表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/42

ユートピア

【あらすじ】

セリーン、オリア、ロキシー、そしてレイラの死闘を描く、プラトン戦・完結編!


『影の洞窟』の底……そこには次元も、感覚も、希望すらも存在しない。

プラトンが構築した、あらゆる生物にとっての永遠の地獄たる抽象的虚無の世界。


「これぞ、わたくしの『ユートピア』」


暗黒の虚空のあらゆる方向から、プラトンの歪で空虚な声が響き渡る。


「汚染なき完璧なる世界。ここでは、貴様らの痛みは無に帰り、存在は影へと成り下がる。大人しく消去を受け入れるがいい、虫ケラども」


セリーンとレイラは、この恐るべき領域の重圧に押し潰され、完全に意識を失いかけていた。


だが……。


キヒ……キヒヒヒ……。

アハハハハハハハハハハッ!!


静寂の壁を切り裂く、野蛮でヒステリックな笑い声。

暗闇の奥底で獲物を見つけた猛獣の咆哮。


「ば、馬鹿な……!」


プラトンが叫ぶ。その傲慢な響きは消え失せ、純粋な恐怖へと染まっていた。


「五感は反転しているはずだ! 認識も失われている! 脳髄の痛みは麻痺に変わったはず! なぜ、このわたくしのユートピアで笑えるのだ!?」


濃密な暗闇の中から、血のように赤く輝く双眸が浮かび上がる。


「ユートピアァ? 認識ィ?」


ロキシーは虚空へ血を吐き捨て、その牙を剥き出しにした。


「テメェのくだらねェ御託なんて何一つ見えねェよ、このクソ磁器野郎。ただなぁ……ここは生ゴミの腐ったような臭いがプンプンしてやがるんだよ!」


五感が反転し、状況を分析する思考が機能不全に陥ったことで、ロキシーは論理あたまを窓から投げ捨てたのだ。

直感!

『獣のアクシオム』は、獲物を捉えるために眼球など必要としない。恐怖の匂いさえあれば十分なのだ。


バァァァンッ!


盲目の砲弾と化したロキシーが暗黒の中を突進し、幻影の洞窟全体を揺るがすほどの衝撃とともにプラトンに激突する。

その右手が、鋼の爪のごとく彼の剣を持つ手首に食い込んだ。


「捕まえたぜェ!!」


「離せ、この薄汚い野蛮人め!!」


プラトンは猛烈な勢いで蹴りを放つ。だが、腹部に重撃を浴びても、ロキシーは一ミリたりとも動じない。

逆に握力をさらに強めると、彼の磁器の装甲がミシミシとひび割れる音が響いた。


その瞬間、ロキシーが引き起こした混乱の隙を突き、暗闇の底で温かな黄金の点が瞬いた。


「セリーン」だった。


胸を引き裂くような致命傷を負いながらも、心優しき癒やし手は、血を流し脈打つ心臓の前で両手を組み合わせた。


(わたしは……絶対、あなたに……家族を殺させたりしない……)


「『生命の流転:魂の絆(ライフ・フロウ:ソウル・リンク)』……ッ!」


セリーンの胸から、エーテルの黄金の糸が放たれる。

彼女が探したのは大地の根ではない、彼女たちの魂だ!

黄金の糸が絶対の暗闇を貫き、ロキシー、レイラ、そしてオリアの心臓へと結びつく。


たった一秒。セリーンは己の激痛を分け合い、同時に彼女の生命の温もりを三人へと分け与えた。


脳髄を侵していた幻覚が打ち払われ、五感が正常へと回帰する。

セリーンが放った黄金の光が絶望の凍気を駆逐し、レイラとオリアに完全なる意識を取り戻させたのだ。


ゆっくりと瞳を開いた「レイラ」の口元に……再び、底なしにサディスティックで、恐ろしい笑みが浮かび上がった。


「あらあら……。完全なる『影』で構築された空間にわたくしを引きずり込むなんて、致命的な過ちを犯しましたわね、プラトン卿」


レイラが優雅な扇子を掲げ、ロキシーに捕らわれた哲学者へと突きつける。


「『パラドックス:魔神の暗瓶』!」


彼女たちを縛り付けるためにプラトンが創り出した暗闇が……彼自身へと牙を剥いた!


洞窟の法則が自己矛盾を起こす。ユートピアの影という影が、鋭い牙を持つ幾千もの漆黒の腕へと変貌し、あらゆる方向から殺到。プラトンの両脚を、腰を、そして首を締め上げた。


自らの影によって、彼は完全に拘束されたのだ!


