の一撃は、先程までのものとは次元が違った。己が内に秘める、銀河規模の『服従のアクシオム』の最後の一滴、最後の一粒までを、ただ一点へと絞り上げる。

両手の間に形成されたのは、途方もない質量を誇る球体……身の毛もよだつ、黄金の光を帯びた漆黒の太陽だった。球の周囲で空間が軋みを上げて引き裂かれ、異常なエネルギー密度の前に、現実の法則そのものが崩壊しかけていた。


初めて……アリストテレスの電脳が、眼前の事象の解析を放棄した。

これは論理を超越している。星そのものの存在を直接的に脅かす、特異点。


「……即時の消去を実行する他ないようだな」


アリストテレスが己の出力を最大まで引き上げる。全身が眩耀たる銀の光に包まれ、『腐敗したエーテル』のエネルギーが極限まで励起される。


臨界の瞬間。

漆黒の太陽を抱いた皇帝が、終末をもたらす黒き隕石となって突進する。

対するアリストテレスは、絶対の哲学の確実性を背負い、銀の彗星となって迎撃に飛び出す。


視界が二つに断ち割られる。

暴君の野蛮なる殺意が渦巻く、漆黒と黄金の右半分。哲学者の凍てつく論理が瞬く、純白と銀の左半分。そして次の刹那……世界から一切の色彩が喪失し、静寂なる白と黒のモノクロームへと変貌した。


ザイロスの天空のただ中で、二つの極小の点が、正面から激突する!


ドオォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!


音が死滅し、光が崩壊する。

巨大なるドーム状のエネルギーが戦場を丸ごと喰らい尽くし、山脈を消し飛ばし、空を削り取る。そして、相対する両者すらも完全に呑み込む、すべてを白く染め上げる黙示録的な大爆発が連鎖した。

宇宙の瞳孔すらもが焼け焦げるかのような圧倒的破壊の果て……真っ白な虚無の只中で、その結末は未知の深淵へと沈んでいった。

【作者からの問いかけ】

血塗られた決戦もいよいよ大詰め。果たして皇帝は、アリストテレスの圧倒的論理を打ち破ることができるのでしょうか? 皆様の予想をお待ちしています!


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