血塗られた嵐の前の静けさ……『囁きの森』の根元に潜むものとは?
【本章のあらすじ】
本章では、戦場が三つの局面に分かたれる。太陽軌道帝国の圧倒的な力をもってしても、未知の敵に対して「力」だけで勝利することは可能なのだろうか?
ギガァァァァァァッ!!
狂乱する巨体――それは『屑鉄の民 (ザイロス)』の一介の小隊指揮官に過ぎなかった――が、オリオンの白海の底を引き裂くような金属の軋み声を上げて咆哮した。
カオリは呆然と立ち尽くし、ショックに両目を見開いていた。
これまで幾度となく虚空を裂き、敵を殲滅してきた彼女の刃が、まるで今にも砕け散りそうにその手の中で震えている。
(馬鹿な……。拙者の剣が、このように防がれたことなど一度も……!)
その傍らで、イザベラは必死に両手を擦り合わせていた。
その美しい顔は、狂気を孕んだ恐怖に歪んでいる。
「カオリ! 案山子みたいに突っ立ってないでよ! 生配信中なんだから! ペシャンコにされる前に、さっさと何とかしなさいよッ!」
イザベラが叫ぶ間にも、彼女の両手は黄金の火花を散らし、奪われた『集団信仰 (ドグマ)』のエネルギーをなんとか再充填しようともがいていた。
カオリは下唇を強く噛み締め、イザベラの金切り声を完全に無視して、両手で刀を上段に構え直した。
「『共鳴絶断 (レゾナンス・スラッシュ)』!」
ズバァァッ!
純粋なエーテルの刃が再び放たれた。
だが――それは巨人の錆びついた装甲に触れた瞬間、虚空へと霧散してしまった。
巨人は彼女のすべての攻撃を、屈辱的なほどの冷淡さで防ぎきったのだ。
カッ……!
機械の巨人の両目が極彩色の赤光を放ち、ノコギリのような牙が並ぶ顎が開かれた。
「思い上がった羽虫どもめ……」
骨を砕く粉砕機のような唸り声が響き渡る。
「我らが偉大なる銀河に足を踏み入れ、穢した罪……死をもって償え」
狂乱の巨人は、喰らい尽くしたドグマの淀んだエネルギーを収束させ、それを燃え盛る光線として両手から放ち、戦艦全体を消し飛ばそうとした。
ズゴォォォォォォォォンッ!!
「イザベラ! 危ういッ!」
カオリは叫びとともに攻撃を放棄し、イザベラの手首を強く引いて自身の背後へと突き飛ばした。そして、残された刀身を絶望的な盾として構える。
真紅のドグマの爆炎が迫る。
カオリは死を覚悟し、両目を固く閉じた。
――だが。
業火に焼かれる代わりに、冷たい風が彼女の頬を撫でた。
そして彼女の目の前で、巨大な『緑色の影』が爆発を真っ二つに引き裂いてみせたのだ。
カオリは驚愕に目を開いた。
そこにいたのは、あの甘やかされたペットの猫ではなかった。
『ニクシア』だ。
彼女の身体は異常なまでに膨張し、おぞましく変異し――ザイロスの巨人と肩を並べるほどの大きさを誇る、恐るべき宇宙の『巨狼』へと姿を変えていたのだ。
純粋なアノマリーの野蛮なオーラを放ちながら、その巨体で二人の妻を護っていた。
「な……何が起きたというのだ……?」
目の前に立つ圧倒的な存在の恐怖に声を震わせ、カオリは呆然と呟いた。
「ニクシアだよッ!」
イザベラが、その瞳に狂信的な輝きを取り戻しながらヒステリックな歓喜の声を上げた。
「彼女こそが『純粋なるアノマリー』! あらゆる『アカシャ』の法則を捕食し、対抗できる存在! あの巨人の持つエコーの力だって例外じゃない……彼女は、奴の絶対的な『天敵』なのよ!」
グォォォォォォォォォォッ!!!
精神を切り裂くような遠吠えを上げ、ニクシアは狂乱の巨人へと襲い掛かった。
その強靭な牙を金属の装甲に深く突き立て、凄まじい凶暴さで引き裂いていく。
* * *
一方、その頃。
オリオン星の極北に位置する『シジスタンの黒曜峡』。
そこは無数の火山がひしめく呪われた荒野であり、不安定な重力によって、剃刀のように鋭利な漆黒の岩々が宙を漂っている。
そのシジスタンの中心で、『ヴェロニカ』はたった一人で立っていた。
鋼鉄の定規のように背筋を真っ直ぐに伸ばし、冷ややかな瞳で上空を見上げている。そこでは何百万もの屑鉄の流星が降り注ぎ、何千というザイロスの軍勢が吐き出されていた。
まさに金属の混沌であった。
怒号、激突音、そしていかなる戦闘陣形も持たずに蠢く、錆びついた骨格の群れ。
クイッ……。
ヴェロニカは、指一本で眼鏡のフレームを押し上げた。
「あまりにも無作為で……一切の秩序がない」
感情の欠片もない、断固たる声で呟く。
「……酷く不愉快ですね」
彼女は手を掲げ、この混沌に対して自らの『理 (アクシオム)』を宣告した。
「『秩序のアクシオム』」
ピタッ……。
瞬きする間に、世界が暗転した。
噴火しかけていた火山が、その過程のまま完全に凍りつく。
あらゆる混沌がヴェロニカの法則の重圧に押し潰され、蠢いていた屑鉄の軍団が、数学的に完璧な『立方体』へと強制的に折り畳まれ始めたのだ。
ギゴゴゴゴォォォ……ッ!
