死の瞬きの作戦
【本章のあらすじ】
数日間の不気味な静寂と準備期間を経て、帝国はついに最も凶暴な外敵との正面衝突を迎える。しかし、この侵略者はかつてのオリオンのように脆い存在なのだろうか? それとも、凄まじい狂暴さで牙を剥くのだろうか……。
帝国の王宮の最深部に位置する、最高戦略作戦室。
そこは暗く、極寒で、至る所から濃厚な死の匂いが漂う空間であった。
第一夫人『ヴェロニカ』は、何百体もの沈黙する戦闘用ロボットたちの中心に立っていた。
青いホログラムのモニター群が巨大な滝のように流れ落ち、彼女の冷たい眼鏡の奥の瞳にその光を反射させている。
「初期軌道迎撃レポート」
一切の感情を排した、臨床的な声で彼女は命じた。
中央人工知能(AI)が即座に応答する。
『ザイロス前衛艦隊の四十パーセントを完全に破壊。大気圏シールドおよびミサイル防衛網は、オリオン空域への侵入前に目標を確実に迎撃しました』
ヴェロニカは微笑むこともなく、瞬き一つしなかった。
これは彼女の管理するシステムが当然満たすべき、最低限の「管理効率」に過ぎないからだ。
だが——彼女の目の前のモニターが、突如として非論理的なデータを点滅させ始めた。
敵の宇宙屑どもが……物理法則に反して、大気圏で完全に燃え尽きていないのだ。
(なぜ、あの大質量の隕石群が、大気圏の熱圧縮で蒸発しないのです……?)
巨大な金属の破片。
それはまるで、惨殺された巨人の異形の死体のように、隕石の雨となってオリオンの海へと自由落下を続けていた。それは単なる無作為の残骸ではない。炎に包まれながらも、激突の瞬間に向けて隠された構造的結合を不気味に維持し続けているのだ。
* * *
オリオン軍の公開軍事通信チャンネル。
何百万という兵士たちのヘルメット内に、『マディ・ロール将軍』の静かな声が響き渡っていた。
彼はもはや、戦争の決断とその代償として失われる命の重さに怯える将軍ではなかった。
自由意志を奪われた、完全に従順な道具。
だが、その骨の髄にまで刻み込まれた彼自身の「戦術的狂気」だけは、死を拒むかのように未だ活動を続けていたのだ。
「『三日月の罠 (双翼包囲陣)』を展開する」
マディ・ロールは完全なる服従の静けさとともに解説した。その死んだ瞳は、目の前の戦術マップを冷徹に見下ろしている。
「すべての歩兵大隊および迎撃部隊へ告ぐ。よく聞くのだ。我が軍の最も『弱い』歩兵ユニットを、敵の降下ポイントの真正面に配置せよ」
彼の指示は明確で、断固としており、いかなる議論の余地も与えなかった。
「お前たちは、侵略者どもの最初の衝撃を吸収するための生きた囮だ。あの屑鉄の民どもが激突してきた瞬間——極めてゆっくりと、かつ戦術的に後退しろ。架空の弧を描け……美しい『三日月』の陣形を作り、あの生ゴミどもを我々の陣形の奥深くへと引きずり込むのだ」
彼の目の前のホログラム・シンボルが動き、オリオン軍がザイロスの前衛をゆっくりと飲み込んでいく様子をシミュレートする。
「そして、敵が我々の防衛線を完全に突破したと思い込み、陣形の奥深くへと突出したその瞬間……軍の両翼で完全に挟み潰す。両翼に待機させている精鋭部隊と重装甲メックが、奴らの背後の退路を完全に封鎖するのだ」
完璧な挟撃。
足を踏み入れたあらゆるものを粉砕する、巨大な獣の顎。
