生存確率ゼロ(0%)
【本章のあらすじ】
三つの戦場は激化の一途を辿り、予測不能な驚異が次々と爆ぜる。果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのか……?
小柄な暗殺機は、一切の躊躇いもなく引き金を引いた。
物理法則をあざ笑うかのような、純粋なる野獣の直感。
『ロキシー』は、頸椎が砕け飛ぶほどの暴力的かつ強引な力で、己の首を横へとねじ曲げた。
ズギュゥゥゥゥンッ!!
放たれた『分子溶解砲 (カウスティック・ブラスター)』の閃光。
彼女の頭蓋骨を蒸発させる代わりに、その光線は左肩を貫いた。
ジュゥゥゥゥッ……!!
肉を溶かし、骨を熱し、沸騰した鮮血の噴水が吹き上がる。
だが――ロキシーは悲鳴すら上げなかった。
それどころか、血にまみれた獰猛な牙を剥き出しにし、凄惨で血生臭い笑みを浮かべたのだ。
そのまま前方へ猛突進し、極限の野蛮さをもって――暗殺機の金属の腕に自らの顎で喰らいついた。
ガリィィィィィッ!!
飢えた獣のように歯を食い込ませ、その腕を強引に引きちぎる。
ペッ、と自身の血と混ざり合った黒いオイルと配線を土の上に吐き捨てた。
ドサッ……。
直後、ロキシーは両膝をついて崩れ落ちた。
破滅的な出血量が、数秒で彼女の命を刈り取ろうとしている。
その惨状を目の当たりにした『セリーヌ』。
彼女から、いつもの天使のような柔らかなオーラが完全に消え失せていた。
代わりに宿ったのは、凍てつくような絶対的な決意の吹雪。
(ロキシーを死なせはしません……。たとえ、この星すべてを焼き尽くしてでも……!)
セリーヌは血濡れた大地に両手を触れ、自身の『宇宙の記録 (アカシャ)』のパスを、根本から残酷に反転させた。
「『逆流ライフ・フロウ (生命の流転:収奪)』……!」
ズズズズズズッ……!!
セリーヌは、周囲の古代の森から強引に生命力を吸い上げ始めた。
青白く輝いていた樹々が、瞬きする間に黒い死の灰へと変わっていく。
代わって、強奪された緑色の生命エネルギーがロキシーへと流れ込み、引き裂かれた肉体を強制的な暴力で再生させていく。
ハァ……ハァ……ッ!
セリーヌは激しく喘ぎながら、震える手を大地に当て、根のネットワークを通して残る敵の反応を探った。
――その瞬間。
セリーヌの両目が、かつてないほどの恐怖に限界まで見開かれた。
「ロ、ロキシー……」
彼女の声が激しく震え、冷たい涙が瞳に滲む。
「この暗殺者たち……空から降ってきたのではありませんわ……。わたくしの感知ネットワークから隠れていたわけでもない……!」
じりっ、と恐怖に顔を歪めながら後ずさる。
「ザイロスの奴ら……森に『鋼鉄のウイルス』を打ち込んだのです! 奴らは、この星の根の『内側』から成長していますのよッ!!」
ズゴォォォォォォンッ!!
セリーヌの足元の絶対的な闇が、鈍い爆発音とともに弾け飛んだ。
生きた『機械の根 (サイバネティック・ルーツ)』が、星の深淵から無数に突き出してきたのだ。
それは貪欲な鋼の蛇のようにセリーヌの華奢な身体に巻きつき、オリオンの極悪なる暗闇の奥底へと、凄まじい暴力で彼女を引きずり込んだ。
「セリーヌッ!!」
ロキシーが悲痛な叫びを上げ、開いた奈落へと飛び込んだが――すでに闇は、セリーヌの姿を完全に飲み込んだ後だった。
* * *
――場面は変わり、『シジスタンの黒曜峡』。
ヒュンッ!!
