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血と天使

【本章のあらすじ】

ザイロスの侵略がオリオン星の深枢へと迫り、いよいよ戦況は最終局面へと突入する。圧倒的な奇襲を前に、防衛線に立つ妻たちはどのような反撃の一手に出るのか?

冷たい鋼鉄の根に、『セリーヌ』の鮮血が飛び散った。


無骨な屑鉄の刃が彼女の柔らかな腹部を深々と貫いているというのに――彼女の顔には、正気を失ったような、病的な微笑みが張り付いていた。


ゆっくりと、血に染まった両腕を持ち上げる。

それはまるで、不気味で歪なバレエを踊る鳥が、虚空に向かって羽ばたいているかのようだった。


「嘘だろ……! 何が起きた!? セリーヌッ!!」


『ロキシー』が、喉を裂かんばかりに咆哮した。


野蛮な怒りが、彼女の理性を完全に焼き尽くす。

セリーヌの腹部からとめどなく流れる血、そして空虚で恐ろしい微笑み。その凄惨な光景が、ロキシーの血管に狂気の業火を点火した。


ギリィィィッ!


ロキシーは、自身の拳を握り潰すほどの圧倒的な力で固く握り締めた。

レーザーで焼きただれた傷口に容赦なく力を込め、破裂した患部から熱い血が噴き出し、彼女自身の顔を赤く染め上げる。


「『獣のアクシオム』ッ!」


ロキシーは怒りのままに絶叫し、己の筋繊維へと『純粋なアクシオム』のエネルギーを直接流し込んだ。

内部組織が千切れる激痛すらも完全に無視し、ただ圧倒的な暴力をその身に宿す。


ダンッ!!


凄まじい脚力で大地を砕き、人間の砲弾と化してセリーヌのもとへ跳躍した。


――だが。

彼女が宙を舞った瞬間、鋼鉄の配線と生きた機械の根が毒蛇のようにうねり、ロキシーの身体を空中で八つ裂きにすべく一斉に襲い掛かった。


(このクズ共がァァッ!! 全部ぶっ壊してやる!!)


「『パラドックス:白衣の展示室 (白装の画廊)』……」


夢見るような、どこか芝居がかった声が戦場に響いた。


ガキィィィィンッ!


無数の金属刃がロキシーの肉を裂く直前、虚無の中から『純白の壁』が突如として出現し、死の刃を完璧に遮断した。


ドゴォォォンッ!


勢い余ったロキシーの両足がその白い壁に激突し……バキッ、と骨の折れる鈍い音が明確に鳴り響く。


「ガァッ……!」


ロキシーは呻き声を上げて地面に墜落し、痛みに顔を歪めながら背後を振り返った。

そこには――『カミール』が静かに立っていた。


洗練された優雅な軍服に身を包み、毛先に淡い水色を帯びた白い髪をふわりと風に揺らしている。

彼女の顔には、氷のように冷たく、絶対的な自信に満ちた笑みが浮かんでいた。


「早く、『境界のアクシオム』を展開してちょうだい」


カミールは白い壁に華奢な手のひらを押し当て、機械の根が壁を粉砕するのを防ぎながら、極めて命令的な口調で言い放つ。


「チッ……!」


ロキシーは舌打ちし、白い壁の下からよろよろと立ち上がった。

折れた腕を無理やり持ち上げ、カミールの右側に立ち、同じように壁へと手を当てる。


「『境界のアクシオム』!」


絶対的な隔離の障壁が完全に定着した瞬間、ロキシーは怒りに燃える両目をカミールへと向けた。


「もっと早く助けに出やがれ、この馬鹿野郎がッ!」


怒号を浴びせるロキシーに対し、カミールは自身の最高傑作を眺める芸術家のように、ひどく穏やかで、人を食ったような笑みを浮かべた。


「皇帝陛下から命じられていたのよ……。私が戦場のいずれかに転送される許可が下りるまで、姿を見せない『隠されたチェスの駒』として、司令室に待機するようにってね……」