一切の狂いもない古典的かつ絶対的な軍事戦略。オリオンの地に足を踏み入れたすべての屑鉄を、一欠片の生存の余地も残さずに完全に消し去るためにデザインされた、無慈悲な殺戮陣形である。
* * *
『オリオンの白海』。
純銀を溶かしたような、濃密な海水で満たされた広大な海。それは煙に覆われた空を反射する、巨大な宇宙の鏡のようであった。
帝国の巨大な戦艦が、恐るべき安定性でその銀の波を切り裂いて進んでいく。
甲板には、何千人ものオリオンの精鋭兵士と戦闘用ロボットが密集し、岩の彫像のように微動だにせず、敵の降下を待ち構えている。
その巨大戦艦の舳先——。
破滅の最前線に、第五夫人『カオリ』は立っていた。
彼女の背筋は決して折れることのない槍のように真っ直ぐに伸びており、その両目は致命的なまでの集中力で固く閉じられている。
その手は、古びた愛刀の柄を極めて厳格に握り締め、白海の波の動きと完全に同調した呼吸を繰り返していた。
(拙者の刃が飢えている……。この宇宙の汚物どもの到来に、虚空すらも震えておるわ)
だが、彼女のすぐ隣では——その静寂と規律とは、完全なる正反対の光景が広がっていた。
『イザベラ』である。
彼女は堂々と立ち、宙に浮かぶカメラ群に向かって輝かしい笑みを振りまいている。帝国の放送網のレンズが、その完璧な姿を銀河の隅々にまで配信していた。
「さぁ、何百万人ものファンのみんな! もっともっと歓声を上げてちょうだい!」
自らを崇拝する女神のようにカメラに向かって両手を振りながら、イザベラは傲慢な子供のような熱狂をもって叫んだ。
「アタシはね、あんたたちの喉から『集団信仰 (ドグマ)』のエネルギーが溢れ出すのを見たいの! 偉大なる旦那様に祈りを捧げなさい! アタシたちの絶対的な信仰の海で、あの薄汚い宇宙ゴミ(スペース・デブリ)どもを溺れさせてやるのよ!」
ビキィッ……!
イザベラの周囲の空間が歪み始める。
純粋で眩い黄金のエネルギーが、彼女の掌へと集束していく。盲目的な熱狂とともに配信を見つめる何百万もの信者たちの狂信を、直接喰らいながら。
——その時だ。
ズガァァァァァァンッ!!
突如として、恐るべき空間の引き裂かれる音が、煙に覆われた空を真っ二つに割った。
燃え盛るゴミの流星群のように、錆びついた屑鉄の降下艇が『オリオンの白海』へと降り注ぐ。
それは、純粋なる地獄を伴っていた。
ドゴォォォォォォォンッ!!
海の底まで揺るがすほどの壊滅的な激突。
白銀の海水が遥か上空へと吹き飛び、発生した巨大な津波が、帝国の超弩級戦艦の装甲を容赦なく打ち据える。
ザバァァァァッ!
沸騰する海水と瓦礫の中から、降下艇のハッチが弾け飛んだ。
姿を現したのは、『屑鉄の民 (クズテツノタミ)』の機械獣ども。
それは完全に無秩序な錆びついた鋼鉄の塊であり、極限の野蛮さと傲慢さをもって蠢き出す。統一された形状など存在しない。破壊された金属の残骸と、不吉な赤い光を脈打たせるケーブルの無機質な集合体に過ぎない。
カオリは、誰の命令も待たなかった。
キィィィン……ッ!
カッ、と両目を見開く。
耳障りな波の轟音すらも切り裂くような極めて澄んだ金属音を響かせ、彼女は鞘から刀を抜き放った。
恐るべき軽やかさで、宙へと跳躍する。
美しき死の幻影のように、彼女は『オリオンの白海』の遥か上空へと舞い上がった。
「『共鳴絶断 (レゾナンス・スラッシュ)』!」
ズバァァァァァァァァンッ!!