絶対的な混沌を切り裂き、音速を超える速度でヴェロニカの顔面へと裏切りの弾丸が迫る。
彼女は、瞬き一つしなかった。
氷のような冷徹さでエネルギーを収束させ、いかなる無秩序な動きをも拒絶する、厳格な数学的障壁を展開する。
「『秩序のアクシオム』」
ピキィィィィン……ッ。
破滅的な弾丸は障壁に激突し、完全なる無音の中で極小の金属ダストへと分解され、彼女の眼鏡のレンズに静かに降り注いだ。
ヴェロニカは、自身のアクシオムに唯一抵抗してみせたザイロスの戦士を見据えた。
(……『適応ユニット』)
彼女の計算高い瞳は、瞬時にその正体を看破した。
その機械の戦士は自身のアクシオムを持っていない。代わりに、ヴェロニカの「秩序」を基本テンプレートとして模倣し始めていたのだ。
ヴェロニカが混沌とした屑鉄の軍団を、ランダム性のない『完璧な幾何学模様のキューブ』へと変換した事実。
適応ユニットは、その「完璧さ」を逆手に取り、彼女の『アカシャ』の障壁をすり抜けたのだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
幾百万もの金属キューブが空へと舞い上がり、融合し、圧倒的な速度で完璧な幾何学的構造物を形成していく。
ヴェロニカが粉砕すべき「混沌」の要素を、ただの一分子すら持たない、完全なる秩序の塊。
ほんの数秒で、それは『漆黒のオベリスク (一枚岩の塔)』へと変貌を遂げた。
毒気に満ちたオリオンの雲を短剣のように突き破る、超巨大な金属の塔。
オベリスクは、シジスタン全土の重力場を強引に書き換え始めた。
ピピッ……。
ヴェロニカの計算レンズに、絶望的な真紅の警告が点滅する。
【 勝率:0% 】
重力が凶暴に反転した。
「……ッ!」
ヴェロニカの身体が、虚無の暗い空へと強制的に吸い上げられていく。
新たに形成された無重力領域の中で、彼女は自身の肉体の制御を完全に喪失し、息の詰まる虚空を漂うことしかできなかった。
眼下では、ザイロスのオベリスクが破滅的な光を放っている。
そして、魂の欠片もない機械的な音声が、大気圏全体を震わせながら響き渡った。
『――「秩序のアクシオム」、同化完了。コレヨリ、当機ニヨル・完全ナ模倣・ヲ開始シマス』
* * *
『オリオンの白海』。
グォォォォォォォォッ!!
宇宙の巨狼へと姿を変えた『ニクシア』が、狂乱の巨人の鋼の肉体を容赦なく八つ裂きにしていく。
ズガァァァァンッ!! メリメリメリッ!
黒鋼の装甲が、土砂降りの雨のように宙を舞う。
引き裂かれた装甲の隙間からは、喰らい尽くされた腐敗した『集合的信仰 (ドグマ)』のエネルギーが漏れ出し、白海の海水を瞬時に蒸発させて巨大な煙の雲を生み出していた。
『イザベラ』と『カオリ』は、その圧倒的な惨劇をただ息を呑んで見つめていた。
『純粋なるアノマリー』――それはまさに無敵の悪夢。あらゆる『機械的模倣 (エコー)』を蹂躙する、絶対的な頂点捕食者である。
だが。
己の絶対的な死を悟った屑鉄の巨人は、最期の自爆プログラムを起動させた。
【 概念のメルトダウン (プロトコル) 】
キュイィィィィィン……ッ!!
大陸一つを完全に蒸発させるほどの超圧縮エネルギーを秘めたメインエンジンが、自らをドロドロに融解させ始める。
生命の痕跡をすべて消し去る、破滅的な道連れ(スーサイド・ボム)。
ガバッ……!
ニクシアは巨大な顎を開いた。
その自爆エンジンごと巨人を丸呑みにし、致死的な爆発を自身の無敵の肉体の中に封じ込めるために。
だが、鋭い牙が引き裂かれた鋼鉄の胸部に突き刺さり、その「動力源の核」を抉り出そうとした――その瞬間だった。
分厚い装甲の奥底に隠されていた『真実』が、露わになった。
(……ッ!?)
ニクシアの瞳孔が、極限の恐怖に限界まで見開かれた。
動力源は、機械のエンジンなどではなかったのだ。
それは、『命』だった。
鋼鉄の冷たい胸郭の奥深く。
何千本ものケーブルとチューブで全身を雁字搦めに縛り付けられ、魂そのものを吸い上げられている――苦痛に脈打つ『生体電池 (リビング・バッテリー)』。
ピタッ……。
ニクシアの攻撃が、完全に停止した。
全身の動きが、呪縛にかけられたように硬直する。
シュゥゥゥ……ッ。
恐るべき宇宙の巨狼の姿が、まるで蜃気楼のようにブレて霧散した。
ほんの一秒の間に、彼女の身体は収縮し――ガタガタと震え、大粒の涙を浮かべる『小さな仔猫』の姿へと戻ってしまったのだ。
拘束されたその小さな命が、ひどく弱り切った目をゆっくりと開け、ニクシアを見つめた。
それは、醜悪な突然変異の怪物などではない。
ただの、『ザイロスの幼子』だった。
戦争兵器を駆動させるための消耗品……燃料として使い捨てられる、生きた電池。
ゴロン……ッ。
白銀の戦艦の甲板に、切断された巨人の首が転がった。
そして、骨の髄まで凍りつくような、悪魔的な金属音の嘲笑を響かせたのだ。
「ギガガガ……ッ。躊躇ったなァ……この化け物めェ……」
巨人の胸部で砕け散ったモニターが、鮮血のような赤光を放ちながら点滅する。
【 完全殲滅爆破開始:残り0.01秒 】
……絶望的な静寂。
宙に浮かぶイザベラの放送用レンズは、未だ稼働し続けていた。
この身の毛もよだつような無力感と、絶対に逃れられない『死』の瞬間を――帝国のあらゆる星々、すべての輝く画面へと、リアルタイムで容赦なく配信し続けている。
【読者の皆様へ:今話のクエスチョン】
第十五章へようこそ! 今日の質問はシンプルです。
果たして、次なる第十六章で事態はどのような展開を迎えると思いますか? ぜひコメント欄で皆さんの考察や予想をシェアしてください!