だが――その完全なる沈黙の中、ほんの一秒だけ、異質な音が響いた。
一体のザイロスの戦士が、『秩序のアクシオム』の影響を逃れて武器を構えたのだ。
放たれた裏切りの凶弾が、ヴェロニカの顔面へと真っ直ぐに迫る――!
第三の戦場。
それは、『囁きの森』の最深部であった。
惑星オリオンの核までその巨大な根を突き刺す、古代の森林。
絶対的な暗闇の中、巨大な樹木たちが、まるで生き物のように青白い光を放って脈打っている。
バキィッ!
『ロキシー』が、己の拳をもう片方の手のひらに力任せに叩きつけた。
野蛮な笑みを浮かべ、獰猛な牙を剥き出しにする。
「あァ、クソッ! 待ちくたびれたぜ!」
ロキシーの血管の中で、熱い血が煮え滾っている。
「どこにいやがる!? アタシは早く、あのクズどもの頭蓋骨を粉々に砕いてやりたいんだよ! 『理 (アクシオム)』なんざ一切使わずに、この素手だけでなァ!」
彼女は低く唸り声を上げた。
「……セリーヌ、敵の痕跡は何か見つかったかい?」
彼女の隣には、『セリーヌ』が静かに佇んでいた。
その穏やかさは、ロキシーの野蛮さとは完全な対極にある。
スッ……。
セリーヌは裸足のまま湿った土の上に降り立ち、そっと目を閉じた。
惑星の鼓動と、自らの意識を完全に同調させる。
「『生命の流転 (ライフ・フロウ)』」
ブゥン……。
彼女の身体から、暖かな波のような『共鳴 (レゾナンス)』のエネルギーが流れ出した。
樹々の微細な振動を読み取り、オリオンの深淵にまで広がる巨大な根のネットワークを通じて、あらゆる生命体と繋がっていく。
セリーヌがゆっくりと目を開いた。
その瞳が、純粋な光を帯びて輝いている。
「森の左側です……」
セリーヌは、ひどく柔らかい声で囁いた。
「重い足音を立てて、前衛部隊がこちらに向かってきていますわ……」
彼女は、青白く発光する暗がりの中へそっと指を差した。
「やっとか! さァ……行くぜェェェッ!!」
ズガァァァァァンッ!!
ロキシーが猛烈な咆哮を上げ、ロケットのように弾け飛んだ。
背後に土煙の竜巻を巻き起こしながら、敵を粉砕するという純粋な破壊本能に突き動かされ、セリーヌが指し示した方向へと一直線に突進していく。
——だが。
その直後、森の根がセリーヌへと「別の」鼓動を伝達した。
微弱で、極めて素早く、そして——恐るべき悪意に満ちた、裏切りの鼓動。
「っ……!」
セリーヌの両目が、本物の恐怖に見開かれた。
「ロキシー! 気をつけてッ!!」
セリーヌは、ありったけの声を振り絞って叫んだ。
ロキシーが振り返る。
——遅すぎた。
彼女が危険の正体を認識するよりも早く。
闇の影が真っ二つに裂け、おぞましい『鋸歯状の槍』が突き出された。
ズドシュゥゥゥゥッ!!!
絶対的な暴力をもって、その槍がロキシーの胸を深々と貫き通した。
「ガ……ハッ……!?」
ピタッ……。
ロキシーの猛烈な突進が、完全に停止する。
ドサッ……。
彼女は力なく地面に崩れ落ちた。
口からおびただしい量の真紅の血を吹き出し、青白く光る樹々の根を真っ赤に染め上げる。
ゴホッ……!
彼女は血を咳き込みながら、重い瞼を必死に押し上げた。
当然、自分を串刺しにしたのは、見上げるほど巨大な屑鉄の巨人なのだと思い込んでいた。
——だが、彼女は自分の目を疑った。
(なっ……!?)
彼女の目の前に立っていたのは、巨人などではなかった。
それは、『屑鉄の民 (ザイロス)』の極小の戦闘兵。
有刺鉄線を全身に巻きつけた、不気味なほどに痩せ細った機械の骨格。
『宇宙の記録 (アカシャ)』の監視の目から完全に逃れ、無音の暗殺を完遂するためだけに設計された、特化型の殺戮機械であった。
ギィッ……。
小さな機械の戦士は、瞬き一つしない単眼の赤いレンズで彼女を見下ろした。
カチャッ。
そして、彼女の両眉の間に向かって、真っ直ぐに『分子溶解砲 (カウスティック・ブラスター)』の銃口を突きつけた。
——彼女の命を、今ここで完全に終わらせるために。
【読者の皆様へ:今話のクエスチョン】
第十四章へようこそ。この章では、首都から遠く離れたオリオン星の地理や特徴を強調したいと思いました。皆さんの頭の中で、この惑星の輪郭がよりはっきりと見え始めてきたでしょうか? ぜひコメント欄で皆さんの考察をシェアしてください!