純粋なエーテルで構成された巨大な三日月型の刃が、眼下の虚空を真っ二つに引き裂いた。
想像を絶する光景だった。
白海そのものが完全に両断され、海水が消失した巨大な海溝が姿を現したのだ。
数十体ものザイロスの機械兵が瞬きする間に両断され、その醜悪な金属の破片が沸き立つ海へと散らばっていく。
タッ……。
カオリは戦艦の甲板の縁へと優雅に着地し、勝利を確信した武士の矜持と傲慢さをもって、刀の血振るいを行った。
イザベラは狂気に満ちた勝利の笑みを浮かべ、黄金のエネルギーを限界まで充填した両手を天へと掲げる。
「さぁ! お仕置きの時間だよ!」
彼女の両手で、膨大な『集団信仰 (ドグマ)』のエネルギーが小型の太陽のように燃え盛る。
海面に浮かぶ残りの屑鉄どもを、完全に灰燼に帰すための一撃を放とうとした、その時だ。
——だが。
両断された瓦礫の中から……カオリが切り裂いた海の底の深い海溝から、巨大な影が姿を現した。
『屑鉄の民 (ザイロス)』の小隊指揮官。
棘だらけの黒鋼と無数の歯車で構成されたその巨大な骨格は、空間を圧し潰すほどの凄まじい威圧感を放っている。
ズンッ!!
その指揮官は戦艦に向かって高く跳躍し、虚空へと、錆に覆われた無骨な機械の腕を突き出した。
ガシィィィィィンッ!!
そして、完全なる素手で——。
迎撃しようと振り下ろされたカオリの刀身を、まるでただの枯れ枝でも掴むかのように、いとも容易く空中で掴み止めてみせたのだ。
カオリは驚愕に両目を見開いた。
(なっ……!? 馬鹿な、有り得ぬ。拙者の刃が止められるなど、これまでの生涯で一度たりとも……ッ!)
指揮官は、彼女を一瞥すらしていなかった。
その致死的な赤い機械の眼球は、イザベラの方を……いや、空で燃え盛る彼女の『太陽』へと向けられていた。
「貴様らの、その脆弱な『集団信仰 (ドグマ)』だが……」
錆びついた粉砕機の唸りのような、歪な金属音が響き渡る。
「……ひどく、美味そうな匂いがしやがるぜ」
ギゴゴゴゴゴ……ッ。
錆びついた装甲の表面に、巨大な空洞が開いた。
恐るべきドグマのオーラで損傷することも、その神聖なる光で焼き尽くされることもなく——。
奴の装甲は、まるで飢えた漆黒の渦のように、イザベラの黄金のエネルギーを強制的に吸収し始めたのだ。
「う、嘘でしょ……!?」
オリオンの信仰の力が、自らの手から強制的に剥ぎ取られていくのを見て、イザベラは本物の恐怖に息を呑んだ。
ザイロスの指揮官はドグマのエネルギーを完全に喰らい尽くし、それを自身の内部エンジンを駆動させるための燃料へと変換していく。
メリメリメリメリッ! ギガァァァァァッ!
金属がへし折れ、引き剥がされるようなおぞましい音が、周囲の空気を引き裂いた。
ほんの数秒の間に、指揮官の巨体が異常なまでに膨張していく。
何百万もの信仰のエネルギーを取り込んだその体躯は、元の二倍……いや、三倍へと巨大化した。
帝国の超弩級戦艦すらも凌駕する超巨大な怪物へと変貌を遂げたソレは、戦場全体を分厚く漆黒の影で覆い尽くす。
カッ——!!
その両目が、目を焼くような極彩色の赤光を放った。
強奪したエネルギーによって限界まで過充電された胸部装甲が開き、そこから純粋なエネルギーの極太の光線が放たれる。
ズゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
たった一秒。
帝国の巨大戦艦の『半分』が、文字通りこの次元から消し飛ばされた。
鋼鉄が蒸発した跡に残されたのは、耳鳴りがするほどの絶対的な沈黙と——『オリオンの白海』の中心に穿たれた、あまりにも巨大な虚無空間だけであった。
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