だが、次の瞬間。

カミールの顔から笑みが消え、その瞳が戦慄の冷たさを帯びた。


「……ザイロスのウイルスは、彼女の脊髄を伝って脳を完全に支配ハックしているわ。奴らの目的は、彼女を殺すことじゃない」


カミールは、白い障壁の向こう側で宙吊りにされているセリーヌを指差した。


「奴らは今、彼女のネットワークを利用して、この星の『すべての情報』にアクセスしているのよ」


「……なっ!?」


ロキシーの表情が驚愕に染まる。

怒りの炎が、急速に冷たい恐怖へと変わっていく。

隔絶された障壁の向こう側で静かに微笑むセリーヌと、彼女を侵食するあまりにも残酷な真実を前に、彼女はただ立ち尽くすことしかできなかった。


```

* * *


```


一方、『シジスタンの黒曜峡』。


『漆黒のオベリスク (一枚岩の塔)』が支配する圧倒的な無重力空間の中、『ヴェロニカ』は来るべき死の瞬間を静かに待っていた。


クイッ。

中指で、冷静に計算眼鏡レンズを押し上げる。

表示される勝率は、未だ絶対的な『0%』。


数学的に、死は確定している。


「準備は完了しましたか? エヴ」


ヴェロニカは、氷のように冷淡な笑みを浮かべて虚空に問いかけた。


シュゥゥゥン……。


彼女の言葉が終わるや否や、空間が歪み、ホログラムの転送ゲートが展開された。

そこから現れたのは、『アイヴィー(エヴ)』だ。


エヴの顔の横には、青く透き通ったデータスクリーンが宙に浮き、おびただしい数のアルゴリズムを高速で弾き出していた。


「オベリスクの全中枢システムを停止させました。現在、奴らの『エコー』の機能は一時的に完全に遮断されています」


エヴは、いつもの感情を微塵も感じさせない機械的な冷たさで報告した。


ヴェロニカが片方の眉を少しだけ上げた――その直後。

二つ目のホログラムゲートが、空間を切り裂いて現れた。


そこから姿を見せたのは、『オリア』だった。


彼女はいつものように少し恥ずかしそうに身を縮め、初めて目にする凄惨な戦場に戸惑いながら、豪華なドレスの裾を少しだけ持ち上げて、巨大なオベリスクへと歩み寄っていく。


「なぜ、彼女がここにいるのですか?」


ヴェロニカは信じられないものを見るような目で眼下のオリアを見下ろし、その声に明確な苛立ちを滲ませた。


「陛下の勅命です」


エヴは、一ミリの揺らぎもない絶対的な平坦さで答えた。

「陛下はこうおっしゃいました。彼女の持つ『純粋なるアノマリー』のエネルギーならば、何か特別なことができるはずだ、と」


「……はぁ」


ヴェロニカは小さくため息をつき、姿勢を正した。


(陛下がそうおっしゃるのなら……。落ち着きなさい、オリア。あなたならできるはずです)


オリアは、巨大なオベリスクに向かって小走りで近づいていく。

戦場の熱気とドレスの重さで何度か躓き、顔から転びそうになりながらも、なんとか体勢を立て直し――ついに、彼女の小さな両手が屑鉄の巨塔に触れた。


(……今です。陛下が教えてくださった通りに……)


オリアは深く息を吸い込んだ。

その瞬間、彼女を包むオーラが劇的に変化する。


「『純粋なるアノマリー:浄化』!」


オリアの可憐な声が響き渡った。


ブワァァァァァッ!!