「な、何だと!? 私の領域……イデアのエコーが応答しない! 何をした、この薄汚い生物学的な売女めがァッ!」


わたくしはただ、レッドカーペットを敷いているだけですわ……わたくしたちの、ヒロインのために」


レイラが軽やかに笑う。

彼女が影を広げると、黒ガラスのように輝く一本の直線道が形成され、「オリア」の立ち位置から、身動きの取れないプラトンへと真っ直ぐに繋がった。


その道の起点に、「オリア」が立っている。


皇帝のため、そして皆を笑顔で支えるため、常に厨房に立っていた心優しきオリオンの姫君。

しかし今、彼女の瞳には、決して屈することのない戦姫としての不屈の闘志が燃え盛っていた。


虚空へ、右手を静かに掲げる……。


その指先から、眩いばかりのエメラルドグリーンの光が輝き始めた。この地獄の底で産声を上げた、たった一つの星のように。


「ロキシー……レイラ……セリーン……」


オリアは一切の敬称を省き、愛する家族の名前を囁く。


「私が、終わらせるわ」


オリアが駆け出す。


決して速くはない。超人的な肉体を持っているわけでもない。だが、その足取りには、全員の意志という計り知れない重みが宿っていた。

レイラが創り出した影の道をひた走る。セリーンの黄金の光が彼女の全身を包み込み、洞窟の圧倒的な重圧から姫を守護していた。


迫り来るエメラルドグリーンの光を前に、プラトンは恐怖で目を極限まで見開いた。


その光は……『純粋なるアノマリー』。

エコーと宇宙の記録(アカシャ)が象徴するすべての事象に対する、絶対にして唯一の天敵!


「来るな! 近づくではない! 触れるな、このバグめがァッ! 嫌だァァァァッ!」


プラトンが絶叫する。その声には、彼の矜持の欠片すら残されていなかった。

狂乱のままに、己を救うための幾何学的障壁を起動しようと試みる。オリアを阻むべく、金属の立方体や六角形の鏡面が空中に形成され始める。


だが……!


ガシャァァァンッ!


ロキシーが、血塗れの頭突きで最初の立方体を粉砕する!


パリィィィィンッ!


レイラが、鋭い影の刃で六角形の鏡面を叩き割る!


「今日という日は、誰にもアンタを邪魔させねェよ、オリアァ!!」

「今日という日は、誰にも貴女を邪魔させませんわ、オリア!!」


ロキシーとレイラが、完璧なユニゾンで叫んだ。


オリアが、到達した。


完全に崩壊し、身動き一つ取れないプラトンの眼前に立つ。

恐怖に染まりきった彼の磁器の目を、その可憐な顔立ちには似合わないほどの、絶対的な冷酷さで見下ろした。


「ユートピア? いいえ、ただのクズ鉄ですわ」


オリアは赫々と輝くその右手を振り上げ……彼の胸部装甲、その機械の心臓の真上へと思い切り叩きつけた!


「『純粋なるアノマリー:浄化』!」


カッッッ────────!!!!


オリアの掌から、身の毛のよだつほどに巨大なエメラルドグリーンの光線が爆発した!


光線がプラトンの胴体を真っ二つに貫き、宇宙の記録(アカシャ)を消し去る緑色の眩い津波となって、暗黒の洞窟全体を呑み込んでいく。


「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!」


プラトンの断末魔の絶叫が、彼自身のエコーの消失とともに掻き消えていく。

あの恐るべき領域『洞窟の比喩』が、存在そのものから剥奪される。彼が誇った絶対の法則、イデア、数学的距離……そのすべてが、絶対的な『浄化』の重圧の前に燃え尽きたのだ。


そしてその決定的瞬間。一切の防御を剥ぎ取られたプラトンへ向け、四人の妻たちの力が、ただ一つの処刑の一撃として集結する。


ロキシーは、ズタズタに引き裂かれた筋肉に残るアクシオムの一滴残らずを、その左拳に絞り出す。

レイラは、彼を縛る漆黒の鎖を鋭利な刃へと変異させ、肉体に食い込ませる。

セリーンは、生命の波動の最後の脈動を送り込み、その一撃の速度を限界まで引き上げる。


ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!


ロキシーの破滅的な拳が、残されたプラトンの磁器の胸を完膚なきまでに貫き砕いた。それと全く同時のタイミングで、レイラの刃が彼の内側と外側から同時に肉体を切り刻む。


己の完璧さを誇っていた貴族階級の哲学者の身体は、数百万の磁器の破片と錆びた金属片へと爆散し、おぞましい吹雪のように宙を舞った。


跡形も、残らなかった。


突如として、世界が正常へと回帰する。


瓦礫の山と化した戦場と、吹き荒れる冷たい風。あの暗黒の洞窟など、ただの通り雨のような悪夢に過ぎなかったかのように。


オリアの身体が、前へと傾く。


『浄化』という過酷すぎる代償が、たった一秒で彼女の意識のすべてを根こそぎ奪い去っていた。瞳が閉じられ、冷たい金属の床へと崩れ落ちていく。


だが、その身体が冷たい床に触れるより早く……血に塗れた力強い両腕が、彼女を優しく受け止めた。


「ロキシー」だった。


ロキシーは、意識を失ったオリアの身体を、その野蛮さには到底似つかわしくないほど愛おしげに抱きしめ……疲労困憊しながらも、満面の笑みを浮かべた。


その傍らでは、レイラが折れた扇子を握りしめたまま、激しい息を吐いてへたり込んでいる。

そしてセリーンは仰向けに倒れ、安らかな気絶に呑み込まれる直前、灰色の空を見上げて天使のような微かな微笑みを浮かべていた。


傲慢な哲学者の残骸の真ん中で。

陰鬱なオリオン星の空の下で。

四人の少女たちは、勝利を手にし……ようやく、静かな休息の時を迎えたのだった。



【作者からの問いかけ】

今まで書いた中で、最も美しいチャプターになったと感じています。皆様はどう思われましたか? ぜひご感想をお待ちしております!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