彼女の小さな両手から、圧倒的なエメラルドグリーンの光線が迸る。

それに共鳴するかのように、オベリスクの内部からも巨大な緑色のエネルギーが逆流して噴き出した。


凄まじい光の奔流。

エヴとヴェロニカは、目を焼き尽くさんばかりの閃光に思わず視界を閉ざした。


やがて、絶対的な光が収まった時……そこには『奇跡』が存在していた。


空を支配していた漆黒のオベリスクが、ただの沈黙する巨大なガラクタへと成り果てていたのだ。

重力操作も、物理法則の破壊も行えない――完全に死に絶えた、ただの構造物。


「何が……どう……どうなっているのです?」


ヴェロニカは、かつて見せたことのないほどの深いショックで呟いた。

片目を薄く開け、残像に焼かれた目を手で庇いながら、眼下の光景を呆然と見下ろしている。


「これが、『純粋なるアノマリー』の力……」


エヴはスクリーンに流れるデータを記録しながら、その瞳を怪しく光らせた。

「エコーを完全に『浄化』したのです……。現在のこのオベリスクは、いかなるアカシャの影響も受けない、宇宙の法則から逸脱した完全なる異常物質へと変貌しています」


「なるほど……。だからこそ、陛下は彼女をあそこまで重用されていたのですね……」


ヴェロニカとエヴは、深い畏敬と戦慄の混じった眼差しで、沈黙する塔とオリアを見つめ続けた。


当のオリアはといえば、自分がいったい何という途方もない偉業を成し遂げたのか全く理解していない様子で、無邪気に自分の両手を見つめている。


ニコッ、と優しく微笑んだ直後。


ドサッ……。


『純粋なるアノマリー』を使用したことによる過酷な反動に肉体が耐えきれず、オリアはそのまま気を失って地面に倒れ伏してしまった。


その異様な静寂を破ったのは、エヴの冷たい声だった。


「ヴェロニカ。あなたに、極めて重要なことを報告しなければなりません」


エヴは眼鏡の奥で瞳を暗く沈ませ、極めて真剣な眼差しでヴェロニカを見つめた。

「ええっ!?」

『イザベラ』が興奮気味に叫び、その瞳をキラキラと輝かせた。

パチン……。

『レイラ』は手にした扇子をゆっくりと閉じ、猛毒を隠し持った偽りの優美な笑みを浮かべる。

「ええ、そうですわ。エヴが、あの野蛮な屑鉄の軍勢の中枢記憶ネットワークをすべて掌握してくれましたの」

レイラの声音は、底知れぬ恐ろしさを孕んでいた。

「奴らの惨めな母星の地理的座標を抽出し、防衛構造から地形に至るまで……すべて正確に丸裸にしてやりましたわ」

『カオリ』は険しい表情で眉をひそめ、鋭い眼光でレイラを射抜いた。

「勝利が確定したというのに、なぜそのような無益な渋面を作っているのでござるか?」

ふっ、と。

レイラの唇から偽りの笑みが消え失せ、その瞳が不気味なほど冷たく輝いた。

「実は……それが『良い知らせ』ですわ。そして、『悪い知らせ』は……」

* * *

――『囁きの森』の深淵。

「私とレイラで、あの金属の虫けらたちの脳内から『真実』を引きずり出したの……」

『カミール』は、純白の壁に手のひらを押し当てたまま、夢見るような声音で語り始めた。

その視線は、隣に立つロキシーの目を真っ直ぐに捉えている。

「七つの絶対的な存在……『哲学者の評議会』と呼ばれる者たちがいるわ」

カミールの言葉が、静かに戦場へ溶け込んでいく。

「彼らこそが、ザイロスの民を統べる最高指導者……。その精神コードにだけは、どうしても触れることができなかったのよ」

カミールは小首を傾げ、不可解な微笑みを浮かべた。

「そして最悪なことに……。そのうちの『二名』が、すでにこのオリオン星に降り立っているの。この侵略の先陣を指揮するためにね……」

ハッとして、ロキシーは両目を見開いた。

「じゃあ、エヴが残りの雑兵どもの脳髄をハッキングしたってのは……! つまり、そういうことかい!?」

カミールはゆっくりと腕を下ろし、自身の『矛盾と混沌 (パラドックス)』のパスを解除した。

シュゥゥゥゥ……。

純白の障壁が、冷たい煙のように幻と消えていく。

ロキシーも即座にその合図を理解し、自身の『絶対法則の強制 (アクシオム)』のエネルギーを鎮めた。

ガガガガガッ!

突如として、生きた機械の根がその機能を完全に停止し、崩れ落ちた。

ドサッ……!

拘束を解かれた『セリーヌ』が、自らの血の海に沈むようにして冷たい大地へと墜落する。

そして彼女たちの周囲でも、すべてのザイロスの屑鉄兵たちが、命を失ったただの抜け殻のように次々と崩れ落ちていった。

暗殺機も、生き残っていたすべてのザイロス兵も。

オリオン星の全土において、奴らの神経回路は完全に粉砕され、システムはほんの一瞬の間に焼き切られていた。

エヴが奴らの中枢を掌握し、全機能を強制シャットダウンさせたのだ。

ザイロス兵は、全滅した。

大規模な侵略は完全に粉砕され――この戦局は、幕を下ろした。

「セリーヌッ!」

ロキシーは引き裂かれた自身の傷を気にも留めず、駆け寄り、血まみれのセリーヌを両腕で抱き起こした。

そして、荒い息を吐きながらカミールを睨みつける。

「そのバカみたいに強い奴らが、二人もいるって言ったね……。アタシが知る『陛下』の性格からして……アンタ、まさか……今、陛下は……ッ!」

* * *

――オリオン星、不毛の砂漠地帯。

吹き荒れていた砂嵐が、空中で完全に静止していた。

『皇帝』という、あまりにも絶対的で、底知れぬ恐怖を伴う存在の『重圧 (プレッシャー)』に完全に屈服させられているのだ。

彼は両手を背中で組み、絶対的な威厳をもってそびえ立っている。

その眼前。

黒く焦げた岩山の頂には、二つの無機質な鋼の存在が立っていた。

『哲学者の評議会』の二名。

奴らは冷徹なアルゴリズムの瞳で、宇宙そのものを見下ろすような途方もない傲慢さをもって、皇帝を見据えていた。

「ほう……? 貴様らが、あの屑鉄のゴミ共の『最高戦力』というわけか」

静まり返った砂漠を押し潰すような、極めて傲慢で冷酷な声。

皇帝の顔に、底なしに暗く、そして恐ろしい……嗜虐的な笑みが浮かび上がる。

それは、ようやく自らが『蹂躙』するに足る獲物を見つけ出した、絶対的な暴君の笑みであった。

ククッ……アハハハハハハッ!!

足元の大地を揺るがすほどの、凶暴で絶対的な高笑いが弾けた。

「実に……実に面白そうではないか」

* * *



【読者の皆様へ:今話のクエスチョン】

第十七章へようこそ! 今日の質問です:

今回のエピソードにおける、各キャラクターの地理的な配置や物語上の役割分担について、皆様はどう感じましたか? 「適切だった」「このキャラの活躍をもっと見たかった」など、ぜひコメント欄で皆様の考察やご感想セオリーをシェアしてください!


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